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強欲のスキルコレクター  作者: 現猫
第四部:強欲若人は幸せを語る
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第一章:四天王の華麗なる艱難-22

 


 ──やっぱり、ボスは常軌を逸してる。


 モチロン良い意味でねっ! アタシ達の常識なんて軽く飛び越えていく……そういう人なんだ。


 アタシが最初にボスに連絡しようとした時──ギルド調査員さん達の惨状を見てなんとか助けようとした時、コンタリーニに諭された。


 アタシだって地方巡警を任されたレッドタンク家の女だ。遠征時に運悪く病原菌に感染してしまった際の常識は、当然叩き込まれてる。


 不治の病と名高い「狂犬病」なんて尚更。魔物じゃなくて普通のコウモリからでさえ感染する可能性があるんだから、その事実も頭では理解してたつもり。


 ……だけど、現実を目の当たりにして、足掻きたくなった。


 根拠はない。確証はない。責任も持てない。


 だけどもしかしたらっ……て、頭によぎった。


 アタシ達のボスは凄い。規格外に凄い。


 ならボスなら何とか出来るんじゃ……その期待はアタシの思っていたよりも何倍も大きくて、気が付いたら連絡しようと手を伸ばしてた。


 コンタリーニに諭されて、ヴィヴィアンの普段の言動からは想像出来ないくらいの思慮深い目で見られて、ディズレーさんに見守られて、そこでようやく心が落ち着いて……。


 いくらボスでも出来ない事はある。本人だってよく言ってるんだ。「私は別に万能ではない」って。


 だからこれも、ボスを含めてアタシ達にはどうにも出来ないこと。厳しくて残酷な現実。諦めるしないはずだった。


 ……そう、諦めたつもりだったのにな。


「私を誰だと思っている?」


 そう言って三日月みたいに鋭く口角を上げながら、ボスは彼等を救うと、言ってのけた。


 知らないはずがない。分かっていないはずがない。


 なのに、まるで風邪でも治してやるみたいなノリで、狂犬病とそれが凶悪化した未知の病原菌を何とかしてやる、と口にした。


 そしてそんなボスの発言に、アタシ達は不思議と〝納得〟してしまった。


 アタシ達の頭の中にある所謂(いわゆる)〝ボス像〟。強く、頭が良くて、冷淡で、優しくて、怖くて、暖かくて、頼り甲斐があり過ぎる、まさに万能が人の形をしたような、理想の人間像……。


 それがアタシ達の中でガッチリとハマったような、そんな感覚。


 もちろん、まだ実際に治してない。ただ口に出しただけ。


 なのにそれだけで、もうアタシ達は安心で一杯だった。


 ただ傲岸不遜気味に宣言しただけなのにあの説得力はどこから来るんだろう。ホントに不思議だ。


 これじゃあコンタリーニから説教受け損だなぁ。まあ、しょうがないっちゃしょうがないんだけどさ。


 規格外な上司を持つと心が持たないよまったく。











「──何を言っている。コレは私の責任であって君達には別の役割があるはずだ。見学の必要はあるまい」


 当然ながら、じゃあどうやって治すんだろうなぁって気になって、当たり前みたいにそれを見に付いて行こうとして、呆れ気味にそう言われた。


「い、いやでもボスぅ……」


「気になるという心情は理解する。君達だって事の経緯と行く末は見届けたいだろう」


「な、なら──」


「だが君達の今の役目ではない。それで言えば私にこの事態を報せてくれたまでが君達の役目……。もう既にやれる限りをやり切っているんだよ」


「そ、そうか……」


「別に隠すつもりは無い。君達が無事に任務を果たせたなら、慰労も()ねて食事をしながら丁寧に説明してやる。それで構わんか?」


「……分かった。信じます」


「ああ、信じなさい」


 その言葉を最後に、ボスは患者が居るログハウスの中に消える。


 少しだけ心配ではあるけど、確かにアタシ達が無意味について行って邪魔しちゃうのは違うからね。


 ここはやっぱりボスに言われた通り本来の目的──デバウアーリードメガバットの討伐を果たさなきゃ。


 それにはまず、ギルド調査員さんから聞き取った情報をまとめて綿密に打ち合わせをしなくちゃいけない。


 逸る気持ちを抑え、アタシ達は親方さんから一室を借り、作戦会議を開始した。


「……よ、よし。まずは聞いた情報を一つ一つ出していくぞ。ヤツの主な脅威は?」


 議事進行はディズレーさん。本人は苦手だと言ってたけど、アタシ達の上司なんだからそこんとこは気張って欲しい。甘やかさない甘やかさない……。


「ひ、一つ目、は、やっぱり、よ、溶解液……かな」


 獲物を溶かし尽くしてその体液を啜るらしいデバウアーリードメガバット……。だけど話によると、どうもただの溶解液というワケじゃないらしい。


「聞いた話じゃ、溶解液は二種類存在する。まずは骨すら溶かしちまうよう超強力なヤツ。だけどコッチは一度に出せる量が少ねぇみてぇだし、そう乱発も出来ねぇみてぇだって話だ」


「はい。ただ対象に確実に当たる──つまり捕獲なり行動不能状態の際には使ってくるという事なので、捕まるのは当たり前ですが御法度ですね」


 まあ、そもそも捕まってる時点で中々に詰んでる気がするけど、そんな分かりきった事を一々言っても仕方がない。


 万が一そうなったら……やれるだけやってみるつもり。


 咄嗟に動ければいいけど……。


「んでもう一つが、酸性値はさっき言ったやつよりマシだが頻繁に使って来る乱発型だ。話してくれた調査員さんが被っちまったのがコッチだな」


「よ、弱いって言っても、あの有様を見ると油断出来ない、よね。た、耐えられはするかもだけど、か、確実に本調子は発揮出来なくなるし、ひ、被弾するにしても、最小限にしないと……」


 ……不謹慎な話だけど、もし顔にでもかかっちゃったら色々と絶望的だろうな。


 仮に顔にじゃないにしても、あんな浴びたらほぼ確実に火傷痕が残るのは正直キツい。


 それでディズレーさんに嫌われでもしたら──い、いやいやっ! ディズレーさんはそんな人じゃないし、第一やっぱり不謹慎だよね。やめやめ……。


「コンタリーニ、他には?」


「えっ!? あ、ああうん。四枚の翼……かな? やっぱり」


「具体的には?」


「それぞれの指から伸びる爪と、四枚翼を駆使した予測困難な軌道での飛行と滑空。爪は病原菌の宝庫で引っ掛かれたら狂犬病は必至だし、そんな二十本の爪を、四枚翼を不規則に利用して尋常じゃない三次元的な動きで振りかざしてくるみたいだね」


 いけないいけない。今は大事な会議中……。余計なことは考えないようにしないと……。


「ただでさえ厄介な爪が二十……。それがありとあらゆる方向と角度から襲って来るんだもの。いくら経験者揃いのギルド調査員さん達でも壊滅しちゃうのも無理ないわね」


「唯一の救いってぇと、飛ぶ速さ自体は平均的なとこだな。体のデカさが災いしてるって話だが……」


「で、ででも、それで普通のコウモリくらの速さは、あ、あるから油断大敵ではあるよっ」


「確か体長って成人男性並みはあるって事だから、それが野生コウモリと同じ速さってだけでも全然怖いしね」


 昔何回か家の仕事関係で遠征に着いて行った事あるけど、そんときにした洞穴とか洞窟とかの野営なんかでよくコウモリに出会したなぁ。


 確かにコウモリって鳥やら虫やらと比べたら飛ぶ速さそこまでじゃないけど、それでもあの速さのまま図体デカくなってると思うと……。


 うん。やっぱ怖いわ。


「救いというと、牙とかはそこまで発達していないみたいです。魔物化に際して大抵は凶悪化していたりするけど、体液を啜る関係上なのか変化はあまり野生時と変わらない鋭さみたい」


「まあ、噛まれりゃただじゃ済まんのは違いねぇがな。病原菌感染のリスクで考えると爪なんかよりもヤバそうだしよ」


「……凄い当たり前の話だけど、病原菌の存在のせいで基本的に攻撃を少しでも食らっちゃうとダメな感じだよね。かすり傷一つで重傷人だよ」


「そ、そうなる、と、やっぱり基本戦法は魔術なんかのえ、遠距離攻撃を主体にした方が、あ、安全だよね」


「それにしたって誰かが注意惹きつけてねぇとままならねぇからな。危ねぇ役だが誰かがタンク役にやってもらわねぇといけねぇが、こん中で防御が得意ってなると……」


 三人の視線が一斉にアタシに向く。


 まあ、そうよね。そりゃそうなるわよね。


「ま、任せなさいよっ! アタシの防御術はど、同僚の中じゃトップクラスなんだからっ!」


 アタシがボスの部下達全員の中で一番秀でてる技術──それが大盾を使った防御中心の戦法。


 昔から連れ回された遠征で鍛えた足腰であらゆる攻撃を受け切る……。それがアタシの自慢。


 ……とはいえ、流石にボスの側付きのマルガレン君には敵わないけどね。


 あの子にはしっかりした師匠から教わってるみたいだけど、アタシは独学部分が大きいからなぁ。


 一応近々そのおんなじ師匠からアタシも教わる予定だったんだけど、間に合わなかったから仕方がない。今出来る事をやらなきゃね。


「じゃ、じゃじゃあ、わ、わたし達が、き、基本的には魔術で攻撃……でも……」


「問題は本命が引き連れてる半魔物化した無数のコウモリね。本当なら広範囲を一気に制圧出来るようなものが使えれば良かったんだけど……」


「わ、わたし、達、ろ、ロセッティさんみたいには、まだ出来、ないし……」


 二人とも武器術はさほど得意じゃない。ティリーザラ王国民らしく魔法の方が上手くて、どの魔法も同僚達の中だと上の方。


 だけど、普通の魔術ならともかく広範囲制圧型の魔術となると色々と勝手が違う。


 一般的な攻撃魔術なら攻撃対象に当たるまでの魔力で済むけど、広範囲に展開し続けなきゃならない制圧型は維持の為に魔力を流したままにしなくちゃダメ。


 それもただ流したままじゃなくて、展開した魔術の効果と範囲を安定させる為にずっと調整の為に演算し続けなきゃすぐに崩れちゃう。


 でも維持だけに集中してちゃダメで状況に応じた効果の変化もモチロン必要だし、範囲が広ければ広いほど制御も維持も難しくなって消費魔力量も跳ね上がる。


 オマケに魔術を維持する必要がある関係上、基本的にその場から動けない。


 普通の攻撃魔術とはまた一線を画す技術と演算力が必要なこの広範囲制圧型魔術……。


 これを卒なく難なく(こな)せるのは、アタシの周りじゃボスとロセッティさん、後は確かロリーナさんも特定の魔術ならそれなりに出来るみたい。


 でもディズレーさんを含めたアタシ達はまだまだ使いこなせてない。発動自体は出来るけど、それを実戦投入出来るレベルかと言われたら、全然まだまだ。


 これが半魔物化した無数のコウモリだけならそれでも良かったんだろうけど、アタシが惹きつけるとはいえデバウアーリードメガバットが一緒となるとかなり不安が残る。


 でも……。


「……私がやる」


「──っ!?」


「こ、ここ、コンタリーニちゃんっ!?」


「この中だったら、演算力は私が一番ある。魔力量に不安はあるけど……なんとかする。尽きる前に全滅させる」


 コンタリーニには珍しく曖昧な内容なのに強気だ。普段ならこの中だと安定やら中間みたいな立場にいきたがるのに。


 これも、ボスから言われた事に対する心境の変化……かな。わかんないけど。


「……わかった。ならヴィヴィアンが魔術でデバウアーリードメガバットに集中して攻撃する、でいいな?」


「う、うう、うん……」


「安心しろっ! 俺が三人の状況に応じてサポートに入る。こう見えてそういうのは得意だからなっ!!」


 知ってます。アタシ達三人ともよく知ってます。


 初めて会った日を初め、鍛錬中も、ボスやロリーナさんに怒られる時も、ディズレーさんはサポートに徹してくれてた。


 ま、まあだからこそアタシ達ボスに最後通告をされちゃったんだけど……。


 でも他の上司達── ヘリアーテさんやグラッドさん、ロセッティさん達の中ならディズレーさんのサポート能力はピカイチ。抜きん出てるとは思う。


 ……けど──


「でぃ、ディズレー、さん……」


「おん?」


「サポートの件ですが」


「あ、ああ……」


「最小限でお願いしますっ!!」


「……んえ?」




 ______

 ____

 __



「お待たせしました」


「ああ、ご苦労。メルラは?」


「はっ。現在収監ギルドマスターと面談中に御座います。この面談中に()()施設内のギルド員全員がスキルアイテムの月次メンテナンスに入るスケジュールとなる、と……」


「ふふふ。少し強引過ぎやしないか?」


「これでも譲歩を切り詰めた状況だそうです。大きな借りを作ってしまう、とメルラギルドマスターが嘆いておられました」


「それくらい私が返してやるさ。──で、そこに転がしてあるのが?」


「はい。体格、骨格、身長、体重、声音、髪質に至るまで限りなく近しい者を御用意出来た、とドラモコンドギルドマスターが」


「それは重畳。次会う時に褒賞の希望を聞かねばな」


 ──自分は今、収監ギルド「禿鷲の眼光」に訪れている。


 この国を裏から支えるキャッツ家運営の裏稼業組織「劈開者(クリベージ)」。


 その幹部が一人であるメルラ・プリケットの部下の一人にしか過ぎない自分は、その上司の命を受け大きな荷物を抱えて元帥閣下──クラウン様へお届けした所だ。


 そして今回の仕事の状況説明を閣下にしているワケだが、彼は自分の横に寝かされた黒い遮光性のある布に全身を包まれた荷物──要は昏倒させた罪人を軽く足で小突くき、身動き一つしない事を確認する。


「強力な睡眠剤を使用していますので、多少粗い扱いをしても目覚めません」


大蛇の暗月(うち)」で罪人からスキルを抽出する際に頻繁に用いている薬品で、使用用量を一歩間違えれば昏睡から永眠に直行する劇薬だ。


 多少の暴力──殴る蹴る程度なら起きる事は決してない。


「ほう。──因みに罪状は?」


「婦女暴行の末に強姦殺人。金品を窃盗の上に逃亡し、換金したそれを違法賭博に注ぎ込んだ後に負けた腹いせにすれ違った浮浪者数名に過剰な暴行……。余罪を洗ったらキリがないかと」


 清々しい程にどうしようもないクズ。


 処刑やらスキル抽出やらと人の尊厳を踏み(にじ)る仕事をしているが、今でも罪人の罪状が腐っていればいるほど罪悪感が薄れていくから助かる。


 不謹慎な話だがな。


 ──そんな事よりも気になる事がある。


「……何故、わざわざ生かしておく必要が?」


「む?」


 少し間を置き、彼に質問を溢してみる。


 要は今回コイツを使う上で、なんで死体では駄目なのかと、そう疑問に思ったのだ。


 正直なところ一般ギルド員でしかない自分にそんな事まで(つまび)らかにする必要は無いのだが、こう見えて閣下は先代に似て我々末端にも気さくに振る舞って下さる。


 仮にそれによって不況を買ってしまうならば、甘んじてお叱りを受けよう。


「……確かに死体の方が都合は良いさ。無用な心配事や詮索の可能性も減る。何より機密性が高いのは素晴らしい」


 取り敢えず、今何か言われはしないらしい。


「ならば、何故?」


「根本的な問題だ。先に述べた利点は、あくまで前提に〝疑念を持たれる〟事を考慮した際に発生するもの。ならばその前提を無くしてしまえば利点を考える必要すらなくなる。それ以上の利点はあるまい?」


「……つまりは死体を使うデメリットを上回るメリットが、生きた状態なら作れると?」


 そんな事……可能なのか?


 確かに翌日に罪人が突然死体となっていたなら様々な問題も浮上するだろう。


 死人に口無しの特権は、しかし存在そのものに対する強烈な印象によって幾らか霞む……充分に理解出来る。


 しかしだからと言って、生きた人間──とりわけコイツのようなクズ犯罪者が素直に我々の命令に従い続ける保証など、最早薄氷が如き頼りなさだ。


 とてもじゃないが死体を使った方がまだマシに感じるが……。


「普通は無いさ。だが私なら、可能だ」


 閣下はそう言ってしゃがみ込むと、罪人の顔をその場で露出させる。


 相も変わらず罪状が深く刻み込んだような罪深い人相をしているな。


 こんなクズの下らん欲求のせいで、平穏を送るはずだった人達を不幸のドン底に叩き落としたのだと考えると、見ているだけで気分が悪くなる。


 ただの処刑などコイツには生温い。存分に生まれたことを後悔しながら長い長い苦痛の果てに──


「ふん。醜く生きると顔まで醜いな。どれ……」


 突如、閣下が醜くと罵ったその顔を鷲掴んだ。


「い、一体何を……」


「……目を閉じていなさい」


「え」


「それともお前一人では抱え切れん秘密を背負いたいか? 私は構わんが、そうなればお前以外も巻き込む事になるぞ」


「……」


「宜しい」


 目を閉じ、その時が来るのを待つ。


 ──聞いた所によると、閣下はまだ齢十五……半年後には十六になるらしい。


 二十八でまだまだ若輩者だと嘆いている自分だが、彼を見ていると更にそれを痛感させられる。


 閣下にまつわる数々の噂、情報、報道はどれも信じ難いものばかりで、それら全てがたったの十五年と少しで積み上げられたと考えると、世の中には居るところには居るのだと、強く思い知るばかり。


 所謂(いわゆる)天才──時代の寵児……。


 二倍近い年齢差にも関わらず組織の最高位を戴いている事にも、そんな彼に敬語で接せる事にも違和感が湧かない。もうそのレベルではないのだろう。


 今回の仕事も越権行為ギリギリで、閣下の個人的な用件が含まれている事にも疑問らしい疑問があまり浮かばない。


 上に立っていて当然。命令を下されて当然。


 そう自然に思わせる風格と畏怖が、閣下からは発せられていた。


「──終わったぞ」


 閣下からの許しを得て、ゆっくりと目を開ける。そこには──


「──っ!? か、顔、が……」


 彼が鷲掴んでいた罪人の醜い顔……。その顔が穏やかで、弱々しく、しかしどこか頼ってしまいそうな屈託さがあるモノに……全く別人のものへと変わっていた。


 しかもこの顔は……。


「……成る程。理解しました。閣下が仰っていた事が」


「ふふふ。お前との会話は楽で良い。メルラがお使いに寄越したのも頷ける」


「恐悦至極に……」


「さぁ、牢の前にご婦人を待たせている。思い出の花壇にお邪魔するとしようか」


「無粋にならなければ良いのですが……」


「なぁに。その花壇の花でブーケをプレゼントするんだ。そういう約束だ。邪険にはされまいよ」


 閣下が笑う。三日月を深く鋭利にする。


 歩き出した彼の背中を荷物を抱えて追い、仕事を続行する。


 ただ一人の、彼の末端の部下として……。


 __

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