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強欲のスキルコレクター  作者: 現猫
第四部:強欲若人は幸せを語る
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第一章:四天王の華麗なる艱難-19

 



 任務に出掛ける前、俺は一人ボスに呼ばれた。


 そのまま朝食を一緒にして……。んで、食後のコーヒーに俺が顔を(しか)めてると──


「……四人の中で、私が一番懸念しているのは君だ、ディズレー」


 唐突に、そんな事を切り出された。


「次点でロセッティだが……理由は分かるか?」


「……男が俺一人だけ……ってことっスかね?」


「そうだ。男一人に女性三人の遠征……不安になるなというのが無理な話だろう」


 ボスが苦笑いを浮かべてコーヒーを啜る。


 いや、そりゃあ俺だって不安だ。それも一つや二つなんて生やさしい数じゃない。数えだしたらキリがない量の不安がある。


 けど──


「お、俺ぁガンバりますよっ! こう見えて女子の接し方には一家言──」


「そうじゃない」


 ピシリ、と言葉を遮られちまった。別におかしな事はなんも……。


「察せない程に鈍くもあるまい。……彼女達は君を狙っている。異性として、な」


 ……正直、目を背けてぇ事実ではある。


 俺が部下に取った三人の女子──ヴィヴィアン、ポパニラ、コンタリーニの三人は、どういうワケか俺に上司に対する尊敬なんかとは違う目で俺を見てくる。


 ……いや、どういうワケか、なんて鈍感なフリをしても意味ねぇな。


 俺はあの日──盗賊どものアジトで行われた学院生を巻き込んだ訓練で、この三人を手助けした。


 傷を負ってたのを救って、目標達成の助力して、三人を部下にして……。


 訓練じゃあなるべく気を遣って、嫌な思いをしないよう注意して、大切に大切に扱った。甘やかしってロリーナに言われちまうくらい、甘やかして……。


 その結果、どうやら俺は三人の好意を手にしちまったらしい。目線や態度やらからヒシヒシと、伝わっくる。


 男冥利に尽きるって言やぁ聞こえはイイんだがぁ……。


「……言っておくが、私は手助け出来んぞ」


「えっ!?」


 マっジか……。ちょっと期待してたのに……。


「他人の色恋沙汰に首を突っ込むほど野暮ではないのでな。そもそも立場上、誰の敵にも味方にもなってやれん。多少のアドバイスなら兎も角な」


「は、はぁ……」


「だがそうだな……。分かりやすく三つのルートを提示してやろう」


 そう言ってボスは人差し指を立てて俺に見せ、話しながら一本ずつ指を上げていった。


「一つ。しっかりと吟味した上で誰か一人を選ぶ」


「あ、ああ」


「二つ。神懸かり的な手腕と気配りで三人とも手にする。要はハーレム路線」


「あ、あぁ? えぇ?」


「三つ。いっそ三人とも諦めてしまう」


「う、うぅ〜ん?」


 なんか色々と聞き捨てならねぇモンが挟まってた気がするんだが……ま、まずはそっからか?


「ふ、二つ目の、は、ハーレムってのは?」


「この国には別に、一夫多妻を否とする法は無い。過去には十三人の妻を娶った王族も居たくらいだ。やれん事もあるまい?」


「お、俺は別に王族でもなんでもねぇよっ!! 比較対象がオカシイっスよっ!!」


「そうか? 私は別に君ならば問題無いと思うんだが……」


 はぁ……。この人にとって俺ってどんな奴なんだよ……。


 俺ってそんな甲斐性に満ち溢れるような超人にでも見えてんのか? 買い被り過ぎだっての……。


 ……つうか、それを言うなら──


「寧ろ俺は、ボスにこそそれ思いますけどね」


「む? 私か?」


「だってボス……「強欲の魔王」でしょう? 名前だけで言うなら、ボスこそロリーナだけじゃなくて、もっと沢山の女子を(はべ)りたいって思わないんスか?」


 正直ずっと思ってた疑問。


 確かにボスは強欲だ。欲しいって思ったモンはどんな手段だろうが手に入れるし、望む結果を必ず手繰り寄せる。


 それも考えられる限りで最も良い状況を整えた上で、だ。


 この世界のものは全て私のモノと言って憚らない……。そんな人がなんでまた、たった一人の女性だけで──ロリーナだけで満足してるんだ?


「……必要無いからだ」


「え」


「私が基本、何かを手に入れたいと思うのは〝愛〟故にだ」


「あ、愛ぃぃ?」


 予想だにしなかった答えに、思わず間抜けな声が漏れた。


 だけど、ボスはそれについて苦笑いを追加するだけで咎めては来ない。


「私が〝それ〟に対して愛おしさを感じた時、その全てを掌握したくなる……。勿論、単純に収集欲を刺激される事も間々あるが、根幹には必ず愛がある。欲望とは、愛の深度なんだよ」


「は、はぁ……」


「その点、ロリーナに感じている愛は飛び切りの極上……。(さなが)ら一度味わえばそれ以下のモノを口にするのも憚れるようなご馳走のように、最早私の舌は──心は彼女への愛に満足し続けているんだ。他は……不要だよ」


 な、なるほど……。


「彼女との出逢いは、私にとってまさに運命的だ。陳腐過ぎてあまり好かん言葉だがね。もし彼女と出逢っていなければ、もしかしたら君の言うように数多の女性を好いて侍らせていたかもしれんし、はたまたあくまで一つの〝手段〟として別のモノを手に入れる為にその関係を利用していたかもしれん」


 ボスが、どこか爽やかに笑いながらコーヒーに口を付ける。


 ロリーナに出逢えたことを改めて噛み締めてんのもあんだろうけど、多分、そうならなねぇで良かったって思ってんだろうな。


 俺はまだボスと《魂誓約》で魂を通わせちゃいねぇから、グラッドやロセッティみてぇにボスの記憶を一部知らねぇままだけど、ボスのことだ、きっと前世じゃ今よりもっと見境なかったんじゃねぇかな。


 ボスの前世じゃスキルは無ぇみてぇだし、その身その心だけで裏の世界でのし上がったんだろう。


 なら手段なんか全然限られてんだろうし、そんな不自由な世界で上目指すんなら、キレイ事なんざ言ってらんねぇだろうしな。


 ……ん? てことぁ、アレか?


 仮に何らかの形でロリーナが死んじまったり、死なねぇまでもボスの元から居なくなったりしたら、ボスはいったいどぉすんだ?


 …………。


「……何か余計な事に気を揉んでいるな?」


「──ッ!? い、いい、いや、別に……」


「ふん。まあいい。私の事などよりも今は君だ。無難な一つ目を選ぶにしろ、蛮勇な二つ目を選ぶにしろ、覚悟のいる三つ目を選ぶにしろ、それとも君自身が見つける四つ目五つ目を選ぶにしろ、だ。何かを〝決める〟という事に手抜かりは御法度。よぉぉく考えて、なるべく後悔の薄い結果にしなさい。でないと──」


「で、でないと?」


「……最悪は血を見るな。君か彼女等かは知らんが」


「え、えぇぇ……」


「まあ、欲望に素直になることだな。中途半端な付き合い方だけは止めなさい。やるんなら……ただひたすら真っ直ぐに、誠実に、だ」










 ──そんな朝食後の会話を経て、三日後。


「あ、ああ、あのディズレーさんっ!! ね、寝床……整えた、ので……。ね、眠くなった、ら、いつでも、どうぞ……」


「ディズレーさんっ! お夕飯の用意済みましたよっ!!」


「ああディズレーさん。路銀の方はご心配なく。多少の余裕があるよう調整はしているので」


「……」


 俺は、旅中ですっかり甘やかされていた。


「あ、あのよぉ三人とも……。世話ぁ焼いてくれんのは嬉しんだが……。ちょっと過剰なんじゃ……」


 もう何度目かも分からねぇ言葉を三人にかけるが、三人は決まって──


「で、ですから、お、お気に、なさらず……」


「そぉだよっ! ディズレーさんにはワタシ達の何倍も荷物持ってくれてるし」


「それに道中もしっかりと守って下さってます。これくらいはさせて下さい」


 ──と、俺程度の頭じゃひっくり返せねぇような善意百パーセントの返答が襲ってくる。


 ボスだったらこういうのも上手いこと丸め込むんだろうが……。俺にはムリだ。


 俺には彼女達の善意を跳ねのける胆力も、逆手にとって思い通りに運ばせる話術もない。


 ああクソ……情けねぇったらねぇよ……。


「ねぇコンタリーニ。目的地まであとどんくらいなの?」


「そうね……。もう三日くらいするかしら。天候にもよるだろうけど……」


 そう言ってポパニラとコンタリーニが空を見上げ、後を追って俺とヴィヴィアンも見上げた。


 つい何分か前まで赤かった空は群青色に染まり、チラホラと星の光が灯り始めてる。


 ゆるく吹き抜ける風は、何だか肌寒くて湿っぽい。


「……もしかしたら明日あたり降るかもしれないわね」


「あぁ……マジかぁ……」


「い、今のうちに雨具、よ、用意しとくねっ!!」


 そそくさとヴィヴィアンが設営したばかりのテントに向かい、中に潜り込む。


 一応弁明しておくと、寝床であるテントは男女で別々。俺のは一人用の小さなモノで、彼女達のは三人用の大型のモノだ。


 ボスは恋愛にはつべこべ口を挟まねぇけど、不純異性交遊は禁止って厳命してる。


 だから無ぇとは思うが、万が一彼女達が何か魔が差して俺なんかに夜這いを仕掛けようとしてきても出来ないようになるべく小せぇテントを買った。


 ぶっちゃけ自分のこの自信過剰っぷりに寒気すっけど、やらねぇで間違いが起きちゃ世話ねぇからな。


 それキッカケで部下達のや俺との関係ギスって離散……なんざ目もあてらんねぇ。ボスにも顔向け出来ねぇ。


 だからこれは必要な処置だ。現に三人は俺に何もしてきてねぇしなっ!


 ……なんか、虚しくなってきたなぁ……。


「今日は早めに寝て、朝早く起きてみよっか。んで空模様の具合見て出発早めるなりして調整しよ」


「道中で降られたら?」


「雨の勢い次第かなぁ。小雨ぐらいならともかく、それなりの勢いなら雨風凌そうな場所でやり過ごそうよ」


「そうね。でもあまりのんびりも出来ないわよ? もし長雨になるなら──」


 ……はぁ。俺の部下達は優秀だなぁ。


 ── 躑躅(つつじ)色の髪をロングヘアのサイドダウンに纏めているヴィヴィアンことヴィヴィアン・イクシオンは、普段大人しくて頼りなさそうに見えるが、その実割と働き者だ。


 王都でも上位に位置するイクシオン商会の娘らしく、荷物の準備や管理を得意としていて、買い出しの時も家のコネを利用して格安で買い揃えてくれた。


 ああ見えて結構(したた)かなのが魅力的な女性だと思う。


 ── 桃花色の髪をボブに切り揃えているポパニラことポパニラ・タンクレッドは、ハキハキとした言動と溌剌さで周囲を明るくするムードメーカー。


 珠玉七貴族の〝金剛〟モンドベルク家の傘下ギルド「 黄鶲(キビタキ)の長羽」のギルドマスターを務めるタンクレッド伯爵家の三女で、地方の巡警を主として活動してるギルドらしく、遠征に関する知識には一家言ある。


 さっきみてぇに空模様や風なんかで簡単じゃあるけど翌日の天気を予測出来るし、俺達の歩行ペースで食糧と水がどれだけ持つのかも把握してたり、万が一の時のサバイバル術なんかも収めてるって話だ。


 ── 珊瑚色の髪をセミロングに切り揃えているコンタリーニことコンタリーニ・ヘンリエッタ・テンプルは、地方の中でも歴史ある中規模の都市である「ケシアスト」で市参事会の徴税役員の娘で、静かで冷静な言動が特徴の理知的な子だ。


 徴税役員の娘という事もあって読み書き計算を徹底的に仕込まれてて、学院内だと計算に関した授業やテストじゃ常に上位をキープしてる。


 目的地までの距離や道中の路銀の管理、それから着いた後の書類の処理関係なんかも一手に担ってくれる予定だ。


 ただしっかりしてるようで、たまぁに予想外のポンコツをかますところがあって、それがみんなに見られた時に恥ずかしそうにする姿が可愛らしかったりする。


 三者三様、それぞれにスゲェ能力と才能、そして魅力があって、俺にはもったいないくらいだ。


 それに比べて俺ぁ──


「……ん? 誰か、近付いてくる?」


「見るからに……盗賊ね。格好があからさまだもの」


「え? え、え、え、え、えぇぇっっ!?」


 ……どうやら運悪く野営を見つかっちまったらしい。


 ウチは美人な女子が三人も居るからなぁ……。


 通りすがりの行商人やら旅人やらに何度下心丸出しの手助けを申し込まれたことか。


 全く善意が無ぇわけじゃねぇから断りづれぇし、下手な断り方しちまったら今後のボスや「十万億土(パライソシエロ)」の評判に響いちまうかもしんねぇし。気ぃつかってイヤになる。


 それに比べりゃあ盗賊なんて……楽でいいや。


「でぃ、ディズレーさん……」


「ん。キミらはそのままで」


 立ち上がり、近付く盗賊どもを出迎えるため肩を鳴らす。


 最近じゃ彼女達に甘やかされてばっかりだったからな。ここは一つ、不甲斐なさを解消といきますか。





 ______

 ____

 __





 クラウンさんの朝は早い。


 二日に一回、基本的に就寝時間は二時間程度を取っている。


 本当ならスキルの権能で何ヶ月も寝れないで済むけれど、やっぱり人間として不健全だからって、話し合ってこのくらいのペース配分にしてもらった。


 そして毎朝二時に起床して、簡単な身支度を終え、運動着に着替えてから外出。


 王都の門を潜って欠伸をする門兵に挨拶をすると、雑談をしながらストレッチをしてそのまま外壁の周囲で走り込みを始める。


 その後は学院内にある屋外訓練場で基礎的な筋トレをしてから、武器術による型の鍛錬。それも剣術だけじゃなく、自分が持ってる武器術全部を、日毎にローテーションを組んで。


 勿論その時は体力やスタミナに関するスキル、それから武器術のスキルは全部切って、自前の肉体と技術の力だけでやり切る。


 スキルの数や性能に驕らず、スキルが例え無くともある程度問題無いように努力を怠らない……。


 そういう所が本当に、尊敬する。凄くカッコいい。


 そんな彼に少しでも寄り添って支えたくて、武器術の鍛錬が終わる頃を見越して毎日差し入れをしている。


 と言ってもこの後に朝食もあるから、水分補給の為の経口補水液──砂糖と塩とレモン果汁を入れた水と、効率的にタンパク質を取れるようにツナとチーズを掛けたパンだけになっちゃってるけど、クラウンさんは喜んでくれている。


「いつもありがとうロリーナ。助かるよ」


「いえ。アナタに喜んで頂けているなら何よりです。……」



 ……つい、クラウンさんの身体に目が行く。


 当たり前だけど、鍛錬をすれば汗をかく。そして決まってクラウンさんは着ていた運動着を途中で脱いでしまい、今は上半身が裸。


 冬場の入り口なのもあって発熱して蒸気を上げる彼の身体からは汗が浮いて滴って、隆起してる筋肉に沿って流れる……。


 それが……なんとも……──


「……ん?」


「──? どうしました?」


「いや……。君は兎も角として、よくもまぁ毎朝飽きもせずに来るもんだな、とな」


「……あぁ」


 クラウンさんの目線を追って校舎の方を見上げてみれば、そこには窓から顔を覗かせる女生徒達の姿があった。


 それも一桁人数じゃない。まばらにだけど複数箇所に何人かでまとまってコチラを──正確にはクラウンさんの肉体美を見ている。


 隠れながら見る子、友達と騒がしく見る子、今にも身を乗り出しそうなくらい前のめりな子……。


 中には何故か男子も居たりするけど……まあ、そんな事はどうでもいい。


「…………っ」


 私が強めに睨むと、彼女達は蜘蛛(クモ)の子を散らすみたいに散っていく。


 いつもはそのまま静観してるけど、あまりに熱のある視線を向けて来たらこうして睨んでみている。無遠慮にクラウンさんを見るなんて、許せないもの。


 ただそりゃあそれ目的で睨んでるんだから良いんだけど、私ってそんな勢いで逃げるくらい怖いのかな?


 それだとしたらちょっと……複雑……。


「そう言えばロリーナ」


「あ、はい。なんでしょう」


「今日は確か午前中で授業が終わる予定だったと思うが、午後に用事はあるか?」


「いいえ。可能であればクラウンさんとご一緒したいのですが……」


 ここ最近、私はクラウンと殆ど一緒に行動している。


 それこそ学院での授業以外である仕事プライベート両方の時間を。


 だからそもそも一緒じゃない方が珍しいから、わざわざこうして私の予定を聞いてくるのは珍しい。


「そうか。ならば一緒に来てくれるか?」


「構いませんが……肝心の場所は?」


 きっと最悪私が居なくても構わなかった……けれど来てくれるなら幸い、みたいな内容なんだろうな。


 まあ、私はクラウンさんが困らなければ付いて行くけど。


「ああ、一箇所ではないんだ。強いて言えば……」


「言えば?」


「……約束解消行脚……だな」


 ……約束?










 ──クラウンの早朝鍛錬の時間は、今や女子生徒や一部の男子生徒の間で一種のイベントと化していた。


 魔法魔術学院は世界最高峰の魔法・魔術を修められる場であるが、その関係上、肉体派の人間は教師生徒合わせてもほぼ、存在しない。


 何せこの学院には魔法・魔術を学びに来ているのだ。肉体を鍛えられるような授業など殆ど無いし、鍛えたいなら他の学校に行くか個人で勝手にやれという話である。


 ただ故に、学院内の一定数の人間は飢えているのだ。男女関係なく魅力してしまうような、筋肉による彫刻のような野生的な魅力を。


 何も性的な意味合いだけではない。


 単純な〝美〟としての感動、感嘆、興奮、恍惚……。


 それらに魅了され、本能的に求めてしまう……。そんな環境から程遠い学院内の生徒達ならば尚のこと、敏感に刺激される。


 そんな彼等彼女等の前に、突如としてそれが(もたら)されたとしたら?


 ロリーナに少しでも魅力的に感じてもらうようにと完璧なまでに計算尽くされ鍛え上げた筋肉美、肉体美がある朝から急に現れたら?


 ……惹かれない方が不思議というものである。


 この秘密の鑑賞会は基本、毎朝行われている。


 最初は偶然早起きした女子生徒が発見し、一瞬で口コミで広まり、気が付けば発生していたこの鑑賞会は、なるべくクラウンに迷惑にならないよう一回の鑑賞で最低限の人数を絞り、曜日によるローテーションが組んでひっそりと行われていた。


 中には寝不足に陥ったり、逆に早起きにより体調が良くなった者まで現れ始めている、そんな些細だが熱烈な鑑賞会。


 だがしかし、一つだけ注意せねばならない事がある。それは──


「……アンタ、大丈夫?」


「う、うん……」


 彼女は名も無い──いや厳密にはあるのだが、ごく一般的な女子生徒。


 本人の自覚していないところでクラウンに対し()()熱を上げている、平凡な少女である。


 いつもはローテーション通り友人と一緒になってクラウンの鍛錬姿を見ていたのだが……。


「ダメよあんな熱っぽい目で見ちゃ。だから彼女に睨まれるんだから」


「う、うぅぅ……」


 今日、彼女は油断した。


 いつもは冷静な理性によって抑え込んでいた感情を、寝惚けていたのもあって取り逃してしまったのだ。


 結果、彼女は普段より熱の籠った視線をクラウンへ向けてしまい……睨まれた。


「こ、怖かった……生きた心地、しなかったぁぁ……」


「ま、まあ、側から見ても寒気したし。直撃喰らっちゃったら、そりゃあねぇ……」


 彼女に──ロリーナに睨まれた瞬間、彼女の中にあった暖かな熱は急転直下した。


 怒りではない。憎悪ではない。殺意ではない。


 ただ何も……何も無かった。


 (さなが)ら氷張る極寒の水の中に叩き落とされたような……底無しの井戸の中に飛び込んでしまったかのような……。そんな取り返しのつかない局面に立たされたかのような、果てしなく鮮烈な怖気(おぞけ)


 ロリーナに睨まれ、その〝眼〟を直視してしまって感じたその恐怖にて、クラウンに対する天文学的な低確率の可能性すら握り潰された……。そう、彼女は直感してしまった。確信してしまった。


「はぁ……。今日どうする? なんなら私から先生に休むって伝えとくけど?」


「う、うん……。お願い……」


「はぁあ。今日が半休でよかったぁ」


 こうして一人、鑑賞会のメンバーは減った。


 ()()か激しい増減を繰り返すその鑑賞会は、クラウンがこの学院に在籍している間、存続し続けたという……。




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大罪スキルを回収する過程で怠惰を獲得したらこの朝練はどうなってしまうんだ…
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