第一章:四天王の華麗なる艱難-18
──疲れた。多分、人生で一番疲れたんじゃないかな。
ボスに会う前に色々と苦労してたし、会ってからもシンドイ事は沢山あった。
エルフの砦で、盗賊のアジトで、「魔天の瞳」の教会で、戦争で……。本当に色々苦労して、疲れたのを覚えてる。
でも今回は……今回の任務に関しては心身ともに、一番疲れてると思う。
なんでだろ……。やった事はノルドールとかと戦ってた時が一番しんどかったハズなんだけどなー。
……まー、なんでだろーって言いつつ、原因は分かってるんだけどね。
言わずもがな、ボクがまるで物語の登場人物みたいに土壇場で覚醒した、この〝眼〟。
トランセンド・ゴーレムのあの岩石の身体すらまるでプリンみたいに〝斬る〟事を可能とした眼……。
ボスに《解析鑑定》して貰って判明したこの眼の正体はマスタースキル《劈眼》。
万物に存在する劈開を視覚化し、そこに刃を滑り込ませる事でそこを強制的に劈開面にしてしまうという、規格外の魔眼系スキル。
発動中は視神経の活性化に伴って周りの動きが止まって見えたりもする、結構スゴイスキルなんだけど。
代償としてとんでもない量の魔力と体力を持っていかれて、過度な視神経の疲労と激痛が来るけど……。まー、それにしたって破格の性能だと思う。ボク自身ビックリだしね。
正直あの眼の激痛が来た時はそのまま失明するんじゃないかって心配してたけど、治療したロリーナ曰く──
『眼球や眼筋に損傷は増えてないから、多分元々のキズの痛みを何らかの形で数倍にして再現してたんじゃないかな。使う度に傷付いてたら眼なんてあっという間に使えなくなると思うし……』
──という事みたい。
ボクを襲ったあの気絶しそうなくらいの激痛も、元々ボクの眼がクスリの影響でズタズタだったせいかもね。うん。
でも、あの痛みがただの再現で使い続けても大丈夫って分かったのは僥倖かな? ただ痛いだけなら覚悟さえすればなんとか使えるでしょ。
《劈眼》は権能だけみれば信じらんないくらい強いスキルだし、これでもっともっとボスのお役に立てるってもんだよ。うんうんっ!!
……まー、それはいーとして、だ。
「ぼ、ボスぅー?」
「ん? なんだグラッド」
「いやあの……これってぇー……何グラム?」
目の前で上がる、分厚い湯気。
弾ける細やかな油の音、それで踊る焦茶色の分厚い塊。
漂ってくるのは野生的で本能を刺激するような濃厚な……肉の香り。
そう。ボクの目の前には今、極厚のステーキが鎮座していた。
「何グラムって……千だ」
「……ん?」
「分かりやすく言えば一キログラムだ」
「え、えぇー……」
──竣驪とキャサリンがあの洞窟で目を覚ました後、ボク等は村人達に報告をし、ボスのテレポーテーションで即時王都に帰還した。
本当なら帰路までが任務の一部なんだろけど、あの遠路を病み上がりの竣驪に歩かせるのは無理だし、ボク等も長旅に耐えられるような状態じゃない。
それを鑑みて、ボスが特別に帰路を任されてくれた。助けられた分際で言えた義理じゃないけど、ホント、ボスはボク等に甘いよね。
……んで、身体洗って着替えて泥みたいに寝て……。
起き抜けに出されたのが、この肉塊……。
いやね? 確かにバカみたいにお腹空いてるよ?
今日一日まったく動きたくないくらいにはまだ身体ダルいし、気力もほとんど湧かないくらいスッカラカンだよ?
でもだからって一キロのステーキって……。
「なんだ? 食欲が湧かないか?」
「いやいやいやっ!! ぼ、ボスー? いくらなんでもこんな量食べ切れないよ? 後フツーに消化に良くないよ」
「なら食べられる分だけで構わんし、少しでもキツイと感じたなら残して問題無い。残りは私が食べるのでな」
そう語るボスの前にも、ボクと同じステーキがある。
ただこの人が食べてるのって、どう考えてもボクのヤツより二、三倍量ありそうなんだけど。
しかもビックリするくらい綺麗な所作で信じられない速さでどんどんボスの口の中に消えていく……。
これが「暴食の魔王」かー。あっはっはっはっ……。
……。
「……あの後、みんなは?」
起きてすぐ食卓に連れて来られたから、あの後どーなったのかまだ聞いてないんだよね。
一応は任務を主導した身だし、聞いておかなきゃ。まー、ボクが気にするってなるとキャサリンと竣驪……あとあのオッサンも念の為、ね……。
「キャサリンはまだ寝ている。初任務での遠征だったからな。相当疲れていたのだろう」
「……ボクのことは、なんか言ってた?」
「ん? ……より一層、君に尊敬を募らせていた。この程度で済んだのは君のお陰だともな」
「……買い被りだよ」
「そうか」
「うん。……竣驪は?」
「早朝、「魂の契約」を交わした。これでわざわざ二つ分ぶち抜いた馬房で我慢させずに済んだ。今は私の心象世界でのびのびしている」
ボスの言う「心象世界」っていうのは、ユニークスキル《蒐集家の万物博物館》の副産物みたいなものらしい。
その世界では荘厳な美術館を中心に広がっていて、シセラやムスカ、そして竣驪も、その美術館内でボスが用意した専用部屋に基本的には住んでるみたい。
部屋の内容もそれぞれの住み心地に合うよう最適化されてるみたいだから、きっと竣驪もボスの中で悠々としてるんだろうな。
「じゃ、じゃーさ、あのオッサン──ウィリアムは?」
「……一応、まだ生きてはいる。メルラに預け拷問させていたんだが、これが中々にしぶとくてな。ただメルラも「やり甲斐があるわね」なんて気合いをいれていたからな。情報を吐くのも時間の問題だろう」
「ふーん。そっかー……」
メルラさんっていうと、ボスが元帥やってる「劈開者」の幹部の一人……だっけ。確か尋問と拷問、それから処刑なんかを担ってるって話だったかな。
これぞ裏稼業って感じの役職だよね。
……まー、これを〝公安〟の一環だと言っていいかは疑問だけど。
「ふふふ。なんなら君がやってみるか?」
「えっ!? い、いやー……。ボクそーいうのは割と苦手だからなー」
痛そうなのとか、直視できないんだよねー。なーんか変に共感しちゃって、鳥肌の立っちゃう。
「ふむ……。君の今後を考えるとある程度は学んで欲しいのが私の正直な考えなのだがな」
「そ、そう?」
「まあ、喫緊の問題ではないからな。少しずつでも構わんから、耐性を付けてくれたらと思う」
「あ、あっはっはっはっ……。善処します……」
「……」
「……」
「…………」
…………で、いい加減もう一つツッコまないといけないんだけど──
「ていうかボス、その子達誰よ?」
ボクはさっきからボスの周りでちょこまか動き回る二人の子供に目をやる。
八歳から十歳くらいの年齢で、灰色の髪をした男の子と茶色い髪にウサギの耳が頭から生えた女の子……。
その二人が、ボスに料理を運んだり空になった食器を片付けたりと忙しなく動き回っていた。
「ああ、ちょっとした拾い物をしてな。名前はポーンとポニーだ」
まるで世間話の一つみたいに子供二人を拾ったと語るボス。いやいやいや、そんな子犬や子猫じゃないんだから。
「本当はポーシャのとこで世話させるつもりだったんだが、二人とも私の下で働きたいと聞かなくてな。役職云々はまあ、追々として、ひとまずはマルガレンの部下として位置付けている」
「ふーん。要はボス専属の使用人候補?」
「暫定な。将来やりたい事が出来た時はそちらの方を支援してやるつもりでいるが……」
ボスが言葉の途中で二人を見ると、二人は背筋をピンと伸ばす。
「お、オレたちは絶対っ! ご、ご主人様の使用人になりますっ!!」
「な、なりますっ!!」
「……見ての通り、これが割と頑なでな。私としては最近マルガレンを振り回しているから雑務を肩代わりしてくれて有り難いには有り難いんだが……。別にそれ目的で拾ったわけでないからな。少々心境としては複雑なんだ」
「そ、そっか……」
どうせボスの事だから、その審美眼で二人に何かを見出したんだろうけど、ボスの目論見通りには動いてくれなかった、と……。
戦時中、アレだけの貴族を相手に手八丁口八丁で操って間引きしながら信頼を勝ち取ったような人が、まさか子供二人の手綱を握り切れてないなんてね。
大人より子供の方がボスを困らせられるって、なーんか不思議。
「お、オレたち、ご主人様に感謝してるんですっ!! あの薄汚いとこから出してくれて……」
「わ、わたしは足を治してもらいましたっ!! だから動けるぶん、ご主人様のお役に立ちたいんですっ!!」
「分かった分かった。散々聞いたよまったく……」
ボスが頭を抱えながら小さな笑みを溢す。子供に甘いよね、ホントに。
「ほら、配膳はもう構わないからマルガレンに読み書きを教わって来なさい。私の使用人になるからには最低限の識字筆記と計算は熟してもらうからな。真剣に取り組むように」
「「はいっ!!」」
元気よく返事をした二人が部屋から出て行く。扉を閉める前にも一度頭を下げたりなんかして、それっぽくは出来ている。
「……因みにマルガレン本人はなんて?」
「まあ、多少不服そうではあったな。自分の仕事が取られるとか、私に仕える時間が減るとか、そんな事を遠回しに言われたよ」
「あはは。彼、割と独占欲ありそうだしねー」
「お。分かるか?」
「見てたらなんとなく」
ボク等ボスの部下とマルガレンが初めて顔を合わせてから、まだまだ日は浅い。
何せ彼が眠り続けていた間にボク等はボスの部下になったワケだからね。本来少しずつ築いてたハズの関係値が丸々ぶっ飛んじゃってるワケで、ハッキリ言って最初はお互いがお互いどう接して良いのか分からなかった。
ただボスのボク等とマルガレンに対する接し方は良い意味で少しだけ違っていて、具体的な言葉で言われなくても自ずと浮ついた距離感みたいなものはここ最近は薄れてきてる。
これはロリーナやティールに対する接し方の違いにも言える事だけど、ボスは身近な人間であればあるほど、そうやって巧みに接し方を変えてボク等を何も言わずとも安心させてくれる。
ホント、そういうのが上手いんだから。
ただやっぱり、流石のボスでも本人が望んでないモノを与えた相手──この場合はマルガレン──の心象までは、そう簡単に飲み込ませられてないみたいだけど。
「眠ってしまう前からそれなりに露骨ではあったんだが、目覚めてからはそれがより顕著でな。何かこう……使命感のようなものを感じる程だ」
「使命感、ねー……」
「私としては有り難くもあるんだが、少々気負い過ぎているようにも見えてな。故に少しでも負担が軽くなるならと、あの子等を使用人候補として受け入れたワケだが……」
「逆効果だったって?」
「そこまでではないが、少々頓に過ぎたかもしれん。優秀過ぎてつい忘れがちだが、アレでマルガレンはまだ十三だ。いきなり部下だと与えられてもそう簡単に受け入れられはすまい」
いや、いやいやいやいやいやぁー? そういうボスだってボク等と同じまだ十五でしょうよ。
それを言うならどこの世界に国の重鎮たちと太いパイプを結びながら最高位魔導師の後継者と救国の英傑になって国を陰から支える裏組織を牛耳る十五歳が居んのさ。
ボク等の方だからねっ!? ボスがまだ十五歳だって忘れそうになるのっ!!
ってか実際思ってないよっ!! ボスを十五年しか歳重ねてないバリバリの若人だって思ってないからねっ!?
言ってる人が規格外過ぎて最早冗談だよ。
「とはいえ、そういう経験は早いに越した事はない。少しずつ上司としての矜持を説きながら慣れて貰うつもりだ」
「うーん、そうだね。それに関してはボクも他人事じゃないかな……」
──今回ボクは、一応は任務を全う出来た。
ケガこそしたけど誰も死んだりしてないし、目的だった特殊個体魔物も討伐出来た。
何なら連れて来た竣驪が新たに魔獣を飛び越して幻獣になって、ボクに眠っていたらしい「魔王の下僕」の力にも目覚めた……。
結果だけを見れば諸手を挙げて祝福と賞賛が送られるような大成果だ。……だけど──
「ボクはキャサリンのサポートのハズだったのに、かなり怪しいライン──ううん、最終的にはボクがでしゃばっちゃった。ボスに課された最低条件……。それをボクは達成出来てない」
いくら結果が良かろうと、それを支える地盤が崩れてたら意味が無い。全部が崩壊して、台無しだ。
ホント、情けないったらないよ。
「結局ボクは、いつもこう……。前の「魔天の瞳」の教会潜入だって、教祖のスターチスに情けを掛けられて成功したに過ぎない……」
「……」
「あっはは……。こんな後悔ばっかして愚痴ってちゃ余計ダメだよねっ。こんなんじゃ、「十万億土」の幹部なんて務まん──」
「少し、昔話をしようか」
「……え?」
ボスの口調が、どことなく悲しげになる。
それと同時に口に運んだ骨付き肉を骨ごと頬張って、まるで飴でも噛み砕くみたいに苦もなく咀嚼した。まるで自分の中の何かを誤魔化すみたいに。
「お前は、私が生まれた時からこんな人間だったと思うか?」
「え、えぇと……」
ボスの言う「生まれた時」というのは、多分今世の話じゃなくて〝前世〟の時を言ってるんだろう。
何せボスは転生者で、この世に生まれた瞬間から今と変わらない自意識と記憶を持ってた。
ボスもボクがそれを知ってる事なんて百も承知だろうし、わざわざそんな言い方をするなら、やっぱり前世の話だ。
「賢い子……ではあったんじゃないかな?」
「ほう。賢い、か……」
ボスはもう一本の骨付き肉に噛み付き、また骨ごと咀嚼する。
ガリゴリと、食事中とは思えない音が妙に響いた。
「……確かに、平均よりは多少はマシだったかもしれん。両親は小さいながらに診療所を開く医者と看護婦だったからな。勉学という面で言うなら、私はそれなりに優秀だったかもしれない」
口調は変わらず悲しげだ。初めてかもしれない。こんなボスの声を聴くのは。
「だが聡くは無かった。年相応の浅い知恵を持っているだけの、ただの……普通の子供だったよ」
「へー。想像出来ない……」
「ふふふ。私だってそんな時分はあるさ。……思い出すだけで歯痒く、耐え難い過去ぐらい、な……」
……やっぱり想像出来ないな。
ボスがそんな、普通の子供みたいだったなんて。
「──前世の当時、我が国は戦争の最終盤でな。そんな折、腕は良かったが目の悪さで徴兵を免れていた両親は負傷兵の治療に明け暮れていた。私も、当時は水桶の水や包帯の交換など、微力ながら助力していたな」
おー。子供なのにエライじゃん。ボクはよく知らないんだけど、そんな頃って普通、友達とかと遊びたいんじゃないかな?
それを押して家族を手伝う……。なんかちょっとだけ、ウチの家と似てる……かな? 立派さの面で言えば天と地ほどの差があるけど……。
「程なくして戦争は終着。我が国は大敗を喫した」
「え」
「我が国には敵国に一時的にだが占領され、敵軍の兵士達が駐留していた。政治、経済の改革を名目としてな」
「いや……でも、そんな……。大変じゃないの?」
「ああ国中、殺伐としていたよ。何せ何万という勇士達を蹂躙した敵兵が、理由はどうあれ近所を練り歩いているんだからな。……まあ、敵兵の大半は友好的ではあったが……」
そこで、ボスの手が止まる。
目を伏せ皿に落とし、明確に言葉の強さが弱まっていく。
かつてないほど、弱々しく……。
「…………両親は、そんな友好的な大半には含まれないクズ共に……殺された。くだらん麻薬によってな」
「──ッ!?」
「戦時中、兵士の精神安定目的で麻薬──覚醒剤が重用されていてな。戦後も僅かに一般に密造、密売が広まっていたんだ。……敵兵の一部にも、それが密かに渡っていた」
麻薬……。
「両親はクズの敵兵に、どういう経緯かその覚醒剤の密造を強要されていたんだ。恐らく、私を理由に脅されていたのだろうな」
「そんな……」
「暫くは言われるがまま密造していた両親だったが、ある日良心の呵責に耐えかねた。周りの人達が少しずつ中毒者になっていく様に耐えられなかったんだろう。故に、両親は自首しようとした。……だが──」
「……」
「……その事がヤツ等にバレた。その後の仕打ちは……筆舌に尽くし難い地獄だ」
ボスの手にある骨付き肉の骨が軋みを上げ、砕け散る。
「母さんはヤツ等に複数人で犯され……父さんは椅子に縛り付けられながら、その様を目の前で見せつけられていた……。二人とも致死量一歩手前の覚醒剤を打たれながらな」
「……っ」
「その場に居る全員が、正気ではなかった。クスリであの地獄には感情の無い笑いが蔓延し、頭がおかしくなりそうな光景だったよ……」
「え。待って。その言い方だとボスは……」
「…………様子のおかしい両親がヤツ等に連れて行かれるのを、偶然見掛けてな。尾けて行った駐屯所で、それを目の当たりにした」
「そんな……」
「私は当時非力な子供だ。見つけたところでやれる事は高が知れている。…………やれる事は、限られていた」
砕いた骨をボスは諦めるように一息吐いてから口に放り、手を拭ってから傍らに置いていたワインに口を付けた。
殆ど、一気飲みに近い。
「あの時の事は、正直あまり記憶にない。だが気が付けば目の前の駐屯所は業火に包まれ、私は手に酒精の高い酒の空き瓶と、マッチを握っていた……。私がやったのは自明だろう」
「……」
「駐屯所は全焼し、中に居た人間は一人残らず焼死した。死体の見分けが付かない程に炭化していたらしい。両親の死体も……な」
「……」
「その後駐屯所の火災は、現場から発見された覚醒剤の残留物から薬物乱用による火の不始末によるものとして処理され、両親は行方不明と発表された。私は母方の叔父に引き取られ、精神治療を受けながらその後を──」
「ぼ、ボスっ!!」
思わず、大きな声が出た。
結局ある程度聞き終えちゃった気はするけど、これ以上を聞いちゃうのは、なんだかボクの事がキッカケのまま流れでなーなーでじゃダメな気がする。
例えボスがどんな理由で話そうと思っていたとしても。
「あぁ、すまない。食事の場であまりに不相応な話題だったな。食欲を失くしてしまったのなら申し訳ない」
「いや、それは……」
「話がかなり脱線してしまったが、要するに今の私がどれだけ優れていようと、後悔や悔恨の尽きない過去はあるという事だ。君にとってのあの過去や初任務、そして今回の任務の件で感じているその感情は、感じて良い当たり前のものだという事だ」
「ボス……」
「いくらでも後悔しなさい。その悔しさが成長の礎になり、成功に導くための原動力の一部となる。そして少しずつ後悔の大きさを小さくしていき、自信に変えていきなさい。腐りそうなら私やヘリアーテ達に頼り、耐えられないなら休んで気持ちを切り替えるのも手だ。それに手を惜しむんじゃないぞ?」
「……はい」
──ボスは両親を薬物が原因で失った。
だからこの国に広まってる「吽全」の撲滅に本気だし、それを取り扱う密造密売業者を憎んでる。
薬物に人生をメチャクチャにされた人として当然の感情だ。
……でも……それでもボスはボクを拾ってくれた。
ボクだってボスの憎悪する薬物の密造密売人の一人だったのに、出会った時のボク個人を見て、気に入ってくれて、その中にあったハズのおっきな嫌悪感の方を殺してくれたんだ。
それどころか憎くて憎くて仕方がない薬物を使ってまでボクを救う事の為に利用した……。
吽全を手にし、それを若いエルフ兵の食べるパンに混入させるよう頼んだボスの心境は…………計り知れない。
でもやってくれた。
ボクを本当の身内にする為に……自分の苦しい過去と煮える憎悪を踏み付けてまで──かつて嫌悪したヤツ等と同じ事をしてまでボクを選んでくれた。
ボクは……そんなにもボスに期待されてるんだ。
ボスにとってボクは、それだけのことをするだけの存在なんだ。
ボクは──幸せ者だ。
「よし。なら取り敢えず今は食べなさい。今この時ぐらいは自分に食の舌鼓を打たせてやるんだ。空腹は肉体も精神も脆弱にさせる。自身を律し厳しく当たるのは立派だが、時には甘やかさんとな」
「はいっ!!」
ボクは話し込んだせいで冷めてしまったであろうステーキにナイフを入れ、一口にしては少し大きくなってしまったそれを頬張る。
固すぎず、柔らか過ぎない歯応えの繊維を噛むと、野生味ある濃い肉汁が溢れ口一杯に広がる。
香ばしい焼けた肉の香りが口内から鼻に抜け、噛み潰した粗めの胡椒とそれを邪魔しないソースの風味が後を追い掛け、この上ない幸福感が頭の奥から迫り上がって来た。
あ。ヤバイコレ。一キロ食べられるかもしんない。
と、いうか──
「えっ、温か……」
「《保温》のスキルを封じた皿だ。今の会話中程度なら焼き立て同然だろう」
「はっはー。抜かりないねー。流石ボス」
「ふふふ。当然だろう? さあ、食事を楽しもう」
「うんっ!!」
──それから結局、ボクは何だかんだ一キロの肉塊を食べ切れてしまい、仕舞いにはボスに促されてワインまでしこたま呑んでしまった。
あんな気分良かったのは、久しぶりだったな……。




