第一章:四天王の華麗なる艱難-16
──幻獣・魃驪。
自然災害としての〝旱魃〟を司る正体不明の存在であり、降り立った地の湿度を問答無用で降下させ、生命の根幹を根こそぎ刈り取る災厄の獣である。
魃驪は古くから災害に関する文献に度々上がる名であり、天候などの前触れが一切無い状況の中、極短期間でランダムな範囲の水分という水分を一気に乾燥させ、草木を枯らし水脈や水源を干上がらせると語られていた。
当然それを目撃なり認識した専門家達は特殊な魔物の仕業と判断し、討伐無いし捕獲、調査をしようと試みたのだが、いずれも失敗。
そもそも出現は神出鬼没であり、唯一の手掛かりは豊潤な地に現れるという事だけ。
なんとか立ち会えたとしても魃驪は謎の手段によってその場から忽然と消えてしまうし、例え近付けたとしても接近するにつれ身体の水分が急速に失われていき、近付く事すらまともに叶わない。
《乾湿魔法》で抵抗しようにも、魃驪が操る旱魃の能力はそんな魔法の力を遥かに上回り、勝負にもならない。
それに加えてその圧倒的な巨躯を誇る馬体は唯一無二であり、例え旱魃の能力が無くとも肉弾戦など挑もうものならただの人間など小枝に等しい。
だが逆に、魃驪が積極的に人間を襲うなどの被害は皆無であり、先述したように人間が近寄れば襲ってくるどころか逃げ出す始末である。
目撃例が限定的で出現場所は全国の豊潤な地に神出鬼没。
人を襲わず、ただ土地を干上がらせるだけが目的の形を成した災害……。
専門家達はそれらの特異な性質から、魃驪は魔物ではなく、魍魎同様の〝幻獣〟として結論を出した。
──ウィリアムは、魔物崇拝過激派宗教「魔天の瞳」の構成員の一人である。
その目的は自分達が起動した魔物発生装置によって各地に誕生した特殊個体魔物……それと「魂の契約」を結び崇拝対象の一柱とすること。
「魔天の瞳」は今現在、第二次人森戦争終盤で発動された魔物発生装置起動による咎により全国指名手配されており、今まで以上に身動きが取れなくなっている。
そしてそれと同時に常に付け狙われている関係上、戦力の早急な拡充が必至。
故に「魔天の瞳」は姿を眩ましつつ、最小限の人員を割いて特殊個体魔物を各々で確保するため行動していたのだ。
トランセンド・ゴーレムもその内の一体。
元々その存在を認知していたゴーレムが魔物発生装置の影響により特殊個体化し、それを先駆けてウィリアムが接触した。
その上で自衛目的の格闘術、体術を模倣させていたのだが、目を離していた間にトランセンド・ゴーレムが村人のサワリガエシ採取の行動を模倣してしまい連れ去る事が出来なくなってしまう。
ならばさっさと「魂の契約」を結びその強制力で移動させようとしたのだが、運悪くその前にトランセンド・ゴーレムの姿が目撃されてしまい街に通報。
魔物討伐ギルドからの調査員が派遣された事でやむなく当員を殺害し、成り代わって討伐隊の牽制と「魂の契約」までの時間を稼ぐ算段でいた。
結果、「魂の契約」は済んだものの撤退前にグラッドとキャサリンが村を訪れてしまった上、正論と暴力と書類により逃げ道を失い、トランセンド・ゴーレムに始末させる選択をしたのである。
──そんな経緯の元にロエアの村で活動していたウィリアム。
今、彼は自分に散々肝を冷やさせたグラッドにトドメを刺すべくトランセンド・ゴーレムに指示を出したのだが……。
「な、にが……」
彼の目の前で、トランセンド・ゴーレムの拳が再度崩れた。
グラッドの頭を粉砕するまでもなく、振り抜いた際の風圧に耐えられなかったのだ。
それを見たウィリアムは最初、またもグラッドが先の由来不明の能力を使ったのではないかと疑った。
しかし彼は依然両目に走る激痛に苦悶し蹲っており、ではキャサリンが何かをしたのかと視線を動かしてみるが、彼女はウィリアムに蹴り飛ばされた際に頭を打ったせいで気を失っている。
ではトランセンド・ゴーレムが未だ全快せず不調だったのか?
いや、「魔天の瞳」の中でも事ゴーレムに関しては専門家や研究者並みの知見を有しているウィリアムの目から見て、トランセンド・ゴーレムの身体の再構築に不備はなく、新たな菌根を与えてからは不調など一切見られなかった。
ならば、一体何が?
……そう、思考が迷宮入りする寸前だった。
「…………フスっ」
小さい……極めて小さい吐息だった。
次に金属質で重たい小さな音。
それがゆっくり、等間隔で地面を叩き、近付いてくる。
方向はそう……遺跡の中からだ。
「──ッ!」
そこでウィリアムは思い出す。
遺跡の中にルプス・ゴーレムを追って消え、ルプス・ゴーレムの魔力波長の消失と共に間欠泉が如き勢いで噴き出した、禍々しく強大で夥しい魔力。
恐らくその遺跡に封じられた悪魔を由来しているのだろう、と高を括っていたのだが……。
「……竣驪か? いや、しかし……」
そこに居たのは黒馬。
通常の馬よりも馬体が大きく、賢く、気概や品位は人気並みに豊かな、どんな馬よりも特別な威容を纏う、竣驪と名付けられた馬である。
……だが、彼の目に映った竣驪の姿は、それよりもまた一段と……異様だった。
「──ッッ!? あ、れは……、まさか……」
身体にかいていた汗。それが一瞬にして乾く。
目が乾燥し、肌がカサつき、唇に浅い亀裂も入った。
身体の中にも異常をきたし始め、喉が渇くのと同時に眩暈や立ちくらみを覚え始める。
急激に体内の水分が持っていかれ脱水症になり掛けているのだ。
「ま、さか……まさか、そんな……」
そんな自身に降り掛かる不調を他所に、ウィリアムは瞠目する。
先程の小さな吐息の正体──二メートルを有する体高に、岩肌のように隆起した全身の筋肉。
地面を踏み締める鋼鉄を想起させる蹄に、不吉さを孕んだ鼓膜を連打する重低音の嘶き。
夜闇のような漆黒に走った滅紫色の吹き抜ける風の如き模様の体色に、肉食獣を思わせる鋭い黄金色の瞳……。
ウィリアムはそれを、資料を読んで知っていた。
「魔天の瞳」創設時から書き留められてきた、魔物とはまた別の存在として語られる〝幻獣〟について記されてきた一冊の書物。
情報量はお世辞にも豊富とはいえなかったものの、今まで構成員達がかき集めてきたありとあらゆる〝幻獣〟にまつわる情報がまとめられたその書物に、それは載っていた。
曰く、日照り満たす空に座す荒涼の化身。
曰く、風雨を喰らいし暴熱の黒馬。
曰く、旱魃を司る悪神。
全世界で存在が忌み嫌われ、いくつもの村町を崩壊と退去に追いやった災厄の具現化。
彼等「魔天の瞳」にとって畏怖と畏敬を覚え、子供達が宮廷魔導師や英雄に憧れを抱くのと同じようにいつか自分達も見えたいと夢想する存在である。
そんな夢幻が今、ウィリアムの前に唐突に現れた……。そうなれば、彼が取るリアクションは当然──
「……ア、アア、魃驪……魃驪様ッ!? お、おおぉっ、おおッッ!! わ、我らが探し、求めた幻獣様が……ゆ、夢が……夢が目の前にッッ!? ああぁ……ああぁぁッッ!!」
横に立つトランセンド・ゴーレムを他所に、ウィリアムは湧き上がる興奮に突き動かされるまま魃驪に徐に歩み寄る。
「……」
「す、凄まじい気配は感じており、ました。ルプス・ゴーレム様が一瞬で亡き者となり、あの遺跡に封じられている悪魔に何かされたのだと勘繰っていたの、ですが……。ま、まさか……まさかアナタ様にお目に掛かれるなど……望外の喜びで御座いますッッ!!」
その顔は高揚感で紅潮し、憧憬を宿す目は恍惚に潤む。
しどろもどろの滑舌から紡がれる言葉の節々には歓喜と感嘆が滲み、挟まれる吐息には欲情すら感じそうな感情すら乗っている。
最早「魂の契約」を交わし隣に立っていたトランセンド・ゴーレムすら眼中に無い。
彼の目には、今も魃驪しか映っていなかった。
「……しゅ、竣驪?」
グラッドは痛みに耐え、謎の急激な乾燥といつまでも振り下ろされない拳に疑問を覚えながらも、頭をフル回転させて聴覚のみで状況を把握する事に注力していた。
それによって耳にした情報によると、どうやら竣驪が自分達の元に現れたらしい。
そしてどうやら現れた竣驪をウィリアムは何故か魃驪と呼び、聞いているだけでも丸わかりな程に邂逅した事を喜んでいるようだった。
トランセンド・ゴーレムの方はというと、何やら砂や石が崩れるような音を立てているくらいで詳細は分からない。が、どうやら自分を追撃しようという意思は感じられない。
キャサリンは恐らく自分を庇おうとしてウィリアムに攻撃された後に動きが無くなったようだが、《聴覚強化》によって聞き取った心音に異常は無いようで一安心ではある。
では当の竣驪はどうなのか?
「……大丈夫、なのか?」
感じられる気配や魔力は、先程噴き出したのを感じた際と同じもの。
禍々しくも自分達──大罪に由来するようなものが混ざっているのを同様に感じ、その部分については恐らくなんとかなるだろう。
だが肝心の竣驪自身の身や、その身から溢れる何らかの能力に関しては、グラッドは案じずにはいられない。
何故なら聞こえてくる竣驪の僅かに乱れた吐息や漏れ出る魔力が、到底安定しているようには思えないほどだったからだ。
「竣驪……」
喉が張り付く。唾を飲み込む。
降り掛かる怠さと疲労感に耐えながら、無力なグラッドはただ、見守った。
「嗚呼ッッ!! 俺は、俺はなんて幸運なんだっッッ!!」
(……ウルサイ)
「これも日頃から魔物様を敬い、幻獣様に夢を馳せ崇拝していた賜物だッッ!!」
(……シルカ)
「ああ、魃驪様ッ!! 魃驪様ッ!! どうか、どうか卑小な我が身に恩恵をッッ!!」
(魃驪、ナドト、ヨブナ。ワタシ、ハ……竣驪、だ……)
「アナタ様の御力があれば、あのような下卑た下等人種など一瞬にして砂にさえ変えられるでしょうッッ!!」
(……下卑、タ……?)
竣驪の虚な目が、目の前の邪魔な輩の背後を見遣る。
そこに居るのはここ最近一緒に遠路を旅し、自分に献身的に振る舞ってくれた我が愛する主人の部下の姿があった。
(……)
更に目線をズラしてみれば、洞窟壁面下部にてもう一人の旅の友が倒れ臥す様子が見て取れる。
どちらも、先程から眼前で喧しい輩に何かされたのだろう。
──二人とも、旅の間は随分と良くしてくれた。
体調不良から解放された事も相まったのかもしれないが、それでも、旅の数日間の気分は頗る心地良いもので。
二人を背に乗せながら愛する主人であるクラウンの話を聞き道を歩む時間は、不慣れな旅の負担を忘れさせるくらいには楽しい一時だった。
故にお返しではないが、二人に課された任務を自分なりに助力したかったし、任せてもらえた時は協力出来る事に対して高揚感をすら覚えた思う。
初めて見た時は主人の部下という事を漠然と理解していたのもあり見下していた所はあるが、今はもうそんな失礼千万な感情は微塵も無い。
彼等二人は、既に自分の〝友〟なのだ。
今だって両目を開けられずともスッカリ変わってしまった己を心配し、無力な自身にもどかしさを覚え震えている。
あゝ……なんて美しい精神だろうか。
それでこそ愛する主人の部下であり、己の友に相応しき高潔さ。尊敬に値する。
心から、敬意が溢れる。
……。
「さぁッ!! この俺と「魂の契約」を結び、奴等下等生物を駆逐しましょうッ!!」
(……話を聞いていなかったが、コイツは一体何を言っているんだろうか? 己が? この矮小な猿と? 「魂の契約」を結ぶ? …………)
「さぁッ!! 今こそ契約の祝詞を──」
「黙れ」
「……え?」
「黙れと言った。下郎風情が」
「なっ──ッッ!!!?」
直後の事だ。
興奮に浮かれていたウィリアムの身体から、ありとあらゆる水分が急速に干上がり始める。
一瞬にして脱水症状に侵され、急激な吐き気や意識の混濁が我が身を襲った事を察したウィリアムは咄嗟に全力を以って竣驪と距離を取り、フラつきながらも改めて彼女を見遣った。
「い、いったい、なにをッッ!?」
「何を? 知れた事を宣うな下衆め。己の友をこの様な目に遭わせておきながらよくもまあ抜け抜けと斯様な戯言を吐けたものだな」
「と、友? あ、アナタ様はあのようなクソガキを友などと呼ぶのですかッ!?」
「知れた事。己の為に親身に接し、心胆から己の身を案ずる者を友と呼ばずして何と呼ぶ。彼等こそ、己が尊敬すべき友である。貴様如き浅ましき輩が侮蔑して良い存在ではないわ」
「そ、そんな……」
「そしてそんな友を足蹴にし、剰えその命を刈り取らんとする貴様等のような塵芥を、己は決して赦しはしない」
竣驪がゆっくりと、ウィリアムに向けて歩き出す。
それだけで地面は急激な乾燥によってあっという間にひび割れ、洞窟内の本来は湿潤な土はそのまま砂埃と化して小さく舞い上がる。
「くっ……ご、ゴーレム様ッ!!」
ウィリアムは堪らずトランセンド・ゴーレムに命令し、竣驪と自身の間に割り込ませて盾に使う。
「ふん。所詮は口だけ。どれだけ尊重を語ろうが我が身可愛さに宛ら道具が如く契約対象を粗雑に使役する……。底が浅過ぎるにも程があるぞ、下衆めが」
竣驪はその足を止めない。
一歩ずつ変わらず歩を進め、決して道を譲らない。
「哀れな土人形……確固たる意思なき集合知の傀儡よ。貴様の不憫な邂逅には同情を禁じ得んが、赦しは乞わん。無様な塵と化して果てよ」
トランセンド・ゴーレムの攻撃範囲内に入った瞬間、ゴーレムは拳を振り上げた。
がしかし、天高く掲げた拳は──
「我が暴熱を以って、その命の源を干上がらせんッ!!」
次の瞬間、竣驪の身体から夥しい量の魔力が放出される。
それはまるで津波の様になって眼前のトランセンド・ゴーレムに覆い被さり、その全身に浴びせられた。
するとトランセンド・ゴーレムの身体──本体である細菌由来の分泌物が急速に水分を干上がらせ、その接着性と靭性、柔軟性は一瞬にして消失。
結果、繋ぎ止めていた岩や石同士の接着は極めて脆弱になり自重を支えられず、崩壊が始まった。
最初に掲げた拳が重力に従って落下すると、その落石が降り注ぐ事で更なる崩壊の連鎖が起こり、次第に原形すら歪んでいく。
「──ッ!! これは……スキル《魃驪》の権能ッ!?」
──ユニークスキル《魃驪》。
自身の体内に〝暴熱炉〟を現出させ、魔力をありとあらゆる水分を干上がらせる旱魃の津波へと変換させる力を有する。
それを属性系スキルの《暴熱》や《旱魃》を用いて強化し、更に《乾湿魔法》を行使する事で指向性を上げ無闇な力の拡散を防ぐと共に、トランセンド・ゴーレムを狙い撃ちした。
結果、トランセンド・ゴーレムはなす術なく一分たらずで全身を瓦解させ、それによってまろび出た菌根もまたその旱魃に当てられる事で瞬く間に乾涸びた瘤状の木の根と化す。
「ご、ゴーレム……さま──ッッ!?」
突如、ウィリアムは胸を押さえ脂汗を滲ませながら苦しみ出し、蹲る。
──トランセンド・ゴーレムとウィリアムは既に「魂の契約」を結び、その魂同士は魔力的な契約によって繋がっていた。
それ故に恩恵はあるものの片側の命が失われた際の代償は大きく、契約主といえど契約対象が滅んだ今、ウィリアムはその繋がりによってトランセンド・ゴーレムの消滅による負担が濁流となって彼の魂に一気に押し寄せたのである。
「ゔぅぅ……あ゛ぁぁ……」
「おや。随分と苦しそうだ。相応の報いが降り掛かったと見えるな」
「ぐぅ……をぉぉ……」
「……会話どころではない、か。ならば──っ!!」
トドメを刺そうと距離を縮めに掛かった竣驪は頭でも踏み砕いてやろうかと思案していた中、唐突に意識がブレ、足が震える。
「……くっ」
そして、脳裏に響く。
『やれやれ。頑固なじゃじゃ馬だ。こうも頑なに主導権を渡さないとは……。少々見誤っていたかな』
それは自身にこの身体と力を与えた張本人。
遺跡にて封じられ、今や竣驪によって解放され彼女の中に居座る悪魔の声だった。
『だがしかし、それも限界だろう? いくら生まれながらに高潔で気丈な類稀なる精神性と頑強な魂を持っていようと、所詮は畜生の部類……。短くもここまで我の意思に逆らえた事が奇跡よ』
「……」
『さぁ、我に身体を渡すのだ。それこそが我等が主である彼の方に最も貢献出来る最良の選択肢……。今の冴え渡る頭脳を手に入れたお前なら理解出来よう?』
「……知らん」
『うむ?』
「知った事、ではない……。己は……あの方の為に……この身の全てを捧げ、るのだ……。己の、意志で……」
『……代償を踏み倒すと? 契約を反故にすると?』
「己は……「強欲の魔王」の、下僕……だ……。欲しいものは、逃さず……何者にも、奪わせは、せん……。それが、例え、悪魔が相手でも、だ──」
『……』
「グダグダ言ってないで全部寄越せッ!! あの方に──愛する我が主人に相応しいのは貴様のような得体の知れない存在などではないッ!! このッッ!! 己だッッ!!」
「──よく言った」
洞窟内に広がる荒涼。
それが一瞬にして、適切な湿潤へと回帰する。
「──ッ!?」
「それでこそ、私の竣驪だ。よもやこの様な状況になっているとは思わなかったが……。君のその崇高なる気概が変わらずにいてくれた事、感嘆で万感交到る思いだ」
竣驪の前に、何の前触れもなく現れた彼は、そっと手を彼女の顔に添わせ、優しく撫でる。
「……己の、愛しき主……」
「嗚呼、君の声を聞き、会話出来る日が来るとは……。なんと喜ばしい事か」
竣驪は彼の顔に──クラウンの顔に自身の頭を擦り付けるようにして甘え、喉から中低音の嘶きが漏れる。
『……我が主人の依代か。だがしかし──』
「無粋な雑音だな。煩わしい」
『──ッッ!?』
直後だ。
竣驪の意識の中で居座っていた悪魔の眼前に、三つの異形が姿を現す。
一つは右腕。一つは口。一つは右目。
それぞれの異形が悪魔を睥睨し、見下す。
『わ、我が主人ッ!?』
『ふふふ。迷子の迷子の我等が分神よ。息災そうで何よりだ』
『散らばったお前達をいつかは回収せねばと思案していたのだが……』
『まさかこんな場所に居るなんてねぇ。色々と手間が省けて助かるわぁ』
悪魔はたじろぐ。主人の威容に当てられて、平伏するように首を垂れて。
『お、お久しぶりで御座います我が主人ッ!! 此度こうして邂逅を果たせた事、心よりお待ちして──』
『御託はいい。お前はその身をクラウンに捧げ、意思を放棄せよ。帰順するのだ』
『──ッ!? お、お待ちをッ!! わ、我に人間の力に──スキルになれとッ!?』
『そう言っているのよ。それにクラウンは既に私達と合一し、同体……。その物言いはそのまま私達への侮蔑と変わりないわね?』
『も、申し訳ありませんッ!!』
『謝罪は要らん。それにお前の意思も、な。最早ただ封印が解かれるのを待ち、徒に我欲を撒き散らすような分神なぞ不要なのだ』
『そ、そんな……。我は貴方様に再び会える日を熱望し、その為の献上品をも用意したのですぞッ!? そんな我に対し余りにも無体ではありやせぬかッッ!?』
『『『黙れ』』』
『──ッ!?』
『ただでさえ分たれた我が身。本来の力の殆どを振るえぬ現状で、分神の力を切り離したままで宿しておくなど愚の骨頂』
『元は私達の力の一端。それが元の形に帰るだけよ』
『そもそも、だ──』
巨大な右手が、口が、目が、悪魔を囲い覆い被さる。
『あ、ああぁ……』
『お前に、選択肢など無い』
『わ、我は……我は貴方様の為にッ……』
『ご苦労さま』
『貴方様のお役に立つ為にッ……』
『意思なき力の一端として、存分に励め』
『貴方様──欲神様の御姿を見る為にッッ!!』
『何を言う。お前だって欲神じゃないか? ふふふふふふっ』
『あ、あ、ああァァァァァァァァッッ!!!!』
──『個体名「竣驪」の中に残存していた欲神の分神──通称「虚神」の意思・意識が剥奪されました』
『これにより当該「虚神」の力を接収。欲神の権能として還元し、スキルとして再構成されます』
『確認しました。補助系エクストラスキル《虚神の加護》を獲得しました』
『確認しました。補助系ユニークスキル《虚神の寵愛》を獲得しました』
『欲神の分神の力が還元されました。これにより欲神としての権能の制限の一部が解放されました。スキルとして発現します』
『確認しました。補助系ユニークスキル《欲神の寵愛》を獲得しました』
『ありがとう。己を強くしてくれて』




