第一章:四天王の華麗なる艱難-13
──洞窟内に甲高い音が幾度と鳴る。
緊張感を孕むそれはナイフや矢が岩に当たった際のものであり、砂埃が足元を常に這う中、その只中に居る二人と一体は激しい戦闘を繰り広げていた。
(あーもーっ! あったんないなーっ!!)
下街という低俗な闇の中で生き抜く為に身に付けた《ナイフ術》と《嵐魔法》。
そこに加えてクラウンと積んできた近接戦、白兵戦のノウハウを遺憾なく発揮しながら闘うグラッドだが、対峙するトランセンド・ゴーレムには中々通じていない。
当初の狙い通りゴーレムの関節部及び接合部を破壊するように立ち回ってはいるのだが、存外これが難しい。
本来鈍重な動きをその防御力と破壊力でカバーするのが常の魔物ゴーレム種であるが、この特殊個体トランセンド・ゴーレムにはその常識は当てはまらない。
まず速さ。従来の構成物から起因する鈍重な挙動は一切なく、宛ら人間と同等近い反応速度でもって身体を操り、急所である関節部や接合部を巧みにズラし頑強な岩の身体に滑らせてくる。
次に器用さ。大雑把な体構造によって阻害されていた動きは細かな関節部の恩恵で柔軟な動作を可能とし、一挙手一投足が人間と遜色ない。
硬さやそれを利用した防御方法を除けば、最早感覚的には人間と戦っているのとそうあまり変わらない実に厄介な相手である。
(でも、やっぱオカシイよねー。これ……)
戦いながら、グラッドは抱いていた懸念が間違いでなかった事を半ば確信する。
──グラッドはクラウンによって、それなりに厳しく鍛錬されていた。
《魂誓約》によりただの部下以上の存在となった彼は、クラウンにとっても特別な存在として扱われる事が多く、信頼と敬愛の大きさに比例するような形で厚遇されている。
故にグラッドに科される鍛錬は熾烈を極めるものであり、意識を失う事はざらで、時には生死の縁を彷徨う手前まで追い込まれる事も一度や二度じゃない。
最初こそ彼はその事で「実は嫌われたんじゃ?」と怯えたりもしたが、クラウンの真剣な言葉と眼差しで真意に気付き、今では近接戦でもっともクラウンに迫れる使い手になっている。
それこそ、以前ムスカと共に生死を賭けた戦いを繰り広げたアールヴ森精皇国軍・第二軍団長ノルドール・トービルと、今ならばある程度肉薄出来る程度には。
そんな彼が感じるのだ。
このトランセンド・ゴーレムの動きは、あきらかに熟練者のものだと。
(おっかしーよねー? オッサンの話とぜーんぜん違うよねー?)
ギルド調査員ウィリアム曰く、ゴーレムという魔物は自身の身体を構成する際、自身を一番脅かした存在を模倣するという。
仮にこのトランセンド・ゴーレムが先程までしていたサワリガエシを摘む村人の模倣をしていただけならば、ゴーレムにはまともな戦闘能力は無いだろう。
村人がゴーレムに何かしら危害を加えたとしても、その強さや技術は高が知れている。とてもではないがクラウンに鍛えられたグラッドの攻撃を巧みになどいなせないはずである。
にも関わらず、このトランセンド・ゴーレムは彼の攻撃やフェイントを悉く捌き、渡り合っているのだ。
これから導き出される事実は、想像に難く無い。
(コイツ……強いヤツに当たってる。それも生半可な使い手じゃなく、それなりのやり手だっ!!)
そう。簡単な結論だ。
このトランセンド・ゴーレムは村人ではなく、何処の誰だが分からない近接戦の熟練者を模倣しているのだ。
恐らくそれまでやっていたサワリガエシを摘む動作も本物の村人ではなく、村人の行動を真似して敢えて模倣させたその熟練者の仕業だろう。
つまり、この熟練者は偶然トランセンド・ゴーレムに動きを模倣されたわけではなく、明確な意図を持って自身の技術を模倣させた上で、それをカモフラージュするために村人らしい動きを追加で模倣させたていたのだ。
(意図とか理由とか、色々とあるんだろうけど……。それよりも何よりも──)
グラッドは戦闘に支障をきたさない程度に背後を見遣る。
自分達も先程まで様子見で隠れていた岩の影……そこには今ウィリアムが一人でコチラの趨勢を窺っているはず。
(忘れたとか言いそびれたなんて言い訳は通用しないよ。知らなかったじゃ済まされない。アンタが何日もずっと調査してて、知らないわけないよねー?)
そもそもグラッドは、最初から違和感を感じていた。
ロエアの村を訪れた際に過剰に追い返そうとしたのだってそうだ。
本来ならグラッド達助っ人が村に訪れるという話は先に通っている事前情報であり、その容姿や年齢、身分等も周知済みのはずなのだ。
ヘリアーテ達の時だってそう。彼女達が何処のどんな人間でどんな立場と実力の人物なのかが予め通達されていたからこそ、スムーズに住民達と齟齬の無い連携が取れたのである。
それがギルドから派遣されている調査員ならば尚更だ。追い返すなど、言語道断である。
その後のやり取りで気さくさに若干絆されかけたものの、グラッドの下街で培った〝嫌な気配〟を嗅ぎ分ける嗅覚──スキルで言うところの《嫌疑感知》だけはずっと警告を発していた。
その結果が今になって確信として結実し、彼に気付かせた。
ウィリアムが、自分達をハメたのだと。
そもそもウィリアムは本当に、派遣されたギルド調査員なのか? と……。
(ホントは今すぐにでも取っ捕まえて問い質したいところだけど、ボク等の役目は今はそれじゃない。優先順位を間違えちゃダメだ)
どういう理由にせよ、少なくともウィリアムには何か含みある事情が存在するのは間違いない。
それはもしかしたら想像しているよりも凶悪なものかもしれないし、逆に思っていたよりしょうもないものかもしれない。
現状のこの少な過ぎる情報だけではこの両極端な可能性すら絞り切れはしないが、どちらにせよ、だ。
グラッドとキャサリンに課されている喫緊の最優先事項は、そんなウィリアムの諸々を追及する事ではない。
今すべきなのは、課されているのは、特殊個体魔物であるトランセンド・ゴーレムとルプス・ゴーレムを討伐する事に他ならない。
(ボスならそれも両方一緒にやっちゃうんだろーけど、ボク程度の身の丈を考えたら、ヨケーな懸念に気をやってちゃ出来るモンもままならなくなるからねー。やるべき事を今は全力でやる……。それがボスの望んでる結果だ)
それにウィリアムの狙いが何にせよ、グラッド達をゴーレムにけしかけた以上は彼等に危害を加えるのが目的の一つだろう。
ならばこのままトランセンド・ゴーレムとルプス・ゴーレムを倒してしまう事は、ウィリアムにとって都合が悪い可能性がある。
そこを踏まえると、やはりゴーレムの討伐こそがグラッド達の最大目標である事に変わりはない。
(……まー、そもそもボク自身、中々ヨユーないんだけどねっ!!)
こうして《思考加速》で色々考える中でも、グラッドは中々トランセンド・ゴーレムに決定打を与えられていない。
相変わらず彼のナイフは軸をズラされ岩の身体に滑らされてしまい、岩石の拳や脚の重い一撃が絶妙に嫌なタイミングと隙を突いてくる。
スタミナの概念が無いゴーレム相手に、このままではジリ貧だ。
……しかし、それを想定していないほど彼等は無謀ではない。
そもそもだ──
「キャサリーーンっ!!」
「はいっ!!」
グラッドが敢えて開けた隙に、トランセンド・ゴーレムの拳が潜り込む。
それを彼はナイフと腕でガードしながら受ける事で特定の体勢に誘導。今まで頑なに露出しなかった大きな隙──肩関節部を晒した。
そこを、キャサリンの溜め続けていた剛射が空気を切り裂き放たれる。
奔る矢は《風魔法》による推進力と事前に纏わせていた《嵐魔法》による回転力の相乗効果を乗せ、圧倒的な破壊力を宿して真っ直ぐ、伸びる。
「……」
トランセンド・ゴーレムはどういう原理かそれに反応。対応しようと身を捩ろうとするが、最早遅い。
「……っ!!」
鏃は寸分の狂いもなくグラッドが誘導した肩関節に着弾し、炸裂。
宛ら重機による掘削のように周囲の岩の身体を削り、巻き込みながら関節部を引き裂き、潜り込み、爆散させる。
「──っ!? ……っ」
轟音を立てながらトランセンド・ゴーレムの右肩は腕ごと吹き飛び、四散。
思わずといった具合に本体を仰け反らせたトランセンド・ゴーレムはそのまま遺跡の壁にも強打し、その身体から更に砕けた岩が崩れ落ちる。
「ふーっ!! さっすが、やるねーキャサリンっ! よくやってくれたよっ!!」
「は、はいっ!!」
キャサリンの二種の魔法を纏わせた剛射に巻き込まれる直前で、さりげなく退避していたグラッドが彼女に駆け寄り、優しく讃えるように肩を持つ。
「でも、まだまだです。ああやってグラッドさんに的を固定して貰わなければ照準もままなりません」
「しょーがないよーっ!! あの「森精の弓英雄」ですら《風魔法》と《嵐魔法》の両属性を纏わせた矢なんて使わなかったんだから、いくらキミに才能があったってそう簡単に出来ることじゃーないって」
「で、でもあれは普通の矢と鏃で成し遂げていた神懸かり的な制御力があってギリギリ成立してるってボスが言ってました。アタシがアレに使った矢はそれとは違ってボスが特注した「竜鏡銀」製のもので、もし彼の英雄が同じモノを使っていたら二属性なんて簡単に……」
キャサリンの言う通り、様々な地形破壊を齎す絶対的な威力を誇っていたエルダールのあの神射に使われた矢は、驚く事に何の変哲もないただの矢と鏃によるものだった。
易々と地面を抉ってしまう威力を孕んでいて尚も自壊せずに利用出来たのは、彼を英雄たらしめたその魔力制御能力による賜物であり、例え同じ技スキルを使えたのだとしても、あの神懸かった調整は容易には真似出来ないだろう。
それこそ、英雄にでもなれるような実力は必須である。
しかしそんな英雄でさえ、二属性の性質を矢に纏わせる事はしなかった。いくら英雄とはいえ、ただの矢と鏃にも限界がある故だったのだろう。
ならばそう、仮に使う矢と鏃を飛び切りの素材で作ったならば、英雄の真似事は勿論のこと、それをすら越える二属性かそれ以上の性質を纏わせた射撃も可能なのではないか?
その考えからクラウンは実験的に数本の矢を作り、キャサリンに託した。
あの数グラムで金貨が十数枚は余裕で飛んでいく「竜鏡銀」で出来た、重さにして一本六百グラムを越える矢を、五本だ。
当然、キャサリンは震えた。物理的にも、精神的にも、大いに震えた。
まるで既に山のように積まれているのにそれでも止まる事なくエサを注がれ続けているのを目の当たりにした猫のように、戸惑いと恐怖に慄いた。
勿論、使うからには相応の場面──必ず成し遂げねばならない状況でに限定されるし、可能な限り回収する事を前提としている。
だがそれでも、それなりの家屋なら簡単に建てられるだけの価値がある消耗品を使う事には、やはりどうしても気が引ける。
出来れば使いたくはなかった、が……。
『キミのあの矢なら、ゴーレムの関節だって壊せる。責任は全部ボクが取るから、お願い。キミが頼りだ』
敬愛するグラッドにそこまで言われてはキャサリンは断れない。
意を決し、自分が出来る《風魔法》と《嵐魔法》の二属性を乗せ、ゴーレムに向け放った。
結果、見事トランセンド・ゴーレムの右肩は吹き飛び、その攻撃力と手数を大幅に削る事が出来たのだ。
……後で矢は回収するとして。
「そうかもだけど、もう死んじゃってる人の〝もしも〟なんて、考えても仕方がないよ」
「グラッドさん……」
「大事なのはさー? 今のキミが、何を手にしてそれをどーやって使って、やりたい事とやれる事を達成出来るか、だよ。英雄だろうがなんだろうが、かつてのその人は出来なくて今のキミになら出来る。ボクはそこが一番大事なんだと思うよ」
「……はいっ!」
「よっしっ! じゃあ、ヤツに吹き飛んだ腕を回収されたり直されたりする前に──」
「アタシの矢で、吹っ飛ばしてやりますっ!!」
「うんその意気っ!! 気合い入れてこーかっ!!」
「はいっ!!」
──一方その頃、遺跡内部。
ルプス・ゴーレムを追い掛け遺跡の中へ進入した竣驪は、殆ど光が入らない内部をゆっくりと歩き、探っていた。
馬の目には輝板と呼ばれる構造があり、例え暗闇の中であろうと僅かな光を網膜に再度反射する事でその光を増幅し、視力を向上させている。
故に竣驪の目にも遺跡の中を難なく歩き回る事が出来るのだが、彼女は訝しんでいた。
ルプス・ゴーレムが、見つからない。
無論、いくら暗闇の中でも見えるとはいえ、昼間のように明るく見えているワケではない。広い視野角であろうと物陰ならば見逃してしまうし、死角だってある。
それに竣驪としても所謂〝単独戦闘〟というものは初体験だ。生まれながらの圧倒的な頭脳とフィジカルがあろうと、何事にも初めてや慣れていない事はあるのだ。
故に、どうしたって、突かれてしまう。
見え見えの、隙を。
「──ッ!?」
気配に気付いて振り返った竣驪だが、時すでに遅し。
遺跡の柱に擬態するようにして隠れていたルプス・ゴーレムは竣驪の背後に迫ると全力で岩の牙と爪を剥き、その巨軀に容赦無く突き立てた。
「ヒィィィィィィンッッ!?」
竣驪の身体は確かに普通の馬よりも丈夫だ。
だがだからといって刃物の如き鋭さを有する岩の牙と爪を防げるようなものではない。どこまでいっても、ただの生物の毛と皮膚でしかない。
当然、それら凶器は竣驪の肉体に深々と刺さり、切り裂き、血を吹き出させる。
晒してしまった隙の分、大きい大きい裂傷が美しい身体に刻まれてしまった。
「イ゛ゥ゛ゥゥゥゥゥゥゥッッ!?」
竣驪が、今まで上げた事のない苦痛の声を上げる。
頑強さに自慢があり鈍い痛みには慣れてはいるが、この切り裂かれた鋭い痛みに耐性はない。
彼女はそれから逃れるため半ば本能的に全身を跳ね上げるようにして暴れ、左右の壁にルプス・ゴーレムを叩き付けた。
竣驪の巨体が全力で遺跡に叩き付けるのだ、然しもの特殊個体の魔物とはいえ体格差で劣るルプス・ゴーレムではそれ以上噛み付いていられず、ようやく身体から離れる。
「ぶるるゥゥゥゥ……ぶるるゥゥゥゥ……」
生まれて初めての鋭い痛み。それも激しく、脂汗を流すような大きな裂創の激痛だ。
ある意味で箱入り娘同然に大切に育てられた竣驪にとって、それは実に耐え難いもの。
凛とした姿勢を取る余裕など一切なく、荒い息を漏らしながら彼女は今にも折れそうな心を必死に繋ぎ止めている。
ルプス・ゴーレムも竣驪の回し蹴りと壁に打ち付けられた事により身体の部分部分を欠損していた。
が、しかしダメージを受けているように見えるのは見た目だけ。
多少動作を鈍らせる事は出来ているだろうが、本体である細菌にダメージを与えられているワケではない。
厳しい現実だが、今の竣驪にグラッド達のような器用な攻撃方法はないのだ。
やれるのは精々彼等がトランセンド・ゴーレムを討伐するまでになるべく、ルプス・ゴーレムを小さく削るだけ。
その事実が、今の満身創痍ながらに必死にルプス・ゴーレムを睨む竣驪には、思いの外、堪えた。
「……ぶるぅ……っ」
更にそこに追い討ちをかけるようにして、元々良くなかった体調の悪さが襲う。
最近になって少しずつ感じてきた、漠然とした体調の不具合。
倦怠感に疲労感。場所を問わずに襲い来る短く鈍い痛み。体力の低下……。
何度かクラウンに連れられ牧畜ギルド専属医に診てもらったりもしたが、原因が分からずにいた。
ただ症状としては軽いモノばかりで、どちらかと言うと元気な時間の方が長かったため、経過観察をしながら原因を探っていたのだ。
この遠征もそんな不調を解消出来るかもしれないと取り組まれたもの。
実際竣驪は旅中の体調は万全であり、完全に回復したかに思われた。
だがここ──ロエアの村に近付くにつれ以前のダルさがぶり返し始め、遺跡に辿り着いた頃には今までで一番の不調さを体感していた。
それ故に竣驪は焦り、早期に決着させようと奮起したのだ。
……が、それももう限界である。
「ひ、ヒィィ……」
竣驪の膝が、折れる。
切り裂かれた傷からは血溜まりが出来るほどの血が流れ、意識すら薄らいできた。
「……」
ルプス・ゴーレムはそれを置物のように見守り、わざわざトドメを刺そうとせずただ機械的に竣驪が倒れ臥すのを待つ。
だがきっと、仮に竣驪が息を吹き返したとしたら再起する前にトドメを刺しにもくるだろう。
こんな、ただの岩の、小さな小さな、獣モドキに、生殺与奪の権利を握られている。
……それは、竣驪にとって、今感じているあらゆる負担よりも、耐え難く、度し難い。
こんな場所で、こんなヤツに、殺られてなどいられない。
クラウンに──最愛のご主人様の前以外で死んでなどいられない──
──愛い……憂い気高きケダモノよ。
……?
──力が、欲しいかい?




