第一章:四天王の華麗なる艱難-12
──人型のゴーレムが、遺跡の周りを周回している。
僅かながら窺える顔らしき造形の頭は、そんな遺跡の根元から生えている青白い小さな花──「サワリガエシ」を矯めつ眇めつ観察し、何もなければそのままスルーする。
しかしその中に種を付けたものを見つけた時、ゴーレムは立ち止まってその側にしゃがみ込み、もう一度よく観察。
絶好の採取タイミングだと判断されたモノであれば、細かな石で構成された岩肌の指で丁寧に摘み取り、腰にある底の深い岩の入れ物に投入し、立ち上がって再び遺跡の周りを周回し始める。
その間、獣型のゴーレムは人型ゴーレムの邪魔にならない位置で常に侍り、辺りを警戒するように周囲を常に見回していた。
それら二体のゴーレムの動きにぎこちなさは一切無く、視力の悪い者が遠目から見たらば見間違えてしまいそうなほどに一つ一つの動きが洗練され、滑らかで、自然な挙動に思えるほどだ。
普通、ゴーレムはここまでのクオリティの模倣は出来ない。
構成している物質の関節の干渉具合にもよるが、それを差し引いたとしても見間違える程の領域には達さない……。それがゴーレムに対しての有識者達による共通認識だ。
しかし、俗に特殊個体と呼ばれる突出した特徴や強さを有する魔物は、しばしばそういった常識を超越する事がある。
かつてクラウンが討伐した赤黒いトーチキングリザードや元「暴食の魔王」グレーテルの魔力にあてられ変異した四体の魔物然り、ヘリアーテ班が挑んだトレメンダス・センチピード然り。
そしてこの特殊個体ゴーレム──後にトランセンデント・ゴーレムとルプス・ゴーレムと呼ばれるゴーレム二体も例に漏れず、そんな常識や定説を飛び越えて余りある異質さを孕んでいる。
まずは本来ならただ岩を無造作に組み、漠然とシルエットが人型にしかならない筈のその外見。
トランセンド・ゴーレムの構成物は岩である事は変わらぬものの、その細部は宛ら剥き出しになった筋肉が如く合理的で機能性に溢れた構成になっており、関節部に至っては細菌の分泌物と細かな砂利や砂が混ざった従来のゴーレムには見られない特性を有し。
細かな作業を要求される部位や関節周りにはそれに適した大きさの石が、まるで組み木細工のように複雑怪奇で理に適った組み合わせを見せている。
顔などに至っては本当に感覚器官が備わっているのではないかと疑いたくなるような精巧さの顔面が形成されていて、その全容は不気味の谷に足を踏み入れている領域にまで達している。
ルプス・ゴーレムも同様。狼として判別するのに十分な幾つもの細かな要素を体現し、動き一つ一つが最早中に本物の狼が入っているのではないかと懐疑的になるような自然さ。
しまいには明らかにゴーレムとして不要な毛繕いや匂いを嗅ぐような動作を時折見せる徹底ぶり。
異常。ゴーレムとして明確に異質。特殊個体と呼んで申し分ない異様さをまさに内包していた。
果たして、その実力の程は如何なるものなのか……。
──最初に仕掛けたのはグラッド。
クラウンからサポートに専念するよう言い渡されていた彼だが、状況が状況なだけに緊急処置としてその比率を可能な限り傾ける事を決断。
命令違反と判断される事を覚悟で自身を全力投入しに掛かった。
サワリガエシを摘み取る為にしゃがみ込む、その最中。
人間──いや、動物ならば本来動き出しの最中にまた別の動きを挟み込む事は身体構造上、かなりの無理を強いる事になる。
そんな隙を狙ってまずはトランセンド・ゴーレムの動きを封殺するべく両膝関節を裏側から切り裂かんとナイフを振るう。
放った技スキルは《死線繊切》。特定の部位に的確な角度と向きで斬撃を繰り出した際に通常よりもより致命的な効果を付与するエクストラスキルであり、ゴーレムの関節を削ぐのに最適な技といえる。
しかしそれを簡単に許してくれる筈もない。
側で常に侍ているルプス・ゴーレムはグラッドの《月》を始めとした隠密系スキル見破りながらトランセンド・ゴーレムを守らんと割って入り、彼に向かって鋭く磨かれた刃状の牙を剥き出しにした。
「させないっ!!」
と、そんなルプス・ゴーレムの開かれた口に向かってピンポイントで矢が飛来。
何本かの牙を砕きながらルプス・ゴーレムの攻撃を妨害した……かに見えたが。
「うをっ!?」
ルプス・ゴーレムは多少その動きを歪めたものの威勢は依然変わらず、一切を構う事なくグラッドへの攻撃を継続した。
「ちょ、ちょっとっ!!」
思わずグラッドは声を上げながらトレメンダス・ゴーレムに奔らせたナイフを方向転換させてルプス・ゴーレムの牙を迎え打ち、《軽量化》のスキルで体重を軽量しながらその際の勢いを利用して大きく後退する。
「おっとっとー……」
「グラッドさんっ!?」
「大丈夫だいじょーぶ。──にしても、やっぱ一筋縄じゃいかないよねー」
グラッドはわざとらしく戯けるように笑って見せるが、本心の苦々しさは隠し切れていない。
──ゴーレムは再三言っているように、あくまで外見が生物的なだけであってその本質は無機物で構成された身体と本体である魔物化細菌。
無機物である身体には勿論、生物ではあるものの動物的とは決して言えない〝細菌〟という、あらゆる感覚的な常識が通用するか怪しい存在に当たり前の動物的感覚──痛覚や恐怖、本能からくる危機感知能力が備わっていることを期待など出来ない。
現に、ルプス・ゴーレムは本来なら頭部という破損すれば致命的な結果になる事が避けられない部位の破壊をものともせず、そのまま攻撃を続行してみせた。
生命の損失を一切考慮しない非生物的挙動……。強さの差はあれど何度か魔物討伐を経験しているはずのグラッドにとって、それはあまりにも未知で奇怪で、理解の外であった。
「生き物を想定した前提を、一回ぜーんぶ改めないとダメだねーアレ。じゃないとコッチがマズイ隙を晒しちゃうことになる」
「ならやはりあの二体を分断しないと話にならないわけですね。それじゃあ……」
グラッドとキャサリンが振り返る。
自分達に大きな影を落としながら、鼻息を荒くして……。
「ブルルゥッ!! ブルルゥッ!!」
黒馬が今までにないほどに興奮し、今まさに駆け出さんと臨戦態勢をとり、目を血走らせて全身の筋肉を躍動させていた。
「……ヤル気満々だねー、竣驪」
「……本当に大丈夫なんですか? 規格外とはいえただの馬ですよ、この子」
「でもあそこで隠れてるオッサンよりは断然強いし頑丈だよ?」
「……でもボスがなんて言う──」
「止めてっ!! 今それの可能性から現実逃避してるからっ!!」
──今回の任務に於いて、四天王の面々を含め部下達は達成報告以外のクラウンへの助言等の連絡の一切を禁じられている。
これは任務の最重要目標である四天王の指導者としての成長と自主性の向上を目的とするためのものであり、その場の判断は部下達と協議のもと班長たる四天王の面々が判断しなければならない。
つまりこの場に於いてはグラッドが、その場の状況を利用し判断する全権が委ねられているというわけである。
キャサリンのサポートも、ギルド調査員であるウィリアムの情報を使うのも、そして……竣驪を一戦闘要員として起用する事も……全てである。
故にある意味ではグラッドが竣驪を戦闘に駆り出す判断ですら委ねられているわけであるが……。
「これでもし竣驪が大怪我でもすれば……。どうなっちゃうんでしょうね……」
「止めてってばっ!! あーもーっ!! ボスもちゃんと「竣驪に戦闘させるな」って予め言っててよーっ!! そしたらこんな色々悩まなくて済むのにーっ!!」
「……アタシとしては、多分こういう事も想定してるから何も言わなかったんじゃないかなと思うんですが……」
「はぁ……。もうそう思い込むしかないよ……。ボク程度の頭じゃこれ以上いい作戦思い付かないしさ……」
泣き言を呟きながら闘志奮わせる竣驪に改めて向き直り、努めて真剣な顔を作るながら彼女に語り掛ける。
「竣驪、頼む。あの獣型の方を倒さないまでも暫く相手しててくれ」
「ヒィィンッ!!」
「いや、まー倒せるんならそれに越した事ないけど、相手は片割れとはいえ特殊個体の魔物だよ。いくらキミでも最低でも、大怪我は覚悟するようなヤツだ。無茶だけはしないでね。じゃないとボクがボスに殺されちゃうから」
「……ブフッ」
「うん。分かってくれてウレシイよ。……んじゃ──」
グラッドはコチラを睨み付け警戒するルプス・ゴーレムと、先程の一連で完全に自分達を敵対者として認識したトランセンド・ゴーレムの方を見遣り、指を指す。
「あんな出来損ないな犬、蹴り砕いちゃえっ! 竣驪っ!!」
「ヒィィィィィィィィィィンッッ!!」
竣驪は高らかに嘶くと、溜めに溜めた力を一気に解放するように地面を蹴り抉り、疾走する。
空気を切り裂くような音を伴ったその疾走は、最早ただの馬で出せるようなものではなく、一部の馬型の魔物ですら及ばぬような、そんな威勢を内包していた。
今ならば大木も、岩石だって体当たりで破砕出来るかもしれない。
照準を合わせられたルプス・ゴーレムはそんな竣驪を前に……全く怯えた様子など見せない。
普通ならば逃げるなり身を固めるなりして防御にまわるのか、はたまた万全の対策をもって対抗するのか……。それが生物としての選択肢だろう。
しかし、ルプス・ゴーレムはただ、動かない。
感情的な──情動的な様子など一切見せない。
ただ警戒しているだけ。予備動作もなく、宛ら置き物のように、微動だにしない。
「……っ」
これには竣驪も刹那の中で困惑する。
何せこれで二度目なのだ。自身の疾走を前にして一切動じず、迎え撃たんとすらするような存在は。
「……ぶふっ」
だが、あの時とは違う。
目の前に居るのは岩で出来た狼モドキで、一縷の遠慮も躊躇もいらない明確な排除対象だ。
それに相手が全くの別物とはいえ二度目の突撃。対象が何らかの反撃をしてくる可能性を、慢心せず竣驪は野生の勘で心構えた。
もう間違えない。油断しない。それを踏まえた上で……。
「ヒィィィィィンッッ!!」
竣驪の全体重を乗せた渾身の突進が、ルプス・ゴーレム間近に迫る。
圧倒的な膂力と馬力から弾き出された、触れれば例え岩石の身体であろうと砕け散るであろう突撃を前にルプス・ゴーレムは……漸く動く。
それまで一切動かなかったルプス・ゴーレムは、一時停止を解除されたかのように予備動作の無い挙動で唐突に動き出し、竣驪の突撃に対し生き物のような動作で構えると、タイミングを合わせる。
そして満を持しての衝突──とは、ならなかった。
ルプス・ゴーレムは突撃の姿勢に入った竣驪の軌道を読み、自身に当たる寸前で不自然なまでの初速で以ってそれを真横へ回避。
精密機器のように寸分の狂いなく竣驪の股下を潜るように抜け出ると、踵を返して背後を取ったのだ。
あえなく空振りに終わり、背後まで取られてしまった竣驪。このままではガラ空きの背後を襲われてしまうが……彼女は、これを読んでいた。
躱された竣驪は直後に跳躍すると、正面にあった遺跡の石壁を足場として使い三角跳びの要領で中空で急旋回。
そのままルプス・ゴーレムを飛び越すと、着地と同時に急ブレーキを掛け、その反動を利用した剛脚による強烈な回し後ろ蹴りを放った。
「……っ」
これにはルプス・ゴーレムも避け切れず直撃を喰らい、その際に砕かれた岩石の体を撒き散らしながら遺跡の壁をもぶち破り、中へと消えていく。
「……ブフッ」
竣驪は小さく鼻を鳴らすと、遺跡の暗闇へと消えたルプス・ゴーレムにトドメを刺すため、自身もまた遺跡へと向かう。
これによりグラッド達が望んでいた状況──トランセンド・ゴーレムとグラッド達による状況が完成したのである。
「……キャサリン? あんな曲芸いつ教えたの……」
「まさか。ボスが教え込んだんですよ、きっと」
「だよねー。きっとボスだよねーうんうん」
竣驪の予想以上の働きっぷりに戸惑う二人。
しかしいつまでもそうしている場合ではない。これは竣驪が作ってくれたチャンス。活かさなければ本来戦闘要員でなかった彼女に呆れられてしまう。
「よっし。本格的にやるよキャサリン。二人だってボク等はやれるって証明しようっ!!」
「はいっ!!」
トランセンド・ゴーレムを正眼に見据え今、グラッドとキャサリンは改めて闘気を高める。
一縷の懸念を、頭の片隅に残しながら……。
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「シェイ」という名をくれたのは、先代の「不動の鉄蟹」の頭領だった。
さっきキャッツ元帥にパスタを振る舞われていたガキどもと同じドブネズミだったワタシを気まぐれに拾い、随分と世話になった命の恩人だ。
だが老衰が祟り警戒心が散漫になり始めた頃、今の頭領であるホーシエ・ケーキクラブに寝首をかかれる形で死去。
鬼籍に入ったあの人を偲ぶ暇もなく新頭領により彼好みに組織が改造され、現在では義侠のカケラも無い陳腐な武器密輸組織へと成り果てている。
先代の頃から磨いてきた知識と経験を買われそのまま頭領の秘書のような地位を維持は出来たものの、扱いとしては新頭領の都合の良い駒使い……。
最近のワタシは、そんな現実を何とか脱却出来ないかと、そればかりを考えている。
しかし新頭領の悪辣さと手腕はバカに出来るもんじゃなく、飼い慣らされた組員達を前にしてはワタシの能力など微々たるものでしかない。
そう、諦観していた。昨日までは……。
「あ゛ぁぁぁ……。あ゛あ゛ぁぅぅぅ……」
「ほう。これはまた悪趣味な。あまり私の秘書を怖がらせないで欲しいのだがな」
黒地に赤斑らの髪色。
年齢にそぐわぬ威圧感と圧迫感を漂わせる威容。
今まで会ってきたどの悪人よりも鋭く、深く底知れない色を宿した黄金色の瞳……。
明らかに先代の生温い劈開者元帥とは隔絶された無慈悲さと悪性を持った新しい元帥──クラウン・チェーシャル・キャッツが、目の前に居る。
新頭領の悪辣さなど容易に霞む……。そんな次元の……何かを期待したくなってしまうような存在が、ワタシの前に現れてくれたのだ。
「お、おいシェイっ! 本当に大丈夫なんだろうなっ!?」
新頭領がそんな情けない耳打ちをしてくる。
大丈夫かどうかと聞かれれば……大丈夫ではない。
──新頭領の命令でキャッツ元帥を亡き者にする為に連れて来た、呪われた武器を手にしたエルフ族のアンデッド。
様々な密売組織を経由して手に入れた厄介なブツで中々の曰く付きだが、新頭領はこれを切り札としていざという時のためにとずっと閉じ込めていた。
キャッツ元帥が「不動の鉄蟹」に来るという報を受けて新頭領の命令で連れて来たんだが、檻から出す時に部下の何人かがさっき斬られちまった。
今は殺戮衝動が満たされたのか多少大人しくなったが、まだまだ油断は出来ない。何せコレに敵味方の概念なんて存在しないんだからな。
「……とにかく、ワタシ達は離れましょ。幸いキャッツ元帥もヤル気のようですし」
「そ、そうだな。いざという時は頼んだからなっ!」
「……はい」
そのいざという時とは、盾にでもなれって話だろうか。ふざけた話だ。
──呼び出した広場で、キャッツ元帥とアンデッドエルフが対峙する。
アンデッドエルフは相変わらず彷徨う亡者のそれだが、キャッツ元帥の方は……どこか楽しそうだ。
軽いステップを踏むようにしてアンデッドエルフの剣撃を軽快に躱し、どこからともなく取り出した灼熱の手斧で牽制する。
その様はまるで子供に剣術を教える指南役のようで、側から見ても力の差は歴然のように感じられた。
「お、おいシェイっ! どういう事だコレはっ!?」
正直なところ、最初からこのアンデッドエルフでキャッツ元帥を仕留められるなどと思っていない。
新頭領がどれだけこのアンデッドエルフを過大評価していたのかは知らないが、数々の戦功を挙げて国から表彰されるような英傑相手に通用するほどではないだろう。
そんな事よりも、彼の独り言の方がよっぽど気になる。
「ふふふ。モーガンの言った通り下街に居たとはな。四組織の中なら「不動の鉄蟹」だろうとあたりをつけていたが、ビンゴだ」
……どうやらキャッツ元帥は、このアンデッドエルフの事を以前より認知していたらしい。
そしてウチの組織に来た目的の一つがコレだったという……。つまりはまんまと誘き出されたというワケなのだろう。
どういう経緯と目的かは知らないが……。これは、利用出来るんじゃないか?
「あっ!! おいシェイっ!! アンデッドエルフが動かなくなったぞっ!?」
どうやらキャッツ元帥がアンデッドエルフにトドメを刺したらしい。
あの灼熱手斧でアンデッドエルフの四肢の神経を焼き切ったんだろう。いくらアンデッドだろうと、魔力を巡らせる為の神経が焼かれたら動かなくなるようだからな。
アンデッドエルフに襲われた時のために予めある程度は勉強したのだが……キャッツ元帥もそれは承知していたみたいだ。
まあ、死体の神経を的確に破壊するような器用なマネ、常人には不可能だけどな。英傑ともなるとレベルが違う。
「……おいシェイ。さっきからテメェ、俺を無視するってのはどんな了見だ? あぁ?」
……。
「キャッツ元帥っ! 一つご提案がっ!!」
「──ッ!? し、シェイっ!?」
「……なんだ?」
キャッツ元帥がこちらを睥睨する。凄まじい威圧を感じる眼光だ。
だが何故だろう……。この、つい縋りたくなってしまうような、妙な期待感は……。
「……「不動の鉄蟹」を、その手腕で掌握していただけないでしょうか?」
「なっ!?」
「……ほう」
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