第一章:四天王の華麗なる艱難-4
──基本的に、ウチのボスは信賞必罰に対して徹底してる。
致命的な間違いや愚行に対しての罰に関しては私達はまだ未経験で想像するくらいしか出来ないけど、少なくとも努力や確かな成果に対しては相応の褒美だったり報酬を与えてくれる。
まあ、大体はボスが作る絶品料理やらスイーツだったりするんだけど、こっちからある程度の要望がある場合はそれに添う形の物をくれたりと結構融通を利かせてくれるから有り難い。
前の戦争でのご褒美で言うと私の場合は──
『うぇッ!? あ、アンタ「震える魂の糸車」の店主のメリー・コーヒーワさんと知り合いなのッ!?』
『知り合いも何も、私が贔屓にしている武器屋の店主の奥方だからな。この夜翡翠も彼女に仕立てて貰った──』
『服ッ!! 「震える魂の糸車」のメリーさんが仕立てたオーダーメイドの服が良いわッ!! あのお店っていつも予約一杯で何年先も待たされんのよッ!! アンタの鶴の一声あれば捻じ込めるわよねッ!!』
『鶴の一声とはまた大袈裟な。……そうだな。向こうに迷惑にならん範囲でなら叶えてやろう。まあ、恐らく快諾してくれるだろうがな』
『ホントッ!? いやったァッ!!』
『今の内に要望を纏めておきなさい。あくまで常識の範囲内で、な?』
『分かってるわよッ!!』
──と、貴族界で知らぬ者は居ないと言える最高級被服ギルド「震える魂の糸車」での──しかも最高の職人と呼び声高い店主メリーさん手製の服を、なんと用立ててくれるという。
ボスは決して守れない約束は口にしない……。つまりはあのっ! あのパーティーで着て行けば誰もが振り返り羨望の眼差しを向け憧れの声を漏らす事間違い無しのメリー謹製のドレスやら何やらが私の手にっ!!
きっと社交会にでも出れば話題になるわ。ボスの威厳と「十万億土」のイメージアップ。
更には陰口ばかり叩かれてきたヘイヤ家の尊厳の回復のちょっとした助けになるかもしれない。
……まあ、本音はただ私が欲しいだけだけどねっ。
今回の任務でもきっと、成功すれば留学云々以外に何らかのご褒美だって期待出来る。そういう期待は、アイツ裏切らないしね。
次は何をおねだりしようかしらねぇ……。無難に頼んだ服に合うアクセサリーなんかが──
「あのー? ヘリアーテさん?」
「そろそろ現実を見て下さいっ! どう足掻いたって逃げられないんですよっ!」
……はぁ。
「そりゃあ現実見たくなくなるでしょ? 体長四十メートル超えで全身金属並みの甲殻で覆われたムカデだぞ? ヤバいだろ……」
「オマケにホーリーとミツキが知ってるムカデの対策も効かないって話じゃん? どうすんのさ」
昨日、ホーリーとミツキがムカデの対処法を知ってるって事で、その下準備を町でせっせと整えてた。
特定の臭いを嫌うって話だったからハーブの精油とか色々揃えたし、頭さえ何とかすればって事だったから色んな罠なんかも考えて材料揃えたし、熱に弱いって話だったから《炎魔法》を中心とした連携を考えたりした。
だけど私達は馬鹿だった……。
魔物化したムカデ──しかも特殊個体として覚醒した魔物相手に普通の対策なんて通じない。
そもそもそんな初歩的な対処、何十年と養蜂を営み外敵と常に戦い続けてきた養蜂家は当たり前にやってて……。
そんな専門家たちが困ってる相手に初心者の私達が普通の対処なんてしたって無意味……。
こんな当たり前の事を準備が終盤になった辺りで養蜂家さん達に知らされて……。はぁ……。
そりゃ、現実逃避もしたくなるでしょ。
「で、でもアレよっ! 〝乾燥〟に弱いってのはまだ試して無いし、養蜂家さん達も分からないけどって話じゃないっ!」
ティリーザラには一応四季はあるけど、湿度に関しては多少の差異はあるけど大きな変動は無い。
地域にもよるらしいけど、少なくともここジーデイは一年を通して安定してて、ムカデを乾燥に弱いかどうかは専門家達でも判然としてないらしい。
とはいえこれも普通のムカデの話。ホーリーとミツキの言うように本当に乾燥に弱いかどうかは分からないけど……。
私達四人は、一斉にジョンに目をやる。
すると彼は「やっぱり」とでも言いたげに露骨に眉を顰め、苦笑いを浮かべた。
「……都合の良い男が居るわね、みんな」
「そうだな。まるで用意されてたみてぇだ」
「鍛錬の成果を試すには絶好の機会じゃない?」
「ですです。ここは気合いの入れどころだよジョンっ!!」
「う、ウルセェっ!! そ、そんな目で見んなっ!!」
──業魔法の中に《乾湿魔法》って魔法がある。
《炎魔法》《水魔法》《闇魔法》の複合魔法で、文字通り周囲の湿気や湿度を再現する魔法。
〝対する〟の特性を持ってて、自分の魔力影響範囲内であれば、自由自在に空気中や物質中の水分量を変化──水分を奪ったり吸ったり出来る。
環境の変化を操る事が出来るスゴイ魔法……ではあるんだけど……。
「知ってんだろお前らっ!? 俺の魔力操作能力が「十万億土」内でもへなちょこだってっ!!」
ジョンには三属性を習得出来る才能があった。
ボスの鍛錬のおかげとも言えるけど、ボスはそれを叶えたジョン自身と、それを指導してた私を褒めてくれたし、私としてもそれが嬉しくて誇らしかった。
けど、習得出来る才能と、それを操る魔力操作能力の才能が両立するかは、また別問題。
基礎の《炎魔法》と《水魔法》は並に、中位の《闇魔法》はギリギリ安定するレベル……。ハッキリ言っちゃうと、私達の中じゃこの子が一番魔法が下手くそ。
だからジョンはそれを補う形で、魔法に必要な〝現象の再現性〟で必須の自然に対する〝知識〟を誰よりも学んでて。
今じゃ学院内の魔術自然学の成績だけならトップ。流石にボスには敵わないけど、それでもたまに理解が追い付かないようなボスの術理に付いていけるくらいにはかなり頑張ってる。
……それでも、どうしても、致命的に、魔力操作能力が……ヤバい。
「最初の頃なんか一緒に鍛錬してる時とか、よく暴発してたもんね」
「何回アタシ達に飛んで来たか……。危なくて近く寄れませんでしたもんっ!!」
「俺なんか髪ちょっと燃えたからなぁ一回。今は多少のマシになったけど……」
「ぶっちゃけどうやって学院入学出来たのか分かんないレベルだしね。……アンタホントに何で入学出来たの?」
「ウルセェウルセェっ!! んだよ皆んなしてディスりやがってっ!! 泣くぞっ!? しまいには泣きじゃくるぞしっかりした十代男子がッ!!」
ジョンがもう既に涙目になってそんな事を叫ぶ。
うん。流石にちょっとイジり過ぎた、かな。
「ごめんごめん。……でも真剣な話さ、アンタの使える《乾湿魔法》が要だと思うのよね」
「い、やぁ……でも、さぁ……」
「分かってるわよ。《乾湿魔法》は広範囲制圧型が主流の魔法。広い範囲の環境を支配して、対象の状態を状況によって左右出来る……。難しい魔法よね。操作難度は言うに及ばず、その利用法は至難を極めるわよね」
《乾湿魔法》の本領は湿気を操って環境を変化させる事。
湿度を下げれば《炎魔法》や《爆撃魔法》なんかの威力や攻撃範囲が広がるし、逆に湿度が上がれば《病毒魔法》や《氷雪魔法》の影響力も高まっていく。
場合によってはその制圧環境下に居る相手の身体に影響も与え、高い湿度で体温調節を狂わせ疲労感を引き起こしたり、低くすれば免疫機能の低下や脱水症状の加速なんかも期待出来る。
直接的な攻撃力こそ余り期待出来ないものの、ある程度の長期戦を想定した状況なら確実に相手を蝕む……まさに後方援護を主な戦術とするジョンと相性ピッタリな魔法だと思う。
……まあこの知識も「部下の能力は正確に把握しなさい」というボスの教えと受け売りなんだけどね。
「ジョン。アンタならこの難しい利用法もその知識で万全に使いこなせるわ。私はそれを信じてる」
「で、でもよぉ……」
「……練習しましょう」
「はぁっ!?」
「いいっ? やれる事をやれる限り全部やるっ!! 努力は結果と比例しないけど、頑張ったって事実は絶対に自分を励ましてくれるわっ!!」
「お、おおっ!」
「幸いボスが定めた日付までまだまだ時間はある。その限界まで、私達四人がアンタの《乾湿魔法》を徹底的に鍛えるわよ」
「さっすが姐さんっ!」
「よっ! アタシ達の姐御っ!!」
「姐さんシビれるっすっ!!」
「付いてきますよ姐御っ!!」
「姐さん姐御言うなッ!!」
──町の人──特に養蜂家の人達によれば、養蜂場の近くには元々ムカデの魔物は居たみたい。
ただその時はまだ半分の二十メートルくらいで、居場所も隣接してる森の奥。
たまに蜂を食べるためなのか町の近くまで這って来てたらしいけど、その都度何かしらのエサ──鶏一羽とかを投げ与えて森の奥に追い返してたらしい。
それもあって町民はわざわざ魔物討伐ギルドに通報する事もなく、現状維持のままだった、
けど最近になってそのムカデ魔物が突然に変異。
体長は倍になって食欲も旺盛になり凶暴化。森の動物達はその数を急激に減らしていく上に吐き散らす毒液のせいで森自体も枯れ始め、今まで月一くらいだった出現頻度が日に日に短くなってるって事態に陥って今に至る。
そりゃあ、二週間に一回とかで牛を何頭も犠牲にしなくちゃならなくなったってなったら、通報するよね。
──私達が狙うのは、そんなヤツが森から出て来た瞬間。
森の奥での戦いなんてエルフじゃないんだしただの自殺行為。だからお腹空いて外に出て来た時に広い場所にまで誘き出して、そこで仕留める。
やり方はいっそ単純に。
ジョンの《乾湿魔法》でカラッカラにしたフィールドに誘導して、その周囲をヤツが嫌うハーブの精油を撒いて逃走阻止。
その上で急所の頭を集中的に狙う形で戦闘を進める。
ただ相手は四十メートルの巨大ムカデで、硬過ぎる甲殻には刃が立たない。
そのクセに動きはムカデらしく奇抜で奇怪だから予測が難しくて瞬間瞬間の対応を要求される。
加えて魔物化してるから虫ケラのクセに頭も良くなってるし、下手したら魔法とかムカデらしからぬ行動だってする可能性もある。
事前情報が殆ど無い中での本番は本来なら避けるべきだけど、誰も戦った事ないからどうしようもない。
なんなら積極的に情報収集した私達が一番詳しいまであるからね。ホント、厄介な任務よね……。
戦闘と逃走を何回か繰り返して少しずつ集めるって案も出たけど、何回も戦うほどの体力も時間も無いし、何よりそのせいでミスったりして万が一にでも町に被害が出たら責任取れない。
私達はあくまで町を魔物の脅威から守る目的で来たのであって、魔物を倒せれば後はどうでもいいなんて本末転倒だもの。
だから、本番一発勝負っ!!
絶対に失敗は許されない……んだけど──
「い゛や゛ァァァァッッ!!」
「速い速い速い速いッッッ!!」
「思ってたよりキモいですゥゥゥゥッッ!!」
「ちょ、待──俺狙ってないっ!? 狙ってるよねェェェェッッ!!」
……はぁ。
忘れてたわ。完全に頭に無かった。
この子達、魔物と戦うの、初めてだったわね……。
「ちょ、ちょっとヘリアーテさんッ!?」
「な、なんとか……なんとかしてェェェェッッ!!」
「ヘリアーテさんだけ足速くてズルいですゥゥゥゥッッ!!」
「見てないで助けてェェェェッッ!!」
巨大特殊個体魔物ムカデ──トレメンダス・センチピードは私達を凄まじい速度で追い回し、無事に所定の場所までの誘き寄せに成功。
予定通りハーブの精油で囲われた中をトレメンダス・センチピードは暴れ回り、そこから外に出てる事を忌避する素振りも見せてる。
うんっ! 大成功ねっ!!
「だ、だからヘリアーテさァァァァんッッ!?」
「よ、余裕ぶってないでなんとかしてェェェェッッ!!」
……私はまあ、光速で動けるからね。
いくら超高機動のムカデであろうと私の速度には敵わない。
だから今はあの子達が逃げてる間にヤツの動きを見極め──
「姐さんってホンキで呼ぶぞォォッッ!?」
……。
「そ、そうですッ!! 姐さんって呼んじゃいますよォォッ!!」
…………。
「ほぉら姐さん姐さんッッ!!」
…………この……。
「俺達に実力見して下さいよ姐御ォォッ!!」
このォォ──
「うっさいわね分かったわよッッッ!!」
大口を開け、牙を剥き出しにして毒液を垂らすクソムカデ。
そんなヤツの眼前に躍り出て──
「ナメんじゃないわよォォッッッ!!」
大剣を全力で、その顔面に叩き込む。
「キェェェェェェェッッッ!?」
青色の体液だか血だかが飛び散り、仰け反る。
背後からは部下達の感嘆の声が上がった。
「ほらッ!! さっさと陣形整えるッ!!」
「「「「は、はいッ!! 姐さんッッ!!」」」」
「姐さん言うなッッッ!!」
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エルウェ曰く、ムスカの本来の姿であった〝精霊〟としての性質が関係しているという。
精霊の役割は魔力の調整と循環。
魔力やそれに類似する──例えば霊力や魂などと非常に親和性が良いらしい。
ただこれが単なる精霊という事であるなら何ら問題は無い。というか問題があっては大問題だからな。そこはいい。
ただこれが精霊から変化・変異した存在である魔獣や魔蟲となると、話が変わってくるそうだ。
「アールヴにの文献にある未検証の話なのでどこまで信じていいか分かりませんが、ワタシが覚えてる限りだと……確か両極端の性質を取り込んだ精霊は特殊な変化を遂げる……らしいです」
特殊な変化……なんとも曖昧な話だな。
「ただムスカの様に魔蟲が聖獣シェロブ様の身体を摂食した場合と同じなのかは何とも……。似て非なる異常とも言えるかもしれませんし」
「ふむ。ではその文献や類似するものを片端から調べるしかないか」
「そうですね。ああですが──」
「む?」
「一つ覚えてる事がありまして。──両極端の聖魔の性質を安定させる〝魔石〟を持つ魔物が居るらしいです」
「……ほう」
「ただこの魔物、アールヴのグイヴィエーネン大森林の奥地の何処かに居るとしか分かってなくて……。私も探し回ったりした事はありますが、その痕跡すら見付けられず……」
成る程……。
「私としてはそれを闇雲に探すよりも、やっぱり関連文献をひとまず漁ってみるのが良いかな、と……。状態は不安定ですが緊急性は幸いありませんし、ここは明確なものから手を──」
「よし。ならばエルウェ」
「は、はい?」
「私にその魔物についての知る限りの情報を全て寄越しなさい。その上で、狩りに行く」
「……はい?」
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