第一章:四天王の華麗なる艱難-3
遅くなり申し訳ありません。
全部モンハンが神ゲーなのがいけないんです。
第二次人森戦争の終盤にて、「魔天の瞳」の手によってティリーザラ王国の各地に散布されたとされている魔物化ポーション。
クラウンの手によって濃度を予め調整された散布機は周囲の動植物達を魔物化させ、無数の弱小魔物としてティリーザラ王国の社会問題になっていた。
しかしその反面、本来ならば簡単には狩る事が出来なかった魔物が大量発生したとはいえ弱小化し、多少腕に覚えのある狩人程度の力量さえあれば討伐可能となっていた。
アールヴの裏工作と戦争によって低下していたティリーザラの国力は、その弱小魔物から採れる素材を新たな財源とし、緩やかではあるが下り坂は徐々にその傾斜を上げていく。
……だが、そうそう良い方向にばかりは進まないのが現実。
散布された魔物化ポーションでは確かに動植物はひ弱な魔物にしか変貌出来はしない。
ではもう既にその身を魔力に染め上げた固体──散布される以前から既に魔物化していた天然の精強な魔物達にその魔物化ポーションが降り掛かった場合にはどうなるのか?
想像に、難くないだろう。
『出現が確認された特殊個体の魔物は計五体。それぞれに東西南北と中央付近にて出没し、既に無謀に立ち向かった素人や魔物討伐ギルドの職員が何名か犠牲になっている。君達にはこの五体の内四体を、自身の部下を連れ各々で討伐して貰いたい』
クラウンにより四天王に下された指令。
それを遂行する為、ヘリアーテ、グラッド、ディズレー、ロセッティは部下達を引き連れてその準備を始めたのだった。
──時期は初冬。気温が低い日が続き、街中を歩く人の格好が段々と厚みを増してきた昼下がり。
「あ。ヘリアーテさん。一応靴も新しい物を用意しません? 履き古しだと、万が一の時に壊れるかもしれませんし」
「ああ、そうね。それなら履き心地と動きやすさを両立したのにしましょ。多少高くても良いわ」
「あ。じゃあ俺良い店知ってますよっ! 俺の親が面倒見たって人の店なんすけど、多分俺が居たら多少値段融通してくれるかもっ!」
「いいじゃない。じゃあそこ行きましょうか」
私達は今、ボスから下された初めての個別任務に向けた下準備をしている。
遠出になるからしっかりとした備えをしないと道中で苦労するハメになるし、荷物制限を気にしつつ妥協しない買い物をしなくちゃいけない。
──こうしていると、改めて私達はボスにおんぶにだっこだった事を痛感させられる。
最初に聞いた時はちょっと勘弁してって感じだったけど……。
『言っておくが、今回私は基本的に手助けしない。荷物も預かってやれんから自分達で背負ってもらうし、道中の行き来も自身で確保なりしてもらう。旅費は〝経費〟とするから準備なり路銀稼ぎは心配せんでいいが、その他の責任や苦労は自分達で世話する事。これも含めて、任務の一部だ』
ボス一人居れば《空間魔法》で荷物なんかこうして気にしないで好きなだけ持っていけたし、そもそも移動だって全部ボスの持ち物だったり能力だったりした。
まあ、お金の心配をしなくていいだけ大分マシなんだろうけどね。
でもウチは他の三人と比べて人数が多いからそのぶん歩みも遅くなって必要な物も多くなるし、意見も分散しちゃうからそこは少し大変かな。
グラッドのとこは確か部下はキャサリン一人だったけど、なんだっけ? 確か少し前に〝ペット〟として下街の仕事人のぉ……何とかの鉤爪? ってのもくっ付いてくらしいから大変そうっちゃ大変そう。
……いやでも女の子三人に囲まれるディズレーが一番大変ね多分。
ロセッティも男子二人と一緒でまた別の意味で心配だけど、一応ボスが──
『言っておくが任務中の不純異性交友は厳禁とする。日常の中で少しずつ関係が深まっていくならば理解してやれるが、非日常の中という限定的な状況下での〝交友〟は歪みを生む。節度ある中で常識的に仲を深めるのは構わんがな。仮にそんな間違いを犯した場合は……分かるな?』
──と、念入りに釘を刺してたし、それを受けた子達も顔を青くしながら全力で頷いてたから、まあ大丈夫でしょ。
どうせアイツの事だから一組ずつに監視付けてるだろうしね。万が一はないでしょ。……多分。
「あ。ヘリアーテさんっ!」
「ん? どうかした?」
「ドライフルーツってどうですか? 日持ちする甘い物ってアタシ大事だと思うんですっ!!」
「ミツキ……アンタただ食べたいだけでしょ」
「ぎくっ!!」
「口でわざわざ言うんじゃないわよ。……でもまあ、そうね。疲れてる時に欲しくなりそうだし、少しなら良いわよ」
「やったぁっ!! じゃあじゃあぁ……これとこれと、それとこっちと──」
「少しつってんでしょうがっ!!」
──馬車に揺られて一週間ちょっと。
私達が辿り着いたのは西にある町──ジーデイ。
養蜂が盛んで、町の収益の殆どがそれで採れたハチミツで賄われてるほど。
中でもこの地域でしか咲かないとされてるデイジーの希少種──「無邪気な玉響」からしか精製されないハチミツ「イノセンスドロップ」は王族や珠玉七貴族御用達の超高級品。
一度口にすればその芳醇で晴れやかな甘味に自然と頬が緩み、鼻から抜ける風味はまるで花畑に寝転がっているような情景すら浮かばせるほどに濃厚な華やかさが備わっている。
アレを一回でも味わったら、もう今までのハチミツが水で薄めてるんじゃないのかって思うくらいだもの。
小瓶一つで何枚も金貨が飛んでいくのも頷ける。
……戦勝祝いに振る舞ってくれたボスのパンケーキに掛かってた時は、そりゃあ度肝抜いたわ。私でさえ初めて食べたわよ……。
「ふぃ〜……。やぁぁっと屋根のある場所で寝れるぅぅ〜……」
ジーデイの宿屋に到着して早々、ギデオンが恥ずかしげもなく溢しながら背を伸ばす。気持ちは分かるけど……。
「ちょっとっ。人前でだらしないとこ晒すんじゃないわよ。変な評判出たらどうすんの」
この任務は一応、ボスの名代としての一面もある。
今後のボスとギルド「十万億土」の印象や評価を地方に根付かせる為にも、だらしない姿を周りに見せるのは得策じゃない。
「えぇ、でも姐さんだってどことなく嬉しそうに……」
「姐さん言うなっ! 同級生でしょうがっ!!」
「同級生の上司に対する呼び方なんか知らねぇからしゃあねぇだろっ!!」
「普通に名前に〝さん〟付ければいいでしょうがっ!」
「え。それはなんかカッコつかなくない?」
「意味分からないけどっ!?」
──こんなやりとりを、旅の最中に散々やった。
五人旅ともなるとそれは賑やかで、途中の野宿も孤独感とは無縁な……比較的気楽な旅路だったと自覚出来る。
まあ、ボスとの馬車旅に比べたら不便だった事の方が多かったけど、それでも不思議と苦痛で嫌になる事はなかったかな。
普通に、楽しかった。……まあ、まだまだ本番はこれからだし、帰りもあるんだけどねぇ。
「ヘリアーテさんっ! ギデオンなんて放っといて早く部屋とっちゃいましょ」
「そうっすよぉ。オレもう疲れて疲れて……」
ホーリーとジョンが疲労困憊の面持ちで私達を力無く諌める。
私とギデオンは前衛でバリバリ動き回るタイプだから多少の疲労には耐性があるけど、二人は後衛でサポートするのがメインだから体力が私達より無い。
それでも一般人よりはマシだけど、初めての長旅だったからね。疲れてても仕方ないか。
「そうね。こんなヤツ構ってないで部屋とりましょうか。満室になられたらイヤだしね」
「はぁっ!? ちょ、最近の俺扱い悪くないっ!?」
「さぁ? 気のせいでしょ。──ちょっとミツキぃ?」
私達が受付に向かおうとした際、なぜかミツキだけ入り口付近のミニテーブルに乗った小物をただジッと眺めている。
……因みにミツキは中衛で臨機応変に動く子だから私達より何ならケロっとしてる。まあ、普段ほど調子良くは無いのか大人しいけどね。
「……はい?」
「いや、はい? じゃなくて、なぁに突っ立ってんのよ」
「……ヘリアーテさん」
「な、なによ」
「こういう小物って、経費で落ちますかね?」
「……」
「いやね? コレクションって言ったら、ボスならなんとなぁく許してくれるんじゃないかな……って。そこんとこどうです?」
「……」
「ヘリアーテさん?」
「ボスが許しても──」
「い゛っ!?」
「私が許さないわよっ! このおバカっ!!」
──彼女のこのマイペースっぷりは、疲労とか関係無いらしい……。
「なるほど……。じゃあ養蜂場の近くに?」
「そうなんですよっ!! 人はいくらでも補充出来ますが……。このままじゃカワイイカワイイ蜂たちがっ!!」
「いやそこは従業員の心配もしてあげて下さいよ……」
一日の休養の後、町で情報収集と本番に向けた下準備。
──ボスから下された任務である特殊個体の魔物の討伐……。
最近増えた弱い魔物と違って、こっちは寧ろ今までの普通の人じゃ手に負えなかった魔物が何なら普段より強くなって特異な能力に目覚めた個体。
つい最近各地で発生し始めて、その被害も顕著になってきた事から王都の魔物討伐ギルド本部に通報されたって経緯らしい。
そのせいか魔物についての情報は王都ではまだ殆ど無くって、判ったのはそれこそ近辺の町の被害状況くらいだった。
だからこうしてその近辺の町──つまりこのジーデイにまで直接足を運んでその魔物についての情報を聞いて回ってる感じ。
本当ならこの任務ってそれこそ魔物討伐ギルドの案件なんだけど、王国全域に弱い魔物が多発してるせいで慢性的な人手不足。特殊個体を倒せるだけの人数はモチロン人材だっていない状況だった。
そこを、現在はそんな魔物討伐ギルドの統括管理してるキャッツ家の嫡男であるウチのボスにお鉢が回って来たワケね。
……まあ、やろうと思えばボスならこんな地道な事しないでももっとアッサリ解決出来たんだだろうけど、そこの地道な手間も含めて任務だって口すっぱく言われたからねぇ。
面倒だけど、もうそこは私達全員納得してる。
やってみた感じ、そんな嫌いな仕事じゃなかったしね。
「──で、具体的にはその魔物ってどんな奴なんですか? 欲を言えば元になってそうなのが知れたらぁ……」
「ムカデです」
「……はい?」
「じ、自分の見間違いじゃなければ、ですが……。遠目でしたがヘビみたいに長くって、でも細かい足みたいなのが沢山あって……。多分ムカデか、ヤスデだったかな……と」
「……んで──」
「あ、あの……」
「なんでそんなキモい奴なのよォォォッッ!!」
──何も魔物は、何の脈絡もなくそこに突然現れるわけじゃない。
動植物が魔力に侵されて変異した姿が魔物であり、つまりはその環境に元々居た動植物が魔物として現れるわけで……。
養蜂が盛んなこの町は、蜂の天敵達にとっては最高の餌場と言えて……。
魔物化するとしたらそんな町に集中してる天敵達の確率が高くって……。
……はぁ……。
「ヘリアーテさん。部屋戻ってからずっとそうしてますね。元気出して下さい」
「そうですよっ! ムカデなんて大した事無いですってっ!!」
「……アンタ達、なんでそんな平気なのよ」
だってムカデよムカデ……。
昔ウチの屋敷に出た時なんかあまりに気持ち悪くて思わず《炎魔法》をぶっ放しちゃって危うく火事になり掛けたのよね……。
あの時は使用人に処理してもらって、以降はみんなが徹底的に対策してくれたからあれから見てないけど、まさかここで……。
「え。だってムカデなんてしょっちゅう見ますよ。ねぇ?」
「ですです。アイツら暖かくなると何処からともなく家入ってきてダルいんですよねぇ」
「しかもムダに毒とかあるから地味に危ないし。生命力強いから一思いに仕留めないとアレだし……けどぉ」
「所詮はムシですよ。ムシ」
「はい。虫ケラです」
……ムカデは虫じゃない──ってどうでもいいわね。
そういえばこの子達って別に貴族でもなんでもない平民だったわね。
貧しいかどうかは知らないけど、普通な子ってムカデぐらいじゃ何とも思わないのかしら?
あぁ……確かギデオンも話聞いて露骨に「ゲッ!?」とか言ってたし、やっぱ貴族に耐性ないのかもね。
はぁ……。こうしてうなだれてても仕方ないし、対策考えなきゃなぁ……。
ん? というか──
「アンタ達って、ムカデの対処法とか弱点とかって、知ってる?」
「え? うーん……。そこまで大袈裟なもんじゃ無いですけど」
「何が嫌いかとか、急所くらいなら知ってますね」
おぉ。これ、もしかして案外いける?
「魔物化してるからどこまで通じてるか分からないけど……」
「「はい?」」
「教えてアンタ達。やれるだけ、やってやるわ」
私はこの子達の上司で、ボスの──クラウンの部下なんだから、しゃんとしないとね。
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「……ふむ」
「如何でしょう、クラウン様」
「……」
ヘリアーテ達が旅立って数日。私は様々ある課題の中の一つに対して向き合っている。
そう。ムスカの件だ。
「あの聖獣シェロブと戦い、そしてその一部を喰らって以降、ムスカは変わらずずっとこんな感じです」
シセラが言うように、ムスカはシェロブとの戦いの中でヤツの体の一部を噛み千切り、摂食した。
だがそれ以来ムスカは四六時中呆けてしまっており、至極単純な返事や反応を見せるばかりでまともな会話すら出来ない状態に陥っている。
監視として重用している《眷族召喚》は継続して
使えているから今のところ不便は無いのだが……。流石にここまでの長期間は看過出来ん。
「とはいうものの、私達がこうしてただ様子を見て推察するだけでは解決などせん。故に──」
背後を振り返り、まるで生まれたての子鹿のように震えているエルフに笑顔を向ける。
「どうか、その頭の中にある聡明で賢明で明哲なお前に頼る事にした。是非ともその数十年を培い我々ティリーザラを一時とはいえ苦しめた魔物の知識を貸して頂こうか? エルウェ?」
「は、はい……」
エルウェは私に怯え、少し大袈裟に距離を空けながらだが相変わらずのムスカの様子を検分し始める。
「……仮にこの件がお前のおかげで解決したらば」
「は、はいっ!!」
「先のお前への冷遇を詫び、今後は厚遇すると約束しよう。暴力も暴言も浴びせん。一切な」
「そ、それじゃあ──」
「勿論、あくまで私の配下として、ではあるがな。お前の稀有な才能を私が手放すわけなかろう? ふふふふふふ……」
「あ。はぁ〜い……」
そうしてエルウェは苦笑いを浮かべながらムスカを調べ始める。すると間もなくして──
「……え?」
「む。なんだ? どうした?」
「あ。いえ、それが……」
「報告はハッキリと、明確に。杜撰さはマイナスだぞ」
「そ、そうじゃないんですッ!! ただ……」
「ただ?」
「この……ムスカの中の何かが──」
「何かが?」
「……聖獣の魂と、混ざっちゃってます」
「……ほぉう?」
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