序章:浸透する支配-18
思っていたより長くなってしまったので会議分割。
本当はこの一ページで収めるようにするつもりだったのですがね……。
私には構成力が無い故なのか、なんなのか……。
そこまで広くはない会議室。
壁際に並ぶ高級蜜蝋の燭台が部屋を明るく照らし、暗めの壁紙に反射して荘厳さを演出している。
中央には豪奢な黒檀ゴシック調の長テーブル。左右に二脚と三脚の椅子と、上座に一脚の椅子が配置されていた。
そしてそんな左右五脚の椅子に、それぞれ自身の従者を連れた五人の男女が座っている。
「……皆さん。よくお集まりで」
柔和な笑顔でそんな彼等に笑い掛けると、その全員から冷たい威風とお返しとばかりの微笑が飛んで来る。
「……随分と、手荒い指導でしたな」
五人の内の一人──長身痩躯でモノクルを掛けた初老の男で、チェーンで繋がれた懐中時計を丁寧に優しい手付きで手入れをしながらそう呟く。
「アレを配置したのはわざとで? 貴方方がアレを許容するとは思えませんし、もしそうでないなら、私は貴方方の生温さに寒気すらするんですが」
「はっはっはっ。彼等には少々悪い事をしましたかな。職務怠慢と職権濫用が目に余っていたと報告があったのでお灸を据えるという意味で配置してみたのですが、軟弱者には刺激が強過ぎたようで……」
やはりか。流石に真面目にあの人選と配置をしていたとしたら、人事について要らん議題を追加しなければならないところだった。
「父上と同じだと思って貰っては困ります。誰であろうと、相応しく無い者を私は切りますよ。……それが例え、貴方方だろうがね」
敢えてスキルを使わず、皆を矯めつ眇めつ睥睨する。
先程の役立たず二人のような動揺は当然無い。無論スキルを使えば可能だろうが、この人達にはそれでは意味が無い。
皆が求める自分達の──「劈開者」の元帥というのは、そんなものでは測らない。
「……」
「……」
「……期待通りですよ坊ちゃん。ささ、どうぞ上座へ……」
恭しい所作で私を上座へと誘う。
私はそれを受け素直に上座まで歩いて行き、マルガレンが引いた椅子にゆっくりと腰掛ける。
すると、今まで各々の態度で座っていた五人全員が立ち上がり、私の方へ向いて居住まいを正すと一斉にその場で跪く。
「改めまして。今回の「劈開者」元帥就任──誠におめでとう御座います」
「「「「おめでとう御座います」」」」
「……ああ。その忠義の姿勢、嬉しく思う。直りなさい」
「「「「「はっ!!」」」」」
私の労いの言葉に不快感も示さず、一同が立ち上がりそれぞれの従者に引かれた椅子に座り直す。すると──
「いやーっ! さっすが旦那だウワサ通りっ! キッモチィぐらいの支配者っぷりだっ!!」
五人の内の一人──ガタイが良く、堀の深い顔立ちに無精髭を生やした壮年の男が手を叩きながら賞賛を口にする。
「先代──ジェイドの旦那は確かに良い人だったが、いかんせん優し過ぎて威厳がイマイチ、な? やっぱそうやって支配者然としてくんなきゃ遣え甲斐がねぇやな?」
飄々と、そして軽々しい調子でそう語る彼の名は「カチンネス・レオンハルト」。
〝翡翠〟裏稼業組織「劈開者」を構成する五つの傘下ギルドの一つ「避役の夕闇」のギルドマスターであり、レオンハルト家の現当主。
表稼業では信用調査を旨とする興信ギルドを運営しており、裏稼業として高レベルの変装によってスパイ活動や暗躍を請け負っている潜入捜査のプロだ。
以前王国に潜入し変装していたエルフ達を見付け出す際も、それよりずっと昔から要所に潜入済みであった彼のギルド構成員達の情報があったからこそ。
また、そんな潜入エルフを誘き出す為の工作を図ってくれたのもこのギルドだったな。
「その節は情報提供と協力、ありがとうございます。お陰で奴等にコチラの動きを気取られる前に一網打尽にする事が出来ました」
「がっはっはっ! よく言いますよっ! 勝手にウチの資料室から盗み見といて豪胆な事だっ!」
「あの時は私に命令権なんてありませんでしたからね。ですが気付いていて放置して下さったでしょう? 私からすればそれは十分な協力姿勢ですよ」
「がっはっはっ!! それを言われちゃあ敵わねぇなぁ? がっはっはっはっ!!」
豪快に、気分良さげに笑うカチンネス。
だがそれを、厳しい視線の元に厳しく睨み付ける男がいた。
「カチンネス。坊ちゃんに対して何ですかその口調と態度は? 随分と軽過ぎやしませんか?」
それは先程、私に門番についての意見を口にしたモノクルを掛けた長身痩躯で初老の男。
彼は私の門番への対応に対する時よりも険しい表情でカチンネスを睨み、至極不機嫌そうに口角を曲げていた。
「そう言うなってモタグアよう? 旦那も別に咎めて来ちゃいねぇだろ? 気にすんなって」
彼の名を「モタグア・トード」。
〝翡翠〟裏稼業組織「劈開者」を構成する五つの傘下ギルドの一つ「蟾蜍の蜃気楼」のギルドマスターであり、トード家の現当主。
表稼業では精神疾患を患った者達に寄り添う精神福祉ギルドを運営しており、裏稼業として主に《幻影魔法》を使った誘導や偽報・風評の流布、情報操作を請け負っており、情報管理のプロとして職務を真面目に、忠実に全うしている。
「嘘おっしゃい。例え坊ちゃんが咎めようと、どうせ一時的に直すだけですぐに戻すでしょう? それは本当に忠義と呼べますかな?」
「細けぇ事を相変わらず……。第一よお? テメェだってさっきから旦那の事を「坊ちゃん」ってよう。俺達が担ぐ大将相手に、エラくなまっちょろい呼び方すんじゃあねぇか? えぇ?」
「うっ……それは……」
「それともアレかい? テメェにとって旦那は、所詮〝坊ちゃん〟呼びが妥当なヒヨッコってか?」
「ち、違うっ!! 私はあくまでも敬意を持って──」
「モタグアさん」
徐々に白熱して来たのを見計らい、冷や水を掛けるように口を挟む。良い歳した男の口論なんぞ聞いていられるか。
「カチンネスさんの態度に対してもそうですが、私としては公共の場でさえなければ呼び名や口調なんぞ、一々気にはしません。自由で結構」
「あ、有り難う御座います……」
「モタグアさん。私は貴方の仕事の緻密さや正確さを尊敬しているんですよ? 「暴食の魔王」がロートルース大沼地帯に現れた際の情報誘導やアールヴからの宣戦布告以前の風評操作とデマの処理……。お陰でそちらの心配をしなくて済みました」
実際、それにはかなり助けられた。
ただでさえ当時は気にしなければならない事が山積していて、情報操作なんて細やかで注意力が必要な仕事まで手が回らんかったろうからな。
そこを気にしなくて良かったのは、精神衛生的にも時間的にも本当に助けられた。
「基本、私は人の個性や多様性が好きです。なので敬意を忘れないのならば……貴方が私を呼ぶ「坊ちゃん」に愛着があるのなら、そのままで結構。まあ、いつまでも、とはいかんかもしれんがな」
「坊ちゃん……」
「……分かりましたか?」
「は、はっ!! 畏まりましたっ!! 〝坊ちゃん〟っ!!」
モタグアは再び席を立つと改めて深々と頭を垂れる。
生真面目な事で……。
「あ〜あ〜……。クラウンったらすっかりもう組織のボスねぇ〜……叔母さんなんだかさみしいわぁ〜」
……この妙に背中が痒くなる猫撫で声は……。
「……メルラさん」
「あらやだ冷たい目線……。相変わらずジェイドとは似ても似つかない」
「そうですか? 父上に似て、私も貴女の事が苦手ではありますよ」
メラスフェルラ・マグニフィカ。
母上の実姉であり、私の血縁上の叔母にあたる昔からちょくちょくお世話になっている人。
しかしその本名は「メラスフェルラ・プリケット」。
〝翡翠〟裏稼業組織「劈開者」を構成する五つの傘下ギルドの一つ「大蛇の暗月」のギルドマスターであり、プリケット家の現当主。
表稼業では私も訪れた珍しいスキルが封印されたスクロールを販売するスクロール屋を運営しており、裏稼業では罪人のスキル抽出と処刑を請け負っているという。
彼女が売っているスクロールには何度も世話になったが、裏稼業のスキル抽出や処刑に関してはその詳細を知らない。
何度か探そうとはしたのだがな。どうやら他の四家の裏稼業とは桁違いの隠蔽力を発揮していて、やる事が山積している中の片手間で探るには流石に限界がある。
それならもう一層の事、正式な上司として堂々と視察でも何でもしてしまう方が最早手っ取り早い。
「あら〜。手厳しいわねぇ〜」
「だって貴女の言葉って、露骨に〝作り物〟ではないですか。私や父上のように敏感な人間には、それが酷く違和感を覚えるんですよ」
「……ふ〜ん」
最初こそ、その違和感だけを感じていた。
だが自身の能力が上がるにつれ、その違和感の正体にも自ずと察しが付く。
この人の言葉は、徹頭徹尾〝作り物〟。何一つとして感情が介在せず、頭の中で予め取り揃えて用意してある言葉を、その場の状況に応じて組み立てて出力しているだけなのだ。
前世でも、そんな人間は腐るほど見て来た。先天性後天性に関わらず感情の発露が希薄か皆無。そのせいで世間に馴染めず、爪弾きにされ、孤立して歪んだ〝個〟に苦しむ人間を。
中には〝ある振り〟をして溶け込む者も居たりするが、彼女のそれはある種別次元だ。
スキルを使っているのか、はたまた想像も付かない経験が成せる素の技術力なのかは判然とせんが、メルラのこの〝擬態能力〟は群を抜いている。
何せこの私が、違和感こそ覚えていたものの最近まで見破れなかったのだからな。
「……クラウンは、どっちが良いの?」
「メルラさんの楽な方で構いませんよ? そんな事で一々人間性を判断するほど、了見は狭くありませんので」
人の〝魅力〟とは感じるものじゃない。見付けるものだ。
大きな輝き小さな輝き。鈍い色に艶やかな色。
醜さも美しさも。無感情だろうが感情的だろうが。
それぞれには必ず〝魅力〟がある。
そして私は、それを見付けるのが大好きだ。
「本心だろうと取り繕おうと、私は貴女を放ってなんておきませんから悪しからず。貴女は既に私の部下で、私の叔母で、頼り甲斐のあるスクロール屋の女主人なんですから。その程度で変わりやしませんよ」
「……そう? なら、好きにさせてもらうわ〜」
「ええ。存分に」
私は別に、メルラの事は苦手だが嫌いでは無い。世話にもなっているしな。
邪険になどするものか。
「──終わった?」
静かに。そして若々しい高い声音が隙間を縫うように滑り込んで来る。
そちらを見れば私を除けばこの中で最も外見的な容姿が若く、且つその口元をストールで隠していても分かるほどの美貌を持った女性が静謐な佇まいで座っていた。
「すみませんね。個人的な事で場を乱してしまって」
「好きにすればいい。……ただ、あたし達は仕事の合間を縫ってここに来てる。建設的な話を頼む」
「……建設的な、ねぇ……」
彼女の名は「サヤン・サラマンドレイク」。
〝翡翠〟裏稼業組織「劈開者」を構成する五つの傘下ギルドの一つ「鯢の黄昏」のギルドマスターであり、サラマンドレイク家現当主。
表稼業では違法薬物・ポーションの取り締まりを行う厚生ギルドを運営しており、裏稼業として薬物を含むあらゆる悪徳密売業者の取り締まりを生業にしている。
わざわざここで〝悪徳〟と付いているのは、それ以外の〝例外〟については条件次第である程度は見逃しているという事。
例えば地方の悪政を布く貴族を潰すための物資の横流し。
例えばやり過ぎた裏組織を壊滅させるための情報の流出。
例えば違法に肥え過ぎた豪商から貧困に喘ぐ村落へ秘密裏に流された物資の手助け……。
言ってしまえば法で守られて〝しまっている〟連中から、必要な分をこっそり分けて貰うような、そんな小さな悪意で大きな善意を買えるような、そんな仕事を例外としているわけだ。
まあ、そんな例外なんぞ、滅多にあるものではないのだがな。
……所で──
「建設的とは、誰にとっての話を?」
「──? 一々言わなきゃ、分からない?」
「いやいやいや。私の一方的な勘違いという事もあるだろう? だから念の為に聞いたんだ。……その建設的とは、誰にとっての話なんだ?」
ついつい、言葉が尖る。
それに反応するようにサヤンは目を鋭くすると苛立つような様子を露骨に見せた。
「決まってるでしょ? あたしにとって建設的かどうかの──」
「いつからお前は、私にそんな要求が出来る立場になったんだ?」
「……え?」
私にそんな事を言われるなどと露程も思っていなかったのだろう。
サヤンを含め、他の四家のギルドマスター達も呆気に取られている。
「なんだ? 私が優しい人間ではない事くらい、承知の上だろう? それとも何か? 父上の息子だからと、「このくらい言っても問題無い」なんて舐めているんじゃあないだろうなァ?」
そこまで言って、サヤンの反応を窺う。これでしおらしくなり謝罪なり何なりしたらば話は変わるのだが……。
「……」
彼女の人相は、より一層に下降する。
ならばそう、決まりだ。
教えなくてはな。改めて。
「──ッ!?」
サヤンの隣にテレポーテーションで転移し、素っ首を引っ捕まえて持ち上げる。
「がッ!?」
「力強くで分からせる……。恐怖と暴力で捩じ伏せるのは簡単だ。だがそこに真の忠誠心は宿り辛いし、後腐れも残る。決して良い手段じゃない。無いけどな?」
彼女は最初の内は素手での殴る蹴る。それで無傷と悟ると刃に毒を仕込んだ短剣を抜き放って私に躊躇なく振り回し、何度となく切り付けた。
しかしそんなもの、私には一切効かない。
「……鬱陶しいな」
「──ッ!?」
目の前で蚊のように飛び回る短剣を、タイミングを見計らって歯で捕まえる。
そしてそのまま刀身を噛み砕き、呆気に取られているサヤンを他所に、口の中に入った刃を咀嚼。
細かくなっていく金属片を味わいながら、ゆっくりと嚥下した。
その様子を目の当たりにしたサヤンは、最早青い顔でただ私を見下す。恐怖で、見下す。
「舐められたら終わり、は裏社会じゃあ常識で、暴力と恐怖はそんな勘違いへの〝特効薬〟だ。お前みたいに〝甘やかされた〟奴には、よォォく、効くだろう?」
「う、うぅ……」
「知っているぞ? 両親や周囲から〝天才〟だの〝神童〟だのと持て囃されて、その若さで当主や裏稼業を任されているのも才能故の期待から。そういうのも私は大好きだ。煌めく才能は宝石が如く……。最良の研磨で最良の輝きを齎すのは格別の喜びを覚える」
「ぐ、ゔぅ……」
「……だがお前は私に〝預けられた〟。好きな形に、好きな輝きになるようにその才能を磨く〝権利〟が私にはある。そんな私から見れば今のお前は、まだまだ浅く甘い」
「ご……」
「もっと光りなさい。格好良くなりなさい。美しく、煌びやかに、艶やかに、鮮烈に、魅力的に、魔性に……。欲張って欲張って欲張って、私好みの部下になりなさい」
「ご、め゛ん゛……な゛ざ……」
「ワガママ結構。生意気結構。傲慢じゃじゃ馬不遜大いに結構っ! ただ敬意は払いなさい。私が払うお前も、敬意を払って深く、味わい深い人間になりなさい。それこそが私が望む、お前という宝石の形だ。私もそんな宝石に相応しい敬意を、惜しみなくお前に払おう。分かったか?」
「わ゛が、り゛……ま゛じだ」
「宜しい」
手を離す。
サヤンはそのまま重力に従い床に落下し、へたり込みながら首を抑え咽せて咳き込み始めた。
「ゴホッゴホッ、ゴホッ……!」
あぁ、あぁ、ヨダレ塗れでまったく……。
しゃがみ込み、懐からハンカチを取り出し中途半端に外れた口元のストールを退けてから彼女の涙と唾液で汚れた顔を拭う。
「む、むぐ……」
「年頃の淑女がこんなに汚して……。そんな顔を見せるのは、心に決めた相手だけにしなさい」
「……」
「それと、ほら」
ポケットディメンションを開き、その中から短剣を一振り取り出し、呆けているサヤンに差し出す。
「私が食べてしまったからな。代わりだ。汎用品だから使い古しだが、さっきのより質は幾分か上だ」
普段使い用としてモーガン作の短剣を何振りか買っていたのだが、これもその内の一振りだ。
装飾こそ簡素だが、品質としてはそこら辺で買える高めの物より数段は上の切れ味と頑強さを誇り、重さや重心、握りも格別の逸品である。
「い、いい、の──ですか?」
「期待を込めての餞別だ。存分に活用と活躍をしなさい」
「……はいっ」
何故か顔を赤らめたサヤンは徐に短剣を受け取ると、それを胸に抱き私の目を見詰めてくる。
妙に恍惚な眼光を宿して。
……。
「……場が乱れてしまったが、会議を始めよう」
色々と無視して元の上座に戻り──
「……」
「……どうした、ロリーナ?」
「……」
「ん、ん?」
「……人たらし」
「むっ!? い、いや私は……」
「別に、いいですけど」
「いや良くは……」
「別に、いいですけど?」
「む、ぐぅ……」
「ふふ……」
こ、この子分かってて言ってないか? 最近そういった所に遠慮が無くなって、たまに私を困らせに来て反応を見ているような気がするが……。良い兆候ではある、のか?
くっ……。この場でいきなりキスでもしてやろうか?
……いや。今はそれどころじゃあないな。
椅子に座り直し、前を見る。
すると五家全員が居住まいを正して私を見遣っている。皆が皆ある一定の敬意を宿しているその目線。
しかしその中に僅かに見える、小さな憤りの色……。先程からの一連のやりとりでは見せなかった、内心に浮かび上がっている不満、疑念、苛立ちが滲んで見える。
そもそもの話、この場に私が呼び出されたのは穏やかな就任挨拶や会議ではない。
今日ここに呼ばれたのはそう。彼等から〝お説教〟をされる為である。
「さて。──改めて先日より、〝翡翠〟裏稼業組織「劈開者」の元帥を父ジェイドから引き継いだクラウンだ。以後は私が「劈開者」を導き、このティリーザラ王国を裏から支えよう。宜しく頼む」
「ご就任、おめでとう御座います」
「「「「おめでとう御座います」」」」
五家が揃って私の就任を寿ぐ。
その祝詞に嘘は無い。
元々前任の父上はお人好しで、私への継承を自身が疲労で限界を迎えるまで渋っていた程にこの「劈開者」の存在を嫌悪していた。
裏稼業をキャッツ家の呪いと称し、自身にそれを熟すだけの手腕と才能がある事を毛嫌い、いつだって内心の良心を押し殺し、法の外側を撫でるような仕事ばかりに辟易する……。
父上は「劈開者」が無くなる事を望んでいた。
そんなものが存在しなくても回るような国政を望み。どうあっても犠牲を強いてしまう現実を否定し。
そしてだからこそ、五家の皆が不満と不安を募らせていた。
自分達のいく先を。自分達の存在意義を。
自分達のやって来た事を否定されているように日々感じ、胸にある「劈開者」としての誇りや矜持を拒まれているように、彼等は感じていた。
故に五家は強く望んでいた。
正に裏稼業を継ぐ為に生まれたような人間性と思考をした私という後任を。
容赦無く。暴力を厭わず。
冷酷で冷徹で冷淡な手段を迷わず下せる、そんな私の存在を渇望した。そう、私はカーラットからこっそり聞いている。
だがやはり、喉奥に刺さっているのだろう。
小さな小骨が、チクリと……。
「それで、議事進行は?」
「あ。わ、私が、やらせて貰いますっ!」
手を挙げたのは、五家の内で今日初めて声を上げた中肉中背な中年の男。
名を「ドラモコンド・ウインドリバー」。
〝翡翠〟裏稼業組織「劈開者」を構成する五つの傘下ギルドの一つ「大蜥蜴の熱帯夜」のギルドマスターであり、ウインドリバー家現当主。
表稼業では様々な家庭にて使用人を派遣する家事代行ギルドを運営しており、裏稼業として表沙汰に出来ない死体の処分や証拠隠滅・偽装を請け負っている掃除屋だ。
確か昔、若かりし父上が誤って《深淵魔法》を暴走させてしまい、彼の配下ギルド員数名が狂死したとか何とか……。
その件もあり、普段の物静かな雰囲気とは裏腹に五家の中では一番父上に不信感を抱いていたようだが、果たして私はどう評されるやら。
因みに元「暴食の魔王」グレーテルをロートルース大沼地帯に止めて置く為に死刑囚を何名かエサとして投入したのだが、それでも足らず。
彼のギルド「大蜥蜴の熱帯夜」が処理予定だった身元を明かせない死体を何体か追加投入した、というのを最近知った。
どうやら師匠が私に黙って密かに手配したようなんだが……。雑談の最中にそれとなく言われた時にはそれはそれは複雑な心境になったものだ。
「ほ、本日の議題は……その……」
「全て承知している。遠慮は無用だ」
「は、はい……。議題は……クラウン様の下街への独断専行、及び下街西区「 歔欷の吹き溜まり」統治組織「不可視の金糸雀」に対する圧制行為に対する処置……です」
ドラモコンドの読み上げに、五家の空気が変わる。
その目は敬う上司に対するものを内側へと追い遣り、勝手をしてやらかした子供を大人が叱責する際の、責任感を帯びたようなものに変容した。
今回の「劈開者」五家の内、三家は以前に戦時中で登場させましたが、覚えていましたかね?
まあ、初登場みたいなものなので、改めて覚えて貰えると幸いです。メルラ以外。
一応それぞれの名前には元ネタというか、由来があったりするのですが……。まあ、ちょっとした遊び要素なので重要ではないです。はい。




