序章:浸透する支配-15
「……こちらが、書庫になります」
「そ。ありがと」
「くれぐれも荒らさぬよう、お願いします」
「分かってるわよ」
カッチリしたスーツ姿の無愛想な男が、私一人を部屋に残して出て行く。
といっても別に完全に放置されたわけじゃない。どうせドアの向こうで待機してるに違いないわね。
「……さて」
私は案内された部屋──書庫を見回す。
何の変哲もない、ありきたりな書庫……。広さはそれなりにあって、床から天井まである本棚が壁一面びっしりと敷き詰められ、部屋の真ん中を区切る形でまた本棚が置かれている。
端の方には机と椅子が何脚かずつ置いてあったりもするけど、全然使ってないのかホコリを被っててこのままじゃ使えない。
部屋全体もなんだかホコリっぽいし、空気も淀んでるから多分換気すら殆どしてないわね、これ……。
「はぁぁ……くちゅっっ!! ああぁ……鼻がムズムズする……。まずは軽く掃除からね。まったく、なんで伯爵家の令嬢の私が掃除なんかしなきゃなんないんだか……」
とはいえ一応、家で最低限の掃除は教わってる。将来、王城で王室付きの給仕人になる可能性だってあるからってお母様に言われて、だけど……。
「……」
──ボスに連れられやって来た、下街の西区「 歔欷の吹き溜まり」を取り仕切ってる組織「不可視の金糸雀」、その本拠地であるこの屋敷。
こんな裏社会のど真ん中に貴族家の出とはいえたかが学生である私や他の仲間が連れて来られたのには、理由がある。
グラッドやその部下のキャサリンは将来を見据えて顔を今の内に組織に繋げる事。
ボスは二人にはいずれこの下街に関連した仕事をやらせるつもりらしく、下街での自身の仕事振りを見せながら勉強させているんだとか。
ロリーナやマルガレンは言うまでもなくボスの秘書と従者として当たり前のように同行。まあ、ボスはあまりロリーナをこんな薄汚い場所に連れて来たくはないって言ってたから、大事な用でも無い限りあの子はあんまり来ないかもだけど。
んで、肝心の私。
私はそう。ボスとの〝約束〟の一環でこんな場所に来た。
──私はボスの部下として付いていく代わりに、彼は私の家系「ヘイヤ家」が、あの初代最高位魔導師にして魔術史における伝説的な偉人「テニエル」の子孫か否かを明らかにする事を約束した。
何世代にも渡って国に我が血筋こそがテニエルの血脈と訴え続け、爵位を降格されても止める事をせず。
他の貴族家から爪弾きにされ、厄介者扱いされようと決して折れずに主張し続けている……。執着に執着を重ねて、時には妄執に囚われながら、私達ヘイヤ家の人間はテニエルの子孫だと言い続けるのを止めていない。
時には他家の子に石投げられたり実害を被る事もあるし、他にも色んな嫌がらせや根も葉もない噂で沢山イヤな思いもした。何度心が折れそうになったか分からない。
……でも、我が家に遺されてる唯一のテニエルに繋がる彼女の伝記を読み返して、思い起こして、想い馳せる度にそんな気持ちが不思議と霧散して、憧れと誇りで胸が一杯になるんだ。
こんな凄い人が……こんな美しくて気高い、全女性魔術士の憧れの人が自分の祖先なのかもしれないって考えるだけで、背中と心がゾクゾクして気力が湧いて来る。
だから私は確かめたい。
この身に宿る血が、彼の大魔導師と同じなのかを。
ヘイヤ家こそがテニエルの正統後継者であり、珠玉七貴族と並ぶ礎の大貴族だとっ!!
それこそが、私──私達ヘイヤ家の悲願達成に……解放になる。それでようやく、私は……。
……。
──そして私はボスの提案のもとに誘われて、今回は皆に同行した。
勿論、テニエルに関する理由で、だ。
私は最近まで知らなかったけれど、ウチのボスはどうやら時間を見付けてちゃんとテニエルに関する情報を地道に集めていたらしく。
〝テニエル〟という名前が一つでも出ているのであれば物語だろうが詩だろうが、果てには売れずにゴミ同然に投げ売りされていた妄想だらけの個人出版書に至るまで全て、手元に回収して集めていたようだ。
私自身に全く報告が無かったし、そんな素振り一つ見せなかったから正直本当に約束を守ってくれるのか疑ってたけど。
見せられた山のように積まれたテニエルに関する情報群を目の当たりにしたその日ばかりは、そんな自分を凄く恥じたっけな……。
結局私に何も言わなかったのは「納得出来るだけの情報が無かった」からだったし、「聞いてくれれば進捗くらいは話した」とか言われたのはちょっとムカついたけど、まぁまぁそんな事は些細な事ね。
……で、結局ボスが片手間に集められる分での情報では、やっぱりヘイヤ家と結び付けられるものは見付けられなかったみたい。
そりゃそうよね。何世代もヘイヤ家が探し回って見付からないものを今更見付けられる可能性なんて殆どないわよ。
ボスも「やらないよりマシ」とか「万が一がある」って最初からダメ元だったみたいだし、そこはお互い結果に納得してる。
それでじゃあ次は何処を探そうって話になり、ターゲットになったのがここ下街。
基本貧民街でもある下街にそんな関連書物が存在するのか最初は怪しんだけど……なるほど、確かにこういう取り仕切ってるような組織だったらこうやって蔵書してる事もあるわよね。
しかもこういうのって一般的に市井に出回らないような黒寄りのグレーな内容のものがありそうだし、ウチの家で探せなかったようなものがあるかもしれないし。期待は出来るわ。
……とはいえ──
「はぁ……くちゅっっ!! あ゛ぁもうっ……ちょっとぉ!? 掃除道具あるぅ? 掃除道具ぅッ!!──」
「……よし。こんなもんね」
窓を開けて換気をし、積もったホコリをあらかた払い、使ってなかった机と椅子をキレイに掃除した。
おかげで大分居心地良くなったし、まだ鼻はムズムズするけどくしゃみは治った。これならゆっくりテニエルに関する書物を探せるわね。
……といっても量が量よね……。どの本に載ってて何処にそれが何冊あるかなんて分かんないからかなり時間掛かるわね、これ……。
まあ、別に今日一日で探し出さなくてもいいわけだし。時間がある時にボスに頼んで送ってもらえばいいしね。
約束なんだし、断らないでしょ。
さぁてさて。そんじゃあ一つ気合い入れて──
「ここっ!? ここに居んのねっ!?」
……ん?
「だ、ダメですお嬢っ!! 今は客人が調べものを……」
「だからよだーかーらっ!!」
……扉の向こうからさっきの案内人と知らない女の声が聞こえる。
なんかもの凄く面倒な事になる気配が──
「ゴルァァァッッ!!」
可愛らしい声音に頑張ってドスを効かせた怒号と共に、扉が勢いよく乱暴に開け放たれる。
現れたのは、さっきウチのボスに精神的にも肉体的にもボッコボコにされたここの女ボスを二割くらい小さくして生意気さを盛りに盛ったような女の子。
その子は鼻息荒げに私を睨み付けると、ビシッと人差し指をコッチに向ける。
「そこのオマエっ!!」
「え? うん……」
「部外者のクセに随分と好き勝手にしてるみたいねっ!! こんのっ…………あ、アバズレぇっ!!」
うっわカワイイ……。慣れてない悪口頑張って捻り出してんのカワイイ。
「い、今すぐここから出てけっ!! じゃないとぉぉ……」
「じゃないと?」
「うっ……」
ああ……。自分の脅し文句で私が怯むと思ってたのね、これ。
私が何一つリアクションしないから困惑してるんだわ。も〜う、カワイイったらありゃしない。
「あ、あた……」
「ん〜?」
「アタシっ!! 「不可視の金糸雀」首領キャナリー・ライクシングの妹っ!! フィンチ・ライクシングがっ!! あ、アンタをぶ……ぶっ殺してやるんだからぁっ!!」
あー。やっぱりあの人の身内かぁ……。まあ似てるしそうだろうってのは分かったけど、妹かぁ……。羨ましいぃ……。
「さぁっ!! アンタんとこの親玉連れてさっさと出てけっ!!」
ちょっとからかいたいけど、一応今は仕事中だし、ボスの仕事にも響いちゃうかもだからやっぱ舐められたらダメよね──
『あの世界はメンツと看板が命だ。舐められるような言動は絶対にするな。逆にどんな手段でも構わんから相手を捩じ伏せ、跪かせろ。暴力挑発上等。状況次第でなんでも使いなさい。私が許す』
──って、ボス言ってたしね。
「ん? え〜、それはちょっと無理かなぁ」
「は、はぁっ!?」
「私ね? これでも大事な大事な用事で来てんの。そう簡単に、はいそうですか、なんて言ってあげらんないわ」
私も割とマジで宿願果たしたいからね。ボスの助言なんか無くてもこんな小さな子に脅された程度で流石に引き下がらないっての。
「じゃ、じゃあもうアタシがこ、殺すわよっ!? 殺し……ちゃうわよっ!?」
「やれるもんならやってみなさい」
「こ、後悔しても、遅──」
「言っとくけど」
「──っ!?」
「私、こう見えて怪力なのよ。手頃な石くらいなら片手で粉々に握り潰せるし、ちょっと頑張れば木だって引っこ抜けるわ」
「い゛っ!? う、ウソよっ!!」
「なら試す? 握手しましょ」
「え゛ッ!?」
右手を彼女に差し出す。
まあ、流石に本気で握り潰したりはしないけど、ちょっとだけ痛がらせましょう。
もし加減ミスって潰しちゃったら……。ま。後でロリーナに治して貰えば良いでしょ。
握れたら、だけどね。
「……ッッ」
「あら、どうしたの?」
「ど……え……」
「ウソなんでしょ? 私の怪力。なら握れるわよね?」
「う……うぅ……」
「それともハグが良い? 良いわよぉ。全身の骨、粉々になっちゃうけどぉ」
「くっ……」
「ほらほらぁ。早くしてよぉ。それともやっぱビビって出来な──」
「な、ナメんなぁーーッッ!!」
私がフィンチの琴線に触れたのか、彼女は私が挑発し終わる前に腰に佩てたナイフを抜き放ち、突如として振りかぶってくる。
一応練習でもしてるのか、一連の動作が滑らかで軌道もキレイ。
でも基礎の基礎。グラッド相手に何度も練習試合してきたから凄く動きが読みやすくて分かりやすい。
しかも人を襲う覚悟も無しに襲って来てるせいで軸がブレブレ……。これじゃあ当たるもんも当たんないわね。
……仕方ないなぁ。
「──ッッ!?」
目の前まで迫ったナイフの刃を掴み、そのまま瞬間的に力を加えて折ってやる。
「わ、わっ!!」
勢いが急に死んで体勢が崩れたフィンチの腕を力加減に気を付けながら掴み、私の懐に引き寄せながら掴んだ腕を使って彼女の身体を反転させて、その首根っこを掴む。
「えっ!? ちょっ!!」
「ほらほら暴れないのー」
「は、放せぇーっ!!」
「……アンタ、今の状況分かってる?」
「えっ……」
敢えて声音と表情をさっきのテンションから急落させ、耳元に口を近付けて囁くように聞かせる。
さっきのボスみたいには流石にいきなり出来ないけど、アレ参考にしてちょっと脅かしましょう。
「見てたわよね? 私がナイフを簡単に折って見せたの」
「う……」
「今私の目の前にアンタの首があるんだけど……。さっきのナイフより全然折りやすそうよねぇ」
「ひっ……」
「……アンタが一体どんな風に私達の事を聞きつけたのか知らないけど、ウチのボスは目的の為なら基本的に何一つ容赦しないわよ。そんなボスに見込まれて直属の部下を私は務めてる……。この意味、分かる?」
「で、でもぉ……」
「そうね。ここのボスの妹殺したってなったら今進めてるボス達の話に支障出るでしょうし? 第一私だってこんな子供殺したりしたくないし」
「な、なら──」
「ま。事故ったらゴメンね♪ って話ね」
ここ。ここで満面の笑顔を見せてみる。よくやるボスのやり口。
するとフィンチは私の笑顔を見てみるみる顔色を悪くする。
なるほどね。確かにちゃんと怖い顔とかマジな顔されるのも効果あるだろうけど、笑って見せると狂気を感じ取るわけね。勉強になるわぁ。
……いや学びたくないわよこんな知識。
「や、やぁあぁ……」
「はぁ……。そんな情けない顔するくらいなら初めから突っかかって来ないの。分かった?」
「わ、わかった……」
「よーしよし。良い子ねぇ〜」
首根っこを優しく離してやる。
するとフィンチは半べそをかきながらまた凄い勢いで扉を開けると逃げるように出て行く。
待機していた案内人もそれを見て「やれやれ」と困り眉をしていたのを見るに、もしかしたら客人に対して度々こうやって突っかかって来てるのかもね。
まあ、見た目で多少は相手くらい選ぶだろうけどさ。
──さて、と……。
「カワイイおじゃまモノは居なくなったし、本腰入れて探しますかぁっ!!」
ひとまず魔術に関するものから手当たり次第引っこ抜こう。そこからは偉人譚なんかの──
「ふぁっ……あぁぁあぁ……」
調べ始めて大体二時間くらい。
正直眠くて仕方がない……。《睡眠耐性・小》持っててもここまで眠いとなると、無かったら寝てたわね、これ……。
別に読書は苦手じゃないけど、読んでる内容が思いの外専門的寄りでどうにも……。
結局テニエルのテの字も見当たらないし。無駄とまでは言わないけど、骨折った割に、って感じね。
連絡無いからまだ話し合いはしてるんでしょうけど、切りはいいから一旦ここまでにしようかしら。それとももう少し……。
……というか。
「アンタ、いつまでそこに居んのよ?」
椅子を引いて後ろを振り返る。
そこには一時間くらいしてからこっそり戻って来て、ただ黙って少し離れた椅子に座っているフィンチの姿があった。
「……監視」
「暇なのね」
「ひ、ヒマじゃないっ!!」
「別にどっちだっていいわよ。邪魔だったのに変わりないし」
この子が来たせいで妙に集中力削がれて調べ物が捗らなかったのよね……。
邪魔する事が目的だったなら成功ではあるわ。
……。
「ねぇアンタ」
「な、なに?」
「アンタ、テニエルって分かるわよね?」
「きゅ、急に、なんで?」
「暇つぶしよ。時間微妙だし、折角だから付き合いなさい」
戻って来たって事は別に私を心底怖がってるわけじゃないだろうし、話くらい出来るでしょ。
「で? 知ってんの?」
「そ、そりゃあ……。この国に居て、知らないほうがおかしいでしょ……」
「そうよね。んじゃアンタ──」
「フィンチっ!!」
「さっき泣かされたクセに強気ねっ!? ……まあ、いいわ。んで、フィンチはこの中にテニエルの本あるか知ってる?」
「んえ? 知らない」
「……見るからに本読まなそうだし、そりゃそうよね」
期待してたわけじゃないけど、肩透かし感は否めないわね。
ま。まだまだ始めたばかりだし。期待二割ダメ元八割くらいの気持ちで──
「あ。でもちっちゃい時にお母さんがよくテニエルのお話読んでくれたっ!!」
「……お話?」
何かしら。テニエルが出て来る英雄譚とか偉人譚ってちっちゃい子に読み聞かせるような内容のものは無かった気がするけど……。
……。
「それ、今ある?」
「え。あ、あると思うけど……」
「ちょっと持って来てくんない?」
「な、なんで?」
「なんでもよ。持って来てくれたらさっきの襲撃チャラにしてあげるから」
「う……。それって……」
「言う事聞かなきゃアンタのお姉ちゃんとウチのボスにバラす。そしたらアンタ怒られるでしょうねぇ〜〜? お姉ちゃんの立場も今よりもっと悪くなって──」
「わ、わかったッ!! いま……いま持ってくるから待ってッ!!」
血相を変えて出て行くフィンチ。
ま。どうせ売れない作家の作品とか、フィンチのお母さんの自作とかそんなんでしょうけど、何事も確認って大事だしね。
余った時間には丁度良いでしょ。
──と、そんな事をボンヤリ考えていると……。
「これっ! これこれこれっ!!」
ドタドタとやかましい足音と共に、フィンチが一冊の本を手に全速力で戻って来た。
余程にチクられるのが嫌だったのね。そんなに嫌ならやらなきゃよかったのに……。こっちには都合の良いけどね。
それにしても……。
フィンチが持って来た本をよく見てみると、装丁が思っていたよりしっかりしている。いわゆるハードカバーのようだし、予想してたチンケな創作本じゃなさそうね。
「とりあえず見して」
そう言って手を差し伸べる……が、フィンチは私の手を見て抱えてた本を遠ざけるように自身の身体で隠してしまう。
「……まさか、本当に持って来ただけって事はないわよね? そんな揚げ足取りな事、言わないわよね?」
「……」
「言 わ な い わ よ ね ?」
いい加減ちょっとムカつくので強めに威嚇してやる。
いくらカワイイからって限度があるわよね?
「う、うぅ……」
フィンチは怯えた目で私を見ながら隠していた本を差し出す。最早ちょっとした舎弟ね、これ。
「どれどれ……」
本を受け取り、改めて装丁を見回す。
やっぱり装丁には木が使われたハードカバーが採用されていて、装飾なんかも手の込んだ箔押し。題名なんかの文字も全部箔押しだ。
使われている布地も赤くて高級感溢れるもの。だけど新品ではないわね……。風格があるっていうか、古めかしさがある感じ。
紙質も少し荒めで変色してるし、少なくともここ数年の感じはしない……。なんなの、これ?
国中のテニエル関連書籍を漁ったヘイヤ家の調査目録には無かった筈よ、こんな本……。
というかどちらかというと……。
「ユウナの旧約魔導書に雰囲気が……似てる?」
「ん?」
「──っ! な、なんでもないわ。んな事より内容よね、内容……」
表紙をめくり、内容に目を通す、が……。
「なによ、これ……」
「……成る程。内容が全て暗号の伝記、か」
話し合いも終盤に差し掛かってた応接室に乗り込み、簡単に事情を話してからボスにフィンチから借りた本を見せた。
そう。ボスが言うようにあの本は内容が全て暗号化されていて、とてもではないけど空で読めるようなもんじゃない。
ましてやちっちゃい子の読み聞かせで気軽に聞かせるような内容なんかじゃないでしょ、これ……。
「……なぁキャナリー」
「え? な、なんだ?」
「この本……。いつからここに?」
「わ、分からん。俺も小さい頃に先代に読み聞かされてはいたが、出自がどこかなんて詳しく知ろうとしなかったから……」
「……まぁ、そうだろうな」
ボスは本に目を落としながらゆっくりページを送っていく。というか──
「ボス、読めんの?」
「いや? だが今までの積み重ねで漠然とだが内容の雰囲気は理解出来る」
えー……分かるの、これ? そりゃ今まで旧約魔導書の解読してる経験とかあるでしょうけど、なんの参照も無しで雰囲気掴むってヤバいでしょ……。
……ん?
「え。待って待って待って」
「なんだ?」
「あ、暗号って、別にその手の業界内で画一化とかされてないわよね?」
「場合によるな。周知するべき人間が複数存在する際には暗号形態が画一化されている事もある。軍の機密文書とかな」
「じゃ、じゃあ、旧約魔導書は……」
「アレにそんなものは無い。あったら解読にあそこまで苦戦などするか」
それって、つまり……。
「……察したか?」
ソファで踏ん反り返るボスが少しだけ嬉しそうに私を見上げる。
「この本には旧約魔導書の暗号と同じ形式が施されている。という事は、だ」
「あ、アレの暗号を解読して応用出来るくらいに熟知してる人間が……、書いてる?」
「ああそうだ」
「それが、旧約魔導書って可能性は?」
「それは無いな。確かに古い本だが、旧約魔導書程の年代は重ねていない。スキルで確かめたから間違いないな」
「……それが書かれた時代に、旧約魔導書の解読が出来るような知識人って……」
「……一人しか、居らんだろうな?」
そう。彼女は天才だ。
魔法先進国であるティリーザラでは国民的な偉人で、国外であってもその名を轟かせる、魔法魔術の凄さをこの世に知らしめた歴史的な英雄だ。
そんな彼女が旧約魔導書と関わっていて、解読が出来ていても何ら不思議じゃない。いや寧ろ、それでこそ憧れの女魔導師と言える。
納得しか、ない。
「内容によるが、少なくともこの本は」
「うん」
「……テニエル著書、である可能性が非常に高い」
ボスが得意気に掲げたその本が、私にはいっそう、輝いて見えた……。




