序章:浸透する支配-14
この小説の読者の男女比ってどんなもんなんだろ。
私的には男ばっかだと勝手に思っているんですがねー。
少し気になってます。
今、俺の背筋に戦慄が走っている。
ついさっき、部下から報告が上がって来たからだ。
勿論、報告自体の話じゃない。その内容の、余りの結果に、だ。
──クラウン・チェーシャル・キャッツが、ここ下街の西区「 歔欷の吹き溜まり」に足を踏み入れたのは数分前から耳に入っている。
どうやらキャッツ家の裏稼業である「劈開者」を正式にジェイドから継承し、元帥の座に収まったらしく、その足でここに向かっているようだ。
元々キャッツ家の裏稼業は下街と、それを東西南北で支配する我々四組織をエメラルダス家の人間と合同で監視する事を業務の一つとしていて、基本的にコチラが派手な動きさえせず下街に引き篭もっていれば不干渉だった。
かく言う俺も、先代の劈開者だったジェイドとは就任の際や有事の時くらいにしか顔を合わせた事はなく、以後も先々代達のように積極的な接触は殆ど無かったと言っていい。
俺達は王都にとっての必要悪だ。ヤツ等の監視下というのは不服この上無いが、最低限の仕事で抑えてさえいればこの小さいながらも自由な世界をある程度気ままに謳歌させてくれる。
そう、ここ下街は言うなれば俺達犯罪者の小さな王国なのだ。
……だがヤツは──クラウンはそんな俺達が築き上げて来た地盤を、踏み荒らそうとしている。
厳密に言えば、余計な手出しをしたのはコチラ……。中街に多少出入りしてもスルーされるような末端の小物が愚かにも喧嘩を売ったのが始まりではある。
ただヤツはそれを一種の引き金に利用したんだ。
元々ヤツはここに攻め入る腹積りだったようで、それがそのチンピラのせいでかなり早まった……。本当に頭が痛くなる。
とはいえその喧嘩を、この「不可視の金糸雀」の名前を出してまで煽って向こうは買った。そうなったらもう、コッチだって後に引けない。
二万人を討ち取ったなんて信じがたい話ばかり聞こえて来る国の英雄だが、所詮は十五の小僧っ子。
噂に尾ヒレの付いたジェイドのガキに舐められたままではいられん。
仮に全部が全部本当だったのだとしても「不可視の金糸雀」のボスとして、ここはそのお坊ちゃんに裏社会の怖さを教えよう。
そう思って、ヤツが買う予定の屋敷に下部組織を向かわせ嫌がらせさせたのだが……全滅、させられた。
しかもあの商業の女王である〝紅玉〟のコランダーム家当代当主、ルービウネル本人と一緒に、凄惨に殺されたらしい。
監視だけに専念させていたウチの部下から最初に聞いた時は耳を疑った。その様子はまさに虐殺で、宛ら無邪気にトンボの翅を毟る子供のようだったと、部下は震えていたのをよく覚えている。
ルービウネルの一瞬で相手をチリにする技も驚異的だったようだが、特に酷かったのはやはりクラウンの拷問を越えた猟奇的な殺害方法。
五人の大人を数センチの大きさにまで押し固めたり、仲間の肉を頭目に食わせたり、《溶岩魔法》で生じさせた溶岩を少しずつ垂らして見せたり……。
ハッキリ言おう。我々の方がまだ人道的だ。
色々と犯罪に手を染めてきたが、そこまで頭がイカれている自信はない。それに比べれば俺達などまだまだマシだ。真っ当だ。
俺達にそう思わせるだけの狂気と異常性を、ヤツは持っている……。
侮っていた、完全に。
甘ちゃんのジェイドの息子で、戦争での活躍は家名復興の為の箔付で、聞こえる武勇伝だって情報戦略の一環だと決め付けて掛かった俺の落ち度だ。
きっとヤツは、今までの歴代キャッツ家の中で最も裏稼業に順応し、適応した人間だ。蓄積された色んなモンを凝縮して出来上がった、劈開者元帥の完成形なんだろう。
人を殺す事を躊躇うどころか笑顔で敢行する快楽殺人鬼……。最悪だ。
しかもただの殺人鬼ならともかく、あのキャピタレウスの弟子で次期最高位魔導師の最有力候補だと? 多種多様な武器を玄人並みに操る千手万操の傑物で? 他の珠玉七貴族どもと強力なパイプもあってその下請けギルドを作る計画もあるって?
ふざけるなどんな英雄譚のご都合英雄だッ!!
まさか俺の代でこんな化け物に当たるなんて……。しかも正式に劈開者を受け継いだその足でコッチに来るだとっ!? 俺はなんて運が無いんだっ!!
…………だが、まあ幸いに、コチラにはそんな時の為に幾つかの備えがある。
そう。こういった強者に対する数多の防衛策を、「不可視の金糸雀」では代々から受け継いでいるんだ。
大丈夫。大丈夫だ。
なんせあの、残虐性と個人主義からモンドベルク直属のギルドを解雇された国一番の厄介者にして裏社会最強の実力者──通称「鴉の鉤爪」を無力化するレベルの防衛策なんだからな。
完全に抑え込む事は難しくとも、こちらに有利な話に持ち込むくらいには大人しくさせる事は可能のハズ…………だったのに……。
「アイツ最強じゃないのかよぉ……。なに一瞬で負けてんだよぉ……」
ついさっき上がって来た凶報……。その「鴉の鉤爪」が、クラウンに出会い頭に一瞬で一方的にやられた上に、見せしめのように晒しものにして放置されているなんて……。
そんなもの見たヤツは誰だって悟る。
次代の──いや今代の劈開者元帥は今までのキャッツ家とは比較にならない程の危険人物で、聞こえる噂に違わぬ強者だと。
そしてその矛先は、そんな化け物の怒りを買った我等「不可視の金糸雀に向く事を……。
これは……警告だ。
無駄に命を散らしたくなくば部外者は余計な首を突っ込まず大人しく静観していろ……と。
ああマズイ。吐き気がして来た、胃が痛い……。
俺って、こんなメンタル弱かったっけ? それとも組織始まって以来の修羅場に身も心も付いて来れてないのか?
「ぼ、ボスぅ?」
「あ゛あ゛ァッッ!?」
「その……。もう受付まで来てますけど……」
「──ッッ!! 受付嬢はっ!?」
「それが一応ビビりながらも規定通りの文言を……ただ……」
「ただ?」
「……「私と会う以上の大事な約束があるのか?」と……」
「──ッッ!! い、今すぐ通せッ!!」
「は、はいっ!!」
「いいかッ!? くれぐれもヤツに不躾な部下を近付けるなよッ!? 通る度に血生臭い廊下なんぞ俺は御免だからなッッ!!」
「はいィィィィッ!!」
あ゛あ゛ァァァァクソッッ!!
……ウチのモン、下手に手ぇ出さなきゃいいが……。
…………今の内に、補填考えとくか……。ハァ……。
──ニコニコと、胡散臭い柔らかな笑みを浮かべる少年が、俺の前に座っている。
俺の執務室にある二人掛けソファに、ローテーブルを挟んだ形で座っているヤツは、入室から誰憚る事なく堂々と足を組み、膝の上に軽く手を組んだ形で、ただ俺を見据えている……。
年齢は知っていたし、それに不相応な程の威圧感と不穏感、そして畏怖感を滲ませている事も調査済みだ。
ただ今日初めてその姿を目の当たりにして、正直困惑している。
若いし、普通だ。思っていたより、ずっと……。
もっとこう……年齢の割に凄みがあったり、何かしらの影を感じさせるような重々しい面持ちの……思わず何かを察して同情でもしてしまいそうになる、そんな悲愴感あるヤツだと勝手に想像していた。
だが実際に対して見たらどうだ?
綺麗な顔立ちに柔和な笑顔。
ツヤのある髪質や肌は健康的で。
短い間に垣間見えた所作は気品がありながら威風を感じさせ。
着ているオーダーメイドであろう外套にもキズや埃は見受けられず、俺の審美眼で見る限りかなりの高品質だと見て取れる……。
初見で、なんの前情報も無しでコイツを見たら、恐らく俺は「親の教育が厳しい良いとこの貴族の嫡男」くらいの評価を下すかもしれない。
それくらい、今のコイツは大人しく見えてしまう……。下手に手を出せば爆発する爆弾だというのに……。
「……」
チラッと、クラウンの連れて来た者達に目を遣る。
ヤツの隣に座るのは覚めるような美少女。恐らくはクラウンの恋人か何かなのだろう。入室時から彼女に対しての気遣いには他の連れとは明らかに違う質のモノを感じたからな。
そして二人が座るソファの後ろに控えるように並び立つ、四人の男女。
丁度男女で半々で、流石にこの場で全員の検分までには至れないが、一人だけ年齢が低く、且つ妙に仕立ての良い執事服を纏った少年はクラウンの従者で間違いないだろうな。
ただこんな幼いながらその一挙一動には洗練さが垣間見え、まるで熟練の執事をそのまま小さくしたようにすら感じられる。
他の連れに関しても、中々に油断ならない──
「値踏みには、まだ時間が掛かるか?」
「──ッ!! い、いや……」
くっ……。いつもの癖でつい相手を見定めようとしてしまった……。
「突然訪問したのは私だ。多少の無礼は許容するが、余りに度が過ぎれば……」
「わ、悪かったッ!! ……ただ、コッチの心情も察して欲しい……。お前達を警戒するのは当然のことだろう?」
事前情報では、クラウンはコチラが下手に出ていれば充分に対話する事が出来るという話だ。
礼節をある程度弁えた一般会話ならば問題ないはず……。
だが今回はコチラがかなり不利──というか過失に過失を重ねている状況……。少しの失礼も取り返しのつかない結末に繋がりかねない事は肝に銘じなければっ!
「……まあ、コチラへの侮りが無いだけ幾分かマシか。それはそうと……」
「む? なんだ?」
「……いや。実際こうして対面して改めて感心したが……」
「──?」
「……随分と、年若い女性なのだな」
…………。
「ああ勘違いするなよ? お前が例えどんな容姿年齢だろうが、私の対応や態度は変わらん。女子供でも私に覚悟を持って接するならば皆平等。一切の容赦はしない」
「……」
「それとも何か? 〝お嬢さん〟と、気を遣って欲しいか? 「不可視の金糸雀」で大事に大事に育てられた可愛らしいィィ〝お嬢さん〟、と……えェ?」
「──ッッ……いや、それは、結構だ。前者で、頼む」
い、いかん。今一瞬挑発に乗って「なら試してみろ」と口走りそうになってしまった。
俺が若い女だからって他の区の組織からどれだけ舐められてきたか……。そのせいで反射的に口答えをしてしまうところだった。
「ほう? 存外に大人しいじゃないか。てっきり私は屋敷を鼠の棲家にしてくれるような、まるで悪臭漂わせる穢らわしい下等生物のようなヤツだと思っていたんだがなァ?」
クラウンの目が、異様に冷たく俺を睥睨する。
宛ら物理的な温度を伴うほどの、寒気を感じさせる眼光だ。
末端の部下達なら、これだけで竦み上がってしまうんじゃなかろうか──って、い、いや、そんな事はどうでもいいっ!
今はあの件での話をちゃんとしなければ。
「こ、ここに来たのも、その件……なんだよな?」
「三割程度だな」
「三っ!?」
「お前のとこの部下はなるべく凄惨に殲滅したからな。必要な事だったとはいえ、報復としてはそれでトントンだろう。屋敷の清掃代さえ払うならば、そちらは不問だ」
そ、そうか。まあ、清掃代くらいならば問題は無いだろう。
だが残りの七割は……。
「本題はそこではない。そんなたかが〝出来事〟一つの始末でこんな場所までわざわざ出向かんよ」
「じゃ、じゃあ……」
「私が焦点に当てているのはなァ?」
「──ッッ!?」
斜陽でクラウンの顔に、影が差す。
目が慣れない最初はただ彼の髪が放つ微かな光と両眼の黄金色だけが俺を威圧し、全身が粟立つ。
心の奥から無理矢理に恐怖を掴み上げられ、引っ張り出されているような異様な感覚に脳が付いてこれず、視界が一瞬ボヤける。
何とか意識を保てたのは事前にある程度クラウンを警戒し、心構えをしていたのと──
背後に控えていたわた──俺の腕利きの側近二人が泡を吹いてその場で崩れて倒れた音が聞こえたからだ。
ボスの俺まで、無様に気絶するわけにはいかない。
「私が、憤慨しているのは、貴様等害獣が、分不相応にも、この、私に、面倒で面倒で面倒で仕方の無い下らん理由で手を 煩 わ せ た 事 に だ」
「──ッッッッ!!!?」
威圧が……強、く……。
「そちらにもプライドがあるから? 舐められたら終わりだから? 威厳を下々の者に示す為だから? 知るかそんな矮小なものなんぞ」
「ぐ……」
「肥溜めの山でしか威張れん敗北者風情が何を勘違いしてこの私の手を煩せる? 私の貴重な時間を浪費させるだけの存在価値が自身にあるとでも? 生ゴミを啜って地べたを這いずり回る虫如きが図々しいにも程がある」
な、なん……なんなん、だ……。
まる、で……おれ、が、きをうしなうかを、ためして……。
「謝罪も贖罪もいらん」
ヤツが、ローテーブルに、足を……。
「私が望むのはただ一つ。躾けだ」
テーブルを、乗り越え、て……わた、しの、前に……。
「貴様の部下達への躾けもそうだが、貴様と組織そのものへの躾けだ……」
「がッ!?」
あ、しが……肩、にぃぃ……ッッ。
「よォォォく、理解っているだろォ? この世界でモノをいうのは結局は〝暴力〟」
「ぐゥゥゥゥッ……」
ほ、ねが……くだ、け……るっっ……。
「プライドが矜持がなどと幾ら声高に吠えようが、所詮貴様等が誇るそんなものは、私が力で捩じ伏せられる程度のものでしかない。貴様等は私に逆らえない」
「あ゛、あ゛ァァッッ!」
い、だい゛……ッ……痛゛い゛痛゛い゛痛゛いッッ!!
「貴様等はただ、今後私がする指令と命令に従順に平伏し、黒を白と叫び、喜んで靴を舐め、私の為に生きて死ね」
「な゛ッ!?」
「私の為に貧富で一喜一憂し、私の為に幸不幸を味わい、私の為に美醜を愛で、私の為に栄枯盛衰を感じろっ!! そうすれば、私が望む私の世界でそれなりに死ぬまで生かしてやる」
「ぬ゛ぅ、ゥゥゥゥ……」
「さぁ、選べ。あくまでも私に刃向かい大切なこの縄張りを更地にするのか、それとも私の配下として少しでもマシな生き方をするのかッ!!」
「だぁぁまぁぁ──」
「む?」
「だァァまれェェッッ!!」
わたしは、ソファのクッションに隠していた木板を勢いのままに叩き割った。
これはこの屋敷を囲うようにして展開される《魔力妨害》のスキルを範囲発動させるスキルアイテムの起動板で、こうして割る事で発動させられる、防衛策の一つだ。
発動したら最後……。範囲内である屋敷の人間は無差別に影響下に置かれ、以後スキルアイテムの内蔵魔力が尽きるまで、中の人間は一切魔力を使った行動が取れなくなるっ!!
そう、例え化け物と謳われるクラウンだろうと、年相応の身体能力しか──
「な゛ん゛ッッ!?」
か、肩に食い込む足、が……弱まら、ない……ッ!?
「ふふふ。笑わせてくれる」
「──ッ!?」
「私が何の対策や対抗手段も講じずにこんな場所に来るとでも? 《魔力妨害》のスキルアイテムなんぞ屋敷に入る直前に回収済みだ。ああ無論、屋敷中全ての、な」
「な、ならっ!!」
背もたれの隙間に隠していた木板に触れ、あらかじめ《屈折魔法》の魔術「魔は天に散る」の魔法陣を発動させて奴の放つ魔力を散ら──
「ふふふははっ傑作だっ!! この私に魔術だと? 片腹痛いわッ!!」
クラウンが人差し指を立てながらそれで宙に何やら描くと、わたしの指に触れる魔法陣から一瞬魔力が──ッッッッ!!!?
「が、あ゛あ゛あ゛あ゛ァァァァァァァァッッッッ!?!?」
「魔法陣を描き変えた。触れた人間の体内の魔力を《屈折魔法》の特性で乱反射させ、全身の魔力の流れが無秩序に暴れ回るようにな」
「ぐ、ゔゔうゥゥゥゥッッッッ……!!!」
「どうだ? 制御を失った魔力が身体中を駆け巡って脳と魂が焼き切れるようだろう? ほォォら早く離さないとそのまま廃人になってしまうぞォォ?」
「あ゛ァァァァッッ……がぁッッ!! ハァ……ハァ……ハァ……」
く……そォォ……。なら他の──
「言っておくが床下のスキルアイテムも、そこの額縁裏に刻印された魔法陣も、そして他の防衛策も全て回収しているし、既に描き変えてある。後は、そうだな……」
クラウンが部屋のドアの方を見遣る。
そこにはわた──俺が「どんな事が起ころうが命令するまで手を出すな」と言い付けていた部下達が、恐怖と怒りを露わにしながらコチラを伺っていた。
「どうやら、お前に近しい部下には幾らか忠誠心と分別はあるらしい。そういう部下は大切にせんとな?」
「……」
「ハァ……。なぁ「キャナリー・ライクシング」。私は別に「不可視の金糸雀」を壊滅したいワケではないし、お前を殺して別の人間に代わりをやらせるなんて面倒もしたくはないんだよ」
「……ああ」
「頭の悪いお前でも理解るだろう? これ以上の不毛さとお前がすべき選択が」
「……」
「それとも何か? 私への下らん嫌がらせの為に自身の組織と部下達全員を犠牲にするか? もしそうならば私はお前の目の前で部下を一人ずつなるべく残忍に殺していき、先代達が築き上げてきた歴史全てを瓦礫の山にしなければならない。それは実に虚しい」
「……」
「さっきの無駄な抵抗に免じてある程度はその度胸と気概は買ってやる。そして買ったからには相応の評価と報奨も期待させてやろう」
「ゔぅ……」
「だからなキャナリー? 肩が再起不能になる前に色良い返事を聞かせなさい。今後壊れた肩を労りながら私に命令を出させるんじゃない」
「……」
「……理解るよな?」
「………」
「わ か る よ な ぁ ぁ ?」
──ッッッッ!?!!
「わ゛、わ゛かったッッ!! 従うッ! 全面的に、言う事を聞くッッ!!」
「今後、私からの命令指令は絶対だ。相応の納得出来る理由が無い限りは処罰する。お前の一番嫌な手段で、だ。分かったな?」
「あ、ああ……」
こ、怖い……こわい……。
「もし裏切ったり、私の身内に何かしらの許容出来ん被害を出してみろ。身体中に蛆虫が食い回る激痛と不快感を二十四時間三百六十五日一切休ませず味合わいながら、親しい人間を目の前で一人ずつ拷問した上で殺してやる」
「う、うぅぅ……。わかっ、た……」
こわい……こわいこわいこわいこわいこわいぃぃぃっっ……!!
「おお、おお泣くな泣くなぁ。頷いたからには最低限の対応をしてやるから、なぁ?」
クラウンの足が肩からようやく離れ、不気味な同情的な笑顔でいつの間にか涙でぐしょぐしょになっていた俺の顔を強引にハンカチで拭いてくる。
「ロリーナ。彼女の肩を治してあげなさい」
「はい」
ロリーナと呼ばれたクラウンのパートナーが俺の側に寄り、半ば半壊した肩に《回復魔法》を掛け始めた。
その間にクラウンは自身の従者によっていつの間にか掃除されたローテーブルを迂回し、実に満足気にソファに体を預け、入室時とは違った種類の獰猛な笑みを向けて来る。
「さぁっ! ここからは楽しい楽しい今後の方針決めだっ!! それなりに長くなるだろうからなぁ、お茶の一つでも、用意して貰えるかな? キャナリー?」
「あ、あぁ……。用意、させよう……」
「楽しみだなぁ。アンダーグラウンドな組織の茶は、さぞ香ばしい事だろう。ふふふふふふ……」
「あ、あはは、ははは……」
俺はこうしてこの瞬間から、化け物のペットになった。
棘だらけの檻に入れられ、大事に大事に育てられる。
哀れで……けれども充実してしまう、一羽の金糸雀として……。




