序章:浸透する支配-8
今回はちょっと調子が出ず、久々に難産でした。
遅れてすみません!!
──私の持つユニークスキル《暴食》と、その内包スキルの一つ《悪食》。
これらは一般的に〝食物〟として見做されている物以外の、およそ摂食出来ないような物を食べる事を可能とするスキルだ。
野菜以外の草花や樹木。強固に身を守るはずの鱗や甲殻。人体に害を及ぼす毒素や病原菌に至るまで、その際限は無い。
そしてその中には勿論、無機物の代表格とも言える石や岩、砂……それこそ金属や宝石などの鉱物も含まれている。
つまり、だ。私もドワーフ族同様、鉱物を摂食し、その旨味を分かち合う事が出来るのである。
更に言えば、私はスキル《捕食習得》も有しており、摂食した物に由来するスキルを我が物とする事も可能。
竜鏡銀という類稀な素材であるなら、恐らく他の凡庸な鉱物とは比較にならないようなスキルを得られるやもしれん。
今までは非摂食物を食べるという発想が無かったのもあり試して来なかったが、その境地に至った今、別の意味で視野が広がった感覚がする。
私の所有する物で言うと、他には有用そうなものは何だ? トールキンの素材は勿論として、魔物の素材の中の非摂食物も、ノーマン達に渡す前に少し手元に残すか。よし、そうしよう。
食べない手はない。
「く、食うって……」
「アンタ、人族だろぉ? バカ言っちゃいけないよぉ」
「か、仮に噛み砕けたりしたとしても、人族じゃあ鉱物なんて消化出来ませんよっ!?」
「儂らに気ぃ遣ってるだけなら止めとけ。儂らは別に食わんでも問題ねぇんじゃからな」
──と、口々に私を止めに掛かるが、もう手遅れだ。私の興味は既に竜鏡銀の味と得られるスキルにしか向いていない。
だがこのまま皆を安心させる為だからと《暴食》や《悪食》、《捕食習得》の事を話すのは得策ではない。
信頼云々以前の問題だ。
しかし、ならば彼等をどう言いくるめるか……。
……いや、別に今更取り繕わんでも良いか。
私はポケットディメンションを開くと丁度一口大の大きさに欠けていた竜鏡銀の欠片を取り出し、躊躇なく口に放る。
突然の奇行に呆気に取られ動く事すら出来なかったドワーフ達は咄嗟に私の方へ手を伸ばそうとするが、私の口内から鳴り響く竜鏡銀が咀嚼される破砕音に瞠目し、皆が中途半端な体勢のまま固まってしまった。
「……ふむ。硬さとしては、問題ありませんね」
《咬合力強化》で噛む力が増大している私の顎で噛み砕けるのだ。モース硬度は、聞いていた通り然程に高くないのだろう。
感覚としては瓦煎餅より少し硬いくらいか? まあ、強化された上での感覚だが……。
さて。肝心の味は──
「……」
「お、おい……」
「大丈夫、なのかい?」
「…………」
「あ、あのぉ?」
「な、なんか返事しろいっ!!」
「……ぁ〜〜……」
「「「「──っ!!」」」」
思わず、声が漏れる。抑え切れずに、溢れる。
とても、とても繊細で、どこまでも深い味わいだ。
宛ら数え切れない数多の食材を一つずつ丁寧に下拵えし、それぞれに適切な火入れと処理を施し、ゆっくり、じっくりと研ぎ濾し。
最高の旨味と風味を凝縮したような、そんな至極の味だ。
例えるならば前世日本で訪れた最高級料亭で出される、研鑽に研鑽を積まれて数十年を経て完成された至高の〝お吸い物〟……。
そう、お吸い物──〝日本料理〟だ。
全く同じとまでは言わない。感じた事のない風味も僅かに感じられる。
だが、形容するのならばそれが最も近いだろう。
嗚呼……。なんと懐かしい味なのだろう……。
転生してもうすぐ十六年。
この世界の美食意識と食文化の低さに一時は絶望し、もう二度とあの頃に味わった食にはありつけないのだと……味わいたいなら何百何千と掛けて私自身が築かねばならないのだと諦めていた。
一時は奇跡的に清酒を手に入れ、もしやと期待してしまったりもしたが、清酒原産国である彼の国に足を運ぶのは簡単ではない。
故に暫くは……この類の味など望んですらいなかったのだ。
醤油のほのかでいて印象深い旨味。
絶妙な最適解を思わせる塩の塩味。
そして何十年という鍛錬の末に辿り着いたような神懸かった出汁の圧倒的な存在感……。
それを……まさかこんな鉱物──竜鏡銀で味わう事が出来るなど夢にも思わなかった。
まあずっと言っているように形容出来ない未知の味も感じはするが、それも決して嫌ではない。寧ろただのお吸い物ではなく竜鏡銀としての個性だと確かに理解出来る。
まさに至高の味……。私如き若輩の腕では成し得ない領域……。
嗚呼……好奇心に身を任せ食して良かった……。
「……う、旨いで、良いんだよな?」
「あの顔見なさいよ。それ以外にある?」
「は、初めて見ました……お得意さんのこんな顔」
「なんじゃ。人族も食えるんじゃな、鉱物」
「だ、大丈夫ですか? クラウンさん……」
──口の中で満足いくまで咀嚼し、充分に堪能してから嚥下する。
喉越しまで良いとは、恐れ入った。
いやはや、参った参った。こんな味を知ってしまってはまた食したくなってしまう。
《暴食》を宥めつつ自制しなくては──
『確認しました。補助系マスタースキル《信念》を獲得しました』
『エクストラスキル《大欲》の権能が発動しました』
『これにより種族的特性を抽出、スキル化します』
『スキル化に成功しました』
『確認しました。補助系エクストラスキル《竜牙》を獲得しました』
『エクストラスキル《貪欲》の権能が発動しました』
『これにより追加でスキルを三つ獲得します』
『確認しました。補助系マスタースキル《信義》を獲得しました』
『確認しました。補助系マスタースキル《信条》を獲得しました』
『確認しました。補助系マスタースキル《竜王覇気》を獲得しました』
……実にシンプルなスキル名だな。とても分かり易い。
《竜牙》は、まぁ私の歯が竜の牙になるのだろうが、他の権能は如何ともし難い。
して権能は──
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スキル名:《信念》
系統:補助系
種別:マスタースキル
概要:信念を貫き通すスキル。一つの事柄に対し、様々な内的、外的要因からの影響を大幅に軽減し、決して揺るがない信念を抱き続ける事が出来る。
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スキル名:《信義》
系統:補助系
種別:マスタースキル
概要:信義を貫き通すスキル。一つの事柄に従事している際、自身の能力を一時的に全て向上させ、決して揺るがない信義を抱き続ける事が出来る。
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スキル名:《信条》
系統:補助系
種別:マスタースキル
概要:信条を貫き通すスキル。一つの事柄を信仰してる際、その信仰心が強ければ強いほどに自身の能力を向上させ、様々決して揺るがない信念を抱き続ける事が出来る。
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スキル名:《竜王覇気》
系統:補助系
種別:マスタースキル
概要:竜として覇気を発するスキル。竜に対して自身の親愛や親近感を植え付け、影響者は一定時間の間、仲間意識を感じるようになる。更に他のあらゆる生物に対し、自身の経験した事のある感情を故意的に伝播させる事が出来る
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成る程。つまり抱いた信念が他の干渉から殆ど受けなくなるわけか。他の《信義》や《信条》も、〝信じる〟事に重きを置いた権能であるようだな。これは今後の役に立ちそうだ。
《竜王覇気》に関しては竜と意思の疎通を可能とし、更に竜材や竜による感情の伝播を可能とするようだ。
強力な反面、使い方を誤れば少々厄介な事態になりかねんかもな。要検証だな。
こういった精神や感情に補正を掛けるスキルというのはその実、かなり厄介な部類だ。
何せ下手をすれば前世で培ってきた人身掌握術や心理学が役に立たない場合があるという事なのだからな。
まあスキル自体が希少なのか、今までにそういった輩には出会して来ていなかった故にまだその経験はないが、仮に相対したならばそれ前提で物事を進めなければならない。
特に、裏社会の人間などには多そうではあるしな。
今後は色々と気を付けねばなるまい。
「……」
「……」
「……おっと、失礼」
気付けば自分の思考の中を泳いでしまっていた。
これが竜鏡銀を食した影響……かは判然とせんが、今のところ異変や違和感はない。
耐性を切った上でこの様子ならば、ドワーフ達が食べても問題はあるまいよ。
「皆さんもどうぞ。大変に素晴らしいですよ?」
ポケットディメンションを開き、私が口にしたのと同様の大きさの竜鏡銀の欠片を取り、皆に差し出す。
「あ、ありがとうよ……」
ノーマンの礼を皮切りに、四人が私の手から一口大の竜鏡銀を摘み取り、各々のタイミングで口に放る。
「……クラウンさん」
「すまないなロリーナ。本当は君にもこの味を堪能して欲しいのだが、流石に鉱物を食べさせるには……」
「……やろうと、思えば……」
……まさか《欲の聖母》を使って鉱物食を可能にしようと?
いやまあ、確かに今後「鉱物が食べられるようになりたい」なんて欲望を忘れたところで何も支障は無いだろうが……。
「私としては、余りアレを乱用して欲しくはない。特に必須ではないタイミングでの使用はな」
「何故です?」
「……人は、楽な道があれば選びたくなる。あのスキルはそれをこの上なく助長させる類の権能だ。下手にアレに頼り切ってしまえば依存し、判断力を鈍らせかねない」
なんでも自分の都合の良い結果になるように願いを叶える《欲の聖母》。
その破格の権能はまさに万能で、多大に消費する魔力量を鑑みたとしても、無闇矢鱈に頼りたくなってしまう。
「クラウンさんは、私がそれを是正出来ないと?」
「人間誰しも、便利なものを利用し続ければ規制のハードルが無自覚に下がっていくものだ。君だって、例外じゃないぞ? 何せ今まさに、食べなくてもいい鉱物が食べられるようになりたい、という願いを叶えたいと考えているんだからな」
「そ、それは……」
「まあ、君の事だ。私がここまで言えば自らを律し、必要な場面でのみ使うよう心掛けはしてくれるだろうがな」
「なら、何故……」
「……嫌な予感がするからだ」
珍しく、非常に曖昧な言い方になってしまった。
だが、ロリーナに具体的な説明するにはもっと腰を据えた場所が良い。
でなければきっと、聡明な彼女でも理解するのに時間を要してしまうだろう。
故に、今はこう言うしかない。
「……」
「後で必ずちゃんと説明はする。だから今はそれで、納得してくれ」
「……分かりました」
「ありがとう、ロリーナ」
私の考えが正しかったのだとすると、《欲の聖母》の乱用は避けた方が無難だ。
下手をすれば今後の私達の活動に大きな支障をきたす可能性もなくはない。
それが取り返しの付かないものであったら、状況は最悪だろう。
迂闊な事は出来ない。それ程の警戒心を持って《欲の聖母》は使わなくては。
「……ところで皆さん」
「ああ。随分とお気に召したようだ」
先程から私達以外の会話は無い。
それもその筈。四人のドワーフ達は皆、竜鏡銀を咀嚼したあたりから顔を綻ばせ、お手本のような恍惚とした表情を浮かべながら放心している。
余程に、竜鏡銀のあの味が身体に染み渡っているのだろうな。
パージンの料理はティリーザラ内では上位に位置するとはいえ、そもそものレベルが低い故である事は否めない。
そんな味に慣れ、当たり前になってしまった彼等の舌に、突然前世日本の至高の味に近しい旨味が来襲したのだ。色々と麻痺してしまうのは無理からぬ事やもしれんな。
ただこのままでは話が進まん。
皆には悪いが、そろそろ極楽から帰って来てもらおう。
「はぁーいみなさーん?」
「「「「──ッ!!」」」」
またも《英雄覇気》と《皇帝覇気》を一瞬だけ発動させ、皆を気付する。
すると四人共に申し訳なさそうな表情をして顔を上げ、口々に謝罪を漏らす。
「す、すまん……」
「あんな旨いモン初めて食べたからねぇ。つい……」
「美味しすぎて、惚けちゃいました……」
「ありゃイカンな。気軽に口にして良いもんじゃないわい。畏れ多いわ」
と、言いつつもその目線は竜鏡銀に未だ釘付けだ。もうその味の魅力の虜になってしまっているらしい。
私は前世でこのレベルを味わった経験があるからこの程度で済んでいるが、この世界の──とりわけティリーザラの食文化度合いを鑑みるとそうなってしまってもおかしくはない。
……。
「皆さん」
「な、なんだよ。急に怖ェ笑い方しやがって」
「失敬な。私はただ素晴らしい提案をしようと思っただけですよ?」
「て、提案って……?」
「今回、私は皆さんに多大な依頼をするわけです。数多の魔物やエルフの怪人。果てにはトールキンの素材と竜鏡銀を用いた数種の武器修復及び改良と、新たな武器製作……。全てを満足いく水準で終えるのに、年単位の歳月を要するような長期契約です」
「そ、うですね……」
「ですが仮に──まあ、十中八九やって貰うわけですが、その全てを万全に終わらせる事が出来たとしましょう。大変で困難な依頼です。食事や酒、金銭の報酬だけではァ……個人的には少々味気ない、と感じるワケです」
「つ、つまり?」
「……如何です? 報酬として百キロの竜鏡銀……私からお譲りしたいと考えています」
「「「「──ハァッッ!!!?」」」」
皆が飛び上がる勢いで立ち上がり、私を信じられないものを見るような目で見る。
だが私は本気だ。一縷だって適当を言っているわけではない。
「お、オメェさんッ!?」
「正気かいッ!? アンタッ!!」
「りゅ、竜材ですよッ!? 世界屈指の至高の素材ですよッ!?」
「そいつを報酬で百キロだァあッ!? 何考えとんじゃッ!!」
「竜鏡銀の百キロ程度、然程問題ありません。既に数万トン単位で所持しているんですよ? 今更百キロでケチ臭い事言いませんし、なんなら私としてはもっとお譲りしたいくらいです」
これ以上は皆が恐縮するだろうし、何よりあまりにも多いと悪目立ちする。
私のようにポケットディメンションに仕舞っておけない以上、変な輩に目を付けられ強盗致傷など発生されては敵わんからな。
これくらいが個人所有の限度だろう。
「ま、マジで言ってんだよな?」
「ええ。お譲りした竜鏡銀は勿論、ご自由にお使い下さって構いません。自分の道具を改良するでも、一部を宣伝として飾るでも、酒の最高の肴にするでも……。なんなら私以外のお気に入りのお得意さんの為に使うでも、自由にです」
まあ、流石に一般客に使われて欲しくはないし、空賊・エルドラドに流れるのだけは勘弁願いたいがな。そこら辺は後程の契約時に書面に記載しておこう。
「……これは、私の誠意なんです。信用と信頼の証であり、感謝の念を〝信念〟という形にした、私の素直な気持ちです」
「オメェさん……」
「無論、私の感情は竜鏡銀百キロ程度じゃあ表し切れませんがね? ただこの方法が、皆さんに形として伝えるのに最も都合が良かった、というだけの話です。私のワガママですよ」
「はん。ワガママ、ねぇ……」
……と、またまた脱線してしまった。緊張感が薄いとまとまりがなくなってしまうな。
「──で、ビクターさん」
「んぁっ!?」
「この竜鏡銀……その特性である感情の伝播と激化には、どう対処するのですか?」
そう。主題はそれだ。
大分色々と紆余曲折してしまったが、問題は竜鏡銀の他を受け入れる事が出来なくなる程の強力な信念の波及だ。
それをどうにかしなければ竜鏡銀を武器に使用する事は困難。折角の貴重な竜材も宝の持ち腐れになってしまう。
そしてそれを解決するべく、ノーマンは空賊・エルドラドの構成員と知りながらビクターをこの場に呼んだのだ。
具体的な話を聞かなくてはならない。
「……企業秘密だ」
「まあ、理解出来ます。ですが──」
「信用と信頼、じゃろ? 竜鏡銀まで寄越すなんぞ言われちまったら、これ以上は儂から失礼出来んじゃろうが」
「ほう?」
「……竜材の持つ感情の伝播は、どうしたって抑えられん。そんなもんが出来んなら、とっくの昔に竜はもっと討ち取れるような獲物になっとる。英雄の証なんぞと呼ばれたりはせん。逆もまた然りじゃな。目に見えん感情を防ぐ事も、出来はせん」
「抑えられず防げない……」
「おう。受け流し、利用する。それしかねぇ」
受け流し、利用……。
確かにどうやっても防げないのならば、受け入れてしまうしかないだろう。
しかし、そんな簡単な話ではない筈だ。
自分の感情でさえ、時折制御が効かなくなるのが人間。
ましてや外部からの強制的な巨大な感情の流入など、それこそ振りわされて当然だろう。故に、竜の討伐は英雄とすらなれる難行の一つなのだ。
だがそれを為す術を、ビクターは知っているというワケか?
「当然じゃが、普通の方法じゃあない。加工にも鍛治にもかなりの負担を強いる。しかも効果は短い故に長時間の作業も無理じゃ。焦らず、地道に、少しずつ……。それを心掛けるのが肝要じゃな」
「成る程……。して、その方法とは?」
「……これ、極秘中の極秘じゃぞ? バレたら色々とメンドウが……」
「……」
「…………魔法、じゃよ」
「……はい?」
「感情──精神に作用する魔法があるんじゃ。それを……使う」
……精神の、魔法、だ、と?
「ほぉう。んな魔法が……。オメェさんティリーザラでも上の魔導士だろ? なんか知らねぇのか?」
「……」
「……オメェさん?」
……沸々と、頭が煮えていくのが分かる。
熱を持ち、湧き上がり、感情が滾る。
久々だ。ここまで、瞬間的に怒りを覚えたのは。
……あんの──
「感情を飽和させる術式が刻まれた魔法陣のスクロールがあるんじゃ。何十年か前にティリーザラの人間がエルドラドに売り込んだもんでのう。それを使──」
「あんのクソジジイがッ!! なりふり構わずか老害めッ!?」
嗚呼、本当に久々だ。
ただ真っ当に、ムカついて怒るのは……。




