序章:浸透する支配-7
鍛治職人パート、案外長くなるかもしれません。
頑張って面白くします!!
──さて。気の滅入る素材の後で少々恐縮ではあるが、次点には場の空気を変えるようなものをお見せしようじゃないか。
というワケで……。
「こ、コイツァッ!?」
「オメェさんまさか……」
「もし、かして……」
「いやぁ〜。お目に掛かれる日が来るなんてねぇ」
ドワーフ一同が目の色を変えて釘付けになる素材。
それもその筈。何せコレは、決して世間になど出回って良いものではないのだから。
「お察しの通り。これなるは世界に唯一存在し、また世界の根幹に根差す無二の大樹……。霊樹トールキンからなる素材達です」
──霊樹トールキンはエルフ族の国アールヴに根を張る世界一の大木であり、エルフ族にとっての住処であり、信仰の対象であり、共生相手である。
その知名度は言わずもがな世界屈指であり、度々物書きや吟遊詩人が題材に挙げる他、〝木〟であるという観点から木造関係の職人達の間では一生手になど出来ない憧憬の対象でもある。
出来ない事を口走る事に対して「霊樹で家を作る」なんて諺が存在するくらいだ。
……何せつい最近までアールヴは鎖国に近いレベルで他国との交流を絶っていたからな。霊樹トールキンの素材の流出は論外であり、なんならアールヴのグイヴィエーネン大森林からの産出物の大半すら滅多に出回らない。
故に、こうして他国──特に本国と距離のあるドワーフ族が霊樹トールキンの素材にお目に掛かるのも奇跡に近いはずなのだが……。
「れ、霊樹……トールキン……コイツが」
「……」
ノーマンとモーガン、メリーの反応は素直な感動や喜びが見て取れる。
だがビクターはどちらかと言うと戸惑い……狼狽えているように顔色が三人とは違う。
……まあ、そりゃあ、そうだろうなァ?
「ビクターさん」
「ぬぅっ!?」
「私、これでも「第二次人森戦争」ではそれなりに活躍させて頂きまして。その際、エルフ族の将も何人か倒しているんですよ」
「あ、ああ……」
「中には素晴らしい技術で製造された武器を用いる者が多く、戦利品としてその武器を今も幾つか所持しているんです」
「なっ!?」
「ノーマンさんにも一度名付けの為にお見せしましたよね? 熔削と綢繆奏の二つです」
そう言ってノーマンに目配せすると、一瞬だけ疑問符を頭上に浮かべた彼だったが即座に何かを察し、ビクターを半目で睨みながらゆっくり頷く。
「……成る程な。エルフ族が使う武器にしちゃあヤケに鍛治技術が高かったし、使われてる素材も「母子隕鉄」やらアッチにゃ存在しねぇのが使われてた……。エルフ族にも鍛治職人は居るだろうが、あのレベルになると……」
「う、ぐぐ……」
──アールヴでは、決してエルフ族の文化・技術体系では到達し得ない物や場所が存在していた。
先述した武器──熔削と綢繆奏に使われていた素材や鍛治技術もその内の一つであり、他の武器に関してもそれに該当する物が多数存在する。
これらの武器を作るにはどうしたってドワーフ族の手を借りなければ成し得ない代物となっていた。
そう。以前から確信していた〝アレ〟だ。
「……ビクターさん」
「な、なんじゃあっ!!」
「エルドラドですよね? アールヴの女皇帝ユーリに素材や鍛治技術を提供し、我がティリーザラ滅亡の一助として加担していたのは……」
まあ厳密には獣人族もそこに加わって来るのだが、今それを彼に追及しても意味は薄い。
「トールキンの素材も、扱った事があるのでしょう? ユーリから依頼でもされましたか?」
「そ、そりぁ……」
「国随一の加工の技術を持つ貴方が、まさか賊内で干されているワケでもあるまいし……。貴方の手に掛かれば、初見だろうとトールキンの素材やアールヴ原産の素材も不足なく加工が出来る。違いますか?」
「……」
ビクターは遂に黙ってしまい、助けを乞うようにノーマンへ視線を向ける。
しかし彼から助け舟が送られて来る事はなく寧ろ──
「こんの……バカ兄貴がッ!! テメェ自分が何やったかちゃんと理解してんのかッ!?」
「あ、あ゛ぁんっ!?」
「いいかッ!? あんだけデケェ戦争で被害がコッチに全く無かったのは、コイツみてぇな前線で体張って守ってた奴等のお陰なんだぞッ!? 特にこのニィちゃんは国じゃあ「救国の英傑」だッ!! コイツが居なかったら一体テメェのぶきで何千人死んでたか分りゃしねぇッ!!」
「そ、そりゃあ武器の使い手の問題であって儂達職人はただ武器を──」
「ティリーザラとの戦争に使うって分かってんだからテメェだって何に使うか理解ってんだろうがッ!! それも犯・罪・者としてッ!!」
「──ッ……」
「……師匠と俺達──いや、ここパージンに店構えるドワーフ族の殆どが、ティリーザラにゃあ大恩がある。それを忘れて親に刃ぁ向けるようなマネしやがって……。弟として、俺ぁ情けねぇよ」
──今から約百年ほど前に、この街パージンは興った。
当時マスグラバイト王国では深刻な食糧難に見舞われており、人口増加も相まって困窮。立ち行かなくなる一歩手前であったそうだ。
そこでドワーフ族の鍛治技術を欲していた当代のティリーザラ国王は珠玉七貴族で〝外交〟を司るアゲトランド家と辺境伯であったアンブロイド家に救済を一任。
結果、マスグラバイト王国と協議を重ねた事により鉱山の麓にこのパージンが興され、そこでドワーフ達を迎え入れたのだ。
最初こそ私達人族を疑っていたドワーフ族だったが、ティリーザラからの手厚い支援はすぐさま彼等の疑念を払拭し、それを受けマスグラバイト王国ではティリーザラ国民に感銘を受けたらしい。
そんな歴史があったからこそ、ドワーフ族は人族──とりわけティリーザラ王国に対して篤い信頼を置く良き隣人となった。
そしてその話から推察するに、ノーマンとビクター、そして二人の師匠はそんなティリーザラからの救済の当事者であるようだ。
エルフ族ほど分かり辛くないが、彼等ドワーフ族の実年齢や寿命は人族の感覚だと見た目で判別するのは少々困難だな。
百余年前の話をこうも懐かし気に語られると感覚が狂ってしまいそうだ。
「わ、儂は……エルドラドに拾われて命拾いしたんじゃッ!! その恩を蔑ろにしろってかッ!?」
「はんっ!! 兄貴が勝手に野垂れ死そうになって都合良く拾われただけだろうがッ!! 奴等だって分かって恩着せて利用してんだよッ!! 分かれこのボケ老人がッ!!」
「だ、誰がボケ老人じゃゴラァッ!!」
「テメェ以外に誰が居んだこの考え無しの脳死ジジイがッ!!」
「んだとォォッ!!」
「やんのかッッッ!!」
二人がほぼ同時に席を立ち、互いを射殺すような眼差しで睨み合う。今にも殴り合いを始めそうな一触即発は空気だ。
はぁ……まったく。
「お 静 か に」
「「──ッッ!?」」
《英雄覇気》と《皇帝覇気》を交えた《威圧》を調整しながら発動。白熱しかけた二人に冷や水を浴びせ掛ける。
「私は別に、ビクターさんを責めているワケではありません。そりゃあ貴方が関わった武器で何名かの犠牲は出たでしょう。それは事実です」
「う、うぅ……」
……まあ、彼が手掛けた武器を持つような将は私や姉さんが相手をして殆ど居ないだろうが、全く居ないかどうかまでは分からん。が、わざわざそれを口にする必要もあるまい。
「しかしながらその犠牲を、ビクターさん一人に背負わせるのは間違いです。依頼を受けたのはエルドラドでありその頭領である「怠惰の魔王」……。ビクターさんの当時の状況も知らない私達に、それを責める資格はありませんよ」
「テメェ……」
「うぅ……。と、当事者のオメェさんにそれを言われたら、俺ぁなんも言えねぇよもう……」
ノーマンは頭を掻きながら申し訳なさを混じらせた複雑な表情を浮かべて座り、ビクターは何やらコチラに熱い視線を向けている。
信頼を勝ち取る為の点数稼ぎにはどうやら成功したらしいが、齢百以上のドワーフの爺さんにそんな目を向けられてもな。
ロリーナ以外で嬉しいとは微塵も思わん。
「私が言いたかったのはですね? まあちょっとした事実確認もありますが、要はトールキンの素材の扱いにある程度は含蓄があるのでしょう? という話です」
「な、成る程……」
「勿論、例え初見であっても解明はしたでしょうがね。やはり折角手に入れた貴重な素材なので、なるべく無駄にはしたくないのですよ」
ユーリとの戦争で使い切れるか分からん程の大量のトールキン素材は手に入ったが、今後また新たに手に入れられるかどうかは分からない。
今の〝理想の女皇帝〟であるユーリならば交渉次第では手に入るかもしれんが、そんな希望的観測を持つのは言語道断。
油断なく、減らせる負担や損害は可能な限り抑える必要があろう。
まあ、ある程度は必要経費として目を瞑る必要はあるだろうがな。
「その点、ビクターさんの技術ならば安心して任せられるでしょう。ただまぁ──」
私への信頼はある程度は築けただろう。
だが肝心なのは……。
「──ビクターさんを私が信用出来るかどうかは、また別の話です」
最悪信用に足らなくともある程度は首輪を掛け、利用出来るだけ利用してしまうのも手ではあるだろう。
だがそれでは、私とノーマンのような関係までには決して至れない。恐怖や暴力、虚偽での支配では絶対に築けない。
私が望むのはそう。互いが互いに高め合うような……協力し合い最高峰をどこまでも目指すような、そんな関係だ。
それをビクターと築くには、私からの一方的な信用と信頼では足らない。
彼が自らの意思で、信用して欲しいと思い、示して貰わなくては。
「どれだけ腕が良かろうと。どれだけ人が良かろうと。今のビクターさんは巷を騒がせる大犯罪組織の一員です。社会的信用は勿論、初対面である私としても貴方を信用するのは、中々に難しい」
「う……」
「加工に手を抜かないか? 素材を盗まれたりしないか? はたまた致命的な欠陥を作って渡されやしないか……。私は不安でなりません」
「だ、誰がそんな信念に反する事を──」
「それが今の貴方の総評です。反社会組織に与するとは、そういう事なんですよ」
そこまで言って、ビクターは俯く。
彼とて子供ではないのだ。自分が一体何に所属し、どんな立場に居るかを分かっていないわけではない。
今まではそれから目を背け、ただエルドラドが送り込んで来る仕事を無心で熟す……。その奥で苦しむ無辜な者達の悲鳴は耳を塞いで……。
だがそれを、彼は本当に望んでいるのか?
例え誰が苦しみ死のうが関係無いと割り切れる人間なのか?
……彼の扱いは、この答えで決まる。
「……」
「……」
「……」
「……どうすりゃ、信用してくれるんじゃ?」
ふむ。信用して〝くれる〟か。上出来だな。
「そうですね……」
「……」
「……私からの仕事を、一時的でも構わないのでエルドラドより優先して貰う必要があります。お分かりで?」
「あ、ああ……」
「ですのでエルドラドから一つ──」
「……っ」
「──何か希少な素材を持って来て下さい」
「──ッッッ!?」
「それも飛び切りのを、それこそ無くなれば大騒ぎになるような素材が望ましいですね。ああ、勿論無許可で、です」
「ほ、ホンキで言ってんのかッ!?」
「……反社会的組織に所属している人間が信用を勝ち取るには、相応の覚悟とリスクが伴って当然。そうでしょう?」
「う……。だ、だけどよぉっ!!」
「だけども何もないんですよ。貴方が、薦んで、私の不安を払拭したいと思うならば……。不安の元を、貴方に、壊してもらう必要がある」
「エルドラドに、牙を剥け、と? 窮地を救ってくれた、奴等を、裏切れと?」
神妙な面持ちになり、葛藤するビクター。
どうやら本当に奴等に恩義を感じ報いたいと思っているのだろうが、ならばその恩義とやらが〝ハリボテ〟であると気付かせてやらねばな。
「……そもそもの話、何故貴方は野垂れ死にそうに?」
「む……。旅をしていた際に、露天商に騙されてカネをふんだくられて……」
「弱り切った所を拾われた?」
「あ、ああ……」
「……疑わなかったので? 露天商が最初からグルだと」
「いや、それは……」
「……案外お人好しのようで」
そんなもの、体良くビクターを手中に収める為に一計を案じたに決まっていように。
奴等は人攫い──職人攫いのプロフェッショナルだ。恐怖や暴力よりも恩義や報恩で首輪を付けた方が、効率は良く裏切りの懸念が低くくなると理解しているのだろうな。
特に、ビクターのような国を代表出来るような職人は手放したくはないだろう。信頼という鎖を、わざわざ付けたい程に。
……まあ、経緯はどうあれ、だ。
「兎に角、です。他の素材ならいざ知らず、トールキンやこの後にお見せする竜鏡銀をお任せするならばそれなりの〝誠意〟を見せて下さらないと安心出来ません」
ビクターにはエルドラドを裏切ってもらう。
それによりエルドラドは本格的に私の敵になるだろうが、なに、予定通りでしかない。
寧ろ他にも有益な職人達が居るのなら可能な限り囲いたいところだな。
ふふふ。夢が広がる。
「……取り敢えず、今日は素材のご紹介と計画、依頼内容の話し合いで済ませましょう。本格的な加工等はまた後日、ですね」
「ああ。そうだな」
「ただ私達の武器を余り長期間このままにしておくのは好ましくありません。なのでビクターさん」
「あ、ああ……」
「……三日」
「み、三日ァッ!?」
「はい。三日以内にノーマンさんが認めるような素材をエルドラドから持って来て下さい。そうすれば、私は貴方を信用して仕事を預けましょう」
「……」
「可能ならば、私は貴方に仕事をお願いしたい。期待していますよ」
「……」
「──さて、大分話が逸れてしまいましたが、遂に最後で、大目玉です。皆さん、心してご確認を……」
──竜鏡銀の輝きに、一切の歪みはない。
ただひたすら真っ直ぐで、完璧で。
それでいて何物をも寄せ付けない圧倒的な〝美〟を体現している。
まさに〝信念〟という感情をそのまま結晶化したかのような、奇跡の鉱物。
見て、触れて、感じるだけで感化されてしまう純度のそれは、心を揺さぶる。
澄み切った鏡面に映る己は、宛ら自身の心を見透かし覗き込んでいるかのようにさえ感じさせた。
己の〝信念〟を、自らに問うように……。
己の〝信念〟を、自らに試すように……。
己の〝信念〟を、自らに悟すように……。
工房の炉の火が、竜鏡銀に反射し、輝く。
この世界でも、鏡というものはそれなりに普及している。
小さな村落にまでは至っていないが、ここ最近ではガラス職人の人口が徐々に増え始めたのもあり、貴族等で普及している物よりグレードを幾つか落とした品質の物が安価で手に入るようになっていた。
安い物などは小さな歪みが点在していたり、僅かに霞んでいたりと最低限のものが当たり前で、高価になればなるほどに歪みや霞みは少なくなり、より鮮明になっていく。
……だがこの竜鏡銀の鏡面は、そんな生易しい輝きではない。
歪みも、霞みも、肉眼で確認出来ないような小さな傷すら、一切無い。
恐らく前世の最新技術を以ってしても、この完璧なまでの鏡面は再現不可能だろう。
そんな圧倒される程の完璧な鏡面が、ただ雑に割っただけ現れ、無数に広がる……。
仮にこれで鏡など作ろうものなら、その瞬間から世界中のガラス職人達は打ちのめされてしまうかもしれんな。
……だが自身を写す度に信念が湧き上がる鏡というのは、それはそれで素晴らしい鏡なのではないだろうか?
何なら手に入れた自宅用とギルド用の屋敷に設置する全ての鏡をこの竜鏡銀で拵えるのも良いかもしれんな。
よし。これも後程依頼しよう。
ノーマンに家具職人でも紹介して貰って──
「美味しそう……」
……む?
小さく呟かれたその言葉が、竜鏡銀の威光に目を奪われていた私達の耳に妙に響いた。
全員が意識せずその言葉を放った主に視線を移し、一点に集まる。
そこにはつい口から漏れてしまった心の声で計らずも皆から注目を集めてしまった少女──モーガンが顔を赤らめて俯いていた。
……というか美味しそうって何だ。
「ガッハッハッ!! なんだ随分とカワイイ事ぬかすじゃねぇかモーガンっ!!」
「アンタよしなっ!! ──ったく、年頃の女の子の扱いがなっちゃないんだからこのバカ亭主は……」
「あぁ? カワイイつってなぁにが悪ぃんだ?」
「はぁ……。──でもまあ、モーガンの言う事も分かるよ。こんなに食欲そそられるのは久しぶりだねぇ」
「流石は竜材って所だな。一体どんな味が──」
「ストップ」
私が咄嗟に口にした制止に、今度は皆が私に振り向く。
ロリーナも同じ疑問を持っているのか、私が何が言いたいのかを察してくれているようだが、ドワーフ四人は皆首を傾げている。
どうやら先程の屈辱の一幕のような一般常識への疑問までではないようだが、ドワーフ達から似たような生暖かい目の光を感じる気がする。
このまま「なんでもない」と言って躱してしまえば済むのだろうが……。
「……ドワーフは鉱石を食するんですか?」
聞かずにはいられん。これも私の性だ。
「なんだ、知らねぇのか?」
「少なくともティリーザラでは一般常識ではありませんよ」
「ほぉん。──まあ、そうだな。食うには食うぞ?」
──話を聞くに、ドワーフ族は鉱石や宝石、金属等の鉱物資源を噛み砕けるだけの咬合力と消化吸収能力を有しているという。
一般的な食材同様、鉱物を構成している成分によって様々な栄養へと体内で変換し、肉体を維持する事が可能らしい。
そして味覚も人族等とは異なり鉱物の成分によってしっかりと味を感じる事も出来るようで、質や生成過程によって千差万別、味があるという話だ。
まあ、それはいい。理解した。
だがそれだと、だ。
「ですが私、ドワーフが鉱物を食べているところ、見た事ありませんよ? 私達と同じような食事を摂っているところしか知りません」
ここパージンの食事処は、美食意識の低いティリーザラ国内でもかなりマトモに美味い料理を出すのが殆どだ。
その理由がドワーフ族の肥えた舌を基準としている為であり、彼等が満足いく水準の店が立ち並ぶのは必定と言える。
何度かパージンの食事処を様々回ったが、人族に混じりドワーフ達が豪胆に笑いながら酒を呷り、食事に舌鼓を打っている場面によく出会す。
そう。なんなら彼等ドワーフ族は平均的なティリーザラ国民などよりも味に煩いのだ。普通の食材を使った、普通の料理に対して。
にも関わらず鉱物食? 私の中の辻褄が合わない。
「どういう事です?」
「いや、そんなもん決まってんだろ」
「はい?」
「鉱物なんかより、普通のメシの方が美味いからに決まってんだろって」
「……はい?」
確かに、ドワーフ族は鉱物を食べ、その成分を栄養素に変換する事が出来る。
事実、遥か昔のドワーフ族は鉱物を常食とし、その為に採掘をしていたらしい。
しかし、他種族と関わり、何の経緯か彼等の食事を口にしたドワーフ族は種族単位で衝撃を受けたという。
──『鉱物って、そんなウマくねぇな』。
そう。彼等は気付いたのだ。
汗水垂らして何週間何ヶ月と掛けて岩窟を掘り抜き、やっとの思いで掘り当てた数少ない鉱物などよりも。
同じだけの時間とその半分程度の労力で得られる野菜や肉を使った〝料理〟の方が、何十倍も美味い……。そんな事実に。
「いや実際、鉱物の中にも美味いヤツはあるぞ?」
「ただそんな鉱物を手に入れる手間で、それよりも美味いモンが手軽に、しかも安く手に入るってんだから、皆んなそりゃ、食わなくもなるよ」
「別に普通の料理を食べてもお腹壊したりとかしないですし。寧ろわざわざ変換する栄養素をそのまま身体に取り込むので消化に良いですし」
「外界のヤツが踏み込まん程のド田舎や先祖意識の高いモンは未だ鉱物食が常食な事もあるが、最早ドワーフ族の八割九割は滅多にゃ食わんわな」
「……成る程」
ふむ。理解した。大体は納得した。
じゃあ──
「じゃあさっきのモーガンは何なんですか? 竜鏡銀を美味しそうと言ったのは?」
「……ドワーフ族の本能、とでも言うんですかね」
「たまぁによ? 特に超希少なやつだったり、唯一無二の性質を持つような鉱物を見ると、妙に食欲をくすぐられんだよなぁ」
「人にもよるかしら? アタシはどちらかと言ったら純度の高い宝石にたまに食欲刺激されたりするけど……」
「要は単純に、その辺の料理より美味そうに思える事があるって事じゃ。まあ、滅多にありゃせんがな。……竜鏡銀はその内に入るようじゃが」
ふむ。竜鏡銀はドワーフ族にとって美味い、のか……。恐らくその辺の料理よりも。
……。
「皆さん」
「ああ?」
「……食べてみます? これ」
「「「「──ッッ!?」」」」
「折角ですので私も頂きましょうかね」
「「「「──ッッッッ!?!?」」」」
「はてさて。どんな味がするんでしょう? ふふふふふふ……」
ウチの子ドワーフ族は、エルフ族同様に人族とは全く別体系の生物として描いていきます。
鉱物食もその内の要素の一つで、そもそもの内臓の機能が一部違ったり、特殊な臓器が存在している感じです。
産まれたての頃は母親の母乳(体内で精製された微粒子状の砂のようなもの)を摂取する事で体内の臓器を慣らし、また鉱物成分を栄養素へと分解変換するバクテリアの活性化を促し。
暫くして離乳食として栄養価の高い(変換元の成分参照)砂、または水を混ぜた泥を与える形です。
また、酒に含まれるアルコールがこの体内の臓器とバクテリアの働きをより活性化させると共に、他種族では得られない多幸感を同時に脳内に分泌する為、ドワーフ族は若い頃から酒類を常飲します。(肝臓にあたる臓器の処理能力は人族に比べ数倍以上あり、また毒素の発生も最低限に止めます)。
──これがウチの子ドワーフ族ですかね。




