終章:忌じき欲望の末-32
第二部最終話。
三部をワクワクしながら待ってくれたら幸いです!
──もうじき冬が到来し、昨今気温の低い日が度々訪れる中。
一足早く、その寒々しい空気を充満させた薄暗い一室がある。
金属で構成された大小様々な〝箱〟が壁際に乱立し、色とりどりに輝く四角や丸い光が目に痛いほどの光量で点灯し、部屋を怪しく照らしていた。
しかしどれも光量の割に温かみは感じられず、寧ろ金属の箱の冷ややかな温度と質感が相まって余計に身を震わせるような景色と成り果てている。
そんな一室の、丁度中央。
そこには低い台形の台座のような物と、それを取り囲むようにして立てられた支柱に沿う形で、三原色の鈍い光沢を放つ〝紐〟が巻き付いた、何とも形容し辛い物体が鎮座している。
「……五……四……」
──その部屋には一人、男が椅子に座って居た。
カッチリとしたプレシャスブロンズ色のスーツベストを身に纏い、ワイシャツの袖は二の腕まで捲られている。
衣服から露出している部分には余す所なく銀色の毛が生え揃っており、多種多様の灯りがそんな彼の体毛を幻想的に照らし出していた。
顔は更に特徴的で、口先は尖り鼻はその船首へ。
耳は頭頂部左右から屹立し、音や感情に反応して様々動き、鋭く切長の眼には確かな知性と怒りを感じさせる獰猛さが窺えた。
年齢の程は四十手前というところ。表情に浮かぶのは若かりし頃の残滓ともいうべき活力と、様々な経験と体験を糧にして形作られた渋さが見て取れる。
そう。男はただの人ではない。
この世界に七種現存し国家を樹立させるに至った知性ある七つの支配種族が一員──獣人族と呼ばれている人種に該当する存在だ。
そして様々氏族が存在する獣人族に於いて、男は狼の獣人──狼獣人という一族の〝族長〟の座を与えられた者である。
そんな彼は一人、謎の物体を観察するよう睥睨し、腕に巻き付いた時計の秒針と寸分違わぬ誤差で秒数を口にしていた。
「三……二……」
男の低く奥底から響いてくる唸るような声がカウントダウンするにつれ、目の前の物体は青電を明滅させ、周囲を走る。
支柱は不自然にカタカタと音を立てながら軋み、何処からともなく風が吹き巻いた。
「一……」
そして物体の台座直上に、唐突に莫大な光が発生。何かヒビが入り割れるような音が数瞬遅れて部屋に響くと、男は表情一つ変えず、自身の脇に置いてあった金属の箱に埋め込まれている幾つかのボタンを目にも止まらぬ速さでタイピングし、眼前の液晶へと視線を移す。
「……チッ」
眉を顰め、一気に機嫌悪そうに口角をひん曲げながら舌打ちを一つ鳴らすと、彼は苛々と諦観に苛まれながら端の一際大きな赤いボタンを殴るように押した。
すると部屋中にけたたましく耳障りな警告音が鳴り出し、それと同時に次第に発生していた光と音は収縮していく。
「……」
男は改めて光へ振り返り、貧乏揺すりをしながら光が収まるのを待つ。
そして数秒程して警報が鳴り止んだ頃。光が収まるのと同時に、その圧倒的な光量で隠れていた空間の亀裂から何かが這うように出て来る。
宛らアンデッドを思わせる挙動で四肢で台座の上を這い、その全身が露わになると役目を終えた亀裂はあっという間に跡形もなく消えた。
「……」
「……」
「……チッ。大丈夫か?」
「し、舌打ちとは……心配の言葉と裏腹に随分な言いようじゃないか……」
這い出てきたのは、別にアンデッドでもなんでもない。それどころか身なりの整ったありふれた人間だ。
ただその顔色は悪く、蒼白を通り越して土気色にまで沈み切っている。表情だけで言えば元々の痩せこけた面長な顔も相まってアンデッドと言えなくもない。
だがそれも無理もない話。何故なら彼は先程、森精皇国アールヴから化け物の手より逃れたばかりなのだから。
「黙れ。こっちは収穫の少なさに苛々しているんだ。気を遣ってやっただけ有り難く思え」
「ふん、わ、若造が……」
「我々の年齢など大して変わらんだろう。まあ、〝サンジェルマン〟などと数奇な名を名乗っているのだから、さぞ自己評価精神年齢は高いのだろうがな?」
「何を生意気な──ゔぅッ!?」
「……バケツはそこだ」
獣人の男が呆れ気味に鼻先で指し示すと、這い出た時とは裏腹に勢いよく立ち上がり、サンジェルマンはバケツへと駆け寄る。
そして抑え切れず口内にまで迫り上がっていた吐瀉物をその中へ盛大にぶち撒ける。それこそ内臓まで一緒に吐き出してしまうような勢い。
そう。あの時クラウンの眼前から逃げ仰たサンジェルマンは、この獣人の男の手によって助け出され、難を逃れていたのだ。
「ふん。やはり転移酔いが酷いようだな。《空間魔法》や《空間魔法適性》を有していてもこの転移に耐えられないとなると、やはり原因は転移そのものというより手段か……。装置に不備は無いようだが、このエネルギー消費量では余りにコストが──」
獣人の男は一人ブツブツと思考を漏らす。
時折先程から煙を上げている転移に使ったとされる装置とやらに視線を移しては眉を顰め、背後の液晶に映るその装置を使った転移による様々なデータを見遣っては不機嫌そうに歯噛みし、唸り声を上げた。
「はあ゛ぁ……はあ゛ぁ……。お、おい……」
「なんだ」
「い、今は、いつだ……? アレから何日経っている……」
「……三週間と三日、十三時間三十六分五十秒だな」
「なッ!? さ、三週間だとッ!? あ、あの一瞬でかッ!?」
「事前に説明した筈だ。通常の《空間魔法》による転移と違い、この装置によるポケットディメンションを利用した長距離転移には時差が生じる、と」
──目の前にある装置は、獣人の男が陣頭開発したポケットディメンションを利用して長距離転移を可能にする物。
目には見えない座標の狭間──空間同士にどうしても発生してしまう小さな無数の異空間の一つであるポケットディメンションは、本来なら生物は侵入出来ない。
厳密には入る事自体は可能である。だが現世と違い時間という概念が無く、そのままの身で投じれば生物としての全ての機能までもが停止し、どんな影響が及ぶか分からない。
そんな問題を、獣人の男は座標が固定された希少金属であるポイントニウムを使った小型の装置を用いる事で解決。
生物に全く独立した座標を一時的に付与する事で、座標に付随した〝時間〟という概念をその場その瞬間だけ存在させる事に成功したのだ。
これさえあれば、例え《空間魔法》という才能と極限の努力を必要とするスキルが無くとも、己の魔力を消費する事なく長距離転移が可能となっている。
……しかし──
「それは、そうだが……。たかが一度の転移で三週間の時差など話にならんではないかッ!!」
「ポケットディメンションの座標とこちら側の座標を合わせねばならんのだ。その演算には小数点以下の数字一つの間違いも許されない。今この部屋にある装置の演算機でそれを万全に熟す場合、最速が三週間弱になる。了承した筈だな?」
「だ、だが私達のような《空間魔法》の使い手は、そこまで複雑な計算など……」
「貴様等がオカシイのだ貴様等がッ!!」
獣人の男は歯を剥き出しにして叫ぶ。
「何をどういう脳みそであの計算と演算を熟しているッ!? 確かに我々獣人族は魔力弱者の種族だが、あんな天文学的数字を個人の脳みそで誤差なく演算するなどイカれているだろうがッ!! 頭かっ開いて脳みそ観察してやろうかッ!? え゛ェッ!?」
怒気を露わにしながら立ち上がり、彼は更に叫びながらサンジェルマンの胸倉を掴んで締める。
「ぐぁっ……や、止めろぉっ……」
「我々が頭から煙を吹く程に動かし続けて漸く到達する領域をォッ!! 貴様等魔力強者は片手間に通り過ぎていくッ!! この気持ちがァッ!! 虚しさが貴様等に分かるかァッ!?」
「ぐっ……す、すまなかった……。軽率な、発言をした……。わ、詫びるから、許してくれ……」
「……ふん」
獣人の男は投げ捨てる勢いでサンジェルマンの胸倉から手を離し、荒い息を吐きながら懐に手を伸ばし、小さな箱を取り出す。
そしてその箱を開け中から一本の細長い紙筒を摘み取って口に加え、もう一度懐を探ろうてして……。
「ほれ」
「……チッ」
襟を正したサンジェルマンが指先に灯した火を獣人の男に差し出し、彼は流し目でサンジェルマンを睨みながらも紙筒──煙草を指先の火に点け、煙を吹かす。
「……あの「冷算のニコラス・ジェヴォーダン」も、今は見る影もないな」
「……待たせている。行くぞ」
「分かった」
二人は何事も無かったかのように揃って部屋を出る。
廊下も先程の部屋同様に無機質で寒々しく、煌々と照る灯りには一切の温かみはない。
狼獣人であるニコラスは全身を覆う体毛のお陰か平気そうではあるが、普通の人族でしかないサンジェルマンは息が白くなりそうな気温に少しだけ身震いする。
そうして数分ほど歩いていると、ニコラスは応接室と書かれた名札の部屋の前で止まり、ノックもせずにドアを開く。
「……お゛ぉ?」
「……漸くか」
応接室の中には、二人の人物が居た。
一人は宛ら巨岩を思わせるようなゴツゴツとした体格と大きさを誇り、座る四人掛けソファはまるで彼の巨躯で占領されてしまっている。
肌色は浅黒く、身なりは様々な魔物の皮や鱗、そして金属や宝石があしらわれたベストを着込んでおり、岩肌のような顔には石炭のような色と硬質を思わせる髭を蓄え、不似合いな小さな眼鏡が掛かっていた。
目の前のテーブルには様々な酒瓶が空の状態で無数に置かれており、かと思えばそんな空瓶の中央には辞書と見紛うばかりの厚さをした資料の束が置かれており、足元にも似たようなものが散乱。
彼の手には小さな羽根ペンは、そんな資料の表面をなぞる途中であった。
もう一つは窓際にただ立つ、全身を真っ黒なローブで覆ったシルエットしか分からない人物。
先の男とどうしても比較してしまう為に大変に痩躯に見えるが、目の錯覚であり決して細いだけではない。
ローブの上からでも確かな体格と体幹の良さが伝わる凛と一本通った立ち姿。
一切の隙は無く、佩ている剣には常に片手を置き、フードの暗闇から覗く僅かな眼光には黄金と鮮血の色が入り組み、入って来た二人を鋭く睥睨する。
「ったく、いつまで待たせてんだっ!? こちとら暇じゃあねんだがなぁ!?」
巨漢が立ち上がり、ニコラスとサンジェルマンに怒声を浴びせた。
身長にして三メートルに届きそうな彼が立ち上がると頭が天井に擦れそうになり、彼に迫られればその迫力は相当なものとなる。
だがそれに対し、二人は至って冷静に真顔で言葉を返す。
「だからわざわざここで待っている必要は無いと言っただろう? 時間が掛かると事前に説明した筈だ」
「ウルセェッ!! こちとらいつまでもこの国にゃ居らんねぇんだよッ!! それを三週間だぞ三週間ッ!!」
「……見るに仕事はしていたようだが? 〝船〟だって屋上に停めてあるのだろう? 確かに待たせたが、そんなに怒るほど何が不満だ?」
「今月は〝休息月〟だったんだよッ!! それをテメェ等に合わせて〝数日なら〟って条件で日程ズラしたんだッ!! んなのに待ってみりゃ三週間だァあ? 今後のスケジュール全部見直しだゴラァ!! テメェ等のせいで俺様の休みが……どうしてくれ──」
「二百年」
「……あ゛ぁ?」
不機嫌そうなニコラスは、応接室に来る途中でよったワインセラーから一本の酒瓶を持って来ていた。
彼はそれを差し出すと、巨漢は訝しみながらそれを受け取る。
「このサンジェルマンがアールヴの城から盗んで来ていた二百年ものの白ワインだ」
「なに?」
「左様。皇帝の生誕祭で皇帝と上級大臣にのみ振る舞われる、アールヴでも稀少な酒だ。マスグラバイト王国じゃ絶対手に入らない逸品だろう? バナー=キャリウムサニッド……」
サンジェルマンの胡散臭い笑顔を見遣り、少々納得がいかない様子ながらもバナーは渋々無言で踵を返し、元のソファへと座り直す。
「……で? あんだけ壮大なお膳立てしてあのお粗末な結果だったわけだが……」
「──ッ!!」
ローブの男が漸く開いた口から放たれた枯れ果てた声音が、唐突に部屋に響く。
するとサンジェルマンは射抜くような目を彼へと切り替え、静かだが煮え滾る怒りを向ける。
「ふざけるなよ貴様ッ!! 貴様が言ったのだぞッ!? あの瞬間ならばクラウンの隙を突き、私の《精神魔法》の術中に嵌められるとッ!!」
「……そうだな」
「だが蓋を開けてみればどうだッ!? 貴様が指定した瞬間など訪れず、結局は機を窺っていた私にすら気付いたッ!! 私がどれだけ死に際だったか、貴様なら分かるだろうッ!!」
「……だがお前はここに居る。やはり逃げ足だけは一流じゃないかサンジェルマン」
「黙れッ!! 奴め……私の隠していた研究室を漁り、《精神魔法》を身に付けていたんだぞッ!? 自身と自分の女の魂に《精神魔法》によるプロテクトを掛けていた始末だッ!! この私が意識を逸らす事しか出来なかったんだッ!? この屈辱が貴様に──」
「喧しい。食い殺すぞサンジェルマン」
横から冷や水を浴びせ掛けたニコラスにサンジェルマンが振り向く。
するとその顔には自分にも勝るとも劣らない憤怒が滲んでおり、食い殺すが決して比喩表現ではない事を悟らせる。
「確かにコイツの誤情報で計画が狂ったのは腹立たしい。ドワーフ族の鍛治技術と獣人族の錬金術を提供してやったのが全て無駄になったんだからな。どれだけの損害が出たのか知りたくもない」
「な、ならっ!!」
「だがこんな言い争いに時間を浪費する事の方が何倍も馬鹿らしい。時間は有限なんだ。ユーリ女皇帝がもう使えない以上、速やかに次の計画に移行する必要がある」
「次、ねぇ……」
バナーは口を挟みながら、早速受け取ったワインを開け、盛大に呷る。
「ッッかぁ!! 良いィ酒だァ……」
「品がないな」
「知るかよ。……で、その次ってのは、いつまでに動かすんだ?」
「……最短でも二年だな」
「二年っ!! 随分な強行軍だなァっ!! 本当に実行出来んのかァ?」
「出来るではないやるんだ。それに既に帝国と公国には仕込みを始めている。強行軍という程ではない」
「ほぉ。そうかい。ならそれに合わせてやる事やって、しっかり休みを作らねぇとなぁ……」
「それを今から話し合うんだ。さぁ、全員バナーに倣って座れ」
「今からって。テメェ確か娘が居たろ? 良いのかぁ? 早く帰ってやらねぇで」
「ふん。〝アレ〟は言う事を聞かんし話していても腹が立つだけだ。放っておく」
「うへっ。ヒデェ父親が居たもんだ」
「黙れ。今はそれどころではない。我々の未来の話をするぞ」
──同日同時刻。シュターデル複獣合衆国内、大規模廃棄場──その一画。
種々様々なガラクタが山となって積み重なるその頂上に、一つの影が蠢く。
不気味に揺れ動く小さな光に照らされて夜の中に浮かび上がるそれは、ガチャガチャと金属がぶつかる音も相まって不気味に映るだろう。
しかし、実情はそんなオカルトじみたものでは決してない。
「──ッ!! これはっ!?」
影は突然に声を上げると、今までガラクタに埋もれさせていた上半身を勢いよく起こし、指で摘んだ何か小さなガラクタを手持ちのライトで照らし、矯めつ眇めつ眺めた。
「いよっしゃっ!! とうとう見つけたぞ最後のパーツっ!!」
少しだけハスキーな女性の声音で嬉々と叫ぶ影。するとそんな彼女の丁度足元──ガラクタの山の麓へ、今度は小さな影がライトを片手に走り寄ってくる。
「ちょちょちょ姐さんっ!? あんま大声はマズイっすよっ!!」
「あぁ? ああ悪ぃ、つい嬉しくて」
「いいから早くズラかりましょうっ!! 警備員に見つかったらまた親父さんに知らされちゃいますよっ!!」
「分かってるよっ!! ……ったく。折角の良い気分が親父のせいで台無しだ」
彼女はガラクタの山を颯爽と駆け下り、見つけたガラクタをウエストポーチに仕舞い込んでから走り出す。
「あ、姐さんっ!! 待って、速いっ!!」
「早くつったのはお前だろうがっ!!」
「そうですけど、オイラ鼠獣人っすよっ!? 狼獣人のお嬢様に足で勝てるわけないじゃないっすかッ!!」
「ウルセェ黙って走れッ!!」
「ヒドイっすよフラメリアの姐さんッ!!」
獣人の二人は月夜の廃棄場を走る。
「あ゛ぁーくっそッ!! なんでいっつも逃げ回んなきゃなんねぇんだッ!!」
「だからスポンサーが要るって言ってるじゃないっすかっ!! それならこんなゴミ拾いなんてしなくてもぉーっ!!」
「わぁーってるよッ!! あ゛ぁーッ!! 誰か金持ちな奴なってくれねぇーかなぁーッ!?」
「人生そう上手くいかないっすッ!!」
「分かってるよバーカッ!!」
彼女等が走る先は、果たして……。
──時は遡り、クラウンが進化を果たした、その直後。
蝉の声。波の音。涼やかに音を鳴らす風鈴の響き……。
そんな快音が支配する、海の見える平屋の古民家。
そこには一人縁側に座り込む女性──夢の姿があった。
いや、正確には本物の夢ではない。
彼女はクラウンの──新道集一の記憶により限りなく本物に近い状態で再現された偽物でしかない。
そしてそれ故に、彼女は本来この幻想世界に引き留めておかねばならない使命を放棄し、アッサリとクラウンを現世に帰してしまった、完全で不完全な夢の複写である。
「それにしても、変わったなぁ、集一。あ。今はクラウンだっけ。シャレた名前だなぁ。ふふ」
彼女は一人、先程の一幕を想起しながら笑う。
死んだ筈の自分が、まさかこんな形でまた愛しい人との一時を味わえるなど思ってもみなかった。
やはり、諦めないという事は自分の人生に於いてどれだけ大切なのかを、改めて自認する。それこそが夢という女性なのだと……。
「……ん?」
そこで夢は、異変に気付く。
この世界は、クラウンの記憶より再現された幻想の世界であり、空間同士の僅かな隙間──ポケットディメンションの中に極限定的な条件下でのみ形成される一時的な世界だ。
時空神と境神により定められたこの世の構築の理は絶対であり、どんな場合に於いても形成元が世界から退けば瞬時に跡形もなく崩壊する事が決まっている。そういう世界だ。
しかし、何故かこの世界はいつまでも崩壊しない。
世界の一部である筈の夢もクラウンを想う余裕がある程に、いつまで経っても崩壊しない。
これは、世界の理に反している。
「なんで……どうして「見ぃぃつけた」」
声が重なる。不気味な程に、重なる。
「ねぇちょうだい」
世界が壊れる。いや、持っていかれる。
夢ごと、世界ごと、持っていかれる。
「うふふ、ふふふ、ふふふ……」
消える。元の虚無へと帰する。
世界は〝何か〟の糧となった……。
第三部──幸神欲転編(要改変アリ)、お楽しみに!!




