終章:忌じき欲望の末-27
最近調子が良いです。
根がカプ厨なので、クラウンとロリーナのイチャイチャは書いていて凄く楽しい。
最早異世界恋愛物を名乗って良いのでは……?
「…………」
「あ、あの……クラウンさん?」
「……あ、ああすまない。少々君のドレス姿に見惚れてしまった」
「そう、ですか」
「うん。とても素敵で魅力的だ」
私は今、深緑色のパーティードレスに身を包み、口元を押さえて唸るクラウンさんに初披露していた。
着ているのはフィッシュテールドレスという前が短く後ろが長い裾のドレスで、割と足が見えて恥ずかしい。
けど、クラウンさんの反応を見るに頑張って正解だったんだと分かる。
髪型をクラウンさんの好きないつものポニーテールのままにしたのが良かったのかな。褒めて貰えて嬉しいな……。
「他の男が君に手を出さないか心配してしまうよ」
「うふふ。ならアナタが私を守って下さいね」
「勿論。君は誰にも渡さない。君は私だけのものだ」
「はい。私はアナタだけのものです」
私がそう返すと、クラウンさんは珍しく驚いたような顔をしてから一際嬉しそうに、優しく微笑んでくれる。
そんな普段しないような事を口にして心臓がはち切れそうになるのを誤魔化しながら、私はクラウンさんに差し出された腕に自分の腕を絡め、会場に入る。
──祝勝会。
凱旋式が終わった後に王城の一番大きな会場で開かれる、戦勝を祝うパーティー。
参加者は国王陛下を始めとした王侯貴族は勿論、凱旋式で表彰された人たちが中心。団体での表彰対象者も、五人までなら参加が認められていた。
一応、私達以外にヘリアーテちゃんやロセッティちゃん。それにティール君なんかも参加しているけど、クラウンさんに──
『挨拶周りは私達でやってしまうから君達は好きにしなさい』
──と言われ、今は各々に散っている。
因みに他の仲間達は全員参加を遠慮するようで不参加。
グラッド君とディズレー君は堅苦しい場に行きたくないと言い、ユウナちゃんはハーフエルフが居たら混乱させてしまう、と言って逃げられてしまった。
私達の部下もそれぞれ理由を口にして不参加を決め、結果、私達五人だけが参加する形に落ち着いた。
「皆の者っ!! 今宵はよくぞ集まってくれたっ!! この場に於いて貴君等は──」
パーティーの始まりは国王陛下による演説。今回の戦争での奮闘を大いに讃え、そして限りなく少ない損耗での勝利。そして敵国であったアールヴとの和平締結の実現を高らかに祝い、宴は始まった。
──パーティーは立食形式で、最高級品の魔物を使った贅を凝らした料理が多種多様に並んでいる。
普段、王国の食に対する興味の薄さと不味さを嘆いているクラウンさんも、王城の料理人達が腕によりを掛けて作り上げた料理達には珍しく唸りをあげ、口に含みながら味を盗めないかと吟味している。
こういう何気ない時まで勤勉な所は、素直に尊敬してしまう。
私としては、クラウンさんと作る料理の方が好きだったかな。あ。でもこれはクラウンさんと作ったからっていうのが大きいからちょっと違うか……。
「さて。少々面倒だろうが、付き合ってくれるか? ロリーナ」
「勿論です」
──今回の祝勝会。目的としては戦争の勝利を祝い称え合うのがあるけれど、真の狙いは新たなコネクションの構築と発展。
この会では当然、戦争で活躍した者達が身分を問わずに参加している。
その中には実力を埋もれさせていた優秀な能力を持った人や、戦争で亡くなり雇い主を喪った貴族お抱えの有能な指揮官・兵士だった者が集まっていて、そんな人材を諸侯が勧誘する狙いがこの祝勝会にはあるらしい。
そんな優秀な人達も、権力とお金がある人に雇われる事を望んでいるから、互いに有益な会だと思う。
他にも今まで築けなかった交友やパイプを結んだり、秘密の談合や結託、陰謀なんかも絡んでいるらしいけど、クラウンさんはそれを薄ら笑いを浮かべながら牽制した。
会場内を自然な流れと足取りで練り歩き、都合の良い関係を築こうとしている人達には挨拶をしながら言葉巧みにそれを促し。
都合の悪い関係を耳聡く聞き付けては、片方にそれとない情報を渡して結託を妨害しつつ、先の者より良い条件の相手を紹介する……。
今までならただの十五歳の学生という事で侮られ、彼の言葉を適当に聞き流していたかもしれない。
……いや、クラウンさんならもしかしたら何とかしちゃったのかもしれないけれど。
それでもやっぱり、戦争で破格の功績と活躍を果たして最高位勲章を与り、さっきの凱旋式で国王陛下が直々に発表された「キャッツ家は辺境伯位の大貴族であり、珠玉七貴族の一員」という二つの箔が、そんなクラウンさんの立ち振る舞いに説得力を持たせた。
戦時中に彼のおかげで功績を上げられた恩もあって皆が皆、クラウンさんの言葉をすんなりと頭に通して言う事を鵜呑みにする。
もしかしたら《精神魔法》を使って怪しまれない程度に精神を誘導しているのかもしれないし、時折相手と握手なんかもしていたから《欲望の御手》なんかで欲望を促していたのかもしれない。
私はそれを隣で常に侍って見ていたけれど、見ていてとても真似出来るものじゃないと思う事しか出来ない。
時に屈託の無い笑顔で、時に怪しい笑みで。
時に這い寄るような声音で、時に弾んだような無邪気な声で。
喜怒哀楽と憎愛を巧みに操り、豊富な語彙力と知識で制圧し、そして何より的確に相手の欲望を読み取って刺激する……。
つまりこの祝勝会は、最早クラウンさんの好都合な政権組織を構築する為の場と言っても過言ではなかった。
……とは言っても──
「ああ。これはエメリーネル公。その節は大変ありがとうございました」
「……随分と活躍じゃないか」
この国を支える七人の準最高権力者──珠玉七貴族の面々だけは、そう上手く事は運ばないみたい。
「この会場も我が物顔で歩き回りおって。しかも女連れとはな。良い御身分だ」
そう言ってエメリーネル公爵は私を一瞥して、無感情なまま改めてクラウンさんに視線を戻した。
「彼女は私の恋人でして。将来は私の秘書としても活躍させてあげたいので、こうして連れている次第です」
クラウンさんは貴族の人達と挨拶する際、私の紹介の前に必ず〝恋人〟とハッキリ明言してくれる。
それを耳にする度に私の中で高揚感が湧いて来るし、不思議と胸を張れた。
「ご紹介にあずかりましたロリーナ・リーリウムです。貴族家の出ではないので不勉強につき、至らぬ点もあるかと思いますが、どうぞお見知りおき下さい」
会の始まりから何度もしていた所作でエメリーネル公に挨拶をすると、彼は先程の無感情な顔を幾分か感心に滲ませながら小さく唸る。
私もただ見ているだけではない。それくらいの相手の機微は、読めるようになってきた。
「ふむ。最低限の礼節は収めているか。貴様が教育を?」
「教育というと少々大袈裟になってしまいますがね。殆どは彼女の勤勉さの賜物です。私も、彼女のこういったところには尊敬と敬愛の念が絶えませんよ」
クラウンさんの流し目が私に注がれる。照れ臭くて、むず痒い。
「そうか。貴様には勿体無いな」
「いえいえ。彼女は誰にも渡しませんよ」
「利発的で静謐な面持ちと雰囲気……。有能な後継を残したがる連中に気に入られそうではあるな。声を掛けられたんじゃないか?」
「ふふふ。私のロリーナを狙う輩ですか? 面白いですねぇ。そんなに自分の臓物の色が何色か気になる者が居るのですかね? 居るなら是非会ってみたいものです」
会の最中、クラウンさんの隣に居るにも関わらず私に話し掛けようと近寄って来た人は何人か居た。
こっそり教えてもらったけど、大半がコネを使って苦し紛れに参加出来た家督継承権の低い人──三男以下の貴族家の人だったみたい。
つまり上位の人達なら知っている、私がクラウンさんと浅からぬ仲だと知らない人達で、その人達が私に話し掛けようとしていた、という事だった。
そんな人達は皆んな、クラウンさんが《威圧》して一発で怯えて、親である当主の元に逃げて泣き付いた所を怒られたり殴られたりして当主と一緒に青い顔をしながら謝りに来る……のがワンセットになっていた。
中にはちょっとしぶとい人も居たけど……。クラウンさんが本格的に脅しに入ると顔色を真っ白にして腰を抜かしてしまったのは、ちょっとだけ同情したな。
「お、おお……。あまり物騒な事を言うのは感心せんな」
「おっとこれはすみません。どうも私は彼女の事になると冷静さを欠くようで……」
「……そうか」
そこから二人は幾つか言葉を交わしたけれど、特別な話は進展しなかった。
エメリーネル公爵が終始クラウンさんの一挙一動に警戒していて、言動ははぐらかす事が多かったように思う。きっと、最初からまともに私達と会話する気がないんだろう。
最後はクラウンさんが怪しく笑って、それをエメリーネル公爵が訝しんで別れた。私には何の成果も無いように見えたけど……。
「良かったんですか?」
「ああ。あの人はアレで良い。いっそ誘導し易くて助かるよ」
「──? それは、どういう……」
「嫌われているならいるで、やり易いやり方があるという事だ。ああも的確な嫌われ方なら、寧ろ助かるというものだ」
どうやら小さな伏線を張っていたらしい。私と違ってクラウンさんは手答えを感じているみたいで、ますます感心してしまう。
──それから他の珠玉七貴族の方々に挨拶をして回る。
クラウンさんと既に協力関係にあるコランダーム公爵とエメラルダス侯爵に「今後とも宜しくお願いします」と改めて挨拶を交わし。
クラウンさんのお父様と知己の仲だというアンブロイド辺境伯とは今後の方針を話し合おうと約束を取り付け。
先日突如現れた帝国の騎士の件で話をしたアゲトランド侯爵には、その時の二人について改めて話をしたいと約束を取り付けられ。
最後に体調が芳しくないという事で代役で訪れていたモンドベルク大公の娘であるカーボネさんに、あの時はお世話になりました、と私を中心に会話をして、一通りの面々と挨拶を回った。
そして──
「む。クラウン。漸く私のところに来たか」
「漸くとは言いますがね父上。明日のキャッツ家での祝宴で顔を合わせるのですから、そう急がずとも良いでしょう?」
「まあまあ、そう言うでないクラウン。オヌシの父君はこの場の誰よりもオヌシを褒め称えたいと思っとるんじゃぞ? 父のささやかな願いぐらい叶えてやらんか」
「師匠まで……。いや、まあ、そうですね」
最後に訪れたのは、クラウンさんのお父様であるジェイド様と、彼の師匠であり私も何度となくお世話になった元最高位魔導師であるキャピタレウス様のところ。
お二人は快く彼を迎えると、その隣でピッタリ寄り添う私に視線を移す。
なのですかさず、私は既に慣れ始めて来た所作で改めてお二人に挨拶をした。
「改めてましてクラウンさんにお世話になっているロリーナ・リーリウムです。今後とも宜しくお願いします」
〝お世話になっている〟、とつい曖昧な言い方をしてしまった。
この二人には、どうもクラウンさんの〝恋人〟と挨拶するのが気恥ずかしい感じがしてしまう。別にそう名乗っても問題は無いはずなのに……。
「これはこれはご丁寧に……。では私からも改めて──クラウンの父親のジェイドだ。不肖の──とはとても言えんが、息子を支えてくれた事、心より感謝する」
「コヤツの師を任せられとるフラクタル・キャピタレウスじゃ。ま。既にコヤツはワシの事など超えとるがの」
お二人はそう言って私の挨拶を返してくれる。まだまだ粗が目立つ私に、気を遣ってくれたのだろう。
「しかしお前……。こんな場にまで彼女を連れて来たのか?」
「ええ。彼女も戦争での立派な功労者ですし、私には欠かせない存在ですからね。それに……」
「それに?」
「……彼女と居れば、要らぬ者が寄っては来ないでしょう?」
「まあ、な。お前の挙げた功績はさぞ眩しく、煌びやかに輝いて見えるだろう。その光に与りたい、肖りたいと考える貴族家や婦女は五万と居ような」
クラウンさんの挙げた功績と、改めて明かされ周知された由緒ある血筋は、まさに魔性の宝石だ。
特にその力に魅せられる女性は数多く居り、私達が会場入りしてからというもの、クラウンさんを目当てに参加して来ていた貴族家の令嬢や若い女当主が虎視眈々と機会を伺っていた。
何とかして彼と繋がりを持ちたい。あわよくば良好な関係を築き、その能力と権力に肖りたい……。そう思う者が会場には幾人もひしめいている。
一度私がお手洗いで離れた時など、それはそれは凄かった。
何せクラウンさんの周りを、宛ら砂糖に群がるアリのように女性が詰め掛けていたのだから。
クラウンさんはそんな彼女達を露骨に邪険にはせず、出来得る限り棘の無い言葉で受け流しつつ、ハッキリと自分には決めた相手が既に居ると言って牽制はしていた。
だが彼女達も貴族社会で生きていこうと必死なのだろう。
ひたすらに能力がある自分と関係を持てばどれだけの利益があり、得をするかを懇切丁寧に述べる人。
また自身の身体的魅力を強調しながらいかがわしく誘惑し、猫撫で声で殺し文句を吐き出す人。
自身の血は王族由来であり、将来的には王位すら夢ではないと血筋を誇示する人。
なりふり構わない様子だった。
普段のクラウンさんならば、こういう人達にも容赦なく皮肉を交えた言葉で一刀両断し、彼女達の心を折った事だろう。
しかし相手はこれから掌握する貴族家の令嬢や若い女当主……。ここで下手な対応のしかたをすれば、その後の始末に無駄な労力と時間を使ってしまうのは明らか。
だからクラウンさんは本音を押し殺し、作り笑顔で調子の良い誤魔化しをしていたのだ。まあ、それを何か勘違いして可能性を感じてしまったのか、彼女達も中々引き下がらなかったけれど。
「くだらない。いつかは陰ると分かっている光に飛び付くなど、それこそ羽虫と変わりませんよ。気を遣っていたのが実に馬鹿らしい」
そう言ってクラウンさんの機嫌が降下する。
というのも、中々群がるのを止めない彼女達に、それでも穏便に事を運ぼうとしていた時だ。
一人の年若い令嬢が、ボソッと嫌気が差したように呟いた一言に、クラウンさんの逆鱗に触れた。
それは、私に対する小さな悪態だった。
私はよく聞き取れなかったけれど、多分「あの腰巾着のどこが」とか、「庶民風情が調子に乗って」なんて、そんなニュアンスの言葉を呟いたのだと思う。
だけどそれを、クラウンさんは許さなかった。
作っていた笑顔を唸るような「おい」という言葉と同時に崩し、まるで害虫でも見るような目付きで発言した令嬢を睨み付け、一言だけ言った。
『でしゃばるなドブ鼠が』
令嬢に向けられた言葉だったけど、周りの淑女達も同時に青い顔をする。
多分彼女達も、私に対して悪態を吐いた子と同じ事を思ってはいたんだろう。
庶民の田舎娘にはもったいない。つり合いが取れていない馬の骨が一緒では彼の品位を下げてしまう。だから由緒ある血筋の自分の方が相応しい。あんな何の魅力もない無愛想な女など捨ててしまえ……と。
……いや、ちょっと自虐が過ぎてしまったけど、恐らくそんな感じの事を、内心抱いていた。だから顔を真っ青に変えたんだと思う。
結局、令嬢は怒りを通り越して殺意すら向けられてしまい、尻餅をついて可哀想に床を汚しながら震え。
そんな彼女からクラウンさんは視線を外すと、囲っていた淑女達に一瞥もくれる事なく彼女達を肩で掻き分け、趨勢を見守っていた私の所へと戻ってきた。
彼は「見苦しい所を見せたな」と申し訳なさそうに眉を顰めてから再び私の手を取り、そこで漸く少し落ち着いたのだ。
「そう言うな。彼女達とてこの国で生き残るために必死なのだ。お前はある日突然現れた金脈なのだよ。群がるのは当然だろう?」
「そうなのだとしても、私という金脈は全てロリーナのものです。他者の所有物に手を出そうとするなど、それこそ盗人だ。そんなコソ泥風情が彼女に悪態を吐くなど、許される事ではない」
「はぁ……。まあいい。後始末に追われても私は知らんぞ?」
「無論です」
「……翻って、彼女は何やら嬉しそうじゃがの」
「え?」
唐突に、三人の顔が私に向く。
なんだろう。私、別に何も言ったりしてないんだけど……。
……ひょっとしてクラウンさんが「私という金脈は全てロリーナのものです」って言ってくれた事に言い知れぬ感情が湧いたのが、顔に出てた、のかな?
「……まあ、兎に角。一度ちゃんと彼女との事については話し合う。そちらの親御さんも交えて、な」
「必要ですか? ロリーナは生涯私と──」
「みなまで言うな。お前が引き下がらん事くらい分かっているし、別に反対したいわけではない。ただの形式的なものだ」
「……ならば、承りました」
「宜しい」
そう言ってジェイド様とキャピタレウス様のお二人とも挨拶を終えた。これで珠玉七貴族全員とは話し終えたから、次はいよいよ──
「あっ!! クラウン様っ!!」
「クラウン様っ! お久しぶりで御座いますっ!」
どこか懐かしい、聞き覚えのある明るく可愛らしい声と、反対に聞き覚えのない清楚で透明感のある声との二つが響く。
声の方向には、私達が最後に声を掛けようと決めていたこのパーティーで最も存在感がある人物── カイゼン・セルブ・キャロル・ティリーザラ国王陛下と、その両脇に居た二人の少女がコチラに手を振っていた。
「アーリシア……と、ブリリアント様?」
クラウンさんがそう呟き、若干困惑したように眉を顰めている。
私としても疑問だらけだ。この場にアーリシアちゃんが居る事も、隣の美人な方は誰でクラウンさんとどんな面識があるのかも……。
「はぁ……。どういう事だ……」
思わずといった感じに漏らしながらクラウンさんが歩き出し、私もそれに追従する。いつもより、腕を身体に密着させて……。
「んんっ……」
「──? どうしました?」
「いや……なんでもない」
何やらクラウンさんの様子がちょっと変だが、今はそれよりも、目の前の彼女達だ。
「お久しぶりですっ!! クラウン、さん……」
最初に子犬のような人懐っこさで歩み寄って来たのはアーリシアちゃん。
彼女は白と桃色を基調とした可愛いらしいフィット&フレアーのドレスを纏い、ハーフアップにまとめた金糸のような髪を揺らしながらいつもの朗らかで快活な笑顔を見せる。
けれど視線は腕を組む私に移り変わり、声のトーンが一気に急降下。激しく狼狽したように不安気な表情に豹変した。
「ああ久しぶりだな。……で、なんでお前がここに?」
当然の疑問だ。
このパーティーはあくまでもティリーザラ王国の人間が祝う場。支援していたとはいえ、他国の人間──それもそれなりに立場がある人が出席出来るような事ではないハズなんだけど……。
「え。……あ、ああっ! それはモチロンっ!! 貴方に会うためですよクラウン様っ!!」
「答えになっていない」
「え、ええと……」
「……」
「……はい。お父様のコネを使って無理矢理ここに捩じ込んでもらい、ました」
「……何故?」
「そんなのクラウン様に一刻も早く会いたかったからに決まってるじゃないですかっっ!!」
……この子は、いつも真っ直ぐだ。
真っ直ぐに好意を示して、真っ直ぐに元気で。
私みたいにぐだぐだ悩まず、そげなくされても凹まず曲げないで……。
そういえば、クラウンさんへの恋心を真っ直ぐな言葉で自覚させてくれたのは、アーリシアちゃんだったっけ。
「……お前は相変わらずだな」
ただ、それをクラウンさんは受け取らない。
笑顔を見せるが愛想笑いで、まるで困った姪っ子を相手にしているような、そんな距離を空けるような態度だ。
「……久しぶり、アーリシアちゃん」
「あ、うん……。久しぶり、ロリーナちゃん」
彼女の私に対する態度は、以前のものとは明らかに違う。
前は友人として接してくれていた。それがハッキリ分かるくらい、彼女は親しみのある笑顔と感情で私に接してくれていた。
だけど今向けられている目は……。
「アーリシア」
「……はい」
「私はロリーナと──」
「ちょっと、無視はあんまりじゃありませんか?」
「まったく。私を放っておく気か? 不敬罪に興味でもあるのか? ん?」
クラウンさんが何を言い掛けたタイミングで、二人の人物がアーリシアちゃんの横に並ぶ。
国王陛下と、謎の美女だ。
「ブリリアント様。それに陛下。別に無視をしてたわけでは……」
「ウフフ。分かっていますよ。アーリシアさんから貴方様の話ばかり聞いていましたから、きっと貴方様が顔を見せたらば真っ先に駆け寄るだろう、と」
「そうだぞ貴様っ! この国の王たる私がどうして童の恋路なんぞに耳朶を費やさねなばならんっ! まったく淑女を誑かしおってからに」
「それは……。申し訳ありません」
頭を軽く下げるクラウンさんに、陛下はただ短く「良い」とだけ口にし、頭を上げさせる。
「してクラウン。貴様の腕に寄り添う彼女は?」
陛下と謎の美女が一斉に私に視線を移す。値踏みするような目だ。クラウンさんに恥はかかせられない。
パーティー中、何度となく行った所作を、それこそ今まで以上に神経を費やしてより優雅に、私が可能な最大限、自然に振る舞う。
「お初にお目に掛かります。私はクラウンさんのパートナーとして付き添わせて頂いているロリーナ・リーリウムです。以後お見知りおき下さい」
陛下と美女からそれぞれ「ほう」と「まあ」という二種の声が漏れたのが聞こえた。
それが感心からくるものなのか、はたまた侮蔑からくるものなのか、緊張でよく分からない。
けれど隣に立つクラウンさんが満足そうに優しい目を向けてくれているから、多分大丈夫……かな?
「これはこれは……。私こそ、お初にお目に掛かります。ディーボルツが名代、カーボネ・モンドベルクが娘……ブリリアント・モンドベルクで御座います」
「うむ。知っているだろうが、私こそがカイゼン・セルブ・キャロル・ティリーザラである」
勿論、国王陛下は存じていたけれど、美女の正体には正直驚いた。
まさかカーボネさんの娘さんだったなんて……。
でも言われてみれば、何処となく彼女の面影が少しだけど窺える。
特に髪なんてそうだ。緊張からかあまり気に出来ていなかったけれど、確かに彼女の髪色はモンドベルク家の特徴ともいえる無色透明に近い領域にまで澄み切った銀色と、光の加減で様々な色に煌めいて見える宝石のような銀髪。
既に壮年期を迎えているカーボネさんでさえ息を呑む美しさを持つ髪色だったけど、年若いとここまで鮮烈で眩しい輝きを放つものなんだな……。
長さも腰まであるせいか、より神秘的に映る。女性で、恋人が横に居る私でも思わず手が伸びてしまいそうな、そんな不思議な魅力を持っていた。
タイトなドレスも、彼女の均衡の取れた体型に合っていて、より美しさを強調している。まさに絶世の美女とは、彼女のような人を指すんだろうな。
……それにしても──
「カーボネさんの娘さん、だったのですね」
「はい。後学や、後の同胞達との相識を深める為に、と連れ出された次第です」
「成る程。あの……クラウンさんとは、どういう……」
「ああそう警戒なさらずっ。ただ一度、友人との件で少しお世話になったというだけの間柄ですから」
警戒……。そんなに露骨に警戒してたかな、私……。
「独り身であったならまあ、アレですが、恋人が居り、ましてやそう仲睦まじくされているのを目の当たりにして近付こうとするほど、私は勇者ではありませんしね」
……ん? 今の言い方だと、もし私が居なかったら……え? そういう事?
「お? なんだなんだ空気が変わったか? 祝いの場で剣呑な空気は感心せんぞ?」
陛下がコチラに覗き込むように私達の間に立ち、揶揄うように片方の口角だけを上げていた。
「クラウンよぉ〜〜確かに我が国は一夫多妻を許しているが、責任を取れねばその資格はないぞ?」
「お戯れを……。私に妻を複数娶る趣味も事情もありませんよ。私の愛は彼女──ロリーナただ一人にのみ注ぎます」
そう言ってクラウンさんは人目憚らず私の髪に顔を埋めるようにして──
「──ッ!!」
「え゛ッ!?」
「まぁッ!」
「ほう」
軽いキスを……してくれた。
頭の先から背骨を通じて背中に電流が走って、全身から熱が上がる。
今の私の顔は、さぞ真っ赤にのぼせているだろう。湯気とか出てるんじゃないかな……。
というかさっき妻がどうって──
「改めまして陛下」
「む? お、おぉ、この空気で何だ」
「いえ。ただ後日の面談では宜しくお願いします、と……。色々と無茶な願いをするかと思いますので」
「ああなにっ! 貴様はこの戦争での最功労者だっ! 国に反するような願いでなければ多少の無茶は聞き入れよう。貴様をこの国に留めておく為にも、な」
「何を仰いますか。私がこの国から離れる事を危惧しておいでで?」
「当然だろう? 貴様は愛国心より個人の欲を優先し躊躇なく実行出来る男だ。付けられる首輪は今の内に付けておくに限る。そうであろう?」
「ふふふ……。ならばここは大人しく首を差し出すとしましょう。私に似合うものをお願いしますよ? でなければ拗ねてしまいます」
「無論だっ!! ガッハッハッハッ!!」
「ふふふふふふ……」
国王陛下とブリリアント様、そしてアーリシアちゃん達との挨拶を終え、私達は今備え付けられているバルコニーに出ている。
手に持つのは果実で作られた甘めのお酒が入ったグラス。
私はこれが人生初のお酒だけど、ちょっと変わった後味が気になるくらいで美味しくは感じる。これがつまり酒精……なのかな? なんだか頭の奥が少しだけフワフワする……。
「慣れない事に疲れたろう? すまないな、連れ回して」
クラウンさんは私を労いながら口にお酒を運ぶ。横顔が様になっていてとてもカッコいい……。
「私は、大丈夫です。それに今後も似たような場に出る事もあるでしょうから、今の内に慣れておかないと……」
「そうか。そう言ってくれると有り難い。だが今日はもうやるべき事はやり尽くした。後は食事を堪能するなり、こうしてのんびり酒を呷るなり、帰って休んでもいい」
「そう、ですか」
再びお酒を口に運ぶ。身体が火照って、フワフワする。
「なあロリーナ」
「はい」
「君に見せたいものがあるんだ。少し遠出になるが、構わないか?」
遠出……。クラウンさんが言うなら、きっと素敵なところなんだろう。行きたいな。
「はい。連れてって下さい」
私がクラウンさんの手を取ると、彼ははにかんでから自分と私の分のグラスをバルコニーの手摺りに置き、魔術を発動させる。
瞬間、私達の周囲の景色はガラッと変わり、煌びやかだったパーティー会場は──
「わぁ……」
私の視界を支配したのは、森林に囲われた湖の周りを一面に埋め尽くす、薄紫色の花畑だった。




