表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
強欲のスキルコレクター  作者: 現猫
第三部:強欲青年は嗤って戦地を闊歩する
536/591

終章:忌じき欲望の末-22

と、いうわけで予告していた分割分を更新します。


内容はもしかしたら……人を選びますかね。

少しだけ覚悟して下さい。

 


 ディーネル・トゥイードルとダムス・トゥイードルの双子エルフは、自分達の祖父に贈られていた懐中時計のエクストラスキル《時空逃避》の権能により、一時的に異空間へと逃げ去っていた。


 この権能は(あらかじ)め設定していた状況に陥った際に強制発動し、所持者を異空間へと移送。その後ランダムな時間、場所へと転移されるというもの。


 愛する孫の命に万が一に何かあった場合に祖父エルダールが遺した緊急措置であり、結果としてクラウンという邪悪から見事逃げ仰る事を可能としたスキルである。


 異空間に移送と言っても双子の体感としては数分程度であり、中に居た際も異空間内の情報を脳が処理し切れず、ほぼほぼ気を失っていたようなもの。


 それ故に双子は目を瞑り開けた瞬間に突如として知らない場所に投げ出されて重力に従って草原に叩き付けられる事になったようなものであり、現状がどうなっているかなど当然理解出来ていない。


 普通ならば混乱し、取り乱すような状況だろう。


 何せ異空間に移送される直前では最愛の祖父が瀕死の状態であり、怨敵にその命が奪われる寸前。


 そんな祖父を救えぬまま逃げ出すハメになった、その直後なのだ。意識がハッキリした双子としてはその場で打ちひしがれ、叫びたい感情が爆発しそうつまあった。


 しかし、それを現実は許してくれない。


「『……ディーネル姉さん』」


「『ええ。構えなさいダムス』」


 双子は祖父の生死如何(いかん)の不安に駆られる暇もなく、各々が武器を取り構える。


 何故なら彼等の目の前に居るのは、クラウンという規格外を相手にする前に対峙し、そして周囲に侍らせていた女性人族を直接的間接的に死に追いやった……。双子にとっては短いながらも複雑な相手だ。


 人族であり一度は対峙した相手が目の前に居る以上、彼が自分達の敵である事には変わりはない。


 変わりはない、筈なのだが……。


「『……ね、姉さん……?』」


「『……なんか、変ね……』」


 本心を隠して必死に睨み付けた双子だったが、対面の人族──ヴァイスの様子は異様の一言だった。


 フラフラと立ち上がったはいいものの、その様相は立っているのもやっとの満身創痍。


 顔など明確で、虚な瞳に()けた頬。顔色も血が通っているのか怪しいほどに真っ白に染まっている。


 手に武器なども持っておらず、着ているものだって砂埃等で所々が汚れていた。


「『……』」

「『……』」


「な、なんだ、い? ……来ないの、かい?」


 言葉は非常に弱々しい。


 水もまともに飲んでいないのだろう。声音も掠れていて、人族語であるにも関わらずそれがまともに聞き取れるものではないと理解出来る。


 とてもではないが戦うなど以ての外……。敵ながらにそう双子は感じてしまい、思わず構えていた武器を下げてしまう。


「な、なにしてる……? たたかわ、ないのか! ぼくを、殺さないのかっ!? 彼女達のようにッ!!」


 振り絞って出された肺が震える程の怒声には、明確な〝憎悪〟が滲んでいた。


 自分を慕い、敬ってさえくれた少女達……。そんな尊く美しい命を奪い、尚も武器を構えて敵意を丸出しにする彼女等に、ヴァイスは激しい憤りを覚え、憎んだ。


「のうのう、とォッ!! よく、も……よくもっ……」


「『ね、姉さん……』」


「『分かんないわよっ! ……でも……』」


 今、彼を手に掛ける事は正しい事なのだろうか?


 こんな脆弱で、少し強い風が吹いただけで倒れ込んでしまいそうな彼を、この場で殺す事は果たしてエルフ族にとって誇れるものになるのだろうか?


 そう考えると、双子は目の前の彼に武器を振るう事に疑問が湧いてしまう。


 それに、だ。


「『……姉さ──』」


「『ダメっ!』」


「『でも姉さんっ!』」


「『言わないでっ!! ……分かってるから』」


 武器を握る二人の手は、震えていた。


 ──あの日、二人は戦場に出て初めて人の命を奪った。


 生まれた頃から聞かされていた悪逆な人族という人種を討ち倒し、誉あるエルフ族の威信を示す……。


 それこそが英雄エルダールの孫として才能と技術を受け継いだ二人にとっての戦場での使命だった。


 だが、実際に初めて目の当たりにした人族は、自分達が想像していたものよりもずっと……自分達に似ていたのだ。


 外見も、思想も、感情も……。物語や身内から知れた人族よりも全然似通っており、二人はこの時点で内心、激しく動揺していた。


 周囲や祖父に悟られぬよう努め、ヴァイスと本格的に対峙した際にはそんな狼狽(ろうばい)を打ち消すように奮起し、何とか問題なく戦う事が出来たのだが……。




『「『な、なんなのよ……コレ……』」』


『「『……』」』


『「『私達、間違ってないわよね? 敵に変わりないんだから、良い……のよね?』」』


『「『…………』」』


『「『ねぇダムスッ!!』」』


『「『…………わかん、ないよ……』」』




 二人は、自分達の半分程度の齢でしかない少女三人を殺め、その死に喉が裂けんばかりの慟哭を上げるヴァイスの姿を見て、分からなくなる。


 目の前の光景は、本当に自分達が望んでいたものなのか?


 この景色は果たして、エルフ族の皆に誇れるようなものなのだろうか?


 こんな悲しみと残酷を、何より自分達は生み出してよいのだろうか?


『「……誇りって……」』


「『え?』」


「『誇りって、何? 私達が望んでたものって、あの人達やこんなボロボロな奴を殺して手に入るものなの?』」


「『……分からないよ』」


「『お父さんやお母さん……おばあちゃんやおじいちゃんに自慢出来るのっ!? それって良い事なのっ!? 正しい事なのっ!?』」


「『分かんないよッ!! ……分かんないよ』」


「『私達は……こんな事がしたかったの?』」


「『…………』」


 敵だろうが味方だろうが関係無い。


 人を殺す事を〝納得〟する事──〝覚悟〟する事は、並大抵ではない。


 だからこそクラウンはヘリアーテ達に人を殺す事の訓練を課し自分達なりの〝落とし所〟を与えてやり、それから戦場に投入したのだ。


 だが二人には、それが足りなかったのだろう。


 故にこうして、敵を前にして疑問を抱き、硬直してしまう……。こんな為体(ていたらく)、本来戦時中の只中ならば晒した時点で死亡率は跳ね上がり、二人はあっという間に命を散らす事になる。


 今が、戦時の只中であるならば、だが……。


「……うぅ……」


「『え?』」


「『な、何?』」


 躊躇(ためら)いが二人の戦意を削ぎ落とす中、突如として目の前の少年が小さく呻き、頭を抱える。


 苦しそうに、否定するように。


 けれども何処か、解放されたように……。









 声が、激しくなる。


『──憎んではいけない。こんな少年少女を、傷付けてはいけないよ』


 これはきっと間違っている……。そう、頭の中で声がする。


『憎悪なんて君らしくない。君は正義の味方で、皆んなを救うんだから』


 こんなものは自分が抱いていい──自分から溢れていい感情ではない。


 正義を重んじる自分に相応しくない……。そう言って先程から何度も何度も声が鳴り響いる。


『ほら。この子達だって武器を下ろしている。君に敵意を向けていない。だから、殺してはいけないよ』


 それが……折角人並みに湧き上がった当たり前の憎悪を、徐々に塗り潰していく。


 人間らしくない……クラウンに言わせれば〝気持ちの悪い〟ものだけを残し、少しずつ……少しずつ……。


『さぁ、ヴァイス。次の正義を目指そう。僕達の、新しい正義を』


「……せい、ぎ、を……」


「何をしてるんだい? こんな所で」


 それは、今まで聞こえていなかった男の声。


 丁度ヴァイスの背後から聞こえ、彼にとって聞き覚えのあるものだった。


「はぁ。まったく漸く見付けたと思ったらコレだ。キミ、クラウンと同じくらい厄介事に縁がある人種かい?」


 言葉には気品があり、上流階級の人間である事が伺える。


 クラウンの名を出した事からも、二人に共通する知り合いのようだ。


「何故、アナタ、が……」


「何故って……。キミの父君に頼まれたんだよ。昨日から姿が見えないから捜索してくれってさ。まあ僕ってキミと同じでクラウンに帰されちゃった身だからさ。なんか力になれるんじゃないかって期待されちゃって」


 振り返ったヴァイスの目に映った姿──ティリーザラ王国軍の剣術団隊長格の鎧を身に纏った、一人の青年──ファーストワン・ピージョン・サンの姿があった。


「と、義父(とう)さん、が……。僕を……」


「大変だったよぉ? 近場探しても何の手掛かり無いからまたクラウンを頼るハメになってさ? んでこの「軌跡の指輪」ってスキルアイテム借りてキミの跡を辿ったってワケ。お陰でクラウンへの借りがまた増えちゃったよ」


「そう……ですか……」


「一応さ? 一時的の仮にとはいえ僕の指揮下に居たんだから勝手されちゃ困るよ。戦線が落ち着いたとはいえキミ一人居なくなっただけで色んな人に迷惑掛けて色んな人に謝んなきゃならないんだから。心中察するけど、反省してね?」


「はい……すみません……」


「うんうん。じゃあ、僕からの説教はこれぐらいにして……」


 勝手をした罪悪感で俯くヴァイスの耳に、金属が浅く伸びた擦れる音が届く。


 その音の正体を察したヴァイスが再びファーストワンへ顔を上げると、夕焼けの光を反射する刃の反射が彼の目を差した。


「サン……隊長?」


「まさかまだこの辺りにエルフが居たなんてね。もうとっくにここら一帯は片付けた筈なんだけど。何処に隠れてたのやら……」


 ファーストワンの抜いた剣の切先が、ヴァイスの背後──ディーネルとダムスに向けられる。


 それを受けファーストワンの動向に注視していた二人は改めて目を鋭く尖らせ、下ろしていた武器を構え直す。


「サン隊長……」


「キミは退がってて。実力的に見て僕一人だとちょっと辛い相手だ。キミを守りながらじゃ勝てない」


「で、ですが……」


「大丈夫っ! こう見えて僕、剣術団隊長だよ? 彼ほどじゃないけど、腕は立つ方さ」


 そう言ってファーストワンはヴァイスを自分の後ろに隠し、剣と視線に殺意を滲ませた。


 合わせて双子も顔を強張らせるが、何処となく身が入り切っておらず側から見ても集中力を欠いているように見える。


「なんだ。未熟者か。なら大丈夫だね」


 小さく言葉を漏らした直後、ファーストワンは《縮地法》により一気に二人を間合いに収めるとディーネルへと剣──疾風鷹の剣(ゲイルキャリバー)を横薙ぎに振るい、握りの甘い彼女の剣を弾く。


「『くっ!?』」


 そして返す刀で斬り上げながらディーネルの剣の柄に刃を引っ掛け、そのままの勢いで彼女の剣がアッサリと離れ、ファーストワンの背後へと飛ばされてしまう。


「『なっ!?』」


「よっと」


「『きゃっ!!』」


 弾き飛ばされてしまった剣に気を取られたディーネルを、ファーストワンはすかさず鎧の襟首を掴みながら体重を掛け、そのまま押し倒す。


「『ね、姉さんっ!? この──』」


「遅いよ」


「『がぁっ!?』」


 姉を押し倒したファーストワンを狙ったダムスだったが、彼はディーネルを押さえ付けた状態で疾風鷹の剣(ゲイルキャリバー)を振るうと刀身が延長するようにして柄から風の刃が発生。


 二倍以上の長さにまで至った刃は弓の弦を引いたダムスへと到達すると彼の手を深く斬り付け、彼は思わず手を離してしまう。


「やっぱりね。覚悟が乗ってない。それじゃあ幾ら強くても僕なんかに負けるよ」


「『なっ!?』」


 ファーストワンは一時的にディーネルの上から離れると間を置かず手を庇うダムスに急接近。彼の腕を掴むと背中に背負うようにして身体を捻り、背負い投げの要領で投げ飛ばす。


 投げ出された場所は……ディーネルの真上。


「『がっ!!』」

「『かはっ!!』」


「さて」


 そしてすかさず重なった二人の元に移動すると、上手い事並んだ二人の首の間に疾風鷹の剣(ゲイルキャリバー)の刃を突き立てながら二人の上に片足を乗せて体重を掛けた。


「はい、おしまい」


「『ぐ、ぅぅ……』」

「『あ゛、ぁぁ……』」


「す、凄い……」


 正直なところ、ヴァイスはファーストワンがここまでやれる人間だとは思っていなかった。


 二人が行動を共にした戦場では(もっぱ)ら彼はクラウンの周りで溢れた敵を討ち倒していたばかりで、ちゃんとした実力を目の当たりにしてはいない。


 クラウンという化け物の陰に隠れて存在感が薄れていたものの、自分で言った通りこれでも剣術団の隊長を任されているのだ。


 戦う事に疑問を抱き始めていた小さな戦士など、歯牙にも掛けない。


「まあ、僕にしては上出来かな? じゃあ──」


 そしてファーストワンは躊躇(ちゅうちょ)なく疾風鷹の剣(ゲイルキャリバー)を傾け、そのままダムスの首を落とそうと──


「ま、待ってくださいッ!!」


「え?」


 唐突に響いた掠れたヴァイスの制止に、ファーストワンは反射的に刃を止める。


「な、なんだい急にっ!? 何かあるのかい?」


「い、いや、その……。ころ、すんです、か?」


「……は?」


 ヴァイスの思いもよらない言葉に、ファーストワンは思わず首を傾げながら素っ頓狂な声音を上げた。


「いやあの……え? 何言ってんの? エルフだよ? 敵だよ? 殺さなきゃ駄目でしよ?」


「いやでも……っ! そのまま拘束しても、問題無いんじゃ……。わざわざ殺さなくても──」


「キミ、本当に何言ってんの?」


「え……」


 ファーストワンの目から光が消え、表情が抜け落ちる。


「エルフはさ。沢山、殺したんだよ? この戦時中だけじゃない。それ以前からティリーザラ(こっち)に工作員を送り込んで何十人も殺してきたんだよ? そんなエルフを、キミは許せるの?」


「いやそれは──」


「許せるのかよッ!? キミもッ!! 僕もッ!! このクソ共に大切な人を殺されてるんだぞッ!? キミは目の前でッ!! 僕は惨たらしくッ!! 殺したんだぞッ!?」


「──ッ」


「それにキミに至っては、この二人にその娘達を殺されたんじゃないのか? なぁ? それなのに何で庇えるんだよッ!! え゛ェッ!?」


 息荒く、唾が飛び涎が口端から垂れてもお構い無しに怒声をヴァイスへ浴びせる。


 その声には狂気じみた憎悪と憤怒が乗っていて、とてもではないが正常とは思えない程の豹変振りに、ヴァイスは瞠目(どうもく)してしまう。


 しかし、ヴァイスもヴァイスで常軌を逸しているのだ。


 先程まで双子に対し、同じように憎悪をぶつけ、怒りを表していた……。


 ファーストワンの言うようにヴァイスは彼と違い直接的に双子によって慕ってくれていた三人を殺され、その内に抱く感情としては本来ヴァイスの方が大きくあるべきなのだ。


 にも関わらず彼はまるで別人かのように双子を庇い、味方である筈のファーストワンを止めてさえしている。


 そして何より不気味なのは……彼の目に、あってはいけない〝慈悲〟が宿り、双子に向いてさえいた。


「く、クラウンも──」


「あ?」


「クラウンも言ってた、じゃないですか……。恨むなら、恨む先を間違えたらダメだって……」


「……き、キミ、自分が何を……どんだけおかしい事言ってるか分かってる? キミがそれを僕に言うの? 頭大丈夫かい?」


「……」


「……クラウンにはエルフ族を恨むなって確かに言われたけどさ……。正直な話、僕にそんな割り切り方は出来ないよ」


「──っ!」


「恨む先って言うけどさ? じゃあ僕の恨み先って誰になるって話だよ。……僕の親友を殺したのは、エルフの頭目である女皇帝だよ? そんなヤツ相手にどう復讐しろって言うんだよ? え?」


「それ、は……」


「それが出来りゃ苦労しないよ。だから発散出来ずに今じゃ心ん中グズグズに腐ったみたいに気持ち悪いんだッ!! 吐き出してッ!! キレイにしてッ!! スッキリしたいんだよ僕はァァッ!! エルフなら誰でも良いんだよッッ!!」


「──ッ」


「……いくらキミが止めたって、僕は殺るよ。というかキミの理解不能な思考をいつまでも聴いてたらコッチまで頭がおかしくなりそうだ。クラウンがキミを気持ち悪がってた理由、今なら分かるよ」


 ファーストワンは踏み付けている足に更に力を入れ念入りに地面に固定すると、疾風鷹の剣(ゲイルキャリバー)を引き抜いて双子の両方の首目掛け、狙いを定めながら構える。


「本当は一人ずつのつもりだったけど、そろそろ暗くなる。一気にやっちゃうよ」


 疾風鷹の剣(ゲイルキャリバー)を振り上げ、地平線に沈み行く夕陽に再び刃が反射する。


「僕の八つ当たりでさようならだ。恨むなら、僕をおかしくしたお前たちの女皇帝様を恨んでくれ」


「『ぐッ……や、め……』」


「『おじ……ちゃ……』」


「じゃあね」


 そして刃は何の躊躇(ちゅうちょ)もなく、しっかりと殺意を乗せて滑るように振り下ろされる。


 凶刃は吸い込まれるように澱みも歪みもなく真っ直ぐ双子の首に一直線に落ち、二人の首を──



























「……ハァッ……ハァッ……ハァッ……」


「な……ん、で……」


 疾風鷹の剣(ゲイルキャリバー)の刃が横に逸れ、二人の鎧に着地する。


「ハァ……ハッ、ハァ……ハァァァ……」


「ガハっ!! ……あ゛、あ……ァァ……」


 乱れる息が二つ。


 直後、双子を踏み付けていたファーストワンは心臓を貫通し、胸から飛び出た剣の刃を触れると同時に横に倒れ込む。


 彼からの拘束から解き放たれたディーネルとダムスは何が起こっているのか分からず、少しだけ上体を起こしながらファーストワンの陰から現れた少年──ヴァイスの姿を、ただ見詰めた。


「ハァ、ァァ……ァァ……」


「『どう、して……』」


「『なんで、キミが……』」


 血に染まった手。彼の吐血によって血に濡れた頬。


 瞳孔が開き、動悸が荒ぶり、動揺が揺らす……。


 そして……声が……響く……。


『よくやった。これで彼等は救われた。私達の〝正義〟が、彼等を救ったんだ』


「ぼく、が……せい、ぎ、を……」


「『ね、ねぇアンタ……』」


「『だい、じょうぶ?』」


「…………」


「『ねぇ──』」


「逃、げ、よう……」


「『え?』」


「『いやあの……私達、人族語わかん──』」


「逃げようッ!!」


 ヴァイスは血だらけの手を拭もせず、ディーネルとダムスの手を取って立ち上がらせ、走り出す。


「『えぇッ!? いやちょっとッ!?』」


「『な、なんでッ!?』」


「くゥゥゥゥ……、あ゛ァァッ!!」


 筆舌に尽くし難い慟哭を漏らし、ヴァイスは二人の手を引く。


「『だ、ダムス……』」


「『……今は……』」


「『え、ええ……』」


 状況が混沌とし過ぎて、最早二人の頭では理解が追い付かない。


 ただあるのは、自分達の命が救われた事……。


 大切な人を殺した自分達を、同じくエルフを恨んでいた同胞を背中から刺し殺して救い出した……。


 どう考えてもイカれている……。そう思いはするものの──


「あ゛ァァ……ッ!! ぐあ゛ァァッ!!」


 救い主の悲痛な叫びが、二人に刺さる。


 とてもではないが、握られた手を、二人は振り解く事が出来なかった……。



















「……クラウンさん」


「……本当に──」


「……」


「本当に……馬鹿ばかりだ……」


「……はい」


「儘ならんな。色々と」


「…………はい」


「だから間違えるなと言ったんだ。……お前とは、酒でも飲み交わしたかったんだがな。私の昔話を交えて……」


「……」


「はぁ……。ロリーナ、手伝ってくれるか?」


「はい。何処までも、お供します」


「ありがとう。……すまないなファーストワン。私は、お前の仇はとってやれんよ」


 日が沈み、夜の帳が下りる。


 まるで何かを隠すかのように……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ファーストワンを殺すのが正義・・・? もしかして美徳系スキルって大罪系とどっこいどっこいで地雷なのでは・・・?
[気になる点] ヴァイスくん人間じゃない? 天使とかの血混じってそう
[一言] ファーストワン君が……、ヴァイス君が悪いのかユニークスキル?が悪いのか。そのうちヴァイス君暴食の魔王みたいに怪物になりそう。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ