終章:忌じき欲望の末-21
前話後書きで胸糞になると言いましたが、思ったより長くなってしまったので分割します。
──クラウンからの「ユーリ女皇帝に勝利」の報がティリーザラ軍本陣へ報された直後。
本陣内には激しい響めきが一瞬にして広まった。
貴族諸侯達は驚愕と驚嘆に声を上げ。
兵士達は想像し、戦争経験者の先人達より聞かされていた凄惨でいつ終わるとしれない戦争が一月とせず終戦を迎えた結末に、喜びと安心の感情を共と分かち合う。
知見ある者は厳密にはまだ終戦ではなく、女皇帝ユーリが降伏宣言を発信して初めて終戦へと至るのだと水を差すが、素直な彼等にとってそんなお上の細かな事情など知った事ではないと更に騒ぐ。
最早軽いお祭り騒ぎだが、そんな中でも冷静さを保つ一部の貴族達も勿論いる。
「……先程、国王陛下にも伝文を送り、いつも通りの快活な声音で祝賀の言葉を賜った」
帷幄の上座。そこには両脇に娘と孫であるカーボネとブリリアントを侍らせるモンドベルク家現当主・ディーボルツが、いつものシワだらけの表情を若干ながら弛緩させ、参席する他の珠玉七貴族と彼と同じく部下や身内を侍らせる彼等にそう告げた。
「はぁ……。やってくれましたな。王国歴史上前例の無い早さでの実質的な終戦……。吾輩達はある意味で歴史の生き証人、とでも申しましょうかな?」
いつもは必要以上の発言をしない〝琥珀〟アバ・コーパル・アンブロイド辺境伯も自らが語ったクラウンの偉業に声音に感心を滲ませて語る。
「誰の目にも──戦争に不参加だった国民の目から見ても明確で強烈で痛烈な戦果と功績。これは無視出来るものではないな。 なぁ? サイファー?」
クラウンの支援者でもある〝経済〟を司るルービウネル・コウ・コランダーム公爵が従兄弟でもある〝医療〟を司るサイファー・ソウ・エメリーネル公爵に得意気に目線を送る。
「はんっ。元より無視するつもりはないわ。私の権力如きでは最早何一つも動かせん。それに──」
「それに?」
「……この期に及んで好き嫌いや私情で動くほど、愚か者ではないつもりだ」
気まずそうに口にする彼に、ルービウネルは「知っている」としたり顔で背もたれへと体重を預けた。
その様子を見た後、言わねばならんと次に口火を切ったのは〝外交〟を司るオパル・アゲトランド侯爵。
彼女は何やら物憂げに白い眉を垂らしながら、嘆息を混ぜた言葉を吐く。
「しかし、未だ油断出来るものではない。あくまでもあの坊やは女皇帝に勝利したに過ぎん。今後、彼の暴君が大人しく降伏を宣うと思うかい?」
「そういうの含めて「勝利」って連絡したんじゃないの? 中途半端な事しないでしょ彼は」
そんなオパルの言葉に〝司法〟を司るゴーシェ・ヴィリロス・エメラルダス侯爵が適当に反論。
ただ適当ながらも既にクラウンがどういう人間か理解している一同にとって、その軽い言葉だけで充分に説得力があった。
「ねぇジェイドさん? 実の父親としてはどう思う?」
「……私の言葉が必要か?」
「いいよぉ、私情マシマシでもっ! なんたって今回のクラウンとガーベラちゃんの活躍は戦勝の大半を担ってるわけだしねっ! これで念願だったキャッツ家の家名公表と復権が叶うわけだしさっ! 思う存分に語っちゃってよっ!」
ふざけた口調のゴーシェの催促に、クラウン達の両親であり〝公安〟を担うキャッツ家現当主であるジェイド・チェーシャル・キャッツは一度天を仰ぎ、深く深呼吸をした後に万感交到る気持ちを、たった一つの言葉にして、吐き出す。
「…………望外だ」
「え?」
「私の代で叶うなど、望んですらいなかった。また次代に──クラウンやガーベラ、ミルトニアにこの業と罪を継がせてしまうという現実に、毎日申し訳なさで押し潰されそうになっていた」
「……」
「息子は──クラウンは自ら嬉々としてこの業を背負うと言って聞いてくれないが、望まぬものを押し付けるような事にならなかったのは、薄情に聞こえるかもしれんが、正直ホッとしている」
「……そりゃあ、おめでたいね」
変わらずふざけた口調だが、その声には何処か温かみが宿っており、優しさが滲んでいた。
何せ彼等が司る〝司法〟と〝公安〟はこの珠玉七貴族の中でも最も密接であり、仕事柄、互いが互いの苦楽や苦悩を理解し助け合うビジネスパートナーのような協力関係があるのだ。
ジェイドが自身の裏稼業にどれほどの思いで臨み、感情を噛み殺しながら手を血で染めてきたのかを、ゴーシェは嫌という程に知っている。
故にそれから解放されるとなった彼の「望外」の一言にどれだけの重みがあるのかも、痛い程に理解出来てしまう。
……そしてだからこそ──
「……クラウンが〝公安〟──裏稼業を引き継ぐ、か……」
ディーボルツは重々しく、その場に声を響かせる。
それだけで場の空気は体感出来るほどにピンと張り詰め、緊張感が一段階増す。
「妥当と言えば妥当。しかしある意味で危惧すべき事は増え、我々の心労もまた倍増する未来が見えるのだがなぁ」
「なぁに言ってんの御老公。彼が正式に裏稼業引き継ぐ頃には貴方は隠居して、そこの娘さんが当主に座ってるはずでしょ? 貴方が気にする事じゃないって」
「何を言う。隠居しようと国の未来を憂う愛国心は不変じゃ。はぁ……。私があと五十年若ければ……」
「その若返り方は贅沢過ぎない? それに憂うって……。その言い方じゃあクラウンがティリーザラをメチャクチャにするみたいに聞こえ、るん……だけ、どぉ……」
言いながら周りからの何ともいえない雰囲気に気が付いたゴーシェは言葉尻が徐々に弱くなっていき、最後には自身も言っていて自信をなくしてしまう。
「……」
「……アイツが、滅茶苦茶にしないと、本気で思うか?」
「い、いやぁ……」
本来同じクラウン側であるはずのルービウネルの苦言にゴーシェは思わず言い淀む。
「……」
「で、でもさっ! 彼一応は新しいギルド作るじゃん? 僕達珠玉七貴族の直接的な下請け業務専門のっ! 助けこそすれ流石にメチャクチャは言い過ぎじゃない?」
「メチャクチャと言ったのはお前だゴーシェっ! それにお前とて奴側ではあるものの殆ど詐欺紛いの言いくるめによる結果だろうっ!? そんなお前は本気で何も思わんのかっ!?」
サイファーがあの日──クラウンの口車に乗せられ彼のギルド設立の協力者にさせられた日の事を思い叫ぶ。
あの時ゴーシェはいつかクラウンに目にモノを……とアルコールに背中を押されながら管を巻いていたのだが……。
「あ、あの日は酒精にやられて感情的になっただけだよっ! 僕としては改めてこの協力関係は歓迎するものだし、裏稼業と裏ギルドをそのまま彼が引き継ぐなら僕としてもかなりやりやすいし有り難いのっ!! なんなら多少の無茶ぐらいなら僕が──」
「ふざけるなッ!! 貴様それでも国の法と秩序を預かる上きゅ──」
「なら逆に聞くけどさぁッ!?」
「──ッ!!」
ゴーシェは卓を叩きながら勢いよく立ち上がり、口論相手のサイファーだけでなく他の同胞達を見回し、普段あまり見せない真剣な面持ちで問い掛ける。
「……そんなに彼を警戒してるけど、彼が一度だってこの国や僕達に仇なしたことがあった? 僕達に牙を剥いたことがあった?」
「それ、は……」
「ほら、無いでしょ? 彼に色々協力とかしてるけど、少なくとも大きな迷惑なんて掛けられてないっ! 寧ろ掛けられたものに相応しい報恩や恩恵を僕達や国にもたらしてるはずだっ! そうでしょっ!?」
「……ああ、そうだな」
「だよねぇ姐さんっ!? 姐さんは過労死するかもしれなかった未来を、僕は手に負えない案件の処理法を、それぞれに彼は提供した……。勿論、彼がそれらをちゃんと熟してくれるかは今後次第だけど、今回のクラウンの戦果はその説得力を裏付けてくれたと僕は思ってる」
ゴーシェやルービウネルにとって、クラウンの戦争での活躍はある意味で分水嶺だった。
彼が二人に取り付けた貴族としての重い口約束──契約は、それこそ並々ならぬ能力を要求されるような難題であり、それまでのクラウンの活躍を知っていても尚、半信半疑から脱するには足らないと理性と経験が警告を発していたのだ。
だが、今回の尋常ならざるクラウンの活躍や戦果は、そんな警告を一瞬で払拭し、信じられるものだと二人を確信させるに充分なものであった。
「うむ。そこは吾輩とて似たようなもの。ゴーシェ殿達ほどではないが、我らの〝裏稼業〟とてキャッツ家と深い繋がりがある。彼の御仁の能力が今後我らをより円滑にしてくれる事は、自明の理といって過言ではなかろう」
「アバさん……」
「それに……」
「え、それに?」
「……吾輩はクラウンを排斥する方が、寧ろ危険な気もするのでな。放逐した結果、コチラに矛先を向けられても自前の盾では防ぐ自信が無い」
「あ、あぁ……なるほど?」
クラウンは別に、ティリーザラ王国に対する愛国心を持っているわけではない。
ただ自身の身内がティリーザラ王国に帰属しているから庇護しているのであって、王国そのものに執着などしていないのだ。
仮に珠玉七貴族と国王がクラウンを敵視したところで、彼は身内を説き伏せアッサリと国を捨てたであろう。
そして待ち受けるは自分を裏切った国に対する報復……。庇護対象から収集対象へと目の色を変えたティリーザラ王国の末路は……果たしてアールヴ程度で済むかどうか……。
「仮に諸君等が本気で彼を危険視し、排斥なり放逐なりするならば好きにし給え。吾輩は陛下を説得した上でクラウンを国側に位置付ける。少なくとも諸君等を相手取る方が幾分か彼を相手にするよりマシだろう」
「なっ!? あ、アバ殿っ!! 貴方は本気で……」
「ではエメリーネル公は、たった数時間で二万の敵兵を駆逐し、英雄までもを討ち取ったクラウンに戦力や知略で勝てると?」
「それ、は……」
「頷けぬでしょうな。それが出来るならばこの戦争でその力を発揮していたでしょうから」
「……」
それ以降、サイファーは苦虫を噛み潰したような顔のまま口を噤む。
「はぁ……。やれやれ、今日は本当に饒舌だねぇアバ。サイファーを言い負かすなんて芸当が出来るとは思わなんだ」
「大袈裟ですよアゲトランド女史。吾輩はただ客観的事実から最適解を選ぶだけの事。そう大した事はありませぬ」
「そうだねぇ……。つまりアタシ達は、クラウンを敵に回すには、もう遅過ぎたって事なんだろうさ」
「な……お、オパルさんっ!?」
「そう声を荒げるんじゃないよジェイド。お前だって分かってるだろう? 自分の息子がどれだけの損得勘定原理主義者か……。アタシはただ、そんな坊やの尺度でモノを言ったに過ぎないよ」
「し、しかし……。クラウンを敵などと……」
「勿論、坊やがそれだけの人間とも思っちゃないよ。ただこの、アタシ達や国が手を出せないまでに自分の存在を深く食い込ませた状況に、意図的なものを感じてるだけさね。悔し紛れの負け犬の遠吠えくらい、かかせておくれよ」
「む、むぅ……」
「……雑談は、これくらいにしようか」
ディーボルツが手を一拍叩き会話に無理矢理区切りを付けると、ただ数分話し合っただけであるにも関わらずドッと疲労感を滲ませた表情で締めの言葉を吐く。
「何にせよだ。我々に今出来るのは、クラウンによる〝説得〟が成功し、無事に和平交渉に漕ぎ着けるよう祈るだけだ」
「ははっ。まったく悔しい話だよ。海千山千の私達珠玉七貴族がそれだけしか出来んとはね。汚点と謗られても否定出来ないよ」
「まぁ、僕等は期待して気楽にいようよ姐さん。彼の手腕に、さ」
「兎に角、吾輩は趨勢を見る。陛下と国にとって何が望ましいか、見極めよう」
「アタシもアバに倣うかね。まあ、一応はアールヴとの国交に関する草案は、もう少し用意せにゃならんか」
「……ひとまず現状の回復に努めよう。怪我人を速やかに回復させ、少しでも戦後処理の人員を増やす。今はそこに注力する。あの小僧に隙など見せん」
「私は一足先に王都に戻らせてもらいます。家族会議と事業の委託の準備を進め、まとまり次第に改めてご報告を上げさせて頂きます」
「うむ。しからば全員宜しいな? では今日のところは解散とする。緊急時は再び召集を掛ける故、努努気を抜かぬようにな」
こうして珠玉七貴族による何度目かの緊急会議は終幕し、各々が持ち場へと帰って行く。
そんな中、ルービウネルの側に控えていた腹心── アッシェ・ラトウィッジ・キャザレル侯爵が未だに席に着いたままの彼女を見遣る。
「……本当に、クラウンのギルド設立を援助するので?」
「ん? なんだ藪から棒に……」
「小生としては、やはり彼を信用し切れないのです。いくら実力や恩義があろうと、いずれ必ず何か厄介な──」
「義理の息子の事を含んでモノを言っているなら口を閉じなさい。私情を挟まれては寧ろお前を信用出来なくなる」
「──っ!! し、小生はただ……」
「お前は優秀な部下だよアッシェ。私が過労死せずにこの歳まで健康に生きられたのはお前の働きが大きい。感謝してもし足りないさ」
「ルビー様……」
「だがそれも長くは続かん。お前も歳だし、仕事量は推定で倍増するのは必定だ。いずれ破綻していたんだよ」
「……故に、クラウンに委ねると?」
「私だって長生きしたいしね。まだまだ可愛い盛りの息子にこんな馬鹿みたいな量の仕事を押し付けたくはない。例えクラウンに何かしら思惑があるにせよ、私は縋るしかなかったのさ」
「……」
「それに案外クラウンは扱い易いぞ? コチラが味方で不義理を働かん限りは、基本的に相手を尊重して事を進める。せいぜい役立たずにならないよう気を付ければな」
「そう、ですな……」
「まぁ元々、冒険者ギルドと魔物討伐ギルドはキャッツ家の領分だったのだし。私達は商業に注力出来ると考えれば悪い事じゃないさ。そう気を揉むな」
「……はい」
「……なんだ? 何かあったの?」
漸く席を立ち上がったルービウネルがアッシェに向き直ると、その堀とシワの深い顔に今までに見た事のないような影を見付けてそう問う。
「ああいえ……」
「……もしやさっきからクラウンに対し棘があるのと関係があるのか?」
「それは違──いや、違いませんな。仰る通りです。しかも中々に手前勝手な理由です」
「ほう? お前がそうも私情に振り回されるという事は……。例の養子か? 確か一時的にクラウンの指揮下に入っていたと記憶しているが」
「はい……。それで息子は、取り返しのつかないミスをしまして……。その上クラウンに酷く叱責され前線を追われました。直近までその対応に追われていましたね」
「ふむ。それだけか?」
「……」
「……おい。嫌な予感がするのだが」
「は、はい……。実は──」
「ああ」
「……少し前から、姿が見えないのです」
──そこは戦場であった平原の隅。
前線が上がった事でここら一帯は既に諸々の事後処理が済んでおり、多少の血生臭さは残っているものの喧騒の面影は薄まっているといえた。
そんな平原の隅で、一人の少年が怪しい足取りで歩いている。
一歩一歩は小さく、辿々しく。
速度も遅々としていて不安定。一見するとアンデッドか何かと見間違えてしまいそうな、そんな有様だ。
だが彼は決してアンデッドなどではなく、生気は感じられないもののちゃんと心臓は鼓動している。してしまっている。
「ぼく、は……どうして……」
顔面は蒼白。声は掠れ。目元には深い深い隈が刻まれ頬が痩けていた。
口からは呪詛のように己を罵倒する言葉が細々と漏れ、視線はただただ視界を上から下へ流れる草原のみを捉えている。
「シンシア、くん……フォセカ、くん……メラストマ、くん……」
幽鬼の如き少年は、少女達の名を懺悔するように呟く。
自分の過ちで死なせ、自分の不甲斐なさが殺し、自分の未熟さが命を奪った……。
後悔してもし切れず、自分なんかの命を救った彼女達の思いを無碍にして自害する事すら出来ない。
最早ただ息をしているだけの存在となってしまった少年──ヴァイスは今、そんな何の為に助かったのか分からない生を貪りながら、まるで救いを求めるかのように歩き続けていた。
そんな事を続け既に丸一日以上。
彼はとうとう体力の限界を迎えたのか唐突に足をもつれさせ、正面から地面に倒れ込んでしまう。
手で衝撃を逃す事もなく顔面から突っ込んだヴァイスの鼻と切れた唇からは血が流れ、鈍い痛みが全身を走る。
しかしそんな刺激も、今のヴァイスには何の意味も齎さない。
再び立ち上がる気力もなく、彼は倒れ込んだままの姿勢で虚に地平線を眺める。すると──
『──嗚呼、可哀想に……』
ヴァイスは内心「またか」と呟く。
時折──それこそ、義父であるアッシェに拾われて以降から聞こえるようになった〝幻聴〟。
聞こえ始めた頃には二、三日に一度程度の頻度で脳内に響いており、しかしここ最近ではその間隔が空き一週間に一度聞こえればいい方にまで落ち着いていた。
だが彼女達を目の前で亡くして以降から再び声はその頻度を高め、今では数分置きにヴァイスに語り掛けてくる。
内容は──
『君は自らの正義を遂行したに過ぎない』
『尊い犠牲に報いるには新たな正義を示す他ないだろう』
『さぁ、今度は失敗しないよう、新しい正義を始めるんだ』
優しく、甘く、精悍な声音。
まるで正義のヒーローが応援してくれているような錯覚に陥りそうな、そんな惚れ込んでしまいそうになる声だ。
「せい、ぎ……ぼくの、せいぎって……」
血の味がする口内に眉を顰めながら、改めて思う。
正義、とはなんだろうか?
悪を討滅する事? 不正を暴く事? 弱きを助ける事?
きっと、どれも正解なんだろう。
人にとっての正しさ、義など千差万別ではあるものの、常識の上ではある程度の範囲は定義出来る。
だがそれを実行し、現実に何かを救うというのは一筋縄ではいかない。現にヴァイスは、正義を志してからまともにそれを成功させた試しがないのだ。
「ぼくは……むりょく、だな……はは……。──?」
日も暮れようという空模様。
にも関わらず彼の濁った目端に、微かで不自然な光が差し、徐にだが強くなる。
次に身体と顔を微かな風が吹いて撫でると徐々にだがそれが増し、とても無視出来るような弱さではなくなっていった。
「なん、だ……?」
無気力ながらも何事か気になり僅かにヴァイスは顔を上げてみると、そこには何とも名状し難い光景が広がっていおり、思わず声を漏らす。
「な……。空間、が、割れ……?」
何もない虚空。そこに宛ら鏡やガラスのように割れてヒビが入り、そのヒビの隙間を例えようのない色の光と無軌道な気流が入り乱れている。そして──
──パリンッ!!
「『わァァッッ!?』」
「『わァァッッ!?』」
空いたヒビの隙間から膨れ上がるようにして空間が割れ、まるでマズいものを口にして吐き出すようにして妙な叫声と共に中から何かが二つ飛び出す。
「『ふぎゅっ!?』」
「『ぎゃっ!?』」
飛び出したそれはそのまま地面に投げ出されると小さく可愛らしい呻き声を上げながら少しだけ転がり、蠢く。
「『いったぁぁい……』」
「『うぅぅ……。ね、姉さん、大丈夫?』」
「『だ、大丈夫、だけどぉ……。ここ、何処よぉ……』」
正体は、金髪碧眼の美男美女。
耳は尖り顔立ちは幼く整い、そして男女の差は多少あれど瓜二つの顔付きをしていた。
「な゛……あ゛ぁ……」
ヴァイスは二人の顔を見た瞬間、脳が凄まじい衝撃に揺れる。
全身から汗が滲み、不気味なほどの震えが起き始めた。
「はっ……はっ……なん、で……」
急激に起こった動悸で呼吸は浅く短くなり、吐き気すら込み上げてくる。
意味も理由も分からない。
状況も原因も分からない。
きっとどれだけ考えようと分からないだろう。
だが、そんなもの、今のヴァイスには関係ない。
「きみ、たち、はぁぁ……」
気が付けば、立ち上がっていた。
気力は枯れ、力は衰弱し、精神力などドン底にまで落ちていた。
にも関わらず、何かが、ヴァイスを立ち上がらせていた。
「『ん? ──ッッ!?』」
「『なッ!? キミ、は……。あの時、の……』」
二人もそんな彼に気が付き、瞠目し狼狽する。
「『……ディーネル姉さん』」
「『ええ。構えなさいダムス』」
何故なら双方には、浅からぬ因縁があるのだから……。




