終章:忌じき欲望の末-17
最近感想返信出来ていなくて申し訳ありません……。
カクヨムの方もまともに返せていませんが、コチラは質問等にのみ返す予定です。
ご了承ください!
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──あぁ……消える……消える……。
アタシが……。アタシが……消える……。
あの忌々しい記憶が……。人族に──あのクソ女に騙されて……アタシとおじちゃんが捕まって……。
晒し者にされて……逃げて……化け物におじちゃんが……おじちゃんが……。
あぁぁ……おじちゃん……ごめん……ごめんね……ごめんなさい……。
アタシが……アタシが好きなように生きるの……失敗しちゃった……。
ムカつくやつ……うらやましいやつ……にくいやつが一人もいない……。そんな世の中に……そんな世界にしたかったのに……。
おじちゃんも……バラバラになっちゃって……もう元に戻せなく、て……。ごめんなさい……。
やっぱりアタシは……アタシは……アタシ、は……。
〝もういい〟
…………え?
〝お前は充分頑張った。だから、もういい〟
……おじ、ちゃん……?
〝色々やり方はアレだったし、叱らなきゃならん事も山ほどあるが〟
……うん。
〝それでもやっぱり、お前は頑張ったよ。何せエルフ族の女皇帝だ。これ以上なく偉くなったじゃないか。家族として、褒めてやらん親がどこにいるって話だ〟
……うん……ぅん……
〝沢山、憎んで疲れたろ? 目一杯に復讐を目指して疲れたろ? 俺のために……すまなかったな。ありがとう〟
……おじ、おじちゃん……。
〝お前の側に居るのをサボっちまった俺が言えた義理じゃないけどさ。……もう、休んでくれ。頼むよ〟
……で、も……。
〝これ以上は……俺が辛ぇんだ。大切な娘が苦しんでんのに何も出来ねぇのは……。しんどい〟
……。
〝……ユーリ〟
……しょうがないなぁ。わかったよ、おじちゃん……。
それが残酷な過去が消え、全てが都合の良い夢のような偽物の過去へと書き換えられた影響なのか。
はたまたクラウンが何らかの意図で彼女に聞かせた幻聴なのかは、定かではない。
ただ今まで積み上げてきた〝自分〟というものが根底から変容し、跡形もなくなっていく感覚を、ユーリは静かに受け入れた。
使命も復讐も果たせはしなかった。
憎っくき人族に良いようにされ、負かされ、都合の良い存在に塗り替えられていくのは確かに釈然としない。
ただ……。
もう嫌な思いも、嫌な過去も、嫌な夢も見なくていいのなら……。
例えそれが幸せと温もりをくれる狂気と不正と偽物だったのだとしても……。
ただいま……おじちゃん……。
〝おかえり、ユーリ。〟
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私がユーリの記憶と人間性の改竄を始めて一時間程の時間が流れた。
その間、ロリーナは私の胸に顔を埋めながら腕の中で未だに眠り続けている。
夜翡翠と朔翡翠を脱いでいるとはいえ、私の身体なんぞ筋肉のせいで固くて眠れたものではないと思うのだがな。
覗く寝顔は、宛ら高級なマットレスと羽毛布団に全身を預け安心し切っている様だ。
まあ、私としてはロリーナにここまで懐かれているという事実に心胆から喜びが湧き上がる思いだが、後程ちゃんとした寝具で身体を休めてもらわなくてはな。このままでは身体を痛めてしまう。
「……クラウン様」
「む? なんだシセラ」
「部下の皆様方がまだコチラに来ないようですが、彼等との合流は?」
「ああ、それか。彼等には少し前に《遠話》でユーリ制圧の報と同時に「指示があるまで待機。各自自由に休息しなさい」と伝えてある。今頃は下で好きなように休んでいるんじゃないか?」
新たに《万里眼》を手に入れた私ならばこの場から一歩も動かずに彼等の様子を確認出来るが、まあわざわざそんな事をせんでも良かろう。
言わんでも最低限の警戒は崩さんだろうしな。世話を焼き過ぎても窮屈な思いをさせてしまう。激戦の後なら尚更だ。
「成る程。了解しました」
「ああ。……それはそうと──」
部下達の折角の休息を邪魔したりはせん。
だがそれ以外の〝客〟とあればまた話は変わってくる。
「『──そうコソコソせんでいい。さっさと姿を見せなさい』」
そう私が発すると、山のように積み上がった行政局の瓦礫の影から数人、戦々恐々とした面持ちで徐に姿を現す。
「『ゆ、ユーリ女皇帝陛下……』」
「『おおなんと……』」
「『ぎょ、行政局が……あぁ……』」
「『て、天節に、穴が……お、皇城がぁ……』」
私達の前に嘆きの声を漏らしながら現れたのは、十名からなるエルフ族の男女。
平均年齢は八百年を超える老人達であり、私と密約をして裏からユーリをずっと裏切り続けていた影の功労者達──森精皇国アールヴの大臣の面々だ。
「『ちゃぁんと言う事を聞けたみたいだな? 余計なことをせずに。大変宜しい』」
彼等には事前にテレポーテーションの魔術が刻印された魔法陣の羊皮紙を二種二枚、渡しておいていた。
両方とも既に座標が書き込まれており、行き先が決まっている一方通行のもの。
片方が大臣達自身と、彼等にとって大切な存在に被害が及ばぬようにする為の避難所行き。もう片方がその避難所からコチラへ帰還する為のものだ。
ユーリを打倒したタイミングで彼等に潜り込ませている蛆を通じて合図を送り、都合の良い存在と化したユーリを受け取りに来させる手筈になっていた。
「『もう少しだけ待っていなさい。間も無く全ての改変が済む』」
全体的な改変は既に終わり、今は最終調整と確認、そして目に付いた違和感という名のバリ取り等の微調整のみだ。
万が一の事が無いように念入りに、徹底的にやらねばな。
「『……』」
大臣達皆が、私の傍で横たわるユーリを見遣り、複雑な表情で彼女を見下ろす。
「『……本当に、陛下は暴君から変わるのか?』」
そう口にしたのは、アールヴで主に軍務を担っている老エルフ。この中では恐らく最もユーリと顔を突き合わせた者であり、それと同時に最も彼女から〝圧〟を掛けられ続けていた人物の一人だ。
暴言は勿論、無理難題の強要や八つ当たりの暴力は日常茶飯事。戦時中などそれが更に激化していたという話だ。
大臣一同ユーリからは大変高圧的な対応を受けていたようだが、私からのユーリ人格改変の提案にコイツが一番乗り気だったのを覚えている。
……が──
「『なんだ、浮かない顔だな。自分達の主君が理想の名君になるんだぞ? 目覚めた時に笑顔で歓迎してやらねば混乱してしまう』」
「『そう、だが……』」
「『……』」
「『……これは……〝正しい〟事、なのか?』」
固唾を飲んでから吐いた言葉は、彼の中に燻っていた何かを吐き出すようなものだった。
「『今更こんな……倫理観を説くような事を言うつもりは、無い……。ただっ! ……ただいくら酷い人格だったからと、それを周囲の他者が好きに変えて……。自分達の理想で塗り替える事は……。正しい事、なのか?』」
……正しい、ねぇ。
視線を他の大臣達に移す。
すると彼等も似たような事を考えていたのか、リアクションは多少違えど皆が内に抱える、所謂〝罪悪感〟を小さく肯定するようにザワつきだす。
「『……』」
「『な、なぁ──』」
「『正しい正しくないで言うならば、正しい筈が無いだろう、こんなもの』」
「『──っ!!』」
「『だがその〝正しくない〟を理由にユーリをこのまま野放しにして、明るい未来が訪れると思うのか? 先程まで自身を〝女王〟などと自覚しておきながらアールヴやトールキン、延いてはエルフ族を自ら滅ぼす手段をとっていた破綻した思考を持ったコイツを』」
「『……』」
「『ユーリはもう、壊れていた。そしてそれを〝正しくない〟手段で可能な限り良い方向に軌道修正出来る術が私にはあり、お前達にあった。ならば選択肢などあってないようなものだ』」
「『それ、は……』」
「『ふふふ。それともアレか? 「この人族にやらされただけで私達は悪くない」と開き直るか? 脅されたから仕方がないと言い訳して生きていくか?』」
「『うっ……』」
「『……好きにしなさい。それを行動に移すつもりなら容赦はせんが、勝手に自身の中でボヤき続ける分には口も手も出さん。無理矢理に巻き込んだ責務だ。その罪は私が貰ってやる』」
「『……』」
「『ただ生まれ変わったコイツは、ちゃんと育ててやりなさい。今後、この黒真珠のように美しい彼女が、私達人族とエルフ族の栄えある未来を築き上げていくのだからな』」
「『……ああ』」
「『……よし。終わった』」
私は《嫉妬》を解除し、ユーリの額から手を離す。
「……ロリーナ。すまないが起きてくれ」
未だ腕の中で熟睡するロリーナに声を掛ける。この後まだ用事があるからな。申し訳ないがいつまでも寝させてやるわけにはいかない。
「ん……うぅ、ん……」
ロリーナは私の声に応えるように覚醒すると小さく可愛らしい呻き声を上げながら徐に瞼を開け、私の顔を見上げる。
「あぁ……すみませぇん……。私どのくらぃ……」
「そんなには寝ていないさ。だがこんな寝心地の悪い場所で寝ていては身体を痛めてしまうし、ユーリの処置も完了した。悪いが起きてくれ」
「はぃ……」
余程深く入眠していたのか、目を覚ましてもどこか寝ぼけ気味のロリーナは私の支えを受けながらゆっくりと立ち上がり、少しだけうつろうつろと横に揺れる。素晴らしく愛らしい。
「さて……」
自由に動けるようになった私は傍らのユーリを抱き上げて立ち、何やら色々と考え込んでいる大臣達の一人に差し出す。
「『ほれ。お前達の女皇帝陛下だ。丁重に扱えよ』」
「『あ、ああ……』」
大臣はユーリを受け取ると沈痛な面持ちで眠り続ける彼女の顔を眺め、小さく諦めたかのように嘆息を吐く。
「『……陛下、申し訳御座いません。貴女とこの国の未来の全て、私達が支えて征きます。この老先の短い生涯を掛けて』」
「『ふふ。一流の手の平返しは一味違うな』」
「『はぁ……。今は甘んじてその皮肉も受け取っておきますが、次にお会いする時は体面上は対等に願います。我々のこの関係は極秘中の極秘に……』」
「『それで良い。ただ忘れるなよ? お前達の命は私 が 握 っ て い る の だ か ら な ぁ』」
私の声と笑顔に大臣達が一斉に顔色を悪くし、目に見えて身体を震え上がらせる。
ちゃんと締めるところは締めなくてはな。少しでも良からぬ可能性を抱かせはしない。
「『ああ因みに』」
「『は、はいっ!?』」
「『脳と魂が書き換えた情報を処理するのに多少の時間を要するだろう。早くても一週間、長くて三週間といったところか』」
「『はい……』」
「『それまでは彼女は目覚める事はない。その間にそっちで事前に打ち合わせていた〝設定〟通りに辻褄合わせと証拠の捏造、隠蔽を済ませておくんだぞ。ちゃんと出来てるか査察しにいくからな』」
「『は、い……』」
「『もしあからさまに手を抜いてみろ? 他の仲間が従順になるような目に遭わせるからな?』」
「『……はいっ』」
「『宜しいか? 宜しいな? では諸君、後は任せた』」
「『あちょ待──』」
最後に笑顔を見せてから、彼等を強制的にテレポーテーションで転移させる。今の私ならば多少距離があり、非接触であろうとほぼノータイムで魔術の行使が可能だ。
最早適当な相手ならばその場から一歩も動かずに封殺も可能だろう。
まあ、それが通じる程度の相手であれば魔術すら使う必要も無いかもしれんがな。
……で、だ。
「……次のお客様どうぞ、とでも言えば素直に出て来るか? 私は忙しいんださっさとしろ」
「……おやおやこれは」
コツリコツリと、優雅に靴底を鳴らしながら虚空からまたもや人影が出でる。
燻んだ金髪と濁った青い名をした面長な面構えの男で、一見すれば壮年のエルフ男性の様相だ。
戦時最終交渉の際にはユーリとエルダールと共にあくまで送迎役として同行していた、酷く〝影の薄い〟男だ。
「私の存在を感知出来るとは……。いやはや流石は森聖種へと至ったユーリ女皇帝陛下を倒しただけはある」
軽薄な薄ら笑いを浮かべながら一切感情が含有していない言葉を吐く。まったくもって聞いているだけで謎の苛立ちを覚えるな。
「……その〝容姿〟は幻覚か? それとも直接イジったのか? 何にせよ随分と出来の悪い変装じゃないかセンスを疑う」
「……」
「何なら私がやり直してやろうか? そうだな顔は……ああそうそう〝現ティリーザラ国王の亡き弟〟なんて似合いそうじゃないか? 丁度骨格なんかは似ているようだしなぁ?」
「……チッ。減らず口が達者だな。聞いているだけで不快だ。人間性が知れるな」
「そうか? 《精神魔法》を禁忌にされたからと癇癪を起こして叛乱し、返り討ちにあって死を偽装しておずおず逃げ延び、八つ当たり気味にエルフ族に寝返ってから〝元英雄〟を名乗ってモンドベルク家に潜り込んで卑劣に情報を盗み、それを元に王国に潜入エルフを潜り込ませて得意気にアールヴで暗躍していた不埒な輩より、幾分かマシだと思うんだが?」
「……」
「……」
「……はぁ。正直に言おう。完敗だ」
エルフの壮年男は諦めたようにそう口にするとゆっくりと歩き出し、瓦礫を見回しながら至極うんざりしたように眉を垂らす。
「お前のような奴が現れるなど想定出来るかっ! ただでさえキャピタレウスやガーベラなんて化け物の対処だけで苦心していたのに、こんな規格外の出現などどう予測しろと言うんだっ!」
語り出したのは愚痴。
余程今回の戦争のお膳立てに苦労したのだろうな。顔から嘘偽りない徒労への嫌気がありありと見て取れる。
「《万象魔法》に軍団長の全滅? 英雄エルダールの討伐に二万の兵を殲滅だと? 冗談も大概にしてくれ私にどうしろと言うんだっ!?」
「……心中、お察しする」
「どうもありがとう……。はぁ。お前のせいで色々と滅茶苦茶だ。一体何のためにここまで……はぁ……」
とうとう男はその場で頭を抱え始め、止まらない溜め息と無念さに項垂れる。
「そいつはすまんな。お詫びと言ってはなんだが……」
「む?」
「お前専用のVIPルームを用意してやろう。「禿鷲の眼光」というギルドにあるのだがな? 暗く湿っていて日当たり皆無。二十四時間監視付きで常時快適とは無縁の固いベッドで拘束され続け惰眠を貪れる素晴らしいワンルームだ。魅力的だろう?」
「…………はぁ」
男は何度目か分からない溜め息を吐くと懐に手を入れる。
そして徐に抜き放つは、鉄の輝きを放つ機能美の凶器──拳銃であった。
それも先程ユーリが苦し紛れに使った小型銃であるデリンジャーではない。しっかりとした重量感と凶悪性を内包し、程良い手頃さと殺傷能力、命中率を約束されたれっきとしたハンドガンである。
男はそれを私──にではなく隣のロリーナへ向けると何一つ迷う事なく引き金を引き、撃鉄が降りると同時に銃口から弾丸が発射された。
弾丸は真っ直ぐロリーナの眉間に向かって飛来し、その凶弾が彼女を──
「……はぁ。そりゃこんなもので殺せるなんて思ってもいなかったがな」
「ふむ」
「普通、飛んでく弾を素手で掴み取るかね? これだから常識はずれの化け物は……」
私が伸ばした手の中には、ロリーナを狙った不届千万な弾丸が硝煙を上げながら収まっている。
奴がハンドガンを取り出した時点でそれが特別な仕様の無いただの銃である事は《解析鑑定》ですぐに判明した。
込められていた弾丸も変哲もないただの鉛の塊……。こんなもの、わざわざ魔術等で防ぐ必要もない。素手で充分だ。
「やはりダメだなコレは。どれだけ効率的で簡易的なのだとしても所詮は鉛の礫を高速で飛ばすだけ……。魔術が進むこの時代に於いて、こんな玩具は発展しない」
嘆き愚痴る男は何の躊躇も無くハンドガンを投げ捨てると再び手を懐に入れ、今度は長方形の手に収まるサイズの石板を取り出し、耳に当てがう。
「ああ私だ。もうどうにもならん。回収してく──」
──パリンッ!!
「──ッッ!?」
「悠長に会話してからに。相手は誰だ? ドワーフか? それとも獣人族か? それともその両方か?」
「くっ……」
男の耳から血が垂れる。
奴が捨てたハンドガンを使って通信用の石板を撃ち抜いた際、飛び散った破片で耳を切ったのだろう。まったく軟弱な事だ。
「き、さま……」
「私がユーリと戦っている間に逃げなかったのは悪手だったな。お前をちゃんと認識した以上、私がお前を逃すとでも?」
こんな面倒極まりない奴は野放しになどしておけん。今から取っ捕まえて、知っている事を洗いざらい──
『ふ──ん。世話──焼けるヤ──ツだ』
「……なに?」
突如響いた、酷くノイズの混じった知らぬ声。
私の感知系スキル全てを掻い潜り、声の発生源すら特定不能。一体どうやって響かせているかは分からんが、相手はなんとなく推測出来る。
「た、頼むっ! 早くしてくれっ!」
『喧──しい。もう少──粘れ──』
「わ、分かってるだろっ!? 私が捕まればお前達だってっ!!」
『だか──喧し──いっ! イラ──せるなっ!!』
「ああクソッ!!」
……さっきまでの余裕振りは何処へやら。私の買い被り過ぎだったか? 尊敬やリスペクトとまでは言わんが一定の敬意はあったのだが。
あまりの小物振りに少々萎えたな。折角私の同類かと期待したのに白けてしまった。
もしやコイツは単なる実行犯で筋書きや絵は別の誰かが描いたのか? それとも私に油断させる為の巧妙な策か罠?
……まあ、何にせよだ。逃げるくらいならさっさと殺してしまうか。情報は惜しいがこの際──む?
『今──スキル無効──を置い──た。これ──で少し──は──持つだろ──』
スキル無効、だと? まさか……。
目の前で何か起きた様子はない。油断なくスキルで見張ってもいた。
しかし確かにノイズ混じりの声の通り、何の異常も異変も感じぬまま気が付けばスキルが……使えない。
『座標特定──完了。転移──実行す──。用意し──』
「あ、ああっ!!」
「チッ! させんっ!!」
私は咄嗟にハンドガンを構え男の眉間目掛け引き金を引く。
しかし射出された弾は男に辿り着く前に見えない壁のようなものに阻まれ、敢え無く床に落ちる。この分では近接武器も通らんだろう。
「ははは……。慢心したなクラウン・チェーシャル・キャッツっ!! さっさと私を殺さなかった事、必ず後悔するぞっ!!」
「……やられたな」
恐らくコイツのスキルか《精神魔法》による魔術に知らず内にハマっていたのだろう。
私の慢心を誘発させる事で会話を引き延ばし、仲間からの救助の時間を稼いだか……。なんなら先程の通信も芝居で、事前に連携して仕込んでいたのかもしれん。
私に発見される事まで想定していたかは知らんがな……。
「この戦争で一番のしくじりだな。まったくもって自分が情けない」
「ははは……。では達者でな少年。また会う日まで……」
男は再び軽薄に笑うと、彼を囲っていた目に見えない壁が可視化していき、少しずつ光を帯びていく。
「ああ。楽しみにしているんだな……カリナン」
「いや、今はもうその名は名乗っていない。今の私は──」
目に宜しくない光の粒子が舞い上がり、男を包み込むと姿が徐々に薄れ始め、霞んでいく。
「〝サンジェルマン〟。何者でもない復讐者のサンジェルマンだ。覚えておき給え」
「また復讐か。ちょっと食傷気味だな」
「ははははは──」
最後に薄ら笑いだけを残し、サンジェルマンと新たに名乗った男は光と共に消え失せる。
それと同時に無効化されていたスキルの発動も復活。変わらず自由に使う事が出来るようになっていた。
「……まあ、時既に遅いがな」
悔しさが込み上がる。恐らく今の私の精神に干渉するには、《精神魔法》の発見者にして権威の奴をして難しかったのだろう。
故に精神を操る類の魔術でなく、私にも気付かれない程の僅かな慢心を誘う術を使い、自身の生存を第一優先としたわけだ。
進化を果たし、明確に強くなっていた故の驕り……。私ならば気が付けた筈のそれを突かれてしまった……。実に面映い結果になってしまったな。
はぁ。不甲斐無い。
……そう言えば先程から──
「ロリーナ? 先程から一言も喋らないが……」
「すぅ……すぅ……」
「……」
立ったまま、寝ているのか?
スキルで確認した感じではサンジェルマンから何かされた形跡は無いようだが……。これは彼女を連れ回すのは無理か?
「……ロリーナ?」
「──っ! は、はぃ……」
「先に帰るか? 一応私一人でもこの後は何とかなるが……」
「い、いぇ、すみません……。私も、行きます……」
「そうか? 何なら抱えて行ってやろうか? お姫様抱っことおんぶ、どちらが良い?」
「──っ!? ……い、いいえ、大丈夫、です」
ふふふ。不意打ちからの照れ顔も大変に愛らしいな。
「ならば今度こそ行こう。少し大変だが、付いて来なさい」
「はい。でも、どちらへ?」
「そうだな。差し当たり最初は──」
久々に戦闘描写以外を書いていると筆の進みが早い早い。
やはり同じ事をずっとやり続けるのは中々に辛いものがありましたねぇ。




