終章:忌じき欲望の末-16
著名な漫画家や声優さんが亡くなる度に──
「ああ。私は作家になってあの人達に会う事が出来なかったんだな」
──と、不謹慎ながら小さな虚しさを覚えてしまう。
まあ、作家になれた所でそんな方々に会えるなんて本気で思ってはいないけれど、そんな奇跡の未来が夢想に消えた事が残念でならない。
ご冥福をお祈りします。
ワールドスキルは、ユニークスキル同様に世界に唯一無二の存在。
覚醒する者はそのスキルを持つに相応しい存在であり、世界そのものと密接に関わる事を容認された一種の証でもある。
ワールドスキル《禁断の果実》は本来、霊樹トールキンの「魔力と魂を結び付け霊力とし、世界に行き渡らせる」という機能に何らかの不備や機能不全に陥った際に使用される事を前提としたスキルであり。
一時的に覚醒者が霊樹トールキンと同じ役割を担う事で、その間に発生してしまった不備不全を解決し、正常に戻す事を主目的としたものだ。
勿論、エルフ族の存亡や霊樹トールキンへの危害からの防衛、打倒を果たすため側面も併せ持つが本来の目的は先述の通りであり、何にせよ自身を世界と地脈に根を下ろす霊樹トールキンと一時的にとはいえ同等の力を発揮出来る存在に至れるこのスキルは、まさしく世界規模の冠に相応しいものと言えよう。
──しかし。世界と直接繋がる事を許された権能を有していようと〝スキル〟である事には変わりなく。
その〝対象〟に含まれるという事実には、他の凡庸なスキルと、何一つ変わりない。
ある意味では、そんな権能をスキルとして用意してしまった〝神〟の落ち度と、言えるのかもしれない。
『確認しました。補助系ワールドスキル《禁断の果実》を獲得しました』
──クラウンの脳内に、《天声の導き》によるアナウンスが鳴り響く。
『エクストラスキル《貪欲》の権能が発動しました』
『これにより追加でスキルを三つ獲得します』
『確認しました。補助系エクストラスキル《植物隷属》を獲得しました』
『確認しました。補助系マスタースキル《植物支配》を獲得しました』
『確認しました。補助系エクストラスキル《女王の矜持》を獲得しました』
『エクストラスキル《大欲》の権能が発動しました』
『これにより種族的特性を抽出、スキル化します』
『スキル化に成功しました』
『確認しました。補助系エクストラスキル《葉銀素》を獲得しました』
『エクストラスキル《貪欲》の権能が発動しました』
『これにより追加でスキルを三つ獲得します』
『確認しました。補助系マスタースキル《森聖混生》を獲得しました』
『確認しました。補助系ユニークスキル《霊樹の寵愛》を獲得しました』
『確認しました。補助系マスタースキル《森王覇気》を獲得しました』
──まるで。そう、まるでそれは知人の訃報を受け取った際の衝撃に似ていた。
無くなる筈はないと。
失う事など無いと当たり前のように信じ。
それが永劫あるのだと確信して疑わない。
だが、いざそれがアッサリと手の平からこぼれ落ち、もう二度と戻って来ることがないという現実。
それを素直に受け止められるほど、簡単に受け入れられるほど。
人の脳と心は完璧に出来てはいない。
「あ……。あぁ……」
ユーリはただ、呻く。
そして自身の胸に何かを確かめるかのように思わず手を当て、漏れ出る。
「う、そだ……」
クラウンの胸に突き刺されたままのトールキンの木剣を手放し、その場を覚束ない足取りで後退しながら、もう一つ漏れ出る。
「そんな……。そんなはず……そんなはずッ!!」
込み上げて来るのは、焦燥感。
きっと気のせいだと。きっと何かの間違いだと。
自分のちょっとした不手際で分からなくなっているだけ。まだ進化したばかりで感覚が掴め切れていないだけ。
それとも使い過ぎて何か制限のようなものに到達してしまったのか? はたまた死に物狂いの自分を見かねてトールキンが止めに入ったのか?
もしくは勝手の分からない新しい身体を酷使して知らぬ間に限界が来たのか? トールキンがそれを止めさせたくて使えなくしたのか?
様々な……それは様々な都合の良い可能性ばかりが頭に浮かび、儚い泡沫のように消える。
後に残るのは、無情なまでの現実のみ。
「ふふふ……」
「……おま、え……っ!!」
ユーリは顔を上げ、殺意の宿る目でクラウンを見遣る。
その顔には心臓が真っ二つに裂けている人間とは思えぬ程の笑顔が刻まれており、血を吐きながら殺意を飲み込むように高らかに嗤った。
「ふふはははははははは……っ!! ふははははははははははははッ!!」
そして自身の胸を貫く木剣に手を掛けると徐に力を込めて握り、何一つ躊躇せず一気に引き抜く。
「ぐぅぁあ゛ッ!! ……はぁぁぁ、ははは……」
引き抜いた衝撃で鮮血が噴き上がるも、その足は決して折れず多少蹌踉けるだけに留まり立ち続け、そして尚も嗤い続けた。
木剣を引き抜かれ流れ出た夥しい血も数秒として止まり、ふらつく足取りは次の瞬間には芯が通る。
そして心臓が裂けていたにも関わらずクラウンは何事もなかったように立ち直り、至極満足そうに手に持つトールキンの木剣を矯めつ眇めつ眺めた後、弄ぶようにしてクルクルと回した。
「……成る程」
彼が魔力を流すと、木剣は先程のユーリが扱っていた際と同様にその形状を宛ら粘土のように柔軟に変え、あっという間に杖の形へと変化を遂げた。
「良い土産物だ。心臓を貫かれる痛みの代償には充分だな」
そう呟いて木剣をポケットディメンションへと放り込み、一歩、ユーリへと歩み寄る。
「くっ……」
ユーリの額に、汗が滲む。
身体は震え、足がすくみ。
睨む目力は弱々しい。
ついさっきまで目の前の化け物と渡り合っていた事が嘘のように今の彼女は、脆弱化し切っていた。
「ふん。スキルを失った途端に弱体化するとは。やはり素の肉体と技術の研鑽は必須だな。憐れで見るに耐えん」
その瞳には本気の憐れみが宿り、これからする事を思ってか笑う口元とは裏腹に眉や眉間は悩まし気に歪む。
「まぁ、いい。いつまでもグダグダやってもいられんし、さっさと済ませ──」
────汝──
「む?」
──汝──何処──
「な、んだ?」
「……?」
__
____
______
私の頭の中に、声が響く。
《天声の導き》のようなアナウンスではない。
何か……。何かもっと別の場所から投げ掛けてくるような……。
そう、例えるなら〝神のお告げ〟……とでも形容出来るような……。そんな途方もない……。
──汝は、何処の誰なり?
私が、誰か? 何を言って……。
── 其は、本来汝の持つべきで無き力。何故其れを、汝が手にせり?
力……。ワールドスキルの話か?
……そんなもの、何処の誰かも知れん奴に問われる謂れはない。
私が巡り合い、私が奪う力を持ち、私にその機会が訪れた。
故に奪い、我が物とし、それを成した。
何処の誰で、どんな存在であろうともそれを否定も拒絶もさせはしない。
それが例え〝転生神〟だろうと赦しはしないっ!!
── 分かれり。では改めて汝に真意を訊くとせむ。その上にまたことわる。努努、覚悟しおき給へ。
…………止んだ、か。
まったく。何か面倒なものに目を付けられたらしい。
やはりワールドスキル──世界に直接的に干渉可能な権能を有するスキルなだけある。
本来の持ち主──今回はエルフ族の皇族である森聖種以外の存在が手に入れたとなれば観測者でも黙ってはいない……という事なのだろう。
まあ、その観測者が何者なのかは知れんがな。神が存在する事が判明している以上、最早それが何者だろうと然して驚きはせんだろうがな。
だが観測者の正体如何によっては少々面倒事が増えるやもしれん。ワールドスキルをこのタイミングで手に入れたのは早計だったか?
……いや。さっきまでのユーリならばあのまま戦闘を継続し更に《禁断の果実》を使い続け、下手をしたら霊樹トールキンやそれに準ずるエルフ族、そして世界のシステムそのものに取り返しのつかないダメージを負わせる程に力を吸い上げていた可能性は高い。
力を増し続けるユーリを相手に、私も悠長にはしていられなかったしな。
まあ、私自身は〝まだまだ〟余力を残していたが、アレ以上となるとまだ進化したての身体と魂が悲鳴を上げかねない。
元「暴食の魔王」グレーテルと戦った時と同じに《貪婪》での決着になってしまった事には不満が残るが、このタイミングで《禁断の果実》を奪った事に間違いはないだろう。
ワールドスキルなんてものを手に入れられる機会がそうあるとも思えんしな。
都合の良い人格になった後でもやれん事は無いだろうが、相当に手間と時間が掛かる筈だ。
それを考えれば、謎の観測者による面倒事も許容範囲か……。私の対応のしかた次第ではあるだろうがな。
──さて。思わぬ横槍が入ったが……。
私は更に、ユーリに歩み寄る。
彼女はそれを受け一歩摺り足で後退。
彼女とて──いや、自身の事ならば一番理解していよう。最早自分に私とやり合える力など無く、小枝を手折るように簡単にねじ伏せられる……。
進化をすら果たした奇跡など二度は訪れはしないし、その可能性を信じ抜けるほど純粋ではない。
私を睨み続けてはいるものの、それをユーリは確かに自覚し、そして絶望している。
自分の道が、断崖絶壁によって途切れているという現実に……。
「……お前に謝っておく事があるのだとすれば」
「あ、あぁっ!?」
「悪足掻きなどさせる前に、お前を変えてやれなかった事。下手な希望や可能性を見付けさせてしまった事だ」
「な、なんだと……っ!?」
「結果的に大きな副産物を得られ私自身はこの上ない得をしたが、全く何も思わんわけではない。後悔なぞ一縷も無いが、それはまた一つの私の罪だ。生涯、背負うとする」
「なにを……勝手な事をッ!! ──ッ!?」
更に後退ろうてしたユーリに瞬時に接近し、彼女の首を掴む。
「がっ!? あ゛ぁッ!?」
「好きなだけ暴れなさい。然して変わらん」
私の言葉に従っているわけではないだろうが、ユーリは首を鷲掴む私の手を殴り、引っ掻き、蹴り上げる。
無駄であろうと抵抗せずにはいられない……。私にも覚えはあるから理解出来る。まあ、前世の時分の話ではあるがな。
「では、始めるぞ」
ユニークスキル《嫉妬》を発動。
ユーリの人格、記憶を書き換えるため、魔力を彼女に送り込む?
「──ッ!?」
「断罪……などと虫唾の走る事を言うわけではないが、お前が散々してきた報い、その身で贖っておきなさい」
「ざっ、けんなっ……!」
「……」
「ごんな゛……こんな死に方があるかッ!? こんな殺され方があってたまるかッ!!!」
「……」
「アタシは……アタシはテメェら人族を一匹残らず殺さなきゃならないんだッ!! アタシを……おじさんを虐げて平然な顔してるテメェらをッッ!! 絶対に゛ィィッッ!!」
「……」
「テメェざえ゛ッ!! テメェざえ゛いなけりゃァァッッ!! デメ゛ェざえ゛い゛な゛げり゛やァァァァッッッ!!!!」
「……呪え。私が生まれてきた事を」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ!!!!」
「……」
「あ゛あ゛ッ……。あ゛、あ゛ぁぁ……」
「……」
「あ゛……あ゛、あぁ……」
「……」
「あ……ぁぁ……」
「……」
「……」
ユーリの抵抗は次第に弱くなっていき、遂には力無くだらりとぶら下がる。
瞳に宿っていた殺意は消え、生気すら薄れていき、遂には瞼が閉じられ全身の力が抜け切った。
「……ふぅ」
私は無抵抗となったユーリが窒息してしまわぬようゆっくりと床に下ろし、瓦礫を適当に蹴散らして平らに均すとそこへ寝かせる。
「眠っている、んですよね?」
私達の趨勢を見守っていたロリーナがゆっくりと隣まで歩み寄り、ユーリの寝顔を見てそう問う。まあ、確かに眠ってはいるのだろうが……。
「どちらかと言えば失神に近いな。今まで前提にあった記憶と人間性を無にしたのだ。脳が行動原理を一時的に喪失していると言っていい」
「そう、ですか……」
「さて、ここからが少々大変だ。何せ一から偽の記憶と人間性を構築せねばならんのだ。時間を要する」
「え。人間性はともかく、記憶を一から?」
おっと。誤解を生む言い方をしてしまったな。
「すまない。少し違うな。記憶に関しては元々あったものの「人族を憎む原因」だけを消してベースだけを残してある。これからはその削った部分を可能な限り前後との齟齬が生まれぬよう書き込む形だな」
然しもの私でも、五十年を越えるユーリの記憶を一から全て書き換えるのはかなり厳しい。
今まで起こったユーリの周辺で起こった歴史の道程と整合性を完璧に取り、目覚めた後に違和感を抱かずまた混乱もさせない……。そんな神業を成すなど不可能に近いだろう。
故に彼女の生まれや出会い、抱いていた感情などの大部分は変えず。
人族を憎むきっかけと原因。そしてそこから派生する悲劇的な事実と、関係者の死への感情……。そういった人族に関する不都合なものだけを選別してコチラの都合の良いように書き換える。
幸いユーリが人族を憎む原因となった出来事は、世間では知られていない闇の中でのもの。書き換えたとしても周囲の歴史との齟齬が生まれる事は殆ど無い。
「だがそれでも事は慎重に施さねば矛盾に将来的に気が付き、追求し始めるかもしれん。そうならんよう、繊細に当たらなければ」
「……記憶が戻る、という事は?」
「忘却と削除は違う。料理を食べて完全に消化してしまったようなものだからな。消化されたものが料理に戻らぬよう、消した記憶も元には戻らんよ」
「成る程……」
「例え似たような料理を目の前にしようと、それは自分の料理とは全く別物……。多少刺激はされるかもしれんが、記憶の再起は起こり得ない」
「なる、ほど……」
「ロリーナ?」
様子のおかしいロリーナの声音に振り向くと、彼女は立っていこそすれ足取りが怪しく、今にも倒れてしまいそうに覚束ない。
「君、まさかまだ私と同等の力を維持したままなのかっ!?」
ロリーナは《欲の聖母》の内包スキルの一つ、《赤色の愛心欲》の権能によって《最愛者》を獲得、発動し私と同等の身体能力とスキルを一時的に獲得している。
故にあのユーリ相手にも戦え、私の動きにも付いて来られたわけだが……。
「一時的に私と同等となっていようと君の精神や意識までは同一ではないっ! 受けていたストレスまではそのままだっ! 今すぐ解除しなさいっ!」
「で、すが……。クラウンさんが記憶を書き換えている間に、また敵が来ないとも……」
「今更そこまでの強敵は残ってはいないっ! それに敵が来ようと改変の片手間で相手するくらい容易だっ!」
「し、しかし……」
「いいから解除しなさいっ!」
「……はい」
漸く納得したロリーナが静かに《最愛者》の権能を解除すると、彼女の額からどっと汗が浮かび上がり、まるで糸が切れた人形のように体が落ちる。
「──っ!!」
私はそんな彼女をなるべく優しく受け止めると当の本人は何やら安心したように深く息を吐き、腕の中で私を見上げる。
「凄く、疲れました……」
「そうだろうな」
「ふふ。何だかこのまま眠ってしまいそうです。凄く、心地良い気分です……」
「それでも構わんぞ? 君を抱き抱えながらでも、記憶の書き換えと湧いて来るかもしれん雑兵の相手くらい出来る」
「いえ、流石にそこまでは──」
「ならば私達にお任せを」
唐突に割り込んで来た声に、私達が振り向く。
するとそこには局所的な濃霧が発生しており、その霧が間も無くして晴れるとシセラとムスカ、そして彼等と戦っていた筈の聖獣シェロブの姿が露わになる。
「なんだ。随分と遅い登場だったな」
「申し訳ありません。このシェロブがかなり強敵でして……」
そう口にするシセラだが、当の本人である彼女に目立った傷など殆ど無く、反してシェロブは最早ボロボロ。
脚が半数欠損し、身体中の外皮はヒビ塗れ。頭などまるまる半分が喪失し、断面からは輝く体液が流れている。
「……死んではいないのだな。それで」
「聖獣というだけはあります。まるで金属の塊を削り続けているような思いでしたよ。ですがあるタイミングを境に急に調子が悪くなったようでそこからは逆転し、つい先程に至っては全く攻撃をして来なくなったのです」
「成る程……」
恐らくそのタイミングというのはユーリが《禁断の果実》を使った時だろう。
彼女は《禁断の果実》によってトールキンに由来する存在から力を吸い上げていた……。シェロブもその対象だったと推測出来る。
更に私が《禁断の果実》や《霊樹の寵愛》を手にした事を感知し、私が霊樹トールキンの制御を得た事でシェロブが私の使い魔であるシセラ達を敵として認識しなくなったのだと思う。
まったく。ユーリが無茶をするまで私の使い魔二人を抑え込めていたとはな。流石は聖獣というだけはある。
……それはさておき、だ。
「さっきからムスカはどうした? ずっと俯いて微動だにせんようだが?」
そう。一緒に出現した筈のムスカが先程から全く動く気配が無いのだ。
ただ契約主である私には何ら変化は訪れていないし、弱っているわけではないのだろうが……。
「ええ実は、少し前に私達の攻撃が通り始めた折、ムスカがシェロブへ噛み付いたのです」
「……」
「それでそのままシェロブの顔面を食い千切り、咀嚼して少ししてから様子が……。本人に問うても返事はありませんが、意識はあるようで付いては来るんですが、如何とも……」
「そうか。分かった」
いや、何も分かってはいないが状況は理解した。
どうやら聖獣であるシェロブを食した事でムスカに異変が生じているのだろう。ムスカは暴食の因子を含む魔蟲だからな……。もしかしたら力を取り込んでいる最中かもしれん。
まあ、まだ分からんがな。嫌な方向へは転がらんだろう。そう、予感する。
──と、言うかだ。
「そう言えばお前達、何も身体に変化は無いのか?」
「変化? ……ああ、クラウン様が進化を果たされた事による、という意味ですか?」
「そうだ。何も無いのか?」
私が進化を果たした際、《魂誓約》で魂が結ばれていたグラッドとロセッティは「力が湧き上がってくる」と口にしていた。
流石に私のように肉体、魂的な変化までは起こっていなかったが、私の進化によってあの二人は実際に強くなっていたのだろう。今後の鍛え方次第では大いに飛躍するやもしれん。
ならば《魂誓約》よりも体感的に魂の繋がりが強い〝魂の契約〟で結ばれたシセラとムスカならば、更なる変化があると内心期待していたのだが……。
「そう、ですね……。確かに変化は感じます。そのお陰でシェロブにもギリギリ対抗出来たかと思います」
「ふむ」
「ですが露骨な強化を成したかと問われると、少々首を捻ります。貴方様が賜った力の大きさを考えれば、その程度では無いと思うのですが……」
「成る程」
これは……私の期待し過ぎだったか? それとも何かまた別の原因や要因が絡んで来るのか? 願わくば後者である事の方が喜ばしいのだが……。
──まあ、それはまた後ほど検証だな。今は他にやるべき事に集中しよう。
「話を戻すが、では周囲の警戒はお前達──いや、シセラに任せよう。ムスカは私の中に戻りなさい」
「はい。お任せを」
「……」
私の命令が聞こえていたのか、ムスカは無言のままその身体を暗黄色の光に変えると私の元へ漂い、そのまま胸中へと吸い込まれていく。
「……それで、このシェロブの方はどうしましょう? 殺してしまいますか?」
「……いや。今やコイツにとっての主人は私だ。邪魔をしないのであれば放置でよかろう」
「邪魔をするのであれば?」
「その時は全身をバラして私の都合よく使い潰すだけだ。武器の素材然り、スキル覚醒の為の食材然り、な」
「御意に」
「──と、いうわけだロリーナ。私の腕の中で良ければ寝てしまいなさい。寝心地は保証してやれんがな」
そう言うとロリーナは微笑みながら首を左右に振り、宛ら寝具の寝心地を試すかのように私の身体により深く身体を埋めると目を閉じる。
「いえ……。とても……心地良いです……」
それだけを溢し、彼女はあっという間に入眠してしまうとそのまま可愛らしい寝息を立て始める。
やはり無理をしていたのだろうな。まったく、優秀過ぎるのも困りものだ。無理が出来てしまうのだからな……。
「……では、私は周囲を警戒します」
「ああ。私も、最終調整を始める」
私はユーリに向き直り、彼女の額に手を当てる。
そして再び《嫉妬》を発動。彼女の記憶を読みながら、それを書き換えていく。
「さあ、今日が新しいお前の誕生日だ。ふふふ。私とお揃いになってしまったな。実に冒涜的で私達らしいじゃないか? 元「嫉妬の魔王」ユーリ・アールヴ・トールキン……」
戦いは終わりますが、今章・今部はまだ少し続きます。
戦争の行末を、どうぞお見逃しなく。




