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強欲のスキルコレクター  作者: 現猫
第三部:強欲青年は嗤って戦地を闊歩する
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終章:忌じき欲望の末-1



「皆の者。よくぞ集まってくれた」


 重低音で良く響き、凄味と威容を感じさせる声音が、ティリーザラ王国の王城の広い会議室で響く。


 そして声の主── ティリーザラ王国十三代国王、カイゼン・セルブ・キャロル・ティリーザラは同じく円卓に座する七人──珠玉七貴族の面々の顔を流し見る。


「今回諸君に集まって貰ったのは他でもない。〝例の条件〟についてだ」


 国王がそう口にすると、七貴族の面々は各々に複雑な表情を浮かべる。


 コランダーム公とエメラルダス侯は少しだけどこか満足気に。


 エメリーネル公は苦虫を噛み潰したように渋く。


 モンドベルク公とオパル侯は皺だらけの顔をより深く刻み。


 アンブロイド伯は変わらずの無表情に僅かな感心を滲ませ。


 キャッツ伯──ジェイドはひたすらに気まずそうにしながらも、何処か喜悦を含んだように口元が若干だが緩んでいる。


 海千山千の貴族界の頂点に君臨する彼等に、ここまで()()()感情を引き出させるのはそう簡単な事ではない。


 故にそれほどまでに国王が口にした〝例の条件〟というものは大きな事案であるという事になる。


「──随分と嬉しそうだな? ジェイド」


「──はっ!? い、いえその……私は……」


「ふはは。まあ良い、詮無き事だ。親ならば子の活躍に喜びを覚えるのは当然。斯様(かよう)に口元も緩むだろうよ」


 ──今回の珠玉七貴族達の召集……。その議題は何を隠そうジェイドの息子であるクラウンに関するものになっている。


 だが今回、以前本人を呼び出しての「強欲の魔王」の嫌疑のような不穏なものではなく、ある種この国の今後を左右する会議であった。


「──それにしても、ふむ……。つくづく──」


「──?」


「まったく、お前が羨ましい限りだ。私も見習いたいものだよ」


「な、何をで?」


「……子供の育て方だよ」


 ──国王には息子が二人いる。


 次男は最近生まれたばかりの(めかけ)の子であるが、長男である第一王子は嫡室の子であり、次期国王の最有力候補者でもある。


 しかし、第一王子は現在戦争から遠ざける為に帝国にて国内最大の騎士学校に留学させているのだが、生意気盛りなのか学内で度々問題行動を起こしているらしく、父親である国王にもその報せが耳に入っていた。


「やんちゃなのは構わんが、王族の一員であるという自覚が足りんのだ。最低限の威厳程度は持って貰わねば敵わん。このままでは我が国が舐められかねん」


「それは……」


「はぁ……。なぁどうだ? 一層の事、息子交換せんか?」


 国王の妙に真剣味を帯びていた言葉に、ジェイドは血相を変える。


「──なッ!? へ、陛下ッ! 冗談が過ぎますッ!!」


「ふははっ! ──まあ、仮に我が子があんな〝怪物〟であったならば、逆に胃が持ちそうもないがな」


 国王の表情が悪戯っぽいものから苦笑いに変わる。


 息子であるクラウンを〝怪物〟と言われたがジェイドもまた、再び気まずそうに眉を下げて何処か居心地悪そうにしながら居住まいを正す。


「話が逸れたな、本題に入ろう。……今より約一月前、クラウンはこのジェイドを通し、〝稟議(りんぎ)〟という名目で我々に集まるよう呼び掛けた。不躾にもな」


 当然の事ながら国王と珠玉七貴族は多忙を極めている。戦時目前ならば尚更だ。


 そんな中を七貴族の一員の息子とはいえ呼び付け、集めようなど不敬もいいところ。到底許される事ではない。……本来ならば。


「まったく……。栄えあるティリーザラ王国を支える珠玉七貴族の内半数以上である()()もの人間が唯々諾々と要請を飲むとはなぁ。ジェイドはまだいいとしてコランダーム公にエメラルダス候、果てにはディーボルツお前まで」


 国王がわざとらしく頭を抱える素振りをみせるが、面々はそれを見ても彼に同意するといった事はない。寧ろ若干ではあるが怪訝な目で国王を見遣っていた。


「……それを言えば陛下。一番乗り気だったのは何を隠そう、貴方様だったと記憶しておりますが?」


「むっ。そ、そうだったか?」


 ディーボルツの鋭い意見に、国王は(さなが)ら親にイタズラを指摘された子供のように(とぼ)けて視線を上に逃す。


「そうです。と、いうか陛下、貴方が最初に言い出したのですよ? 「面白い事になりそうだ」と」


「う、うむ?」


「どうせ公務から一時的にでも逃げたかったのでしょう? 最近は特に忙殺されておりましたからな。……まあ、それは我々も同じではありましたが」


「ふはは……」


 呆れて嘆息混じりのディーボルツに国王が笑う。


 と、そんな状況にエメリーネル公が眉間に皺を寄せながら咳払いを一つする。


「話が進まないようなので、続きは私が引き受けまする」


「あ、ああ。頼んだ」


「はっ。──不躾にも我々を呼び出した奴は、ここと同じ会議室にて、稟議(りんぎ)などと(うそぶ)きながら愚かな事を口にした。……敵国アールヴと友好条約を結ぶ、とな──」





『……正気か?』


『ふふふ。残念ながらエメリーネル公。私は今まで正気だった事しかありませんよ』


『貴様……。我々人族とエルフ族との間にどれほどの軋轢があるか本当に承知しているのか?』


『委細を周到に。少なくともここに御集り頂いた皆様方と同等かそれ以上には』




『悪いことは言わん。夢見るのは自由だが、そんな都合の良い結果、実現出来るわけないだろう?』


『アゲトランド侯、夢ではありません。(けだ)し我々の溝は深くはありますが、何にでも切っ掛けはあるもの……。それを我々が切り込むのです』


『それは、そうだがのぉ……』


『諦めは敵です。それに何事も、敵より味方の方が良いに決まっているでしょう? 国にとっても、未来にとっても、ね』




『だが向こうだって納得はすまい。それは君も理解しているはずだが?』


『アンブロイド伯も知らぬわけではないでしょう? エルフ族の中には人族に敵意を向けるより興味を持って者も居ます。逆も(しか)りです』


『……ではその方法があると?』


『そう難しい話ではないのです。存外、単純だったりするのですよ』




「──あの場に()いて、私とオパル女史、そしてアンブロイド伯の三名のみが意見を口にした。アールヴとの間に友好条約の締結など不可能だとな」


「ええ、そうね」


「未だに得心いかない話ですな」


 エメリーネル公の説明にアゲトランド侯とアンブロイド伯の二人が頷く。


 そしてそこから露骨にエメリーネル公の顔が不愉快そうに歪み、そのままの顔のまま続きを口にした。


「奴が我々に語った事は多くはない。「最大の利益を得たいのならば、不自然にならない程度に自分に協力し、期待して構えていて欲しい」……これだけだ。そうすれば友好条約を結ぶ為の土台作りは全て自分が整える、と……」


 そして、彼は内心で燻っていた怒りが噴出するようにして拳を思いのままに卓へと叩き付ける。


「幼稚も(はなは)だしいッ!! 特に何も具体性無く、ただただ「自分に任せろ」とッ!? 我々を愚弄しているのかあの不調法者はッ!?」


「……サイファー兄さん? あの稟議の時にも同じ事怒ってたよ」


「黙れゴーシェッ! 奴の協力者とはいえ、お前とて奴の慇懃無礼(いんぎんぶれい)に内心不満であっただろうッ!?」


 同意を求めに来たエメリーネル公にエメラルダス侯が苦笑いで応え──


「あはは……。まあ、否定はしないけどぉ……。ねぇ?」


 それから俯きながら対面に座るコランダーム公に視線を向けた。


「わ、私に振るのかゴーシェ」


「だってさぁあ? この中じゃジェイドさん以外だと露骨にクラウンに加担してるの僕等じゃん? なら、姐さんも僕と同意見でしょ?」


「……そうなのかルビー」


「……まあ、概ねな」


 エメリーネル公に睨まれるように流し目で見られながら、そこからはコランダーム公が毅然の態度で意見を語り出す。


「先刻の奴の大言壮語如何(いかん)はこの際、最早なんの是非も無い。何せ奴は、あの時我々が突き付けた厳しい〝条件〟を、現時点で最終段階を残して全てほぼ完璧に完遂しているのだからな」


 そう彼女が口にした瞬間、各々が先程国王が〝例の条件〟の事を口にした際にした表情に再び変貌する。


「私達は短い稟議の中で、アールヴと友好条約の締結に協力するにあたり、幾つかの厳しい条件を突き付けた。それが──」




 一、王国の主要都市に一度も侵攻させない事。


 二、自軍の損失、消耗を許容範囲内に抑え、最小限に留める事。


 三、敵主要拠点、町村等を可能性な限り犠牲を抑えた上で制圧し、無辜(むこ)の民に犠牲者を出さぬ事。


 四、敵軍の士気を可能な限り削ぎ、戦意を著しく挫く事。


 五、アールヴの皇帝ユーリ並びにアールヴの(まつりごと)を担う者達を自力で説得する事。




「──正直、かなりの無理難題だ。一個人に課すようなものではないし、達成させようなど常軌を逸した考えだ。こんなもの、本来は国単位で掲げる〝努力課題〟に等しい」


「「「…………」」」


「しかし……しかしだっ! 皆も知っての通り、クラウンはこの五つの条件の内、上記四つを達成している。そう評価して差し支えない成果を上げているのだっ!」


 改めて、その場の全員が戦慄する。


 先にコランダーム公が言ったように、クラウンに課された五つの条件は決して個人に負わせるものではなく、国や国王が国民に向けて発するプロパガンダ並み。


 何ならその内容自体は余りにも理想的で青臭く、現実的とは到底言えない、人によっては子供じみていて馬鹿馬鹿しいとすら評しそうな内容である。


 仮にこれを国が喧伝した所で、国民にすら「何を幼稚な理想論を」「それが出来れば苦労しない」と求心力を失いかねないだろう。


 そう……その筈なのだ。


「サイファー。我が国の主要都市……カーネリアやパージン、王都セルブにエルフは侵攻したか?」


「……厳密に言えば奴等はセルブへの奇襲の為、転移しに現れたな」


「だがそれを事前に看破し、奴等の奇襲を逆手に取って封殺しながら軍団長四名と数百名の敵兵を撃破している。しかも奴自身が用意した部下数名という最低限の人員で、犠牲者ゼロでだ。これを、侵攻と呼べるか?」


「むぅぅ……」


 エメリーネル公は唸り、目を伏せる。


「オパル女史。我が国の損耗は如何(いか)ほどか?」


「……想定していたものの一割以下だね。戦死者も一万人行くか行かんかって所だろう」


「はい。付け加えるならば、クラウンは貴族諸侯達を一人一人言葉巧みに誘導し、無能で無駄に地位だけ高い輩を犠牲にしつつ、芽が出ず日の目を見なかった有能な者に手柄を立てさせておりましたな。将来性を見据えるならば、損耗どころか利益に繋がるやもしれませぬ」


「そう、なるかね……」


 アゲトランド伯は少しだけ不服そうにしながらも、同意せざるを得ないと頷く。


「アンブロイド伯。敵国の現在の様子はどうかな?」


「……現在進行形で前線部隊各位により迅速且つ最小限の労力で()って町村等を制圧中。部下からの報告では、エルフの非戦闘員に犠牲者は出ていない模様ですな」


「前線部隊は今、剣術団団長の意向の元に全面的にクラウンの緻密な指示により制圧作戦を敢行しているという話だな? 場合によっては非戦闘員や負傷者に対しては治療すら施すよう伝えているらしい。これはどう評価する?」


「……率直に言えば、感嘆に値する成果かと」


 アンブロイド伯はクラウンの対応や功績に対し素直に評価し、常に固い表情を少しだけ崩して柔らかい表情を見せた。


「……最後に陛下。以上のクラウンの功績に加え、英雄エルダールの討伐や二万人に及ぶ敵兵の討滅を果たした彼は、一体どのような影響を敵軍の士気に与えましたか?」


「ふむっ! これ以上に無いほどに低迷し、限り無く下がり切っておろうなっ! 故に我々中枢指揮がこうして王都に帰還しようとも問題無く、戦況は維持する事が出来ているっ!」


「左様で御座います。現在壊乱している敵兵達を捜索し、随時投降を促している最中で御座います。数時間もすれば、平原に散らばる敵兵の殆どを捕縛可能でしょう」


「ふははっ!! そうかそうかっ!!」


 国王は快活に笑いながら、玉座の肘掛けを愉快そうに叩く。ティリーザラ王国建国史上、恐らく最も圧倒的な戦況と言える故にだろう。


「……だがルビー。お前、まさか忘れてはいまいな?」


 国王の笑い声を(せき)き止めるように、先程まで目を伏せていたエメリーネル公がコランダーム公を再度睨む。


「最後の条件── アールヴの皇帝ユーリ並びにアールヴの(まつりごと)を担う者達を自力で説得する事。──という中でも最も困難な条件が未達のままだ。これを、お前はどう考える? 奴はこれすら、達成するというのか?」


 アールヴの戦線がほぼ瓦解し、軍の士気の低下も止まる事を知らない現状、戦争を継続半ば無理矢理継続させているのは女皇帝ユーリの意向に他ならない。


 それは(ひとえ)にユーリのティリーザラ王国に対する──()いては人族に対する憎悪がそうさせているのだ。


 皇帝という立場の人間ならば本来、こんな惨状になる以前に最低限の国力維持の為に降伏していなければならない。それこそ、降伏勧告の書状を送った際に決着していた。


 だがそうはなっていない。それどころかユーリは書状を考え得る以上の残虐で惨たらしい方法で返信した……。


 これの意味する事は一つ。例え国や民を犠牲にしてでも人族を決して赦しはしない……。その怨念がひしひしと伝わる激情のみで動いているという事に他ならない。


 国王や珠玉七貴族の面々は勿論、ユーリの過去や事情を知らない。当事者の息子に当たるジェイドですら、全貌の把握は出来てはないだろう。


 しかしその憎悪と怨恨は先の挑発から充分に伝わる。


 ユーリは決して、ティリーザラに降伏などしない。


 ()してやティリーザラ王国との友好条約締結など、彼女からすれば何よりも望まぬ結果とすら言えた。


「ハッキリ言おう。不可能だ」


「……」


「アールヴの大臣諸侯にならば可能性が無いとは言い切れん。奴ならやって退けても驚かん」


「ああ、そうだな」


「だが彼の女皇帝は絶対に無理だ。お前は想像出来るのか? 我々人族に憎しみ以上の感情しか抱かぬアレが、陛下と笑みを湛えながら手を結ぶ姿を……。私は出来ん。一縷もな」


「……」


「この期に及んで、奴の実力を最早否定はせん。常人ならざる功績の数々を実際に築き上げ、成果を残した事実と才は認めよう」


「…………」


「だが如何(いか)に条件を達し、功績を立てようともだ。肝心要のユーリ女皇帝がコチラに手を差し出さねば全てが成立せん。動かぬ心臓では、身体に血は巡らんのだ。いくら優秀で健康な臓器が揃っていようとな」


「……そうだな」


 そこまで言われ、コランダーム公は自嘲気味に微笑を漏らして天井を見上げた。


 彼女とて、そんな事は理解している。


 他四つの条件もかなり厳しいが、クラウンの能力さえあればクリア出来ないものではない。実際に達成しているから否定しようもないだろう。


 だがやはり、ユーリの心だけはどうしようもない。人族を憎み妬む彼女の心だけは、どうにもならない筈だ。


 筈、なのだが……。





『一切問題ありません。委細、この私にお任せを……』





(……アレは──あの言葉には確信があった。それはユーリの変心を踏まえてのものであったに違いないのだ。違いない、はずなんだ)


 だが方法が分からない。


(……あの〝怪物〟を前提に物事を考えても、仕方ないな。凡夫の私ではもう及ばん)


 そう半ば理解を諦め、エメリーネル公へ「私にも理解出来ん」と返答しようとした。その直前──


「そんなもの、どちらでも良かろうよ」


 その声はの質は、先程から何一つ変わっていない。


 豪快で重々しく。王たる威厳と威容を孕んだ支配者に相応しい声音だ。


 だが何故か……何処か先程とは違う()()が、それらを更なる得体の知れない威圧感へと変貌させ、国王の口から発せられていた。


 思わず珠玉七貴族の面々の背筋が、一直線に真っ直ぐ伸びる。


「確かに、友好条約を結べるならばそれが最良。理想の終戦の形だ」


 国王はカイゼル髭を撫でながら、邪悪とも取れる笑みを口元に浮かべた。


「だが考えてもみろ? 既に戦況は我が軍に大きく傾き、最低限の消耗と最大限の利益が殆ど約束されている。戦果としては全く問題無い完勝と言えよう。なぁ、ディーボルツ」


「は、はっ! そうで、ありますな」


「で、あるならば。この際友好条約を結べようが結べまいが妥協出来る。クラウンが成功しようと失敗しようと、妥協出来る」


「その場合、クラウンへはどのように?」


「相応の報酬、褒賞を与えれば良かろう。大言を口にしたとはいえ相当な成果には違いない。ワガママは聞いてやれんがな」


「で、では陛下っ! 友好条約が結べなかった場合、アールヴは──エルフ族にはどのように対応すれば……」


「状況によろう。ユーリさえ処刑すれば後はコチラでどうとでも処遇を決められる。植民地にするなり併合するなりな。エルフ族への対応も、臨機応変に決めれば良い。従順ならば隣人に据えるも良し。抵抗するなら隷属化するも良し……。決定権も生殺与奪も、コチラの手にある」


「さ、左様で……」


 その顔はまさしく為政者の頂点に君臨する者のそれ。


 善心と邪悪。快活で冷淡。理想と現実……。


 その二律背反を破綻なく一つの心に共存させる傑物……。


 これこそが、且つて帝国から独立し国を建ち上げた勇者の末裔たるカイゼン・セルブ・キャロル・ティリーザラの王威であった。


「……まあ、成功するに越した事はないがなっ!! 今の私達に出来るのは、最高の結果に対して最良の対応を出来るよう事前に準備しておく事だっ!! エルフ族との国交……腕が鳴るではないかっ!! ふはははははっ!!」


 珠玉七貴族の面々は静かに喉を鳴らし、皆が共通して同じ事を胸中に抱く。


 貴方も充分に、〝怪物〟である。と……。


 __

 ____

 ______



 私が放った《炎魔法》による魔術により、ユーリが寄り添っていた木製の棺が弾け飛ぶ。


 飛び散る木片に混じり、いくつか黒く干涸びた物も共に粉々になって飛散するが、どうやらそれは彼女にとっての逆鱗であったらしい。


 直後に私に向かってかなりの怒声を上げ、今までとは比べ物にならない程の怨嗟と憎悪を宿した目で私を強く睥睨(へいげい)している。


 挑発は成功と言っていいだろう。


「オマエは……オマエはァァッッ!!」


「……この霊樹拝礼の間というのは十年に一度、霊樹トールキンとエルフ族の結び付きを改める為に歴代皇帝が霊樹に直に魔力を送り込み、一部変換された霊力を取り込む為の場だろう? そんな神聖な儀式の場に、ミイラを安置するのは如何(いかが)なものかね?」


「オマエに……何が分かるってッ!? あ゛ぁッ!?」


 私は、先程の吹き飛んだミイラの正体を知らない。


 だがキャッツ家で保管されていた資料を読み解けばある程度の推察は出来る。


 まあ、資料の中でしか知らない〝彼〟が最期どんな結末を辿ったかまでは厳しいが、少なくとも(ろく)なものではないのだろうがな。


「知らんよ。どれだけお前にとって大切だろうが関係無い」


「あ゛ぁ?」


 《蒐集家の万物博物館(ワールドミュージアム)》を開き、燈狼(とうろう)を取り出して抜き放つ。


「私としては五十年前に死んだ顔も知らん奴などより、お前の方が重要だからな」


 ユーリは思わず顔を(しか)める。


 私の言葉の意味が分からないのだろうが、聞き捨てる事も出来ない。そんな怪訝な顔だ。


 だがこの言葉に深い意味も何も無い。


 この戦争に()いて私が求める最高の結果に、ユーリの変心はなくてはならない要素なのだ。


 説得……などと生温い事は言ってられんしそもそも通じんだろう。ならば常識や倫理観を逸脱した方法で、手繰り寄せるしかない。


 まずは、最初に──


「さあ、ユーリ。何一つとして私には届かない……そんな絶望と地獄を、貴様に味わって貰おうか?」


「はんっ!! 随分と居心地良さそうだなァッッ!!」


「もてなしてやる。大サービスだッ!!」


 まずは、ユーリの心を完璧に圧し折るっ!


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― 新着の感想 ―
[良い点] こうやって、クラウンの行動を客観的に並べられると確かに怪物としか言えないですね。絶対に個人の所業ではない。そんなクラウンが闇堕ちした世界線が不穏ですね  ユーリの心を変えるとか100%無理…
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