第九章:第二次人森戦争・後編-25
えー、思っていたより長くなったので二分割して二日連続更新します!!
明日、朝七時にも更新しますので、是非お楽しみに!!
「おいっ!! 警備部門は何をやっているッ!?」
「ほぼ全滅だよ聞いてねェのかッ!? だからオレ達がこうして──」
「昇降蜘蛛の起動が確認されとるぞッ!? 管理人は何をやっとるッ!?」
「知りませんよッ!! 上に行った指示が知らない内に途切れてたんですからッ!! そんな事より行政区画の審査関門前の防衛には何処の部隊を──」
……ぎゃーぎゃーぎゃーぎゃー騒がしい。耳障りで仕方がない。
まあ、それも当然だろうけどな。何せ敵が──クラウンがここトールキンにまで攻め入って来たんだ。そりゃ慌てもする。
逆にこの国の最高指導者たる女皇帝の私は至って暇だ。近衛兵隊に周りを固められ、守られている。それだけなんだからな。
本当なら目の前であたふたする兵士やら士官やらに激励の一つでも飛ばして落ち着けるのが指導者として正しいのだろうが、最早そんなものどうでもいい。
負け戦が決定的な今、私の本来の目的だった国単位での復讐は果たせなくなった。だからもう私が考えているのは個人単位での復讐を、国を使い潰して実行する。それだけだ。
「へ、陛下ッ!!」
「ああ?」
最早関心も無い士官の一人が、私を囲う近衛兵の隙間を縫う形で私に直接声を掛けてくる。
本来なら厳罰物だが、まあ、それももうどうでもいいな。
「ご、ご報告がございますッ!」
「……なんだ」
「はい。……申し上げ難いのですが、やはり南の監視砦は既に占拠されておる模様です。あ、アヴァリ様も、消息が知れぬ状態でして……」
「……ハァ」
別に期待なんてしちゃいない。薄々はそうなんだろと思っていたし、奇襲作戦が失敗に終わった時点でアヴァリの挟撃の効果は半減していた。
オマケに敵方の動きには躊躇が一切無いかなりの攻勢。我が軍の最強格たる第一軍団長のアヴァリを全く警戒していなかった証拠だ。
向こうの主力を全く削れていなかった事もあるだろうが、それにしたって強気が過ぎる。まるで最初からアヴァリがいない事を知っていたかのようにな。
多分、開戦する前に既にアヴァリが討たれ、南の監視砦も落とされていたんだろう。全くもって不愉快な話だ。
──だが何より気に食わないのは、私やエルダールがそれに一切気付かず、近々までアヴァリの生存を疑えなかった事。
戦争全体が奴等の都合の良いような流れになっていた事といいエルダールが討ち取られた事といい、何もかも不自然な程にコッチに不利に働いてる。
何故そんな間抜けを晒すハメになったのか? 何故そんな不都合ばかりを被っているのか?
……最悪中の最悪。
それはつまり、私やエルダールに〝直接意見を言える国の権力者〟──大臣達の裏切りに他ならない。
事あるごとに私とエルダールに意見し、連携を取りながら違和感と思考を誘導し、必要な情報を敵に流す……。国家転覆ものの大逆。
本来なら即刻極刑にしてやりたいところ。全員の首を横一列に並べて、切れ味の落ちたノコギリで一人ずつ切り落としてしまいたい。
だが……それを私の女皇帝という立場が邪魔をする。
あの連携ぶりから見て大臣達全員が結託し、裏切っているんだろう。その全員を極刑に処すとなると戦争どころか国の運営に大きな支障が出る。
もう国などどうでもいい私からしたらそれでも構わないのだが、周りはそれを赦しはしない。敗戦濃厚な現況に乱心したと下の者達は命令を受け入れないだろう。
強行しようとしたところで当の大臣達にまた結託されて部下達を言いくるめられるだろうしな。
そもそも本当に大臣達全員が裏切っているという証拠が無い。皆がそれぞれ証拠の隠滅をし合い、盤石にしてやがる。
第一、処罰を下したところでここまで追い込まれてはただの時間の浪費だ。奴等の役割はもう、済んでいるだろう。
私に出来る事なんて、精々が最もらしい理由で大臣達を作戦本部に近付けない事くらい。もう色々と手遅れだ。
「へ、陛下?」
とにかく。私とエルダールが大臣達の裏切りに気付けなかった以上、もう何をしても無意味だ。アヴァリが今更死んでいようが、どうでもいい。
「へ、陛下っ!」
「なんだ喧しいっ!!」
「ひっ……!? も、申し訳ありませんっ!!」
コイツらだって、もうどうでもいいんだ。私を守ろうが逃げようが知るか。
まあ、南の監視砦が占拠されているなら逃げ道も塞がれたという事に等しい。逃げた所で死ぬだけだろう。
そんな事よりだ。
「おい」
「は、はいっ!!」
「例の仕込みはどうしてる? ちゃんと配置に着いたんだろうな?」
「は、はい。抵抗はされましたが、なんとか拘束を……」
「そうか」
今更あのクソ人族を止められるだけの戦力など残っていない。なら戦闘力以外の部分で奴を追い詰め、精神的に追い込んでやる。
五十年来の付き合いだが、奴に情が移ったのなら仕方がない。また頭の中をリセットしてやろう。奴の目の前で、な。
「私の席も用意しておけよ。特等席で拝んでやる」
「か、畏まりました……」
その済ました顔、ぐちゃぐちゃに歪めてやるよ……。クラウン……。
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私達の事を待ち構えるようにして行政区画の広場に居た者。
踊り子のような露出の多く、色彩が派手で無数の貴金属による装飾品を各所にぶら下げている女性のエルフ族だ。
およそ行政区画という厳粛な場には相応しくない──寧ろ真逆と言っていい様相の彼女は、ロリーナの肩を抱く私達の様子を見て深い嘆息を漏らしながら限界まで眉を顰める。
「『はぁあ……。これってアタシナメられてんのかしら? それともこうやってアタシの緊張感とか危機感を消すための作戦だったりする? だとしたら見事よねぇ。ちょっと引っかかってるわ』」
彼女が肩を竦め、呆れたように片方の口角を上げる。
随分と感情と表情がコロコロと変わる奴だな。別に私達の事に関係無く元々緊張感など無いんじゃないか?
……まあ、何だっていい。
「『そこを大人しく通してくれるつもりはあるか? リンドン・ファズマ』」
私がロリーナから彼女──リンドンへと向き直り笑顔でそう提案すると、またも表情を不機嫌そうに一変させる。
「『……アンタ、アタシの名前……』」
「『勿論知っている。お前がこの二つ下の歓楽区画のまとめ役である事も、千客万来のエルフ族随一の踊り子である事も。そして──』」
私はポケットディメンションを開き、そこからあるものを取り出して彼女の足元へと放る。
「『──ッッ!!!?』」
第三軍団軍団長テレリ・リンダール・ボーンビシッドの死に顔が張り付いた頭を。
「『そしてお前が、テレリの師匠であり元第三軍団軍団長だという事もな? 先生?』」
「『……ッッ!!』」
瞬間、リンドンから凄まじい怒気と殺気が溢れ出す。
先程まで豊かだった表情は寧ろその色が抜け落ちて能面の様に静止し、腰にぶら下げていた二本の金属製の棒を手に取ると勢いよく振るった。
すると二本の金属棒は真ん中から真っ二つに割れ左右に分かれ、蛇腹状に折り畳まれていた無数の薄く細長い金属板が展開される。
所謂戦闘用の扇である〝鉄扇〟といわれる武器だな。本来なら護身用の武具程度の意味合いしかない筈だが、スキルの存在するこの世界ならば立派な武器だ。まさに踊り子に相応しい得物と言えよう。
「『き、き、き──』」
「む?」
「『き、さまかァァ……貴様かァァァァッッ!! アタシの……アタシの可愛い弟子を殺したドブカスはァァァァッッ!!』」
怒号をあげたせいだろうか。能面だった表情には声を上げると同時に憤怒の形相が宿り、髪を後ろ手に纏めていた影響で露出していた額に無数の青筋が浮かぶ。
見事なまでの怒髪天。どうやら無事に挑発には成功したらしい。これならば奴が扱う厄介な戦法にも粗さが生まれてくれるだろう。
然しもの私とてあの状況に曝されてしまえばどうなるか解らん。この怒りで少しでも魔力操作能力が乱れてくれるなら御の字だ。
さて──
「クラウンさん」
怒りに血眼を剥くリンドンに応戦するべく《蒐集家の万物博物館》から武器を取り出そうとした時、それを遮るような形でロリーナが私の前に僅かに出る。
一体何を……。
「ここは、私一人に任せては貰えませんか?」
「……何?」
ロリーナの唐突な申し出に思わず眉が顰まる。
──当然の話だが、基本的に私達は事前の動きを大まかにだが打ち合わせている。
敵の動き方もあるため詳細には取り決めていないが、それでも誰が何処で何をするかは予め定めていた。
リンドンに対してもそうだ。
元第三軍団軍団長である彼女は直接戦闘力は低いものの、その単純且つ厄介極まる戦法は他の猛者達を圧倒するに足るものとなっている。
故に彼女は最前線を退き、歓楽区画のまとめ役というポジションに落ち着いている今でも、トールキンの防衛ラインの一つとしてこうして私達の前に立ちはだかっているわけだ。
だからこそ、私は事前に彼女を打倒する為の作戦を計画し、ロリーナと二人で可能な限り消耗を抑えつつ突破す算段であった。
にも関わらず、この土壇場で彼女は一人で戦うと口にした……。常に私の判断に賛同し、協力してくれる今までの彼女からは想像も出来ない申し出だ。こんな事は初めてだ。
勿論、それが気紛れや慢心から来る言葉ではない事は理解している。
しっかりとした理由と勝算、そして目的があるからこそ一人で立ち向かおうとしており、それは恐らくロリーナ自身にとって、私と事前に相談していた作戦より優先すべきと考えた結論なのだろう。
彼女がこの状況で口にしたという事は、つまりそういう事だ。
だがいくつか、確認せねばなるまい。
それが本当に私達の為になる事であるか否かを。
私は前に出たロリーナを多少強引に私に振り向かせ、彼女の目を真っ直ぐ覗き込みながら一つ一つ、真剣に言葉を紡ぎながら口にしていく。
「……私が君をここに置いて行く事が、どれほど私を心配させるか、理解しているか?」
「はい」
「君が深く傷付き、肉体的にも精神的にも苦痛に曝されるかもしれん。それを、私が許容しない事を理解しているか?」
「はい」
「如何なる理由や目的があろうと、私にとっての最優先は君の無事と安寧だ。それを君自身が脅かそうとしているのを、ちゃんと理解しているか?」
「……はい」
「……それは〝私達〟──そして何より君自身にとって大切な事か?」
「はいっ!」
「……そうか」
……かなりしつこく訊いてしまったが、ロリーナがやろうとしている事は生死を分ける選択だ。気軽に承諾出来る事ではない。
ロリーナは強い。だが命の奪い合いに於いて個々人の強さなど指標の一つでしかないのだ。
特にリンドンなど顕著だ。純粋な強さが通用しないタイプの典型的な例であり、私も警戒する相手。心配にならないわけがない。
本当に心配なんだ、本当に……。
……。
…………。
………………だが。
「……分かった。やってみなさい」
「い、いいんですか?」
「君が言い出したんだろう? ……心配は尽きないが、たまの君のワガママくらい聞けなければな」
ここまで言っているんだ。真意は聞かないが譲れぬものなのは確か……。ならば私も、そんな彼女の珍しいワガママに応えねばなるまい。
それに──
「私も、いい加減進まなければな……。いつまでも夢の最期と後悔を引き摺っているわけにはいかない」
「クラウンさん……」
私はもう地球の新道集一ではないんだ。今はこの世界のしがない人間の一人……クラウン・チェーシャル・キャッツなのだからな。
ただ、まあ──
「だが君が私の元に戻って来なかったら私は……世界を滅ぼすぞ」
「──ッ!? ……冗談では……」
「冗談抜きでだ」
「は、はい……」
「赦さんからな。君も、そんな運命を課すような無価値な世界なんぞも」
「……分かりました。必ず、絶対に戻りますから。貴方の隣に」
「……ああ」
そこで漸く話が落ち着き、改めて先程挑発したリンドンに振り返る。
中々の時間隙を見せ、背中まで曝していたにも関わらず彼女からの攻撃は一切無かった。
何もこれは予め私が彼女に何か仕掛け攻撃を防いでいたワケでも、ましてや魔法の結界を張ったわけでもない。
そもそもリンドンは攻撃出来ないのだ。彼女自身の戦闘スタイル的に。
「『な、中々ナメた事、してくれてんじゃない……。どうやら本当に、アタシの事は知ってるみたいね……』」
私達の悠長なやり取りを黙って静観するしかなかったリンドンは、しかし憤怒は未だ治っていないようで顔色を真っ赤にしながらコチラを血走った目で睨み付けてくる。
リンドンの戦法は、敵側が彼女の〝動き〟に注目して初めて成立する後出しに特化した後攻型。コチラから仕掛けない限りは向こうも決して攻勢には出られない。
まあ、それでも充分に役割を果たせている事に変わりはないのだがな。
「『悪いが私は素通りさせて貰う。お前の相手は彼女一人だ』」
「『あ?』」
私がロリーナの肩を優しく叩くと、彼女はわざわざリンドンに軽く会釈をし「よろしくお願いします」と口にした。
まるでこれからリンドンに世話になるような口振りだが……。まあ、これも彼女なりの考えがあるのだろう。
ただロリーナのこの発言をリンドンは挑発と受け取ったようで、抑え切れない怒りが彼女に年甲斐もない地団駄を踏ませる。
「『ナメ腐りやがってッナメ腐りやがってッナメ腐りやがってッナメ腐りやがってッナメ腐りやがってッッッ!! そのガキ一人で相手するだってッ!? アタシがそれを許すと思ってんのッ!? あ゛ぁッ!?』」
「『お前の許可など必要無い。お前如きでは私を捉える事など出来んのだからな』」
「『はんッ!! 何を言って──ッ!?』」
途端、私を睥睨していた筈のリンドンの視線が右往左往と滑り、焦ったように周囲を見回す。
それもその筈。私のスキル構成を近接戦用から隠密用に切り替えたからだ。
奴からすれば、つい先程まで目の前に居た私が瞬きしている間に忽然と消えたように見えている事だろう。
実際は未だに目の前に居るにも関わらずな。
「……ロリーナ」
「はい」
「頑張りなさい」
「はいっ!」
私はそのままロリーナの顔を目に焼き付けた後、彼女の元からゆっくり歩き去る。
──重い。余りにも重い足取りだ。今までここまで後ろ髪を引かれた事などないだろう。
徐々に遠ざかっていくロリーナとの距離が憎々しく思う。何度も何度も振り返っては、彼女の傍へ駆け戻ってしまいたくなる。
嗚呼、本当に、本当に心配だ。
この選択が間違っていないか、不安で不安で仕方がない。
もしロリーナが私の元に戻って来なかったら? 取り返しのつかないような大怪我を負ったら? 生涯を苦しむような支障を精神と心にきたしたら?
私は……私は……。
………………いや。駄目だ。信じるのだ、彼女を。
私は何の為にロリーナを鍛えた? 余興か? 自己満足か? 違うだろう。
私がロリーナを強くしたのは、彼女が彼女自身を守れるようにだ。
例え私が傍に居らずとも目の前の障害に万全に対処し、解決して退けられるようにする為だ。決して飾り物としてではない。
私はロリーナを可能な限り強くした。出来得る限りの手段を講じ、彼女もそれに全力で応え、己が力としてくれたのだ。
そんな彼女と、そして自身を信じないでどうする? 私が私自身と、私が鍛え抜いたロリーナが信じる彼女自身を信じないでどうする?
ロリーナならば大丈夫。リンドンは確かに厄介だが、あの程度に負けるような柔な鍛え方はしていない。
必ずロリーナは戻って来る。そう信じ抜くのだ。
。
私達が築き上げて来た時間は、この程度で瓦解などしないのだ。




