第九章:第二次人森戦争・後編-23
濃厚戦闘回。
霊樹門を真正面から開けた先には街が広がっている。我等がティリーザラ王国の王都セルブや帝国の帝都並みに木造の家々や商店が犇き。
頭上数十メートルの天井からは、宛ら太陽の様に煌々とその街並みを巨大な植物の蕾が照らしている。
エルフが何十万人と暮らす大都市である霊樹トールキンの内部であるが、この景色だけを見たらばここが樹木の中である事を忘れそうになってしまう。そんな光景だ。
何度かトールキンには侵入しこの様相も初見では無いクラウンだが、やはりスケール感というのか、その辺のギャップが未だに彼の中の常識に馴染んでくれていない。
──と、改めて霊樹トールキンという偉大で巨大な樹木に圧倒され気味になったクラウンだが、今はそんな事に一々神経をやっている場合ではない。
何せ彼とロリーナの目の前には、完全武装した何百というエルフの兵士達が街道を埋め尽くさんばかりに待ち構えていたのだ。
そしてそんな軍勢の先頭。
そこには周りの兵士とは明らかに雰囲気や威容の異なる偉丈夫──この部隊の隊長エルフであるオロメが、正眼にて彼等を睥睨している。
「『真正面から堂々と……。その気概だけは感嘆に値する』」
彼は霊樹門を潜って直ぐにある第一居住区から第五居住区、そして商業区の治安を守る部門──警備部門の総隊長を任されている男であり、トールキン内の犯罪と万が一の侵入者に対する取り締まりを担っている最高責任者である。
実力の程は可もなく不可もなし。軍団長には一歩及ばないものの、国の中枢たるトールキンの警備の最高責任者を任せられるだけの能力を有していた。
性格は厳格で生真面目で武人気質。罪人や犯罪者に対し微塵の容赦も挟まないが反面、気概や芯の強い者が相手ならば誰であろうと一定の敬意を露わにする。
故に真正面から正々堂々と門番を討ち倒し、一切身を隠さず霊樹門を潜って来たクラウン達に対しても、最低限の礼節を持って感嘆したのである。
しかし今までは散々別の場所から侵入し、国の重鎮たる大臣達を軒並み脅迫、協力させ裏切らせているクラウンからすれば、今更そんな気概などと感嘆されても肩を竦めるだけである。
クラウンはそんな変に生真面目なオロメに適当に「『そりゃあ、どうも』」とだけ返事をする。すると既に臨戦態勢を取っているロリーナが身動ぎしながら彼との距離を縮めた。
「……クラウンさん」
目線は目の前のエルフに大隊から離さぬものの、クラウンは彼女の声音から「この状況からどうするか?」という意図を汲み取り、同じく目線を変えぬままその問いに答える。
「係ってやる必要は無い。走り抜けるぞ」
「わかりました」
本当ならば《恐慌のオーラ》や《英雄覇気》等で全員戦闘不能にしてしまうのが一番簡単で手間が掛からない手段だろう。だがクラウンはそれをするつもりは無い。
何故ならば余り魔力消費の激しいスキルを使用してしまうと今のクラウンでは制御を外れてしまう可能性があるからだ。
先程の《万象魔法》のような指向性を持たせられる権能ならば解決のしようもあるだろうが、オーラや気を発するタイプのスキルではそれも難しい。より精密な魔力制御能力が求められる事になるだろう。
最悪制御に失敗した場合、付かず離れずのロリーナに影響が及んでしまう危険もあった。クラウンとしてはそんな冗談にならない事態は絶対に避けたい。
ならばもうごちゃごちゃと考えず、追って来る敵を振り払いながら突っ切ってしまった方が早い。クラウンはそう結論を出していた。
「『なんだ? 何の相談をしている? まさか臆したか?』」
オロメが何やら話し合っている二人を訝しみ、鋭い目線を向けながらも徐々に不審の感情が顔に滲み出す。
圧倒的なまでの速度で国境からトールキンまで到達し、アールヴ自慢の門番を討ち倒した事態に最初こそ侮れぬと瞠目しオロメは待ち構えていた。
しかしこの大部隊を前に然しもの強者とて身を竦ませたのだと、小さく相談し合う二人を見てそう彼は解釈したのだ。
それ故に、隊長は警戒を若干だが緩めた。緩めてしまった。
「『む?』」
クラウンが徐に親指と中指の腹を合わせた手を前へ翳す。
オロメがそれを見て思わず首を捻り更に訝しむが、その意図を読み取る前にクラウンは指同士を弾き音を鳴らすと同時に魔術を放った。
「『──ッッ!?』」
瞬間、弾いた指から凄まじい光量の光が突如として発生。
まるで視界いっぱいを真っ白なペンキで塗りたくられたかのようにオロメを含むエルフ大隊の兵士達の目がその光によって潰され、意に反して瞼を閉じてしまう。
(くそっ!! なんだっ!?)
激しい苦痛が伴う程の光……。それはクラウンによる《光魔法》の魔術ブラインド・ブライトによるものであり、これ自体は何の変哲もなく何一つ特別な効果の無いただの「強いだけの光」を発する目潰しが主な目的の魔術である。
「『ぐっ……。 ──ッ!? ど、どこに行ったッ!?』」
いち早く視界が回復したオロメが慌ててクラウン達を確認する。
が、先程までそこに居た人族の男女の姿は既に無く、辺りを咄嗟に見回すも形跡すら見当たらない。
「『に、逃げた、だとっ!?』」
これはある種、オロメの悪癖とも言えるだろう。
厳格で生真面目であるが故か、彼は無意識に相手の第一印象を頑なに信じ込んでしまう嫌いがあった。
例えそれが犯罪者や敵であろうとも変わらず。オロメはクラウン達に最初に抱いた「敵だが気概がある」という印象を真に受けていたのである。
それ故、彼がまさか目眩しを敢行するなど疑っていなかった。勇敢に立ち向かって来るか、怖気て投降するか……。その二択しか彼の頭には無かったのだ。
何とも警備部門総隊長という役職には不釣り合いとも取れる性格。
だがそんな性格を考慮して尚、オロメは数百年間このトールキンの治安を一手に担い、役割を果たしてきた。それは何故か?
「『一体どこに──ッ!!』」
とその時、隊長の耳が不自然な音を拾う。
余りに微かで聞き逃してしまいそうになったが、それは紛れも無く誰かが走っている音……それも丁度二人分だ。
その音で察した隊長が音のした方へと視線を向けてみると、そこには可能な限りの気配や音を消し、家々の屋根の上を走り抜ける二人の人族の姿があった。
「『全隊ッ!! 敵は西方屋根の上だッ!! 絶対に逃すなァァッ!!』」
「チッ。やはり気付かれたか」
ブラインド・ブライトによる目眩しの隙に屋根に飛び乗り、そのまま屋根伝いで走り抜けようとしたクラウンとロリーナ。
しかし想定よりも早くエルフの大隊に気付かれた事をクラウンは悟り、思わず舌打ちをした。
いや、クラウンとしては全くの想定外だったワケではない。ただ検証不足による誤差が生じた事に小さく嘆いているのだ。
「彼等に私達の気配や音が聞こえているのですか?」
当然だが二人共に気配や音を遮断するスキルを使用していた。熟練度の観点から見ても、あの程度の敵ならば本来は気付かれる事なく逃げ仰る事が可能だっただろう。
しかし、そんな常識は今や通用しない。何故なら──
「ああ。何せここは霊樹トールキンの内部だからな。エルフ族にとって、ここは正真正銘の聖域……。ここに居るだけでその基礎能力は数倍に跳ね上がる」
霊樹トールキンとエルフ族は、深い深い共生関係にある。
互いが互いを生かし、独自の生死のサイクルを築き上げている程に密接な関係になっていた。
それ故に霊樹トールキンは自身の威光が届く範疇ならば、エルフ族に惜しみない恩恵を齎す。それもスキルという形でだ。
「では、あの兵士一人一人に《霊樹の加護》が?」
「そうだ。霊樹のお膝元ならば、全てのエルフ族にそれが付く。本当、デタラメだ」
エクストラスキル《霊樹の加護》。
霊樹の内部、または近縁に存在する全てのエルフ族に対し、戦闘時に於ける身体能力と知覚能力の大幅な向上、及び恒久的な栄養の摂取と精神回復を齎す。
正にエルフ族の守護神とさえ云われる権能を発揮するのだ。
幸いなのはその恩恵を齎す範囲の狭さ。直接的に《霊樹の加護》が付与されるのはあくまでも霊樹内部に存在するエルフ族のみであり、それより外部──城下町やアールヴ全体となるとそこまでの恩恵にはありつけない。
加えて一度トールキン内部にて《霊樹の加護》が付与されたのだとしても、その者がトールキンから一定の距離空けてしまうと消えてしまう。
故に今まで戦場で戦って来たエルフ達には《霊樹の加護》が無かったわけである。
「まあ《霊樹の加護》が付かないまでも僅かにだが強化はされるみたいだがな。それも距離によって減衰する。が、油断は出来ん」
「ですがスキルとは本来、魂に根差した力の筈……。それなのにどうして、そんな容易に付いたり消えたりするのでしょうか」
「さあな。それは私にも解らん。だが現にああして私達のスキルを見破れる程の知覚能力があるのは確かだ」
本当はそこにもちゃんとした理由があったりするのだが、今の二人はそんな事を考察している暇はない。今まさに──
「──っ! 来たぞっ!」
走り抜ける速度をそのままに二人が上空を見上げた。
そこには宛ら降り頻る豪雨のような密度の矢──数にして二百はくだらない量が迫っており、その矢先は精確無比に二人を見据えている。
(一本一本が互いに全く干渉せずに真っ直ぐ正確に私達を捉えている……。エルフの類稀なる弓術と《霊樹の加護》が合わさるとこうも驚異的か。いっそ感動的だな)
小さな感慨に浸りながらも、クラウンは《蒐集家の万物博物館》を発動させそこから磁棍・道極を取り出す。
「クラウンさんっ!」
「足を止めるなっ! 私達ならば造作もないっ!」
「はいっ!」
クラウンは道極を三節棍形態に移行させ、ロリーナは佩ていた細剣を抜き放つ。
そして──
「ッ!!」
「ッ!!」
二人は襲い来る矢の雨に向かい各々の武器を振るう。
クラウンは道極を自身の身体を軸に高速で振り回し、一振りで幾本もの矢をまとめて弾き、砕く。
ロリーナはその繊細且つ俊速の細剣捌きで丁寧に対応し、文字通りの矢継ぎ早の矢を次々と切り裂いた。
途中魔法による属性矢や投石が混じり始めるも、属性矢はロリーナの光魔法による光属性で弾き、投石は道極による殴打で砕きそれぞれ適切に対処。
時には立ち位置を前後左右に変え、時には背中合わせになりながら背後からの飛来する矢にすら対応。
カバーし切れない部分を互いに補い合ったまま一切足を止める事なく、正に阿吽の呼吸で二人は突き進み続けた。
「『クッソっ!! 何だあの人族っ!?』」
「『止まるどころか一矢も当たんねぇっ!! 何なんだアイツらっ!!』」
自慢の弓術に無慈悲にも完璧な対応をされ奥歯を噛むエルフの精鋭弓兵達。
そんな中オロメは騎乗蜘蛛に乗り、家々を跳ね回りながら区画中に配備されている兵達に冷静な指示を飛ばす。
「『掃射一時中断っ!! 近接部隊は奴等の進行方向にて妨害っ!! 後衛魔術部隊は援護をしつつ奴等の隙を作れっ!!』」
指示が飛んだ直後、命令通り驟雨が如き矢は一時的に停止。すぐさま入れ替わるようにしてクラウン達の進行方向に複数のエルフ兵士達が飛び登って来る。
「ロリーナっ!」
「はいっ!」
しかしそれでも二人は足を止めない。
クラウンは道極を仕舞うと新たに空間剣・間断と雷細剣・黒霆を取り出す。
そしてすかさず間断を投擲。《分身化》によって複数本に分身した間断が眼前の兵士達に向け真っ直ぐ飛来する。
「『くっ、舐めるなっ!!』」
突如分身した間断に驚愕はしたものの、知覚能力が向上しているエルフ兵達からすれば些細な問題。超速で迫り来る数十の間断を弾き飛ばす為、完璧なタイミングで各々の武器を振るった。
だが──
「『な──ぐぁっ!?』」
「『どうな──がぁっ!?』」
確かに捉えた筈の間断は振るわれた武器に触れたにも関わらずそのまま貫通。
捉えていた間断がまるで霞のようにその姿を揺らめかせると、直後全く別の所から飛来した間断が彼等を襲った。
「間断の座標ズレ、例え知覚能力が上がろうと捉えられまい」
間断の空間座標のブレによる軌道の偽装は、あくまでも「空間的な存在座標のズレ」であり、それを正確に捉えるには《空間魔法》にある程度精通していなければ難しい。
知覚能力の向上のみでは決して対処し切れないのである。
「通らせてもらうぞ」
間断による座標ズレの奇襲により怯んだエルフ兵達に、クラウンは容赦無く黒霆を振るう。
細く僅かにしなる黒霆の刀身は振るわれた直後、追従するようにしながら超高電圧の電気が迸りながら放射状に展開。
宛ら獲物を求める蛇のように次々とエルフ兵達にその雷撃が光速で這い回り、瞬く間に十数と立ち塞がる彼等を感電させた。
「『ぐ、が……』」
「『が、あ……』」
高電圧により内臓を焼かれたエルフ兵達は次々にその場で絶命ないし昏倒。単なる障害物と化したエルフ兵達は二人の細剣術と体術により切り裂き、殴り飛ばす事で進路を確保していく。
「『ちぃ……。奴等を妨害しろぉっ!!』」
しかしエルフ兵達もやられたままではない。黒霆による電撃を防ぐ為、後衛魔術部隊は一斉に詠唱を開始。クラウン達の前に《地魔法》による魔術ストーン・ウォールが聳え立った。
「ここは私がっ!」
「頼むっ!」
残された障害物達の掃除をクラウンに任せロリーナが前に出る。
高々と隆起した岩壁を前にしたロリーナは細剣を腰に構えてからスキル《弱点看破》を発動。岩壁に存在する弱点を可視化し、細剣に魔力を流し込んで光属性を付与しながら高速の刺突を繰り出す。
「ッ!!」
全ての弱点を貫き終えた彼女は速度を維持したままその場で小さく跳躍。自身の身体を翻し、目に見えて瓦解寸前と化した岩壁に向かい後ろ回し蹴りを放った。
「はぁぁっ!!」
小気味の良い破砕音と共に岩壁は呆気なく崩壊。飛び散った石片も障害物を片付け終えたクラウンの黒霆により全て弾かれる。
「『くっ……!! 第二陣ッ!! 抑えろぉぉッ!!』」
警備部門総隊長オロメからの怒号の如き指令が飛ぶ。
次に二人に立ち塞がったのは重鎧と大盾を構えた重装歩兵の一団。一人一人は先程の番人兄弟程の実力は無いものの、十数人と固まり《霊樹の加護》を得ている今の防御力ならば彼等を上回るだろう。
加えてクラウン達が居る屋根の下──街道には複数名の後衛魔術部隊が並び、二人の動きを妨害すべく詠唱を始めた。
「アレは私に任せなさいっ!」
「はいっ! アチラは私がっ!」
そんな敵の動きに二人は即座に役割を設定し、お互いの立ち位置と速度を変える。
その後クラウンは間断と黒霆を仕舞い、入れ替わりで水槍・淵鯉と重大剣・重墜を取り出し装備し、重装歩兵達がファランクスを形成し始めた僅かな隙間に向かいすかさず淵鯉を投擲した。
投擲された淵鯉は宛ら水流式ジェットのように刀身後方から二本のジェット水流を噴射しながら加速。
ファランクスの只中で一人の重装歩兵を盾や鎧ごと貫くと、そこで淵鯉の刀身から超高水圧の水刃が枝分かれした樹木の様に爆散し、周囲の重装歩兵達をも巻き込みただちにファランクスが崩壊する。
「『武器を投げたぞッ!! 今だ放てッ!!』」
そんなクラウンの投擲後を隙と見做した後衛魔術部隊が一斉にクラウンに魔術を放つ。
それも単一の属性ではなく、対処されぬよう全てが別属性による一斉掃射だ。
だがそんなクラウン一点狙いの一斉掃射が返って仇となる。
「封ぜよ嵐、シールオブストームっ!」
ロリーナは《水魔法》と《風魔法》の複合魔法である《嵐魔法》の魔術をクラウンの頭上により展開。
彼を狙っていた魔術はまるで吸い込まれるかのようにして〝巻き込む〟特性を有した小さな嵐の球により飲み込まれてしまう。
「『な、バカなっ!? 我々の魔術をっ!?』」
「『ひ、怯むなっ!! 次の魔術を──』」
「これ、お返しします」
ロリーナは無数の魔術が無理矢理封じ込められた嵐球を掌に引き寄せると、それをそのまま後衛魔術部隊へと発射。
「『──ッ!?』」
彼等の眼前にまで嵐球が迫ると間をおかずに嵐球が解放され、後衛魔術部隊を彼等自身が放った数多の属性の魔術と元々内包されていた嵐が爆発するようにして襲い、荒れ狂った。
「クラウンさんっ!」
「よしっ、後は私がっ!」
淵鯉の高圧水流により瓦解したファランクスに向け、クラウンは重墜を横薙ぎに振るう。
重力属性が乗った分厚い刀身は重装歩兵達に触れた瞬間のみ過重力を発揮し、それにより威力が瞬間的に増加した一撃は容易に鎧と大盾がひしゃげさせる。
そしてそれと共に重装歩兵達の肉体が折れ曲がったタイミングで彼等に掛かっている重力を今度は真逆の無に帰し、遥か彼方に高速で吹き飛ばした。
「まだまだだっ!」
振り抜いた重墜を返す刀で瞬時に持ち替えると再度横薙ぎに振り払い、同じ要領で次々と重装歩兵達を潰し飛ばしていく。
更に道中彼等の一人に突き刺さったままであった淵鯉を道すがらに引き抜くと、刀身を屋根に突き立てながら棒高跳びのようにして自身の身体を持ち上げて飛び上がり、後方の重装歩兵達の頭上に到達すると彼等に向かって今度は重墜を投擲する。
それにより重墜の直下に居た重装歩兵の一人がその分厚い刀身に潰される形で直撃。当然彼はそのまま絶命し、重墜の刀身は肉体を貫通して屋根にまで穴を空け突き立った。
すると着弾した重墜から重力属性による重力場が一気に広範囲に展開。周囲に居た重装歩兵達はその影響下に巻き込まれ、一切の重力を失った彼等は混乱と同時に宙へと浮かび上がる。
「『こ、これはぁっ!?』」
「『み、身動きが、取れな──』」
「『ようこそ』」
気付けば重装歩兵達は飛び上がっていたクラウンと同じ目線にまで浮上しており、歓迎の言葉と共に彼の一層爽やかな笑顔で出迎えられた。
「『──ッ!?』」
「『ではさようなら』」
別れの言葉を告げ、クラウンは笑顔のまま淵鯉を真一文字に振り被ると彼等に向け一閃。
先程の超高水圧の水刃を纏った淵鯉の刃が重装歩兵達を一人残らず両断し、噴き出した血飛沫が水と重力の影響で芸術的な放射模様を宙に描いた。
「ふむ。今のは中々良かったんじゃないか?」
呑気に自己採点しながら血飛沫と共に屋根へ着地したクラウンは重墜を拾うとロリーナを伴って再度疾走。
目的地である上層階への道であり移動手段──昇降蜘蛛の巣へと急いだ。
「『ぐぅぅ……弓兵部隊ッ!! 再度一斉掃射ッ!!』」
オロメが叫び、弓兵部隊が再び二人に向かって豪雨の様な矢を降らす。
が、オロメ自身も内心で理解しているように最早弓兵部隊による矢の嵐では二人は一切止まらない。
「いい加減鬱陶しいな……。ロリーナ、頼めるか?」
「問題ありません」
「流石。では頼む」
「はいっ!」
ロリーナはクラウンの前に出ると魔術を詠唱。自身の周囲に無数の光の刃を展開するとそれを自身の細剣へと魔力で連動させ、迫る矢の雨を迎え撃った。
「素晴らしい」
感嘆の声を漏らしながらクラウンは淵鯉と重墜を収納。入れ替わりに風弓・飆一華を取り出し、ポケットディメンションから金属製の矢を取り出して番える。
「英雄エルダールの弓術……。その身で確かめてみなさい」
狙うは矢を放ち続けている遠方の弓兵部隊。
異様な程の濃度の魔力のうねりと風属性の気配がクラウンに渦巻き始めた様子にオロメと弓兵部隊が目を剥く。そして──
「《嵐塵穿射》」
放たれた矢は、紛う事なき音速で弓兵部隊に直進していく。
途中何とか威力を減衰させようと二人に向けられていた矢の雨がクラウンの一射に向けられるが、どれだけの妨害がなされようとまるで意に介さない。
そして抵抗虚しく矢は弓兵部隊の足元へと着弾。刹那の間に彼等の眼前から身を引き裂く狂飆が荒れ狂い、弓兵部隊の全てを包み込みながら蹂躙していく。
風刃により細切れにされていく弓兵達の断末魔が風に乗りトールキン内部にて谺し、数十秒という短い時間で暴風が治った後には、形容するのも憚られる凄惨な光景が広がっていた。
勿論、生存者など誰一人としていない。
「ふぅ。飆一華の耐久性ならばアレぐらいが丁度良いか。──む?」
クラウン達がいよいよ昇降蜘蛛の巣へと辿り着こうとした直前。二人の前に何度目かの妨害が立ち塞がる。
しかし、今度は部隊としてではなくただ一人──警備部門総隊長のオロメ自身が、単身彼等の前にて現れたのだ。
「『部隊は全滅……。最早この俺しかいない……。しかしッ!!』」
オロメは騎乗蜘蛛から降り、槍をクラウン達に向かい構えると目をカッと見開いて闘気を一気に高める。
「『この警備部門総隊長オロメ・エキシトンッ!! 我が命を賭けてでも、貴様等をこの場で霊樹トールキンの養分としてくれ──』」
「悪いな」
「ごめんなさい」
クラウンの炎剣・燈狼とロリーナの細剣が交差する。
そしてオロメとすれ違うようにして左右から《白灼一閃》と《光輝殲斬》が繰り出され、彼の身体を通過した。
「『──ッ!?』」
「今の私達には──」
「遊んであげられる時間は無いんです」
豪炎と光芒の斬撃により肉体を四分割にされたオロメはその場に崩れ落ち、血溜まりの中に沈む。
これで漸く、二人を邪魔する者は居なくなった。
「はぁ……。やれやれだ」
敵の指令官を討ち、二人はそこでようやっと足を止めた。
振り返って見れば、そこには一直線の道筋のように続く血と死体の跡。何とも血生臭く、酷薄な景色である。
「……ではロリーナ」
一息吐いたクラウンはロリーナに視線を向けると、少しわざとらしく恭しい動作で手の平を差し出し、微笑み掛ける。
「足元に御気を付け下さい。私の愛しい人」
「……もう、こんな時に貴方は」
そう言って呆れながらもロリーナはクラウンの手を取り、微笑み返す。
そして背後から延びる鮮血の道程を背に、実に淑やかに、優雅に、二人は上層階へと上がる昇降蜘蛛の巣へと足を踏み入れたのだった。
因みにクラウンは武器を入れ替える度に、自身のスキル構成を予めテンプレ化していたものにスイッチしています。
これで一応は魂の負荷軽減を図っていますが、反面死ぬほど肉体と精神共に疲弊します。クラウンならではのある種ゴリ押しですね。




