第九章:第二次人森戦争・後編-21
西側広域砦に巨大な風穴が空き、私達二番隊は迷わずその穴へと走り込む。
すると防壁の向こうには、数えるのも嫌になる程の兵士達が駐留していた。
ザッと見て数千人以上……。恐らくは奇襲作戦に参戦出来なかった第二軍団から第五軍団の残存兵だろう。それらでこの砦を突破した我々の出鼻を挫くつもりだったらしい。
しかし私達はそんな数千人規模の残存兵達を完全に無視し、風穴が空いた衝撃に巻き込まれ死体の散らばる道を踏みしめながら進軍を止めない。
どうやら挫けたのは我々の出鼻ではなく、彼等の心だったようだ。
私が放った《万象魔法》による魔術──「万物崩壊砲」の圧倒的なまでの破壊を前にして、完全に戦意喪失している。
苦労したからな。《万象魔法》と《万象魔法適性》を会得するのは──
『……ふむ』
『……進捗どうですか? クラウンさん』
『む? ああ、ロリーナ。すまないな、こんな夜更けに』
降伏勧告の返事を待つこの二週間の間、私は部下達を鍛えながら深夜に自身の鍛練も積んでいた。
会得を試みているのは師匠と共に研鑽し、研究を煮詰め地盤を固めていた《万象魔法》と、それによる適性を得る《万象魔法適性》の二つ。
《万象魔法》は歴史上一度しか発動された記録が無い大業魔法故に資料が極端に乏しく(そもそも師匠以上に有益な研究結果を出せていない)、ましてや《万象魔法適性》を内包するようなスキルアイテムなど存在しているか怪しい。
故にこれら二つを会得するのは魔法先進国のティリーザラでも至難の業──というよりある種歴史的快挙になる。
それを今私は降伏勧告の返事が来るであろう二週間の間に体得しようとしている。側から見れば余りにも無謀な挑戦に見える事だろう。
だがエルダールを討ち取り、私の能力が英雄級に到達した事で実感した。
今の私にならば、もう発動したくないとまで感じた《万象魔法》と《万象魔法適性》を会得する事も決して無理な話ではない、と……。
『そこまでだったのですか? 英雄の能力を得る、という事は』
『厳密には少し違う。エルダールのスキルを得た際に発動したエクストラスキル《貪欲》……。これが貪欲の右腕を新たに得た事で真の権能に目覚め、マスタースキル《真理》を習得した結果、可能となった感じだな』
エクストラスキル《貪欲》は、本来ユニークスキルである《強欲》に内在するスキルの一つだ。
だがクリフォトの古木によって新生した私の右腕──貪欲の右腕がその《貪欲》に反応、共鳴し、新たな権能を獲得するに至ったのである。
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スキル名:《貪欲》
系統:補助系
種別:エクストラスキル
概要:執拗な欲望を司るクリファのスキル。十分以内に発動した「スキルを習得、獲得する」権能を持つスキルを発動し成功した場合、更に追加でスキルを三つ獲得出来る。
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権能としては単純に一つか二つの習得が三つに確定したシンプルな変化だが、それ故に強力。そしてその恩恵により得た三つのマスタースキルの一つが、件の《真理》。
《万象魔法》をすら支配出来るようになる、マスターの名に相応しい権能のスキルだ。
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スキル名:《真理》
系統:補助系
種別:マスタースキル
概要:物事の法則や事実を普遍的に認識するスキル。未習得のスキルに対し使用する事でそのスキルの習得条件を万全に理解し、通常時より早く習得出来るようになる。また、習得済みのスキルに対し使用する事で進化先のスキルの習得状況を理解し、通常時より早く熟練度が溜まるようになる。
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魔法系に限らず、あらゆるスキルの習得条件、進化条件を即座に理解出来、更にそれの習得や熟練度の助けまでしてくれる最高の権能。
これに私の《強欲》や習得補正関連の権能を合わせさえすれば、例え《万象魔法》や《万象魔法適性》の習得も、決して夢物語ではない。そう確信している。
『……因みに万が一間に合わなかった場合、あの砦の防壁はどうするのです?』
『その場合は、そうだな……。少し周りの目を誤魔化さねばならんが、エルダールの放っていた弓術の技スキルでどうにかしよう。あの嵐の一射ならば、防壁程度何の事は無い』
『ならばそちらでも……』
『いや、それには少々問題がある』
『問題……ですか』
そう、問題だ。私の弓である飆一華であの技に耐えられるか分からんのだ。
ノーマンに作って貰った傑作である事に一縷の疑いも無いが、エルダールの能力をそのまま扱えるようになった今、耐えられるか不安ではある。下手に破損させたくはないからな。
かと言ってエルダールの使っていた弓──「神弓・イルーヴァタール」も、今は使えん。
エルダールの魂を回収し、弓の中に封印して専用武器化を解除からの私への書き換えをするつもりでいたし、その旨も本人に伝えている。
だがエルダールが私の中で抵抗しており、説得も難航している。いずれ必ず解除させるつもりではあるが、今すぐ──少なくとも二週間という短期間で懐柔するのは困難だろう。
まったく。焦らしてくれる。
『成る程。ですがその……身体は大丈夫なのですか? 確かもう、これ以上のスキルの習得は危険だと……』
……私の魂が限界に迫っている事は、ロリーナにも伝えてある。黙ったままにするには大きな問題ではあったからな。
話した当初は泣き出してしまいそうな程に心配されてしまった。当然の話ではあるのだが、解決策がある事を教えて何とか宥めた。少々強引に、ではあるが……。
今も彼女はそこを心配してくれているというわけだ。これもまあ、当然と言えば当然の事だろうがな。だが──
『……無理、するつもりなんですね』
『……私の魂に限界が来る事は正直、想定外だった。本来ならばあの砦の防壁も、習得済みの魔法に全力を注いだ魔術で何とかする予定ではいたんだ』
あの防壁は伊達に堅牢ではない。私の様々な所持スキルを併用し、魔術の威力を最大限上昇させる事で漸く破壊可能な代物だ。
だが今の魂が限界に来ている私ではどうしたってスキルの権能が安定せず、防壁を破壊出来る程の威力が出るか分からない。
ならばわざわざ威力を最大限上昇にまで上昇させずとも防壁破壊に足るような魔法──《万象魔法》のような大業魔法に頼る他無い。そう判断したのだ。
『あの魔法ならば破壊力に申し分無いからな。あの、事象そのものを司る魔法ならば』
── 特性〝象どる〟を権能とする《万象魔法》のは〝事象〟を作り出す魔法。
元となっている四属性の魔法と、その四属性によって生じる複合属性の全ての要素を内在しており、状況や魔力操作能力によって発生する現象は千変万化。大抵の自然現象ならば腕次第で殆どが再現可能だろう。
とはいえ相剋関係にある四属性をそれぞれ破綻させる事なく複合させる必要があり、以前師匠と共同で発動させた際もそこまで複雑な魔術にする事は叶わず、結果として相剋関係を利用して四属性を破滅的な威力に昇華させることが精一杯だった。
だが、《真理》を得た今の私は違う。
《万象魔法》を習得し、完全に理解出来たならば、あの時に比べより効率的な魔術を使う事が出来る。あの防壁すら破壊可能な魔術を……。
ならばやらねば。
やれると分かっていて追求しないなど、私ではない。
やれる事はやらねばな。例え多少の無理をしようと。
『魔法一つの発動だけならば、複数のスキルを併用するよりも権能は安定する筈だ。まあその分、他のスキルは使えんがな』
『しかしそれでも、貴方の魂には負担が……』
『心配掛けてすまないな。だが無茶や無理もこれが最後だ。どうか許して欲しい』
『……』
『それに心配ばかりしないでくれ。ヘリアーテ達の鍛練があるからこうして夜中にしか時間を割けないが、手応えはある。二週間あれば余程の事が無い限り習得出来るだろう』
『そう、ですか……』
『本当に、すまないなロリーナ。君のちゃんと休めという忠告を無駄にする形になってしまって。だがどうか理解して欲しい。これは必要な事なんだ』
『……分かりました』
『ありがとう。さあ、君は寝てくれ。流石に君にまで付き合わせるわけには──』
『お夜食作って来ます。お腹、空いていますよね?』
『──っ! ……ああ。頼むよ』
──まあ、苦労しながらも充実した鍛練期間ではあったと言えるか。
ただ《真理》を使っていたにも関わらず《万象魔法》と《万象魔法適性》の習得は本当にギリギリになってしまった。
流石は大業魔法。一筋縄ではいかないようだ。間に合ってくれて本当によかった。
魂の限界の方も、なんとか踏ん張れたらしい。ただこれ以上のスキル習得は本当に危険だ。習得直後に《天声の導き》にも『自決はおすすめしません』と、暗に死ぬつもりか? と言われる始末だったからな。
予定していた各種族に対する特効系スキルも、もしかしたら進化するまではお預けになるかもしれんな。まあ、余程の事が無ければ使用は極力控えよう。
因みに先に発動した「万物崩壊砲」は実験的な魔術であり、以前発動させた「畢竟たる森羅万象の天災」を効率化、安定化し、最小限の魔力消費を試みたものになっている。
リスクは可能な限り避けたいからな。何かあって自滅など笑えない。
「クラウンさん。大丈夫ですか?」
呆然とする敵兵に私に率いられた兵士達が容赦無く襲い掛かって行く中、それすら意に介さず走り続ける竣驪の背で、ロリーナが私を心配して声を掛けてくれる。
「ああ大丈夫だ。魔力消費も想定通りの量で済んだしな。魂の方も今のところ問題ない」
少々普段よりも出力した魔力に乱れがありはしたが、制御可能な範囲内に済んだ。
ただ戦闘中に使うにはかなり難しいだろう。《万象魔法》を習得したとはいえ、やはり相当の集中力と魔力操作能力が要求される。
魂の限界でスキルの併用が困難な今の私では、戦闘中の片手間に扱うには手に余ってしまう。やるならば他からの邪魔が入らない十分集中可能な状況でないと厳しいだろうな。──む?
ふと戦場の喧騒に混じり、背後から聞き慣れた声が耳に届き振り返る。
すると数メートル程後方。私達と同じく敵兵を無視し、二番隊の兵士達を避けながら竣驪の俊足に追い付かんばかりのスピードで追従して来る騎乗蜘蛛三体の姿があった。
そんな騎乗蜘蛛三体の背中には──
「ちょっとアンタ、さっきからどこ触ってんのよッ!?」
「えーだって腰に手回さないと落ちちゃうしー?」
「ひぃぃぃっっ!! ヤダぁぁぁっっ!! 速いぃぃぃっっ!!」
「だぁーっ、おま、あんまし引っ付くんじゃねぇーっ!! あ、当たってんだよバカヤロぉーっ!!」
「うおっとと……。だ、大丈夫だったか? 悪い、まだ操作なれてなくて」
「い、いい、いえっ!! だだ、大丈夫、ですっ!! ちゃちゃ、ちゃんとっ!! つ、つか、捕まってまし、たからっ!!」
ヘリアーテ、グラッド、ユウナ、ディズレー、ティール、ロセッティの六人がそれぞれ二人組で騎乗蜘蛛に乗り、私達の後を追って来ていた。
何とも騒がしく殺伐さとは程遠い緊張感の無さだが、これでも一般兵とは隔絶した実力を持ち、アールヴの軍団長達を負かすような自慢の部下達である。
多少の不真面目さなど寛容に目を瞑ろう。
──と、そんな彼等の活躍を思い出ししみじみしていると、彼等の乗る騎乗蜘蛛が竣驪に追い付き、並走する。
「ちょっとボスぅっ!? このスケベバカさっきからセクハラしてくんだけどっ!? 何か言ってやってくんないっ!?」
「だーかーらー。蜘蛛が揺れて偶然っ! たまたまっ! それはもう奇跡的に当たってしまってるだけで不可抗力だってー」
「アンタさっさと言い訳違うくないっ!?」
……本当、騒がしいなまったく。
「グラッド」
「はいボスっ!」
「あんまりふざけるなら私の口が何故か軽くなって、君の部下であるキャサリンに今日の事を雑談で話してしまうかもしれんな」
「え」
グラッドの唯一の部下であるキャサリンは生真面目でプライドが高い。
それ故かグラッドに助けを借り盗賊を討ち取る事に成功して以降、何処か彼に過剰な期待と夢を見ている節があると、ロリーナからの報告にて知った。
私もその後実際に二人の様子を見たのだが、キャサリンのグラッドを見る目には確かに憧憬の輝きが宿っていたように思う。
グラッド自身もそれを理解しているようで──
『いやー。僕には不釣り合いだよあの眼差しはー。こーんな軽薄なヤツに向けて良い眼じゃないってアレー』
──と、飄々と笑っていた。
だが私としてはそんな軽薄な態度とは裏腹に私への忠誠心が誰よりも高く、私からの命令からなら絶対に手を抜かないその忠義っぷりというギャップにやられているのだと思う。
コイツ、真面目に取り組んでいる時は案外素の面の良さが目立つからな。そこを見付けてしまったのだろう。
いやはや。青い青い……。
「お前も彼女に失望されたくはあるまい? 折角の信頼を寄せてくれている部下なのだからな」
「うぅ……」
「それに私はお前の欲求不満の解消の為にヘリアーテとの同乗を許したわけではないぞ。私の忠臣なら真意は正しく理解し、弁えなさい」
「は、はい……」
窘めた私の言に素直に従い、グラッドはわざとらしい捕まり方を改めイヤラしさの無い手の回し方に変える。
それを見てヘリアーテは「出来んなら最初からやれ」と背後のグラッドを睨み付けるが、まあ、彼女の文字通りの鉄拳が飛ばずに済んだだけかなりマシだろう。
「な、なぁクラウン?」
そんなヘリアーテ、グラッド組の一悶着が落着したタイミング。それを見計らったかのようにティールが私に声を掛けて来た。
背中にはそこまでする必要があるのか疑問に思ってしまう程に密着するロセッティが顔を真っ赤にしているが、まあ、そこは置いておこう。グラッドの時よりは幾らか微笑ましいしな。
「こ、このまま、本当に予定通りやんのか? 大丈夫なんだよなっ!?」
ティールの顔には不安の色が浮かんでいる。ここからの行軍は、常識から考えればかなりの無茶だからな。心配になるのも無理からん事だろう。だが──
「無論だ。その為に他の隊にはアールヴの各村々の制圧を頼んだんだ。余計な邪魔が入らんようにな」
「そうだけどよぉ……」
「なんだ? 自信が無いのか? 今じゃお前も立派な戦力だろうに」
「か、買い被り過ぎだろうっ!? 俺なんてまだまだ……」
「軍団長倒したクセに今更何を……」
それに私は知っているぞ?
不調が治ってすぐ、リハビリで外出していた際に後方拠点に潜入、潜伏していたアールヴ軍の兵士に遭遇して見事討ち果たしたという活躍を……。
まったく。最早ティールとて強者の部類に入るというのに。
まあ、兎に角だ──
「作戦、計画に変更はない、須く実行する。お前もいい加減腹を括って備えろ。軍団長戦とはまた違う激戦になるんだからな」
「お、おうっ!」
ティールからの締まり切らない声を聞き、私は目線を前方に向け、見据える。
そこにはどんな樹齢を重ねた大木ですら敵わない全長と、思わず見惚れてしまう程の黄金の輝きを放つ葉を冠する巨樹でありアールヴの首都──霊樹トールキンが遠方で威風堂々と聳えていた。
──ふふ、ふふふふ。全ては私の手の中だ。ふふふふふふ……。




