第九章:第二次人森戦争・後編-20
更新の遅れ、毎度すみません。
今回はちょっとした訂正のお知らせ。
第九章:第二次人森戦争・後編-16にて行った武器の名付けに於いて、三つ名付けると言っておきながら熔削と綢繆奏しかやっていなかったのですが、新たに三つ目の鉤爪を追加しました。
名を「摂華列」。
有識者ならもしかしたらピンと来るかも知れませんが、この三文字はそれぞれ「摂氏温度」「華氏温度」「列氏温度」から取ったものになっています。
ぶっちゃけた話、最初は「度揺裂」という名前に決めて、三つ目に名付けしていないとご指摘頂いた方にもそう返信したのですが、この名前が気に入らなかったので再考させて頂きました。
度々の修正、申し訳ありません!!
「──ん……」
それはクラウンがエルダールを討ち取った直後の事。一人の少年が長い眠りから覚醒した。
「ゔっん……」
久方振りに目を開こうとした瞼はやけに重たく、僅かに開ける事の出来た隙間に差し込んで来る窓からの陽光に、思わず小さな唸り声を上げる。
(まぶ、しい……)
目の奥に過剰な光による痛みが走る。
(いま、ど、こ……いつ……ゔっ……)
深い眠りに入る以前は当たり前だった視覚情報に脳が処理し切れず、思考が一切纏まらない……。今すぐにでも起き上がり駆け付けねばならないのに、だ。
「〜〜♪ ……ん?」
と、そこへ回診していた看護師が鼻歌混じりに少年の元を訪れる。
そして何の気無しにカーテンを開け放ってから少年の様子を傍目に見遣り、そこで彼女は一瞬固まってしまった。
「……」
「……」
「……」
「……あ、えっと……」
「──ってちょっ!? せ、先生ェェッ!! ま、ま、マルガレン君が起きましたよォォォッッ!!」
目を覚ましている事に理解が遅れてから飛び上がらんばかりに驚き、看護師は少年──マルガレンの主治医の元へと慌てて走り去る。
(ぼ、くは……そうだ、ぼくは……)
看護師の姿を見て、マルガレンはそこを切っ掛けに少しずつ自身の現状を徐に整理していく。
(ああ、そうだ……。僕は……あの時……)
エルフの国の陰謀により仕向けられた強大なる魔王──「暴食の魔王」を討ち果たした敬愛する主人──クラウンに凶刃が迫り、それを守る為に身を投げ出し、深傷を負った……。
意識が薄れる直前の主人の様子から、しっかり守り通す事は出来たようで内心安堵するマルガレン。しかし傍らで、深傷とはいえ寝込んでしまったのは失敗だったと僅かに反省する。
(と、にかく……。早く坊ちゃんの元へ向かわないと……。きっと色々不便をお掛けしているし、何より〝アレ〟を防がないといけない)
マルガレンは急ぎ身体を起こそうとする。
が、身体を支えようと寝ているベッドに手を着こうするが殆ど力が入ってくれず、辛うじて浮いた上半身もものの数秒と経たずに再びベッドに沈んでしまう。
「な……ウソ、でしょ……」
余りの自力の貧弱さに思わず声が漏れる。
「僕、一体どれだけ、寝てたんだ?」
マルガレンは顔を青く染め、心の底から焦燥感が湧き出す。
この筋力の衰え方は一週間や一月なんて生優しいものではない。
数ヶ月──いや、半年から一年以上は経過していてると見て妥当だろう。
もし仮に一年以上の月日が流れていた場合、眠っていた間に見たあの夢とも予兆とも表現し難いもう一人の自分に聞かされた、クラウンとロリーナに起こり得る最悪の未来……。その日が過ぎてしまったという事だ。
正直なところ、マルガレン自身あの体験を真に受けているというわけではない。夢など千差万別だ。信じる方がどうかしている。
だが、あの体験の最中に見たもう一人の自分の余りにも悲痛な表情と声音……。そして見せられた敬愛する我が主人の絶望に沈み切った顔と据わった目が、どうしたって頭から離れない。
あんなもの、絶対に起きてはいけない。起こしてはいけないのだ。
(もし、アレがただの夢だったんだとしても確かめなきゃ……。万が一本当に夢なんかじゃなくてこれから起こるんなら、僕が止めなきゃ……)
決意を新たにマルガレンは再び身体を起こそうとする。今度は先程の咄嗟に入れた中途半端な力ではなく現状で出来得る範囲の無理を通して。
すると節々から痛みは走るものの、非常にゆっくりとではあるが身体が起き上がり、なんとか上体を起こす事に成功する。
「よ、よし……。とりあえず、立たなきゃ……」
小さな喜びを感じつつ、彼は腕を使い同じ要領で身体の方向を変えようと踏ん張った。と、そんなタイミングで──
「おおっ!! 漸く気が付いたんだねマルガレン君っ!! いやぁ、良かった良かった……」
マルガレンの主治医が看護師に連れられ大慌てで現れる。
その表情には心の底から来ているであろう安堵があったが、弱り切った身体で無理をしようとしているマルガレンを見て一変。冷や汗混じりに目をカッと見開く。
「ちょ、ダメダメっ!! ダメだよ君っ!! そんな身体で無理に動いたらっ!!」
「い、いや、でも……」
「いいから落ち着いてっ!! まずは我々の話を聞いてっ!! ねっ!?」
その言葉をそっくりそのまま返してやりたい気分のマルガレンではあったが、主治医の言う通りこんな身体で無理をした所で何の役にも立てないだろう。
それに多少の抵抗など虚しく、筋力の衰え切った十代前半の子供である自分を二人はいとも容易く優しく制圧し、半ば無理矢理ベッドに寝かされてしまう。
「はぁ、まったく……。折角目を覚ましたのに無理して君に怪我でもされちゃったら大変だよ? 主に君と我々が」
「そうよもうっ! 君のご主人にきつ〜く言われてるんだからねっ! 「もし目覚めたのを見逃してマルガレンに何かあったら覚悟しておいて下さい」って……。私超怖かったんだからっ!!」
「坊ちゃんが……。そう、ですか……」
そんな彼等の嘆願を聞き、マルガレンは不承不承とベッドに体重を預ける。それにマルガレンにとって、主人が主治医達に言った言葉は暗に「起きたとしても無理せず寝ていろ」と言われているも同然。
主人にそう言われていては従わないわけにはいかないのが従者の務めである。
しかし。だからといってこのままゆったり安静に……とはいかないのが〝あの〟クラウンの側付きを任されている少年の性でもあるのだ。
「ではその……。知っている事をざっくりで構わないので、僕が寝ていた間に起きた事を教えて下されば、ありがたいのですが……」
(何はともあれ情報がなくちゃな……。そもそも坊ちゃんが今どこで何してるかも分からないし)
先程は目覚めたばかりという事もあり気が急いてしまったが、焦燥感が薄れたマルガレンは鈍さから解放されつつある思考を切り替える。
手遅れにしろそうでないにしろ、今の弱々しい身体ではやれる事は限られる。ならば肉体によらない定石中の定石──情報収集から始めようと主治医と看護師に訊ねた。すると──
「ああ。それなら君の主人から預かってるものがあるよ」
「え。ぼ、坊ちゃんから?」
「うん。君が目覚めたら渡すように、ってね。ほら、これだよ」
そう言って主治医は白衣の懐から取り出したのは一冊の手帳。それを彼は少々羨望の籠った眼差しを向けながらマルガレンに渡す。
「さっき君が目覚めたって聞いて慌てて金庫から引っ張り出して来たんだ。盗まれでもしたら大変だからね」
「これを……?」
「質の良い紙と革、それに彫金までが使われた高級品だからねぇ、それ。そんな小さな手帳には勿体無いくらいの。いやぁ、羨ましい限りだよ。愛されてるねぇご主人に」
「……」
クラウンからの贈り物に思わず目頭が熱くなるマルガレンだが、疑問が無いわけではない。
目覚めた際の贈り物に、何故手帳なのか? だ。
(坊ちゃんがこんな脈絡の無いプレゼントをくれる筈がない……。なら重要なのは……)
マルガレンは手帳の留め具を外し、その中身を開く。そこには──
『まずは目覚めた事、大変喜ばしく思う。ありがとう、マルガレン。そしてその瞬間に居合わせる事が出来なかった事、本当に申し訳ない』
手帳の中には、クラウンの字でマルガレンへのメッセージが書き込まれていた。
覚醒した事に対する喜びと感謝。そして続く目覚めに立ち会えなかった事への謝辞が綴られていたのだ。
「坊、ちゃん……」
更に内容はそれだけでは終わらない。というよりも、贈り物を手帳とした真意はここからが本題と言えよう。
『お前が眠りに着いてから様々な事が私と周りに起き、目紛しい変化が続いている。恐らくそれを弱り切ったお前が調べ尽くすには相当な苦労と時間を労してしまうだろう。故にこの手帳に、お前が知るべきだと判断した全ての情報をここに記しておく。暇潰しにでも目を通し、頭に入れておきなさい』
その言葉に従いページを捲ると、そこからは日記形式で一日一日に起きた出来事やクラウン自身の近況とスキルに関する進捗、そして彼が何を何処まで暗躍、裏工作しているのかが記されていた。
とんでもない情報量……。しかし簡潔明瞭で俗耳に入りやすい内容は軽く目を通しただけでもすんなり脳に滑り込み、すぐさま記憶出来る。
これならば数日もあれば内容全てを把握する事も難しくは無いだろう。今のマルガレンにとってこれ以上無い贈り物であった。
そしてその最後には──
『全ての内容を完全に把握出来たと感じたならば、この手帳に魔力を流しなさい。そうすればこの手帳に内包されたスキル《漂白》の権能により全ての内容が無字へと帰し、情報漏洩を防げる。消した後はお前の好きに使って構わない。後はしっかり療養し、早く私の側付きの任に戻りなさい。お前の紅茶がそろそろ恋しい。──クラウンより』
「……ぼっ……ちゃん……」
手帳に自身の瞳から零れ落ちた涙が落ち、染みが出来てしまう。
マルガレンはそれを見てすぐさま手帳を閉じてこれ以上汚さぬようにし、袖で涙を拭おうとした。
だが涙は一向に止まる気配が無く、袖はあっという間に涙のせいでずぶ濡れになってしまう。
「ま、マルガレン君っ!?」
「大丈夫かいっ!? どこか痛い所でも……」
急な号泣に体調の心配をした主治医達だったが、それを笑顔を見せながら「大丈夫です。平気です」と言って安心させる。
マルガレンが最初に無茶をしよう焦っていたのは、クラウンに迫る未来を危惧しての事が第一にありはした。
だがその本心……自身も自覚していない無意識下では何よりも心配していたのだ。
──もし、坊ちゃんが自分を見限っていたら?
可能性は決して低くはなかった。
何せ眠りに就て数ヶ月は経過していたのだ。普通ならばそんな従者など即座に切り捨て、新たな者を雇うなりするだろう。
たかが従者一人にそこまで固執する主人はそうは居ない……。彼の記憶にあるクラウンならば自身をそんな風には扱わないと思いはするものの、万が一にでもこの数ヶ月の間に心境の変化があったらどうするか?
その可能性を、マルガレンは捨て切れなかった。何せ彼は見ているのだ。夢の中。ロリーナを失った結果、喪失にて人が変わってしまった主人の姿を……。
だが、それは間違いだった。
少なくともこの手帳が主治医に預けられた段階では、クラウンはマルガレンを見捨ててはいない。それどころか目覚める事を待望すらしている。
スキルが内包された高級な手帳をわざわざ用意し、それに丹精込められた手製の情報を手帳一杯に書き込み、メッセージまで添えていた。
求められているのだ、今でも。クラウンはマルガレンを決して見捨てはいない。この手帳には、それを証明するに充分な説得力が秘められているのだ。
「……ぼく、は……」
「う、うん?」
「僕は……幸せものだなぁ……」
手帳を握り締め、マルガレンは笑い泣いた。
自身の出自も分からず、養子として引き取られた先では不遇な扱いを受けた数年前。
余りにも弱く儚い自分の立場に幼いながら打ちのめされていたあの頃では考えられない程、今の自分は充実している。それを身に染みて実感した。
そして心の中で決意する。
早く身体を全快させ、可能な限り早く我が主人の元に馳せ参じよう。
(軽く読んだ感じ、夢で知ったあの時までには、まだ時間があるみたいだ。それまでに、僕なりに出来るだけ対策をする……)
そして必ず阻むのだ。
この幸福を瓦解し得る、最低最悪の未来を……。
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「──諸君。我々の手中には今、勝利が収まろうとしている。諸君等の類稀なる努力と精神力……そして数々の可能性が齎してくれた輝かしい勝利をだ」
ティリーザラ王国十三代国王、カイゼン・セルブ・キャロル・ティリーザラ陛下の演説が始まった。
その表情は精悍で威厳溢れる雄々しいものではあるものの、目の奥には静かで、それでいて激しい怒りの炎が燃え盛って見える。
私がグレゴリウスの顛末を報告に上がった際、それを耳にした陛下や珠玉七貴族の面々、そして主要な部隊を任されていた貴族達全員が怒りに気色ばみ、予想通りエルフ族に対する心象が著しく悪化した。
やれ「制裁を下すべき」だの「分を弁えさせる」だの「恐怖を植え付ける」だの「やはり滅ぼすべき」だのと、到底和平締結を結ぶ姿勢など感じさせない発言が飛び交ったものだ。
だがやはり珠玉七貴族と陛下の方々はそんな貴族達とは違い、怒りに震えながらも終始冷静に話を進め、結論を出した。
『最早謙虚に構える必要は無し。我が国の誇りと名誉をエルフ族に知らしめ、下劣なる挑発が如何に愚かだったのかを女皇帝に刻み込み、アールヴの戦意を完全に挫くのだ』
要は全戦力を投入し一気に叩き潰す。もう二度と舐めた真似が出来ぬよう、徹底的に我が国の精強さを刻み込む……。そういう事だ。
シンプル過ぎて既に作戦と呼べるか怪しいものではあるが、怒りに震える貴族達を納得させつつ国の威信を保ち、更に世情から弱腰や粗暴と捉えられないギリギリのラインを探った場合、これが一番手っ取り早いだろう。流石は王として国を背負う存在だ。
私がわざわざ説得しなくてはと少し憂鬱ではいたが、杞憂だったな。
だが陛下から厳命されている〝虐殺〟と〝掠奪〟と〝蛮行〟、それと非戦闘員への不当な行い全般の禁止は今までと変わりはないが、攻勢は今までの比ではないくらいに苛烈となるのは間違いない。果たしてそのギリギリのラインを保てるかどうか……。
兵士達の士気が最高潮な上にアールヴのあの挑発だからな。下手をすれば興奮の余り禁を破ってしまう者も出るかもしれん。
まったく、一体何を思ってユーリはこんな逆効果な事を……。
──まあ、私としてはやる事は変わらない。
英雄エルダールを討ち取り、名実共に軍内に私の実力が浸透しつつある今ならば多少の無茶な侵攻にも違和感が無くなる。
ならばもう今までのような戦争の定石という名の杓子定規にわざわざ従う必要は無い。
私の出せる力、能力でやれるだけをやり尽くし、そしてとっとと戦争を終わらせよう。最早目ぼしい実力者など、ユーリ以外に余り居ないからな。
もう、手加減などしない。
「──我が同胞達よッ!! 今こそその全身全霊を以って彼のアールヴ女皇帝ユーリにッ!! 我らの名誉と誇りを汚した蛮行のツケを払わせるのだッ!!」
「「「「「オオオォォォォォォォォォッッッッ!!」」」」」
地鳴りを思わせる兵士達の鬨の声が上がる。
そして即座に、各隊長達がテレポーテーションの羊皮紙に魔力を送り込んで転移。兵士達を伴って同時多発的にアールヴ内に軍隊ごと侵攻して行った。
残った部隊もアールヴ軍から拿捕した騎乗蜘蛛を先頭に突入を開始。そしてその先頭は、私とロリーナが騎乗する竣驪が務めた。
「竣驪。お前の膂力と馬力ならば目の前の木々、小枝も同然だろう。後押しはしてやるから存分に前進しなさいっ!!」
「ブルゥッ……。ヒヒィィィンッッ!!」
「ロリーナ。タイミングは指示する。今から魔力を練り上げておきなさい」
「はいっ!!」
「よろしいっ!! では……突入だッ!!」
アールヴとの国境に差し掛かり、森の深い木々が私達の前に迫る。
その直前、私はエルウェから奪い専用武器化を解除させた《強化属性》の鞭──「聖鞭・シンゴル」 を竣驪へと振るい彼女の膂力と馬力を強化。
ただでさえ規格外な竣驪の重機並みの力に更なる強化が上乗せされる。
こうなると最早森の木々など物ともしない。並の樹木は接触した瞬間から抉れるか薙ぎ倒され、細い物など風圧で千切れ飛ぶ。
竣驪の駆けた地には道が出来、その道を利用して後ろから兵士達がストレス無く侵攻。辺りに散らばり妨害してしまう木々は全て、私が《嵐魔法》を周囲に展開し嵐の中に千切れた木々を纏め上げながらポケットディメンションに放り込んで行く。
「──ッ!! クラウンさんっ!!」
「ああ」
そうして猛進して数十秒程度の後、私の進行方向に石作りの巨大な壁──我々ティリーザラの侵攻を妨害する最大の難所、西側広域砦がその姿を見せる。
ここを突破しない限り私達は兎も角、兵士達はそこで侵攻が止まってしまうだろう。故に──
「ロリーナ、頼む」
「はいっ!! 阻め、其は万物を否定する光輝たる防壁っ!! 「燦々たる拒絶の意思」っ!!」
私の号令にロリーナは練り上げていた魔力を展開。《光魔法》による広範囲多重障壁を竣驪の前方を除いて発動させた。
そしてその障壁に開けられた前方。そこへ私は片腕を翳し、魔力を練り上げる。
──西側広域砦は本来難攻不落。以前の戦争でも我がティリーザラ軍はこの砦によって侵攻を阻まれ、最終的には「暴食の魔王」であったグレーテルが砦の向こうで暴れ回る形で停戦状態になった。
そう。結局ティリーザラ軍はこの砦を越える事が叶わなかったのだ。
「万象は結し、力は縫合し、数多から湧き出る意思は混ざり合う──」
……だが、その時と今とでは状況がまるで違う。戦況も、勢力も、兵力も、士気も、指導者も、作戦も。そして──
「現出せよ奔流。その天すら揺るがす囂々たる叫声で以って、我が前の障害を穿ち削らん……」
そして何より、私が居るのだから。
「風穴を開けろ。《万象魔法》──「万物崩壊砲」」
瞬間、私の手から放たれるは四色四属性が入り混じった破滅の光線。
鼓膜を破らんばかりの轟音を伴いながら放たれたそれは、未だ行方を阻む木々を一切の抵抗許さず削り飛ばし、真っ直ぐ……ただ愚直に真っ直ぐ突き進んで行く。
そして光線の切先が頑強な砦に触れた、その刹那。
四色の色が弾けると同時にあらゆる作用により砦の外壁は瞬く間に融解し、崩壊し、朽ち、風化する。
宛らそれは世界滅亡の一幕を切り取ったかのような光景。
絶望的なまでの破壊が、頑強なれど所詮は人工物でしかない砦の外壁を襲い、容易に瓦解して崩れ去る。
術を放ち終え心地良い疲労感を味わう中、後に残ったのは見るも無惨に巨大な穴が穿たれた惨めな防壁だった物と、我々が前進するに申し分ない広さの道のみ。
もうそこに、難攻不落の砦は存在しなかった。
「ロリーナ、後ろへの余波の影響は?」
「はい。キッチリ全て私の魔術で防ぎました」
「重畳。ではロリーナ、竣驪」
「はい」
「ブルゥッ!!」
「降すぞ。あの嫉妬深い、皇帝にあるまじき我儘な小娘をっ!!」
「はいっ!!」
「ブルゥゥゥッッ!!」
漸く動き出したマルガレン。なんとかあの未来を変えて欲しいですね。
まあ、マルチバース上のクラウンは、もう手遅れですが……。




