第四章:泥だらけの前進-22
「一応言われた場所には到着したが……」
歩く事一時間。沼の泥で泥だらけになりならがも辿り着いたのは柔らかい地盤に太く逞しい根を張り巡らせている巨木。
立ち枯れが目立つこの沼地の木々の中で、この巨木だけはその葉を大いに茂らせ、まるでその周囲だけが別の空間であるように感じる。
師匠の話によると、この巨木周辺にスワンプヘビーバシノマスが潜伏しているという話だった筈だが……。
「……反応が無いな。まさか移動してしまったか?」
定期的に塒を変えるスワンプヘビーバシノマスの事だから、師匠がこの場所を確認した直後に移動してしまったっておかしくはない。だがそれでは困るな……。
「参ったな……。制限時間はまだあるとはいえ奴の討伐にどれだけ掛かるか分からない。悠長に構えていられないんだがな」
「だけどクラウンのスキルで見つけられないとなると探しようがないんじゃないか?俺達にそんなスキルは無いしな……」
「……仕方がない。範囲外にいる可能性を信じて。ここら周辺を少し大回りして──」
「あぁーーーーっ!! 漸く見付けましたよぉっ!!」
……なんだか聞き覚えのある声がするなぁ……。
まあ、さっきから感知系スキルがビンビン反応していたから知ってはいたが……はあ、なんでこう……いつもタイミングが絶妙なんだあの子は……。
私が振り向くと、そこにはいつもの白を基調に桃色の差し色がある神官服を泥だらけにしながらこちらに走って来る一人の少女と、その後を必死で着いて来る少女が二人。
「……アーリシア」
「探しましたよクラウン様!! さあ!! いざ尋常に勝負です!!」
「せん」
「えっ!?」
魔力を温存したいのにアーリシアの相手などしていられるか。
そもそも相手は教皇の娘だぞ?丁重に扱わねばならん相手に模擬戦が趣旨とはいえ手など出せるものか。
「で、でも!」
「私が言ったのは「私に目にもの見せてみろ」という話だ。私に勝ってみせろという話では無い。わかるか?」
「えっ!? あぁ……うん? た、確かに……?」
「はあ……。お前は私に勝つつもりだったのか? お前が、私に?」
私とアーリシアは「魔王」と「勇者」の関係だ。それは生涯の敵であるに他ならず、私とアーリシアはその点に於いて争いは避けられない関係にある。
……まあ、今この状況、私達の関係性でその争いが起こる可能性は極めて低いわけだが。
そんな私と彼女の実力差は、最早説明するまでもなく歴然と広がっている。
アーリシアが私に明かしていない能力、スキルがあるのであれば分からないが、例えそうだとしても負けはないだろう。
「うううう……そ、それなら!! 私とクラウン様でなければ良いのです!!」
そう言うとアーリシアは背後で肩で息をしている二人の内一人を私の前に押し出す。押し出された当人は戸惑いを隠せないようで、アーリシアに何事かと目で訴えている。
「ふふんっ! この子は強いですよ!! 魔法だって二つ使えますし、なんたって彼女には使い魔がいるんですから!!」
「そういう意味で言ったわけではないのだがな……。それにしても、使い魔か……」
私以外で使い魔を使える者は初めて見たな。私の場合は特殊だから参考にはならないが、通常の使い魔といったら魔物と魂の契約を交わして生まれるものだ。
だが魔物といってもどんな奴とでもとは行かない。基本的に魔物化しても気性の大人しく、調教などがしやいものに限る。それ故か使い魔を連れる者は割と珍しい。
つまりは今後、こんな使い魔を使える者と戦闘を経験する機会はかなり少ないだろう。
少し、勿体無いな……。
……そうだ、ならばこうしよう。
「いいだろう。だが折角だ。私も使い魔を使おうじゃないか」
私のその言葉に、アーリシアに半ば無理矢理押し出された少女は何か思う所があったのか、その戸惑いを何処へかやり、真剣な眼差しをこちらに向けて来る。
どうやらあちらもやる気になったようだな。
さて、最近出番が無くて鈍っている感がある。それにスワンプヘビーバシノマス戦前の準備運動にはもってこいだ。構わないな?
『……私はクラウン様の使い魔です。私の能力はクラウン様の能力に比例しこそすれ衰えるなど……』
なんだ? 随分と言い訳が上手くなったじゃないか。だが問答無用だ、さっさと出て来い。
『……仰せのままに』
私の胸中から赤黒い光が飛び出す。光は地面に着地すると、その姿を変え一匹の毛並みが艶やかな猫が現れ伸びをする。
「えっ!? あの人の中から!? ていうか……猫? の、魔物?」
身構えていた少女がシセラを目の当たりにして素っ頓狂な声を上げる。
「失礼ですね。私を魔物と間違えるなどと……。勉強が足りないのではないですか?」
「──っ!? しゃ、喋った……。なんなの一体!?」
「油断してはいけませんよミーミアちゃん!! 私はまだ見た事ありませんが、戦うとめっぽう強いらしいです!!」
なんてざっくりしたアドバイスだろうか。
私がシセラの実力をそうホイホイ教えていないのも事実ではあるのだが、それにしたって……。
……まあいい。
「ほら、そっちも召喚したらどうだ? 使えるのだろう? 《召喚》」
使い魔を使える以上、《召喚》のスキルは覚えている筈。それに恐らく《送還》も。
補助系スキル《送還》は《召喚》などのスキルで所持者の元へ呼び出したモノを元居た場所に送り返すスキル。魂の契約をした際に《召喚》とセットで習得出来るスキルだと何年か前に調べた。
現にミーミアという子の側には使い魔らしき魔物はいない。ここまで来るのに一度も使わなかったとは考え難いから一旦《送還》で戻したのだろう。普通の魔物と間違われて攻撃されたら敵わないからな。
因みに私がシセラと魂の契約をした際に《送還》のスキルを習得出来なかったのは単純に必要無かったからだろう。なんせシセラが常駐しているのは私の《蒐集家の万物博物館》内だからな。一々スキルで元の場所に戻す必要が無い。
……まあ、惜しいは惜しいのだが、こればっかりは致し方無い。
「い、言われなくても……。《召喚》発動!! 来なさいエクエス!!」
ミーミアがそう唱えると、私達との間に魔方陣らしき文様が浮かび上がり、そこから光が溢れる。
光が収まると、そこには体長二メートルは優に超える深緑色の硬質そうな鱗を生やし、額に一本の逞しく鋭い角を生やした馬型の魔物が嗎を上げながら出現した。
「……ほう、これはまた立派な……」
私は早速その馬型の魔物に《解析鑑定》を発動させる。
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個体名:エクエス
種族:レッサーシェルホーンホース
状態:健康
所持スキル
魔法系:なし
技術系:《槍術・初》《高速化》
補助系:《体力補正・I》《敏捷補正・I》《持久力強化》《刺突強化》《味覚強化》《嗅覚強化》《馬力強化》《視野角拡大》《空気抵抗軽減》
概要:家畜化に成功した数少ない種族の一体。その高い馬力と持久力から主に荷馬車の牽引に用いられ、魔物である事から精神的にも強靭な面を持つ。主人であるミーミア・ユークレースを強く慕っている。
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対してウチの子は現在──
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個体名:シセラ
種族:魔獣
状態:健康
役職:使い魔
所持スキル
魔法系:《炎魔法》
技術系:《爪術・初》《爪術・熟》《六爪撃》《高速化》《消音化》《影纏》《緊急回避》《暗視》《羽根の歩法》
補助系:《体力補正・I》《魔力補正・I》《敏捷補正・I》《敏捷補正・II》《聴覚強化》《嗅覚強化》《魔力感知》《動体感知》《空間感知》《精神感知》《威圧》《直感》《魔力精密操作》《思考加速》《業火》《焼失》《強奪》《魔性》《魔炎》《炎熱耐性・小》《炎熱耐性・中》《炎魔法適性》
概要:クラウン・チェーシャル・キャッツと〝魂の契約〟を交わし、精霊から魔獣へと進化を遂げた。現在の姿はクラウンの魂から影響を受けたもの。
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うむ、負ける要素は無い。この能力差で負けでもした日には……。
「分かっているなシセラ。仮にも負けてみろ。空いた時間にトーチキングリザードをお前一人で討伐して貰うからな?」
「……いくら生息地がハッキリしているとはいえ、そんな頻繁に出現はしないのでは?」
「居る場所に連れて行く。私のスキルを駆使して探し出し、眠っている所を叩き起こしてお前だけを放り込む。お前がいつから付けたか知らない怠け癖が治るまで繰り返す」
「ほ、本気ですか!?」
「私は、くだらん、冗談は、言わない」
「本気で行かせて頂きます!!」
シセラはそう言うと全身の毛並みを震わせながらその大きさを変えて行く。
全身の筋肉が膨らみ、骨格は強靭になり、可愛らしかった顔は凶悪さと凶暴さを帯び初める。
数秒後には体長百六十センチの大型肉食獣へと変貌し、その体躯を低く構え唸りを上げながら相手であるエクエスを睨み付ける。
「殺すんじゃないぞ? ルールに抵触する」
「了解致しました」




