第二話
明治九年に廃刀令が布かれた。
現状に不満を持った士族たちは各地で蜂起。一年前には西南戦争が起こった。しかしこれは士族側の敗北で終わる。事実上、侍や士族は滅んだと言っていい。
だから、涼介が往来を歩くとやはり目立つ。
いくら警察官と言えども、刀を差してはいない。サーベルを佩いているのが普通だ。
だから町中を、刀を差して歩いていたら嫌でも目につく。
それに彼は、どう見ても警察官に見えない。制服の第一ボタンは外されており、目つきは悪く、冷酷めいて輝いている。
とても警官には見えない。そう言っても信じてもらえないだろう。
「おいおい、刀だぜ」
道行く誰かが呟いた。
「あれは警察ではありませんか?」
「警官? あれが……?」
訝しそうに呟いた。
涼介が歩くと、行く人来る人は道を開けたり振り向いたりしている。
「あんなのに関わったら命を捨てるようなもんだよ」
また誰かが呟いた。
こんなことは日常茶飯事だ。
町はずれに刀鍛冶がいる。
刀鍛冶といっても、この平和の世に刀をうっても生計が立たない。だから、包丁や鎌などといった生活用具をうっている。
だが、この刀を帯びた警官は別だ。
涼介は店を覗き、誰もいないことを確認して裏へまわる。そこには一軒の離れがある。いわゆる鍛冶場と呼ばれる鍛冶作業を行うための小さな建物だ。
涼介はそこに入ると少し鼻を動かせた。鉄と炭の匂いが濃厚に室内に漂っている。そして、涼介は窯の前で腰かけている男を見つけ、声をかけた。
「よう、おっさん」
男の白髪交じりの長髪が振り向いた。
その男の名は村上と言う。
ここの主の彼は、涼介が上野戦争のときに出会った鍛冶師だ。腕は一流らしく鍛冶業界では結構有名らしいが、人付き合いが悪く人が寄って来ない。だが、涼介は馴れ馴れしく寄って来るため、維新後もこうして付き合いがある。
その彼がはぁとため息を吐き、呆れたように言った。
「またか……。お前も暇だな」
「また、って……。この前来たのは二週間くらい前のことだぜ」
涼介はせせら笑いながら、村上に向かって歩きだした。すると村上は袖で鼻を覆った。
「お前。なんか、臭うぞ」
「臭うか?」
涼介は制服を嗅ぐ。
「アンタよりマシだと思うぜ」
しかし、彼は村上の炭に汚れた着服を指差して笑った。
「やかましい」
いつものような問答を繰り返しながら、涼介は刀を剣帯からはずして村上に渡した。村上はまたため息を吐き、それを受け取る。そして抜いた。
刀身は物打から刀区にかけて所々刃が毀れている。それから、少し血腥い。
(まったく無茶な使い方をしおってからに……)
苦い顔をして涼介を見やった。彼は奥で無造作に置かれている刀を物色している。
村上は刀に目を戻し、涼介に言った。
「刀がここまでひどく傷むようなことをしていたらお前もいつか壊れるぞ」
「……」
返事がない。
聞こえていないのか。いや、無視されている。そうわかると村上は皮肉っぽく続けた。
「まったく、コレがこんなふうになるようなことしていたら死ぬぞと言っているんだ。仕事かなんだか知らないがもう少し考えて闘え。儂の打った刀で無様な死に方だけはやめてくれよ」
「おっさん……」
声に振り向くと涼介が刀を下げ、冷たい眼差しでこちらを見下ろしていた。
「俺を見縊ってんのか。アンタと俺何年のつきあいだ? 俺がそう簡単に死ぬとでも思っているのか?」
「儂が言いたいのはだな……。動乱は終わり、新時代が来た。様々なことが変わった。……だから、人も変われないだろうか」
「……」
「別に刀を捨てろとは言わない。ただ……、自分のためでなく他人のために剣を振るうことは――」
そのとき村上の目の前に鐺が飛んできた。危うく鼻をぶつけるところだ。彼は目をしばしばさせる。
「人はそう簡単に変われねぇだろ」
涼介が刀を持ちかえながら、
「人斬りは所詮、人斬りだ」
吐き捨てるように言った。
村上にはそれが少し寂しそうに聞こえた。しばし涼介の様子を窺い、訊いてみた。
「人斬りという肩書きは捨てたいのか?」
「なんでそんなこと訊くんだ?」
涼介は小首を傾げて訊き返す。
「いや、答えたくなければ答えなくていい」
村上はすまなさそうに目をそむけた。
「別に、今の仕事もそんな感じだし、楽しいしな」
涼介は笑った。
「楽しいとか言うもんじゃないぞ……」
ため息を吐いて、村上は続けた。
「それで、お前は変りたいと思うのか?」
「思わないさ、そんなこと」
涼介は笑って答えた。
「そうか」
「ああ」
涼介は頷き、刀を剣帯につけて鍛冶場を後にしようとした。
「そういえば、こんな真っ昼間からどこに行くんだ?」
村上は不思議そうに訊ねた。いつもなら彼は夕方にここに来るのだ。
涼介は足を止め、振り向いた。
「今日は仕事が昼間からなんだよ。ああ、めんどくさい……」
「いいじゃないか。職務をまっとうしろよ、桜井警部補」
「うるせぇよ」
涼介は憎まれ口を叩きながら出て行った。村上は春の暖かい日差しに眩しそうに目を細めて、それを見送った。




