表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/17

第十五話

 


 夜。黒い雲の合間からあの人は、月に照らされて映し出された。

 その人は、鬼の形相でわたしを見下ろしている。頭上に高々と刀を掲げ、それは月光に反射して鋭く輝いていた。

 わたしは疑問を抱いた。

 その人はどうしてそこまで怖い顔をしているの? 

 そして、どうしてそんなに驚いているの?



 あかねは目を覚ました。

(ここは……)

 いつのまにか自分の部屋のベッドで寝ていた。意味がわからない、と首を傾げて、むくりと起き上がる。

「あっ。お嬢様。目が覚めましたか」

「ん?」

 横で声がした。寝ぼけ眼で見ると、女中が心配そうな顔でこちらを見つめていた。

「あ……。う、うん……」

 返事をするが、うまくできない。頭がぼぉ~とする。まだ眠たい……。

「今、旦那様とお医者様を呼んで来ますね」

 女中はにこやかに微笑み、椅子から立ち上がる。ぱたぱたと扉に走っていく。扉を開け、誰かに会釈した。

「え……。ちょっと待って」

 あかねは女中を呼び止めた。彼女はその声にぴたっと足を止め、振り返りにっこりと微笑んだ。

「どうかなさいましたか?」

 あかねは扉の向こうを指差した。

「なんで、警察の人がいるの?」

「あらっ」

 女中はなぜか声を上げた。あかねは首を傾げた。

「護衛ですよ。護衛。旦那様がつけてくれたのですよ」

 彼女はまた微笑んだ。

 あかねはふ~ん、と適当に相槌を打った。

 それでは、と女中は頭を下げて部屋から出て行った。

 あかねはやっと頭が働いてきた。

「そういえば……」

 疑問が浮かんできた。いつわたしはここに帰ってきたんだろ?

「う~ん。……なんで?」

 唸った。

 しばらくして。

「まっ。いいや」

 彼女は明るく言い放った。そして、ぱたんとベッドに倒れた。

「わからないこと考えてもしょうがない」

 そう呟いた。

 しばらくしてすると、小さく寝息が聞こえた。




 涼介は警察署に戻るなりげんなりした。玄関の前で稲垣部長に会ってしまったのだ。

「ヤバイ……」

 彼はすぐさま回れ右をした。

「どこに行くか! 桜井!」

 彼に気づいた稲垣が叫ぶ。

ばれた。まずい。涼介は自然と早足になる。

「捕まえろ!」

 後ろで物騒な物言いが聞こえたが、今は逃げるのが先だ。彼はだんだん足を早くしていく。怪我人に走るのはきつい。だが、稲垣に捕まるわけにはいかない。面倒事は勘弁してほしい。

 涼介は路地裏に隠れた。ここで安堵の息をつく。

「ここまで来たら………」

「精が出るな。桜井」

「……!?」

 涼介は慌てた。通りの方に顔を向け、驚愕した。

 稲垣は馬車に乗って、こちらを見下ろしていた。彼はくいっと手首を上げ、ただ一言。

「乗れ」

「くそ……」

 涼介は肩を落とした。


「なんで、俺も行かなきゃならないんだ?」

 涼介は馬車に無理矢理乗せられ、不機嫌そうに頭をがしがし掻いた。

「言っただろ。謝罪をしに行くと」

「俺は行かないと言ったはずだ」

「駄々をこねるな。子供か。そもそもあのとき、お前が勝手に動くからだ」

 涼介に反論できない。命令違反は事実だ。しかし、言わせてもらう。

「だが、あのとき俺が動かなかったら、アイツは危なかったんだ。アンタがもたもたしていたら手遅れだぜ。そしたら、もっと面倒事が増えてたはずだ」

 皮肉を込めて行ってやった。彼はニヤニヤ笑い、稲垣の渋い顔を期待した。

 しかし、稲垣は驚いた顔をしていた。

「なんだ。その顔は?」

 涼介は怪訝そうに訊いた。稲垣は眉根を寄せた。

「お前はおかしい……」

「は?」

 涼介はますますわからないと顔をしかめる。

「何がおかしいんだよ。おっさん」

 涼介はその言葉が気になり、稲垣を睨みつけた。彼は涼介から目を離し、窓に顔を向けた。

「オイ、人の話を聞け」

 返事をしない。じっと彼の横顔を見ていたが、稲垣は何も言わず口を閉ざしている。

「もういい……」

 涼介はふてくされた子供のようにそっぽを向いた。

 それに稲垣は薄く笑った。

 ――お前は変われるぞ、桜井。

 今回の件は涼介の手柄だ。やり方はアレだが。

 しかし彼はそれをよく思っていない。稲垣にはわかる気もするがどうだっていい。涼介は涼介なのだから。これからもそのままでいい。

 まぁ、欲を言えばもう少し言うことを聞いてほしい。

「部長。着きました」

 そんな感慨にふけていると、馭者をしている部下が言った。

 稲垣は頷くと、大きな欠伸をしている涼介を振り返り、言った。

「着いたぞ」

 それに彼は眉を上げ、はぁとため息を吐いた。

 涼介はドアを開け、大きな屋敷を見上げた。

 事件の被害者、五十嵐弥太郎の家。

 国を支える貿易商のそれ。ほかの財閥までには届かないが、数年もすれば肩を並べているだろう。涼介にとっては場違いな所。彼はけだるそうに屋敷を見上げている。まだ二度しか訪れていないのに忌々しく感じる。

「桜井。行くぞ」

 稲垣に促され、涼介はついていく。

 豪奢な門を抜け、屋敷内に足を踏み入れた。

 涼介は今日、何度目かわからないため息を吐いた。



 昨日と同じ応接室に通された。

 稲垣は昨日と同じように椅子に腰かけ、涼介は壁にもたれた。

「座らないのか?」

 不思議そうに彼に訊ねる。

「座れる気分じゃない」

 涼介は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「さっさと帰りたい」

 その言葉に稲垣はため息を吐いた。

 しばらくして、五十嵐弥太郎が部屋に入ってきた。さっそく涼介は彼と目が合った。

 涼介は身構える。嫌な顔をされるか、もっと言えば罵倒の一つや二つ出てくるのかと思った。

しかし、弥太郎はちらっと見ただけで稲垣に声を掛けた。

「申し訳ありません。忙しい中」

「いえ、こちらこそ……」

 涼介は拍子抜けた。あっけにとられ、弥太郎を見つめていた。

 挨拶もほどほどにして、弥太郎が椅子に座ると稲垣は立ち上がり、頭を下げた。

「この度は、貴方の御息女を危険な目にあわせたこと、誠に申し訳ございません」

 弥太郎は少し驚いている。

 ――いきなり謝るのかよ……。

 涼介は失笑した。口に出しかけたが寸でのところで止める。今、喋れば厄介事が増える。

 稲垣は涼介を睨んだ。目で何かを訴えている。謝れと言っているようだ。

 涼介はめんどくさいと言わんばかりに息を吐いた。だが、ここは稲垣の尊厳もあるだろう。言われたとおりに頭を下げようと思ったとき。

「いや、あなたたちには感謝しています。何度頭を下げていいかわかりません」

 弥太郎は柔和な表情を浮かべた。

 涼介は、また拍子抜けた。思わず声を上げた。

「何言ってんだ、アンタ。俺がやったこと忘れたのか?」

 弥太郎の優しい表情はすぐに消え、少し顔をしかめた。

「忘れるわけがないだろう、あんな光景を見せられて。だが、おまえはあかねを救ってくれたのだ」

「ふざけるなって。おかしいだろ?」

 涼介はうなだれた。

「おかしいぞ。アンタも、アンタの娘も。なんでそんな簡単に人を信じられるんだ? 俺がどういう人間かも知らないのに……。アンタはあんなに侍が嫌いだったじゃないか」

「そうだな……。ならば、私も、おかしいのだな」

 弥太郎は口元を緩めた。涼介は目を見開いた。

「……」

「桜井、もういいだろ」

 稲垣が言う。彼は立ち上がった。

「それでは、そろそろお暇しようか」

「ちょっと待ってください」

 弥太郎が止めた。稲垣は振り返った。

「なんでしょうか?」

「あかねにも会っていただけないでしょうか」

 それは稲垣に向けられたものではなく、明らかに涼介にだった。

「断る」

 涼介は即答し、拒否した。

「構いません。時間もあり……」

 涼介の動きは速かった。稲垣の発言を遮り、彼の胸倉を掴み上げた。

「本気で、怒るぞ」

 ドスのきいた声で稲垣に詰め寄る。

 その様子に弥太郎はびっくりし、部下は二人を止めようと間に入ろうとするが、涼介の威圧に押され、仕舞いには睨まれて動けなくなった。

「桜井、お前もヒマだろ? だったらいいじゃないか」

 稲垣は掴まれながらも何事もないように言った。

「それとこれとは話が違う」

「違わないぞ。今日はここに謝罪をしに来たんだ。それならば、あかね嬢にも謝罪をしなければならないな」

 稲垣は笑いながら適当なことを言ってのけた。

「ぐっ。アンタは……」

 涼介は言葉に詰まった。

「……」

 涼介は稲垣を睨み続けた。だが、彼はそんな眼光も意に介さず、含み笑いを深めていた。

「わかったよ……」

 涼介は呟いた。

「えっ?」

 弥太郎は顔を上げた。

 稲垣を突き飛ばし、苛立つように髪をがしがしと掻き回した。

「わかったよ! 会えばいいんだろ。会えば! それと俺はお前らが大っ嫌いだ! ったく……!」

 二人は笑った。

 稲垣は襟を正し、弥太郎に告げた。

「それでは、弥太郎殿。お願いします」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ