第十一話
あかねは目を覚ました。
暗い。
ここ……どこだろう?
ぼんやりとした頭であかねは考えた。身体を動かそうとも手足は縛られていて、猿轡までかまされ、床に転がされている。自力で動かせる首だけをめぐらせて周りを見た。
床は木で出来ている。奥には仏像らしきものが見えた。
――お寺かな……。
あかねは首を傾げた。自分がどうしてこんなところにいるのか考え、ハッと思い出した。
(わたし、捕まったんだ……)
家に帰る途中にいきなり殴られて気絶させられた。
あかねは一応、現在の状況を把握した。
(逃げなきゃ……)
そんなことを思いながら、身体をよじらせた。扉の隙間から月明かりがもれ、それを頼りに扉に這い寄った。そして、扉を無理やり開けようと、
「ぎゃあ……!」
あかねは外から聞こえた甲高い声に首を縮ませた。
顔を上げて、戸の隙間を覗いて絶句した。
「……っ!?」
境内には『彼』が立っている。
月光を背にしているから断言できないが、あかねにはわかった。
彼女は目を大きく見開き、『彼』を見つめた。
あかねは思った。今この瞳に映っている『彼』が彼に見えなかった。ふと、彼と目が合ったような気がした。
そう彼女が感じたとき、発砲音が響いた。
涼介は血溜まりのなか立っていた。彼は息を整える。
地面に転がっているのは今斬り伏せた回天党一派。まだ生きている者もいれば、すでに事切れている者もいる。
「まっ。ざっとこんなモンか……」
まわりを睥睨しながら遼介は呟き、刀に目を落とした。ぼろぼろに毀れている。彼は肩をすくめた。
「村上にどう説明っすかな……」
そんなことを考えて、お堂に顔を向けて、驚愕した。
「な……、んで……!」
その呟きは発砲音にかき消された。
涼介はたたらを踏み、音が聞こえた方向に顔を向ける。
また、発砲音が聞こえた。
涼介はもう一度たたらを踏む。
「くそっ……!」
彼は忌々しく吐き捨て、自分の身体を見た。左肩を撃ち抜かれ頭を掠ったらしい。
「ふざけるなよ……」
見ると、三人が小銃を構えている。あれは確か幕末に、旧幕府勢が使っていたものだ。涼介は失笑した。
「オイオイ、こんな小さい組織が鉄砲なんか持ってたらダメだろ」
足元にあった刀を蹴り上げる。それを宙でかすめとる。一、ニ歩助走をつけながら、大きく振りかぶり投げた。刀は風を切って旋回しながら飛んでいき、一人の頭を貫いた。
それを見た残りの二人が茫然と立ち尽くしている間に涼介は間合いに入った。
小銃ごと一人を袈裟懸けに斬り上げる。あと一人。左手で胸倉を掴み、心臓を突いた。
「馬鹿な……!」
中居は驚愕した。
涼介はそれを睨む。まさに鬼の形相だ。
「くそっ!!」
中居は刀を握り締めた。抜刀しようとしたが、抜き出した刃は高い金属音を立てて、粉々に砕けた。
涼介が刀を払い、刃を折ったのだ。
「なっ……!?」
中居はその拍子で足を踏み外し、賽銭箱に頭を強かに打った。顔を上げると首筋に刃を突きつけられた。
「もう終わりにしねぇか? こっちも疲れたんだよ」
涼介は息を切らしながら告げた。
彼の恰好は不気味だった。ぼろぼろの刀を下げ、頭から血を流しそれが顔についた返り血と混ざっている。衣服にもべっとりと返り血がつき、真っ黒な制服は今、赤黒く変色している。状況が知らぬ者が見たらどちらが悪人かわからない。
「さぁ、どうする? 降参するかしないか、選べ」
涼介がニヤリと笑いながら刀を振り翳した。それは月光に照らされ銀色に輝く。
選択の予知はなさそうだ。
中居は悟った。
――どちらにしろ、死ぬ……。
「き、狂人だな……」
彼は口を開いた。
「あ?」
「貴様が先刻言っていたことだ。刀を帯びている者は悪人か狂人どちらかだと。ならば、貴様は狂人だ、狂っている……!」
中居は笑みを浮かべながら言った。
涼介はそれを軽蔑の目で見つめ、やがて口を開く。
「……そうだな。これだけ人斬って、これだけ血を浴びて……正気な奴がどこにいるんだよ」
涼介は口を三日月に歪める。
「何人も何人も斬り殺してきた。今更逃げる気なんかねーよ」
淡々と言葉を紡ぐ。しかし、言葉の端々には悲しみが含まれているように感じる。
「多分、俺は死ぬまでこうしてるだろうな。……今更遅いんだよ。変わらねぇんだよ。だから、俺は変わらない。死ぬまで人を斬り続けるんだろうよ!!」
涼介は叫んだ。
彼の両目が暗く、不気味に輝く。そして刀を振り下ろそうとしたとき――。
それは視界に入った。
つややかな漆黒の髪、それと同じ色をした大きく潤んだ瞳。
彼女――あかねが目に涙をためてこちらを見据えていた。
「……ぁ」
涼介は目を見開いたまま動きを止めた。




