57 説明したら……
案内されたのは当然のごとくギルド長の執務室であった。
書類に埋もれて仕事をしていた人物は、カメリア・ホルトマンという名の老婆でロゼッタの婆さんに雰囲気が似ていた。
できるババアは印象が似るものなんだろうか。
それはともかく自己紹介が終わるとさっそく本題に入る。
「ギルド長はこれを見てどう思う?」
口を開いた袋をテーブルの上に置いて隊長さんが問いかける。
「どう思うって雑魚魔物の魔石だろう。数は多いと思うがね」
執務机の向こうからチラ見した婆さんが仕事の邪魔をしないでくれと言わんばかりな答え方をする。
「もっとよく見てくれないか」
「やれやれ、どいつもこいつもババア扱いが非道いったらありゃしないよ」
ぼやきながら目を通していた書類にサインをしてからギルド長は席を立ってテーブルの方へ来た。
その間に片手で肩を揉みながら首を回したりしているのは肩が凝っているからなんだろう。
デスクワークで椅子に縛り付けられている割には腰の方は大丈夫なようだ。
杖もつかず背筋も伸びているところを見ると現役冒険者としても通用するかもしれないな。
もっとも冒険者出身とは限らないが。
イリアによると、この世界のギルドは冒険者だけでなく商人や職人なども管轄下に置いており大雑把に言えば領土のない国のようなものらしい。
そんな訳で商人や職人出身のギルド長ということも充分に考えられる訳だ。
目の前の婆さんが何を生業にしていたかは聞いてみないとわからないが、いまはそれを話題にするときではない。
ソファーに腰掛けたギルド長は袋に手を伸ばしてひとつまみした。
そして摘まんだ魔石を確認するとすぐにテーブルの上に置いて別の魔石を摘まんで見るを繰り返す。
徐々にその表情が真剣なものへと転じていく。
「これ全部ゴブリンかい」
険しい表情のままで隊長さんに問う。
「そのようですよ」
隊長さんが答えるとギルド長の鋭い視線が俺たちに突き刺さってきた。
「アンタたちが集めたのかい」
睨み付けるように問われると尋問を受けているような気になってくる。
「まあね」
返事もぞんざいになるのは仕方あるまい。
「どうやって」
「魔法で殲滅した」
「場所は?」
「さあ? 遠くから旅をしてきたからこのあたりのことには疎いんだ」
「あっちじゃな」
俺が知らないアピールをするとリムが指差しながら割り込んできた。
ただ、それ以上は何かを言う訳ではなかったので根拠などは不明である。
イリアやマヤの方を見ても頭を振るだけでリムの言葉を裏付けることはできない。
ただ、竜であるリムならば絶対的な方向感覚があることは考えられる。
「リムがそう言うなら、そうなんだろう」
俺は特に否定せずギルド長の方を見た。
「森の広がっている方だ」
隊長さんがボソッと呟いた。
地元の人間の言ならば間違いはないだろう。
もっともギルド長は眉間にシワを寄せて沈思黙考している。
口を挟めるような雰囲気ではないので待つことしばし。
「ヘインズ」
ギルド長が目を見開いたかと思うと、入り口のところに控えていたオッサンに呼びかけた。
「はい」
俺たちをここまで案内してきた神経質そうで線の細い胡散臭く見える男が返事をする。
「例の件、続報はあるか」
「今のところは何も」
「状況が変わったかもしれない。確認を急がせろ」
「わかりました」
指示を受けたオッサンが退出していく。
「やはりギルド長も大繁殖の兆候をつかんでいましたか」
「ああ。ベテランのパーティから報告があったんでね」
街の方でも大繁殖のことを察知していたとは。
そのことを考慮していなかったのは迂闊というほかあるまい。
悔いたところでいまさらであるが安易にゴブリンの魔石を通行税として物納しようとしたのは間抜けの所業である。
おかげでゴブリン狩りの詳細を語らされる羽目になったのは言うまでもない。
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説明はそれなりに時間がかかったと思う。
まあ、ゴブリン殲滅の方法をホイホイと気軽に教える訳にはいかないからね。
故にウソにはなってしまうが特殊な方法で引き寄せて近寄ってくるゴブリンから倒していったということにした。
ただ、実演しろと言われると悩ましいところである。
今のうちに何か考えておいた方がいいだろうな。
「にわかには信じ難いね。これだけのゴブリンをわずかな時間で殲滅するなんて」
「優れた魔法使いということなんだろう」
「普通は考えられないよ。ベテラン冒険者をかき集めて対処することなんだよ」
「まあ、たった4人で大繁殖を殲滅するなど正気の沙汰ではないかな」
非道い言われようである。
「アンタたちのパーティ名は?」
ギルド長に問われるが決めていないから答えられる訳がない。
「何にしようか?」
いまここで決めるようなことじゃないとは思うんだが皆に聞いてしまったのは、カメリアの婆さんからの圧に押し巻けたせいだ。
「そういうのは主が決めることじゃろう」
「アハハ、何にも考えてなかったね-」
「失念していました。登録するのであれば決めないといけませんね」
皆には候補案すらないらしい。
何も考えていなかった俺が言えた義理ではないのだけど。
「パーティ名はまだない」
何処かで聞いた台詞みたいなことを言ってしまった。
「野良パーティだってのかい!?」
呆れたように目を丸くさせるカメリアの婆さん。
「いいや。辺鄙なところから出てきた田舎者でね。冒険者として登録してない」
「呆れたね。新人が大繁殖を平らげちまったのかい」
「そんなこと言われてもなぁ」
これでキラーホーネットの件を知られると、どんな反応をされるんだか。
言わない方がお互いのためだろう。
こっちは説明が面倒だし、向こうは裏付けを取るための偵察を出すのが骨だ。
いや、徒歩で向かうとすれば骨どころの話ではないな。
大樹海の奥地の探索なんて生きて戻れる保証もないし何年かかることやら。
「単に実力者がいままで必要がなくて登録していなかっただけだろう」
と隊長さんが助け船を出すように言ってくれた。
「急に登録が必要になるなんてどういうことだい」
カメリアが疑わしげな目を俺たちに向けてくる。
「田舎者だから見聞を広めたくて旅に出た。登録していないと色々と不自由することがわかってね」
俺の言い分にカメリアは鋭い視線を向けてきて睨み合う格好になった。
そのまま静寂が続くことしばし。
「フン、ウソは言っちゃいないようだね」
どうやら信用されたらしい。
「けど試験は受けてもらうよ」
当然だと思ったのだが隊長さんが怪訝な顔をした。
「ちょっと待て。新人が登録するだけなのに試験は必要ないだろう」
そうなのか。知らなかった。
イリアの方を見るが、彼女もそういう細かなところまでは知らないようだ。
「登録するだけなら必要ないさ」
何を当たり前のことをと言わんばかりの目をして嘆息するカメリア。
「けどね、大繁殖をたった4人で防ぐようなのを新人だからって見習い扱いできやしないんだよ」
「むぅ」
隊長さんが短くうなった。
「確かに腕利きは喉から手が出るほど欲しい」
「だろう?」
なんだか勝手に話を進められてしまっている。
が、問題が大ありだろう。
「おいおい、俺たちはこの街に居着くつもりは無いぞ」
「なんだって!?」
すっかりその気になっていたらしいカメリアの婆さんが驚愕している。
「言っただろう。俺たちは見聞を広めたくて旅に出たんだと」
「うっ」
失念していたのは確かなようだ。
ホント勘弁してくれよな。
読んでくれてありがとう。
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