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50 跡を濁して立つ鳥もいる

「何はともあれ、こんな状態じゃ島流しは引導を渡すようなものだな」


「目を覚ましても自力で立てるかどうか怪しいですよ」


 イリアはついさっき軽く診察の真似事をしていたから、その言葉は信憑性が高い。


「そこまで衰弱してるのか」


「気配は弱々しいぞ。こういうのを風前の灯火というのであろう?」


 リムが会話に割り込んできたが、いつの間にそんな言葉を覚えたんだか。


「しばらく待てば勝手に終わる感じか」


「じゃろうな」


 リムが肯定しイリアも頷いているところを見ると長くはないようで、目を閉じたまま終わることもありそうだ。


「まあ、助ける義理はないな」


「うむ」


「そうですね」


「自業自得だねー」


 皆の賛同が得られたので放置決定。

 そうなると先程はスルーした王女のフォローをせねばなるまい。

 向こうも俺たちがあれこれ話している間に動き始めている。


 ロゼッタの指示で護衛たちの一部は周辺探索に向かっている。

 また残りの護衛たちには戦闘の余波で被害が出ていないか確認をさせていた。

 どうやら体よく理由をつけて人払いしたようだ。


「あれはどういうことだい?」


 さっそく尋問開始ですよ。おっかないねえ。


「見ての通りだよ。何処かの偽物王子様が保身に走っている間に心の闇に飲み込まれた」


「それがあの巨狼だと言うのかい?」


「正しくは生き霊が憎悪を糧に具現化したものだな」


「生き霊だって!?」


「そんなに珍しいものでもないぞ」


 俺にとってはね。


「あれほど強くはないが前にも退治したことはあるからな」


 社長の時の方が手こずったけど、リムはいなかったし派手に暴れられる状況でもなかったしな。


「まあ、いいさ。それよりこっちだよ」


 そう言いながら視線を抜け殻王太子の方へ向けた。


「どうしてこうなってるんだい?」


「因果応報ってだけだろ。自分がしたことの報いってのは自分に返ってくるもんだ」


 自業自得である。あるいは人を呪わば穴ふたつ、か?


「悪いことはできないもんだねえ」


「まったくだ」


「とはいえ頭の痛いところだよ。後始末をどうしたものか」


「失踪して行方不明じゃダメなのか」


「できる訳ないじゃないか。仮にも王太子なんだよ」


 下手すりゃ国の面子にもかかわると言いたいのだろう。

 国の大小にかかわらず周辺諸国との関係のバランスを保つ意味でも、そういうのは無視できないか。

 国家とのつながりが深い立場にいると大変そうだ。

 コネはあった方が便利だとは思うけど間違っても王侯貴族になんてなりたくないね。


「じゃあ原因不明の病に倒れ急逝した、かな」


「まだ死んでないだろう」


「時間の問題だと思うけどね」


「なんだって?」


「見りゃわかるだろ。寿命の分まで生命力を生き霊に持っていかれてるんだからさ」


「それであの姿なのかい」


 ようやく合点がいったようだ。


「元に戻すことは可能かい?」


「若返りの霊薬でもあるなら、あるいはね」


 こっちの世界には色んなポーションがあるそうだし無いとは言えないか。


「そんなものは見たことも聞いたこともないよ」


 無いそうだ。


「じゃあ無理だな」


「やれやれ」


 ロゼッタは面倒くさそうに嘆息した。


「ますます面倒だねえ」


「そうなのか?」


「あのバカを放置して帰る訳にもいかないじゃないか」


「身元がわかるような衣服なんかは処分しないといけないだろうなぁ」


「そうじゃないよ」


 眉間にシワを寄せるロゼッタの婆さん。


「死にかけている人間を残していくのは罪悪感が残るじゃないか」


「自分の主人を殺そうとしていた奴なんてどうなってもいいだろうに」


「そうはいかないよ」


「お人好しだな」


「何とでも言っとくれ。そういう性分なんだよ」


 そうまで言われると俺としても無人島へ送り込むなどはやりづらい。

 黒幕だった王太子がどうなろうが知ったことではないが、ロゼッタや王女に罪悪感を抱かせてしまうのだとすれば回避したくなるのが人情だ。

 どうしたものかと頭を悩ませていると……


「主よ、あまり気に病まなくても良くなったようじゃ」


 リムが声をかけてきた。


「そんな風に言うってことは……」


「うむ。物言わぬ骸に成り果ててしもうたのう」


 面識のない相手だけあってリムは特になんの感慨も湧かぬ様子で淡々と告げる。

 結局、目覚めぬまま死んでしまった訳だ。


「だそうだ」


 俺から付け加えることは何もないのでロゼッタの方を見た。

 念のためジョセフィーヌ姫の方もチラ見で様子を確認するが少なくとも表面上は淡々としている。

 内心ではどう思っているのかは読めないので留意しておく必要はあるだろう。


「振り回されるだけで終わってしまったとは」


 ロゼッタは小さく嘆息してボヤいている。

 そのままブツブツ呟き始めた。

 どうやら亡骸をどうするかで頭を悩ませているようだ。

 衣服や装身具などが残っているのは厄介だとは俺も考えていたけど、そこまでとは思ってもみなかった。


 だってさ、この死体の顔を見て誰が王太子と判別できる?

 面影を残しているとはいえ、まんま老人なんだし。

 頭蓋骨から復顔できるのであれば話は別だけどイリアによれば犯罪捜査にかかわるような技術は発達していないそうだし。

 俺たちの世界では指紋で個人が特定可能と知った時はすごく驚いていたくらいだからDNA鑑定なんてあるはずもない。


 そうなると本人を特定するにあたり身につけたものは重要になってくる。

 王太子のものはどれもワンオフものだからね。

 ここまで干からびた状態だと王太子から身ぐるみを剥いで老人の死体に着せたりつけたりしたと思われるかもしれないが。

 だとしても、それはそれで誘拐と窃盗の嫌疑がかけられることになる訳でトラブルの元という意味では差がない。


 面倒な置き土産を残してくれたものだ。

 立つ鳥跡を濁さずというが黒幕王太子は濁して去って行ったよな。


「焼けばいいんじゃないのか。対外的にはともかく行方不明で押し通すしかないんだし」


「気楽に言ってくれるじゃないか」


 不機嫌そうにフンと鼻を鳴らされてしまいましたよ。


「その調子だと燃えないものがあるのか」


「そうさ。服はともかく指輪は魔法で守られているんだよ。魔道具だからね」


 何かしらの魔法効果を付与するようなものは貴重品だから簡単に壊れないようにしているってことなんだろうけど。


「魔道具か」


 専門家の意見を伺うべくイリアの方を見た。


「確かに保護が付与されていますが、そこまで強力という訳ではありませんね」


「はあっ!?」


 イリアの返答にロゼッタの婆さんが素っ頓狂な声を出している。

 指輪はかなり強力に保護されている、つもりだったみたいだな。


「さすがに一瞬でどうこうできるものではありませんが」


「とっ、当然じゃないかっ」


「あ、でも、リムさんなら……」


 そう言いながらイリアがリムの方を見る。


「死体ごと消し去るなど造作もないことじゃ。周囲のものまで燃やしてしまいかねんがのう」


 リムは平然とした様子で返事をする。


「なっ……」


 鉄の女という印象だったロゼッタを動揺させるとは、いささか想定外だったな。

 まあ、向こうの方が想像の埒外すぎて困惑しているようだけど。


「任せてくれるなら、いまここでやってしまうが?」


「ちょっと待っとくれ。周りも燃やされちゃたまんないよ」


 ロゼッタが泡を食っている。

 動揺した状態から抜け出し切れていないようだ。


「それなら心配無用だ。俺が燃え広がらないようにしよう」


「はあ?」


 面食らったように目を見開いてロゼッタが固まってしまった。


読んでくれてありがとう。

ブックマークと評価よろしくお願いします。


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