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第08話「毒華の舞踏会と真実の愛」

 ベルヴァーン伯爵家の夜会は、相変わらず豪華絢爛だった。

 シャンデリアの煌めき、高価な香水の香り、貴族たちのさざめき。黒枯病の危機などどこ吹く風といった様子だ。


 リゼットは、ギルバートにエスコートされて会場に入った。

 今夜の彼女は、王家から支給された淡いグリーンのドレスを身に纏っている。シンプルだが上質な生地と洗練されたデザインは、リゼットの清楚な魅力を最大限に引き出していた。髪には、ギルバートから贈られたあの翡翠の髪飾りが輝いている。


「見て、あの方よ」

「噂の『緑の聖女』様だわ」

「隣にいらっしゃるのは、氷の騎士様?」


 会場の視線が一斉に二人に集まる。

 以前は「壁の花」どころか「空気」だったリゼットが、今や注目の的となっていた。


「あら、お姉様。いらしてくださったのね」


 人垣を割って現れたのは、妹のマリアンヌだった。

 真紅のドレスを纏い、これ見よがしに宝石を散りばめている。その美貌は健在だが、以前のような無邪気な輝きはなく、瞳の奥には嫉妬と計算高さが見え隠れしていた。


「久しぶりね、マリアンヌ」


 リゼットは静かに微笑んだ。


「お姉様ったら、随分と立派な格好をして。アスター侯爵様に買ってもらったの? ……でも、中身は変わらないわよね。陰気で、地味な、お姉様」


 マリアンヌは扇で口元を隠し、周囲に聞こえるような声でささやいた。

 周りの令嬢たちがクスクスと笑う。以前のリゼットなら、ここで俯いて泣き出していただろう。


 しかし、今のリゼットは動じなかった。


「ええ、中身は変わらないわ。私は私のままよ。でも、見る目が変われば、世界は変わるの」


 毅然とした態度に、マリアンヌは眉をひそめた。


「ふん、強がっちゃって。……ねえ、アスター侯爵様。こんな地味な女の相手、退屈でしょう? 私なら、もっと楽しいお話ができますわよ?」


 マリアンヌは媚びるような上目遣いでギルバートに近づき、その腕に触れようとした。


 バシッ。


 ギルバートは無言で腕を引き、マリアンヌの手を避けた。

 その眼差しは、まるで汚いものを見るかのように冷ややかだった。


「……触るな」


「え……?」


「俺にとって、世界で一番美しい女性はリゼットだ。外見だけの薄っぺらい女に興味はない」


 会場が水を打ったように静まり返った。

 マリアンヌの顔が屈辱で真っ赤に染まる。


「な、なんですって……! 私は、この家の華よ! お姉様なんて、ただの雑草じゃない!」


「雑草だと?」


 ギルバートは鼻で笑った。


「厳しい環境でも根を張り、花を咲かせる強さを持つ。温室でしか生きられない薔薇より、よほど高潔で美しいとは思わんか」


 彼はリゼットの肩を抱き寄せ、会場中の人間に聞こえるようにはっきりと言った。


「彼女は、俺の誇りだ」


 リゼットの胸が熱くなった。

 長年抱えていた劣等感の塊が、彼の言葉で溶けていく。


「……ありがとう、ギルバート様」


 二人が見つめ合っていると、不意に会場の入り口が騒がしくなった。

 近衛兵たちが慌ただしく駆け込んでくる。


「静粛に! 国王陛下より緊急の布告がある!」


 伝令の騎士が声を張り上げた。


「王都地下水路にて、黒枯病の発生源と思われる巨大な呪術反応が確認された! 宮廷魔術師団および騎士団は直ちに出動せよ! 『緑の聖女』リゼット・ベルヴァーン嬢にも、同行を命ずる!」


 会場に悲鳴が上がる。

 パーティーは一瞬にして修羅場と化した。


「来たか……!」


 ギルバートの表情が戦士のものに戻る。


「リゼット、行けるか?」


「はい!」


 リゼットはドレスの裾を握りしめた。

 マリアンヌや家族との確執など、もはや些細なことだった。

 今、自分がやるべきことは、この国を、そして愛する人たちを守ること。


「行きましょう、ギルバート様」


 二人は手を取り合い、混乱する会場を後にして走り出した。

 背後でマリアンヌが呆然と立ち尽くしているのを、リゼットはもう振り返らなかった。


 外に出ると、夜空には不気味な紫色のオーロラがかかっていた。

 王都の地下で、何かが目覚めようとしている。

 リゼットの「生命賦与」の力と、ギルバートの剣。二つの力が試される、最大の戦いが始まろうとしていた。

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