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18 ウルトイル


「ルイルイ、お待たせ~」

「やめろ」

「いいじゃんいいじゃん。俺たちの仲じゃないの。お隣失礼しまーす」


 イアンが隣のテーブルを引っ張ってくっつけてきた。椅子を持つとアリアの隣に座ろうとしたが、すぐに捕まり、ルイの隣に座らされて何故か喜んでいる。


「はーい、ゼノも座って。あ、アリアさんとは離れてね。ルイルイがうるさいから」


 イアンがそう言うと、ゼノと呼ばれた青年はため息を吐いて椅子を持ってくると、アリアと少し離れ、イアンの側へ座った。


「で、俺たちのことはもう言ったの?」

 

 イアンがルイに聞く。


「いや。面倒くさいし別にアリアは知らなくてもいい」

「もう、嫉妬すんなよ。こんばんはアリアさん……おっと握手も駄目ですか。俺はイアン。気づいていると思うけど、ミラー国の者だよ。朝の船ではどうも」


 握手の為に差し出した手を勢いよくルイに叩き落とされ、イアンは手をぶらぶらと振りながらにこやかに挨拶をしてきた。


「朝の船ではどうも。イアン」

「そしてこちらが」

「ゼノだ。イアンが迷惑をかけてすまない」


 ゼノと名乗った青年は、生真面目に頭を下げた。

 マントの下からちらりと青い制服が見える。名前しか名乗らないのならば、名前しか名乗れないのだろう。アリアはにこりと笑って頷いた。


「アリアよ」


 それだけ言うと、わずかにほっとしたのが見て取れた。


「迷惑って言うほど迷惑はかけられてないわ」

「そうか。ならよかった」

「ゼノは俺とルイルイと同い年なんだよ」


 真ん中にいるイアンが、両手で二人を抱き寄せた。二人に同時に引き剥がされて「ひどい」と嘆いている。ゼノはルイを見て、再び頭を下げた。


「ゼノだ。イアンがすまない」

「気にするな。ルイだ」


 イアン越しに握手をする二人を見て、なるほど、こっちがそうなのかとアリアは気がついた。

 ルイが笑う。


「気をつけろよ。お前がイアンの所業を謝っていると、お前たちの関係が主従であることは勘が良ければすぐに気づかれるぞ」

「……わかった。ありがとう」


 十五歳で騎兵隊の制服を着て、同世代の従者がいる身分となれば、どう考えても王族だろうと察しは付く。ついでに、密貿易の摘発に自ら乗り出すとなれば、継承順位は低い方。確かミラー国は第五王子までいたはずだ。アリアはあっという間にゼノの身分を正確に把握した。

 ルイの視線に気づき、にっこりと笑って「黙っておくわ」と伝える。

 

 二人が店員を呼び、注文をしている様子を眺めていると、あまりにも自然にパブに溶け込んでいることに思わず感心した。

 イアンは快活でこざっぱりした若さと、溌剌さが印象的だ。町に一人はいる、少年たちを面倒見良く仕切ってくれるタイプの青年に見える。対するゼノは、堅苦しく聞こえる言葉は落ち着いている印象を与えたが、イアンに対する態度は砕けていて、王子くささがない。年頃の青年のように、イアンといい友人関係であることが見て取れた。二人とも、特出した特徴がなく、二人で「ああでもない、こうでもない」と話している姿は、言っては悪いが普通の青年だった。シロノイスですれ違っても、絶対に第五王子と従者だなど、気づけないだろう。


「いいのか悪いのか、妙な人たちに会っちゃったな~」


 イアンがからからと笑う。

 早速運ばれてきた料理を豪快に食べ始めた。

 やはり、普通の民と何も変わらない。

 

「こっちの台詞だ」


 ルイが返す。

 気のせいかもしれないが、ルイだけが目立つようにアリアには思えた。際だって、気高さや品位や、何か内側から煌めいているように見える。態度も良くないのだけど。先ほどまでは馴染んでいたはずなのに、本当に自然な十五歳と並ぶとやっぱり違う。



「ええ、さて。まあ、おかげで摘発に至りました。ありがとーう」


 乾杯の音頭のようにイアンが水の入ったコップを掲げる。

 慣れたようにゼノが続き、アリアも続き、最後にルイが渋々参加した。


「おつかれ~い」

「おつー」

「なんだその気合いのない乾杯は」


 アリアは三人のやりとりを見て、思わず笑った。

 なんだかバランスが取れていて、ルイが本当に十五歳に見える。

この年頃に、ルイには同じように気軽に話せる友人はいたのだろうか。


「いや、本当にありがとう。ルイのおかげだってさっき聞いたから会っておきたくて。夕食時に悪い」


 ゼノが努めて砕けた口調で話す様子を、子供を見るような目で見たルイが軽く首を横に振る。同世代に見えて、やはり中身は年長者だ。そういえば、甥を実質育てたのはルイのようだったし、子供には案外弱いのかもしれない。

 アリアが気を引き締めて笑顔が出ないようにしているのに気づいているのか、ルイからちらりと視線を寄越されたので、さっとパンを食べて気を逸らす。


 水を飲み干したイアンがルイの肩に腕を置いた。が、当然即弾き落とされる。気にしない素振りで腕を組むと、朗々と目を瞑って語り始めた。


「鳥を飛ばしてるところを見られた時には、俺やっちゃったねって思ったけど、交換条件つけられたから逆に安心しちゃったよ」

「……イアン、二度とないようにしてくれよ」

「だってさー、ごまかせると思ったんだもん。なのにすぐ問いつめられてさ。俺が、ルイルイと帳簿係の男が話してるのをこっそり聞いてたこともバレてたもんなあ。あれ、もしかしてわざと伝達してるの見るために来た感じ?」

「さあな」

「えー。ツレない。俺がミラー国軍所属ってすぐ見抜いて、証拠を持つ男をこっち側に必ずつかせて証言させるし、証拠もすべて提出させるって言うからさあ。あいつ真面目だね。全部持ってたよ。助かった助かった。もう少し長期戦で船に乗るつもりだったから、乗って三日目で解決して、俺暇になっちゃったよ~」

「じゃあ寝とけ」


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