60話 レッスン!
事務所の地下にはアイドルたちがよく通うレッスン室なるものがいくつもある。
流石の大手事務所なだけあって、レッスン室は全部で24室もあり、そのどれもが綺麗に清掃されたまさに完璧な環境を整えていると言える。
私たちは地下2階のレッスン室へ入り、自主練に励むことにした。
「……トレーナー役もマネージャーなの?」
「仕方ないでしょう? 今日はアップるが久しぶりに事務所にいるんだから、トレーナーたちはそっちに専念してるのよ」
アップるはもう完ぺきなんだから、もっと下を見てくれよと言いたい。私たちだってトレーナーにちゃんと見てもらえばトップアイドルに……とは口が裂けても言えないけど。
「さぁ、やろうか」
薫はいつのまにかトレーニングジャージに着替えてステップを踏んでいた。アップ用に使われる音源を頭の中で流しているのか、激しめに足を動かしていた。
……まぁ、フルーツパフェとの一件でストレスを溜めてるんだろうな。それをここで吐き出す気なんだろう。
置いて行かれないように、私も慌てて着替えてトレーニングジャージ姿になる。着替えている時にチラッと薫の方を見たけど、私の下着姿を見ようという気は一切感じられなかった。……なんかムカつく。まぁそんな練習の鬼なところ、ストイックなところが好き……なんだけど。
それから私を混ぜてのトレーニングが始まった。
「はいワンツー、ワンツー」
「マネージャー、手拍子が雑すぎるから黙っていてくれるかい?」
「……容赦というものを知らないの?」
マネージャーのメンタルをゴリッと削っていく薫。そして……
「明日香も動きにキレがないよ。少しウェイトが増したんじゃないかい?」
「あ、あ〜……最近美味しいものが多くてつい」
辛い系のラーメンとか食べちゃうんだよねぇ。夏に食べるとまた格別というかさ。わかるだろ?
「マニア受けを狙うのは勝手だけど、felizとしての足を引っ張らないでくれよ」
「うっ……」
なんだろう、ここ最近の薫はなんか違う。
そりゃ、今までだってムカつく物言いをする時はあった。でも今は言葉に棘というより、鋭利な刃物が忍ばされているようだ。
でも私が少しだけ太ったのは事実。ここでレッスンして体重を落としてやる!
意気込んで踊っていると、どんどんと汗が噴き出てくる。冷房が効いているとはいえ、8月の日本は酷暑。死ぬほど暑い。もちろん体力も汗と共に吸い取られていく。
「……今日はここまでにしようか。あまり無理をしても良くないからね」
今の薫だったらもっと追い込むかと思ったけど、そこは合理的なんだな、流石だ。
シャワーを浴びて解散すると事務所を出て駅へ向かった。もちろん百合営業の一環もあるので、薫とは手を繋ぐ。
暑すぎて手汗が出るから、正直繋ぎたくないのが乙女心ではある。
「……あっ! レッスン室に家の鍵忘れた!」
着替えた時に落ちて、まぁ後で拾えばいいや、と後回しにしていたことを今になって思い出した。
「ふぅ。取っておいで。待ってるから」
「おう、行ってくる!」
私は再び事務所のゲートをくぐった。




