35話 ホテルへ
なんて思っていたら予想通りホテルは普通のところだった。観光客もいっぱいいるし、マネージャーのことだからホテルでも仕事しろとか言うかと思ったけど流石にそんな無茶は要求してこなかった。何も言わずにチェックインの手続きをしている。
待っている間は当然薫と2人。ちょっとだけ心拍数が上がっている。もしこの気持ちが恋だとしたら……私はどうすればいいんだろうか。そんなことを思いながら薫の横顔を見つめていた。
「熱い視線だね、明日香」
「な、なんでもない!」
やべ、気づかれていたのか。それにしても薫の余裕の対応はいつ見てもすごいな。私にはあんな対応、天地がひっくり返っても無理だ。もし薫に見つめられたとしたら「な、なんだよ?」くらいしか言えないと思う。
「お待たせ〜、はい鍵」
マネージャーがチェックインの手続きが終わったようで薫に鍵を手渡す。私も鍵をもらおうと手を差し出す。
「ん? 何よその手」
「何よって……鍵だよ、鍵」
鍵がなかったら部屋に入れないだろ。薫には渡したのに私には渡してくれないのか? どんだけ信用されてないんだよ。
「何いってるの? あなた達は一緒の部屋に決まってるじゃない」
「……は、はぁ!?」
一緒の部屋だって? 薫と? 当然のように1人部屋だと思っていたのに!
「何よそんなに驚いちゃって。変なこと言った?」
「か、薫はいいのかよそれで!」
認められないよな? な?
「いや、一緒の部屋の方が合理的だろうね。むしろ同じ部屋に入るところを私たちのことを知っている人に見られた方がいいくらいだ」
「そうよ、しゃぶしゃぶで飛んでるのかもしれないけど、あなた達は今、百合営業中なんだから!」
ま、マジかよ……。まぁお金をなるべく節約するためには仕方ないと言えば仕方ないのか。我慢するしかないか。
問題は薫の目を見れないことと心臓の高鳴りが止まらないこと。これは明日も付いてくる問題だろうからなぁ。なんなら原因を知れるチャンスかもしれないプラスに考えておくか。
というわけで薫について行って6階へ上がる。鍵に書かれた番号の部屋の目の前に着いたら薫が鍵を開けた。
「……普通の部屋って感じだな」
「しゃぶしゃぶで基準が飛んでしまったね。普通でいいんだよ、普通で」
まぁ確かに高級しゃぶしゃぶのせいで脳みそがバグっていることは間違いない。あれをスタンダードと考えて生きていくのは危険だろう。
なんとか脳を切り替えて靴を脱いでベットへダイブ! 2つしか観光地を巡ってないけど疲れた〜。でもまだ夜の7時なんだよな。
「集合時間もっと遅くても良かったろ、これ」
「いや、きっと人が一番多く集まる時間帯をマネージャーが事前に調べていて、その時間に行けるようにあの集合時間だったんじゃないかな?」
そう信じたいところだな。でも何となくノリで決めた〜とか言いそうなところが怖いんだよ。
さて、まだまだ眠気は襲ってはこない。これから最低でも3時間くらいは起きているだろう。シャワーを浴びたり歯を磨いたり必要なことをする時間を長くて1時間を要すると見てもまだ2時間もある。
「何するかな……」
「お話でもしようじゃないか」
「ロクなことになりそうにないからパス」
薫と2人っきりでお話とか、そんなのどうぞ煽ってくださいと言っているようなもんじゃねぇか。誰が自分から煽られにいくんだよ。……いや、そういうファンも一定数いそうだけど。少なくとも私は違うからな!
「そう言わないでくれよ。今日はイジワルしないからさ」
今日はってことは明日以降はするのかよ。しかもイジワルしている自覚あるんじゃねぇか。天然で煽っているのかと思っていたけど確信犯かよ。
「まぁ……今日はしないならいいけど」
「ふふ、優しいね明日香は」
そう言ってふんわり微笑んでくる薫。美人が微笑むと世界が平和になるんじゃないかと思うほど、その笑顔にはパワーを感じた。紛争地あたりに薫を連れて行ってニコッとさせたら紛争終わったりして。
そんな無駄なこと考えている場合じゃないな。薫とお話っていっても特に話題があるわけでもない。趣味とか合わなさそうだし。
「インフルエンザの件は本当にありがとうね。明日香のおかげで助かったよ。それと同時にうつして悪かったね」
「あ、あぁ別にいいよそれくらい。むしろテスト前に勉強する時間ができて助かったのかも」
熱が引いた後は自由時間みたいなものだったしな。あの期間にそこそこ勉強できたおかげで赤点回避することができた側面もあるだろう。毎日学校に通ってぼっちだったであろうイチゴには悪いけど。




