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ストレンジ・シバリー  作者: 篠田堅
第三章
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第三十四話 暴露

 鎧の内側を何かが這いずり回る。不快感極まりない。

 

 『それ』は出るための出口を一生懸命探している。うつ伏せの状態の身体がカタカタと震えて金属音が響く。次第に正体不明の感覚は僕の頭部に集中していく。水を入れて膨らませてるみたいだ。


 『それ』が頭部へと全て集まった途端、ふと振動が唐突に止まり、静寂が訪れる。でも、すぐに状況は変わる。ヘルムがいきなり外れるや、鎧の中から黒いモヤのような物が激しい伸びてきた。


 『それ』はしだいに長さを伸ばし、ついにはクフェアに襲いかかろうとしていたフォルネウスの尾びれに絡み付いていく。更なる変化を求め、黒いモヤは物体と化していき、現れたのは一本の長い腕。


 …とはいっても、人間の腕なんかじゃない。黒く硬質化した皮膚に覆われた腕、掌から時折と見せつける濃い褐色の肌、刃物のように鋭利な真紅の長い爪。


 言い表せば、まるで『悪魔』の腕そのものだ。


「何だこれっ!?」


〈感謝するぞ、契約料のおかげで『(ゲート)』が作れた。じゃが、この程度じゃ腕ぐらいが限界じゃがな〉


「まさか、これってフィロの身体の一部なの!?」


 よもや身体から他人の腕が現れるなんて…。


 寄生虫でもこんなホラーチックな出方はしないよ。それにしても、この腕どこかでみたような…。そうだ思い出した!


 初めてこの鎧に触れて変な空間に連れて行かれた際、僕の身体を奪ろうとしてきた無数の腕と同じ形だ! また見れるなんて…嫌な記憶を思い出してしまったよ。


 自分の身体がバラバラになっていく光景なんて誰が好き好んで記憶にとどめたいと言うんだ。


〈ちと動かすのは久しぶりじゃからな、まずは『食事(ディナー)』といこうかの〉


 不機嫌になりつつあった僕の思いを無視し、フィロは自分勝手に事を進め始める。伸縮自在な腕をいきなり鎧の中へと元に戻し始め、それに伴い絡み付いていたフォルネウスもまた引きずられていく。こんな僕のとそう変わらない細い腕にも関わらず、巨体を誇るフォルネウスを少しずつと僕の方へ近づけていく。


「ば、馬鹿! 危ないじゃないかっ!!」


〈やかましい、少し黙っておれ。いささか早いが、この距離でかまわんか〉


 フィロは僕の慌てように何の興味を示さず、何かを決心したかの言葉を残すと、腕がいよいよ本格的に暴れ出す。腕を形成した時の量とは比べ物にならない黒いモヤが重い空気のように地面に広がり、集まって大きな物体へと形を変化させていく。

 

 その姿は巨大な『顎門(アギト)』。ずらりと小さく並ぶ鋭利な牙。大きさはフォルネウスを軽々と飲み込んでしまいそうだ。今は口を閉じていても、一度口を開けたら最後――


〈では…〉


 ――狙われた獲物は二度と日の目を見る事は叶わぬ姿になり果てるだろう。


〈いただきます〉


 黒い腕で頑なに拘束されて身動きが取れなくなっていたフォルネウスは尾びれからその巨大な顎門に丸かじりされようとした。それでも、甲殻がそれを阻止していて顎門は噛み付いてはいても、噛み千切るまではいかない。

 

 そのまま顎門はかぶり付く。すると、次第に口が閉まっていく。牙が喰い込んでいる証拠だ。


〈お前が程良く殴ってくれたおかげでこやつの体は大分柔らかくなっておる。御苦労じゃったな〉


 やがて、“ベキベキッ!”と甲殻が割れて中身にまで牙が達していった。

 

 ――身体を引き裂かれるというのはどれほどの痛みなんだろう。

 

 激痛に悶え、暴れ出すフォルネウスの姿を眺めつつ、僕は恐ろしく感じながらその光景を目に焼き付けてしまう。そのまま一口、二口、三口と顎門はフォルネウスの身体に噛み付いて千切り落としていった。

 

 もはやこれは戦いなんかじゃない。顎門による独断場――食事風景そのもの――だ。こんなのを僕は今まで鎧の中で共に過ごしていたというのか…。恐怖が心の奥底からせり上がってくる。


〈妾を化け物と呼ぶに値する存在だとお前は認識したな? 結構…では聞こう。そんな化け物を封印する鎧を扱うお前は人間であると、一体誰が保障してくれるのかのう?〉


 それは、どういう意味なんだい? 顎門が食事をしていく内に身体かかっていた重圧がふと軽くなっていく。もしや、先ほどの食事で魔力が回復したのかもしれない。それで稼働分の魔力が鎧に廻り始めてきたんだろう。自分で納得した。

 

 今までうつ伏せになっていた身体をゆっくりと起こし、立ち上がっていく。顎門の食事は終わった、その場に残るのはフォルネウスの割れた甲殻や千切れた脚等の残骸と――


 ――剣を握ったまま尻もちをつき、怯えた目でこちらをみるクフェアの姿。


「あっ……」


 おもわず声が漏れてしまった。それと同時に一気に血の気が失せる感覚が襲いかかる。そのまま沈黙が続き、両者とも静観を決めてしまうが、先にクフェアの方がハッとして下げた剣を持ち上げて構えた。


 もちろん、僕の方に向けて…。


「クフェア…」


「…騙してたんだな」


 この事に関して弁解を求めようとしても、それを聞かずクフェアは言葉を続ける。


「人間のふりをして、いつか僕達の事をああして喰らおうと考えていたんだな!?」


 ――誤解だ!


 そう叫びたかったけど、今のクフェアには何を言っても聞き入れられない気がする。あの子は父親を魔物に殺されている。だからこそ、魔物に対する恨みや憎しみはかなり大きい。更に先ほどまでフォルネウスに襲われかけていたからその時の恐怖がまだぬぐい切れてないから、いきなり正体不明の存在が現れては疑心暗鬼に陥るのは確実だろう。


 ――この場合、説得は難しい。身体で示すしかない。

 

 そう考えた僕は腰の鞘を外す。持っていた剣は折れたから空となっているけど、武器を捨てるという行為は警戒心を解かせるのに非常に大事な物だ。次に足を曲げて地面へと座りこむ。ちょうど胡坐をかく感じにだ。

 

 攻撃する意は無いと分からせる。別にこれでクフェアの疑心暗鬼を拭い切れるとは思っていない。ここまでが準備。仕上げに僕は両手でヘルムに手をかけてそれを外す。


 ヘルムを外した場所に首は無く、真っ黒な空洞が覗かせるのみ。


「…僕は確かに人間とは言い難いよ。けどね、僕は君の思っているようなやつなんかじゃない」


「何が言いたいんだよ!」


「僕の身体は…この鎧に奪われちゃったんだ。圧倒的な力を得る引き替えにね」


 僕はなるべく簡単な説明でこの身体についての成り行きを喋り出す。


 アイリーの件と違い、この身体になった真実と僕の本心を…。


「最初は理不尽さに怒りを覚えた。それでも、戦いをする度にどこかでこの身体になってよかったと思ってしまう自分がいることに気がついたよ」


 いくら攻撃を受けても痛みを感じない。どんなに暑くても寒くても暑さや寒さを感じない。老いもしない、飢えることもない。形は違ってもまさに不老不死の身体だろう。


「何人かはこんな身体となった僕を羨むかもしれない。けど、大抵は本当の僕を見てくれはしないんだ…」


 分かるかい? 味を楽しんで食事をすることができない辛さが…。

 

 分かるかい? 親しみ慣れた温かい柔肌の感触がない辛さが…。


「こんな身体なんて僕は欲しくなかった…こんな力なんて…いらないんだよっ!!」


 手に持つヘルムが腕を伝って震えて金属音をかすかに響かせる。


「なんで羨ましがろうとするんだ! 怖がろうとするんだよ! 僕が、何をしたっていうんだよっ!!」


 感情が抑えきれず、やりきれない気持ちが爆発した僕はヘルムを地面に叩きつけていた。

 

 本来はクフェアに敵意がないことを示す措置だったのに、語っていく内に僕の本心が露出していった。その哀愁漂う雰囲気に感化したのか、クフェアは茫然となる。

 

 これまで僕――師匠――のこんな姿を見た事がなかったからだろう。飽くまでクフェアにとって僕は『強い剣士』、『師匠』として捉えていた。


 殺気を押さえ、剣を下げていくクフェア。その姿を見た僕はとても嬉しかった。嬉しかったのに――


〈足りない……〉


 ――俯きながら四つん這いの状態になっていたところ、ふとフィロがそう呟く。


〈やはり魔物の血肉と魂ではこの渇きは癒せんか……〉


 僕の身体の内側が疼き出す。またあの感覚が僕を襲い始める。


〈どれ、ここは妾の大好物でもある…〉


 ――幼い魂を頂こう。


 その言葉の意味を理解するや、まさかと考えて手でゴルゲットの空洞を塞ぐ。

 

「待ってよフィロ! 契約の内容は『僕の敵となる存在を倒す』ことだろ!?」


〈別に、間違ってはおらんではないか? 目の前の小僧はお前に敵意を向けた存在、いわば敵に違いあるまい〉


 駄目だ、契約どおりならコイツは何をやってもいいようになっている!

 

 話を聞いて契約を結んだけど、こんな落とし穴にハマるなんてっ!?

 

 これもフィロの計算通りだったのか…。またやられたっ!!


「クフェア、逃げろっ!!」


 叫ぶ僕の身体を得体の知れぬ物が這い廻る。駄目だ、化け物――フィロ――を…押さえ…切れない……っ!!


「やめろおぉぉぉっ!!」

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