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ストレンジ・シバリー  作者: 篠田堅
第三章
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第三十二話 停止

 無骨な岩肌をさらすだけだった炭鉱は今では岩石の山、無数の切断跡が多数と残されていた。もちろん、フォルネウスが暴れまわった結果であり、その傷跡はさらに増えていく。


「いやー許してくださいっ!! 悪気はなかったんですっ!!」


 そんな現場ではフォルネウスが鋏によって力任せで砕き割ろうとしている僕が必死な謝罪の言葉を続けていた。金属がスクラップとして潰される際に発生するぎちぎちとした音が響く状況の中で…。


〈そんな頑張らずともよいではないか。この鎧はこの程度では壊れんよ〉


「でも、さっきから嫌な音が出てるんだけど! あからさまにへこみかけてるよね!?」


〈妾としては(コア)が破壊されないのなら別にかまわんがのう。これで鎧の外部が破損しても妾自身には関係ないことじゃ〉


「僕に問題があるんだってば!」


 この鎧自体には僕の肉体が動力源として取り込まれている。鎧に何かしらの問題が発生したら、もしかすると元の身体に戻る時に異常ができるかもしれないんだ。だから、あまり大きな破損が起こるような可能性には触れたくはない。


 それにしても、とんでもない馬鹿力で挟んでくるものだ。噛む力が地上最強とされているワニの力を上回っているかもしれない。僕の力でも鋏を開き返すことができない。しだいに体が内側へと束ねられるような感じが襲ってくる。


「ぬおぉぉぉっ! 今回は本気でやばいよ!?」


 身動きを完全に塞がれている以上、僕にはどうすることもできない。ひょっとしたらこの鎧の身体を壊されてしまうかもしれないと焦ってもいた。今までこの鎧の身体の頑丈さは身をもって体験してきたけど、絶対という事はこの世に無いんだ。それは異世界というステージに移っても適応される物事だろう。


〈直情的に行動するからいかんのじゃ。ちゃんと強化を行わんかい〉


「あっ、そっか…」


 そういえば、移動以外での強化の魔術の使い方をしていなかった。腕力にも応用できるのか? フィロがそういうのだからできるに違いない。

 

 さっそく四肢を集中して魔力をためこんで力いっぱい踏ん張る。次第にだが、フォルネウスの鋏が挟む力と拮抗していく。鋏の刃に手をかけて思いっきり握り返しながら鋏を少しずつ開いていった。


 ついには僕が伸ばせる手足の範囲まで開き、僕自身の関節で固定する。


「んぎぎぎぎぎっ!!」


 互いに鍔迫り合いのごとく緊迫感溢れる力比べの中、先に動いたのは僕の方だった。開いた鋏の隙間を掻い潜り、一瞬の隙をついて刃から逃れる。ただし、上半身は首が間に合わず、固定部分にひっかかって首チョンパ…にされたように見えながら外された。

 

 胴体から外れたヘルムは鋏から地面へと転がり落ちたのだった。


「ギロチン処刑って結構勇気がいるよね」


〈何をワケのわからんことを…〉


 鋏の拘束から逃れた僕はすぐさまフォルネウスから距離を取り、地面のヘルムを拾いに向かう。それをフォルネウスは見逃そうとはせず、踏み潰そうと迫ってくるが、一歩僕の方が早かった。

 

 ヘルムを拾うや、全力でのバックステップでフォルネウスの脚から遠ざかり、それからヘルムを装着し直す。やっぱり視界はまっすぐに限る。一々と外れて視界がめちゃくちゃになる瞬間は何度やっても慣れない物だ。


 それよりも、フォルネウスの怒りはさらにヒートアップを迎えて動きが活発化していた。身体にヒビが入っているというのに、魔物は命をかけてまで戦おうとするんだね。そういう所は本人に聞かない限り、理解する事など不可能だろう。


「あぁ、もうっ! いい加減しつこいんだよ!」


 戦い始めてからかなり時間が経つけど、一向に状況の変わらない事態に僕はしびれを切らし始める。言葉は荒くなり始め、動作に落ち着きが見えないけど、そんなことしていても何の解決にもならない。こんな時には深呼吸をしたい気分なんだけど、そもそも呼吸していないから無理だし、必要無い。


 フォルネウスから繰り出される猛攻を掻い潜り、強化した脚力でフォルネウスの身体を登り、頭部に降り立つ。頭部には先ほどの岩石でひび割れた甲殻の傷跡があった。それを見るや、僕は早速腰の剣を抜き、そのひび割れた箇所へと思いっきり突き刺した。比較的柔らかい肉の部分が露出していたこともあってか、刃は突き進む。


 そうしたら、エグいかもしれないが僕は剣を突き刺したまま柄をめちゃくちゃに揺らして中身を掻き混ぜるように傷口を抉る。


「ここかっ! ここがええのんかっ! ホラホラホラァッ!!」


 抉る度にフォルネウスは悲鳴を上げて盛大に暴れ回り出す。当たり前だ、傷口に塩を塗り込むどころの痛さではないからだ。人間なら絶叫を上げるより先にショック死してもおかしくはない攻撃方法だといえる。


 暴れるフォルネウスの振動や揺れを足で踏ん張りつつ、攻撃し続ける。一見地味でも効果的だ。柄を揺らしつつ、刃をさらに突き刺していくとフォルネウスの悲鳴は一層と大きくなっていった。

 

 その時――


「うぉわっ!?」


 ――あと少しで刃全てが突き刺さるといった所で手に小さな違和感を感じた途端に“パキンッ!”と綺麗な音を出して剣は折れてしまう。支えが無くなった僕は足の力だけでは踏ん張れぬまま、フォルネウスの暴走に耐えられずたちまちと地上へ落とされた。


「ま、また折れた!?」


 これで武器が壊れたのは三度目だ。やっぱり人間相手での剣の扱い方しか学んでない僕にはこんな大きな魔物相手での剣の扱い方はわからない。


 剣そのものが魔物の力や硬さに耐えきれずにすぐ駄目になってしまうんだ。


〈短い寿命じゃったなぁ、せっかく思い出深い代物じゃったのにのう〉


「うぐっ!? そう言われると罪悪感が増しちゃうっ!」


 スリール村の武器屋の主人さん、もうしわけありません。お礼としてせっかく譲ってもらった剣、無駄にしちゃいました…。これもあれもお前のせいだ! 絶対仕留めてやる!


 人それを逆切れというんだけど、今の僕には何も入らないだろう。


 武器が無くなった今、僕ができる戦い方は格闘だ。強化で底上げした拳や蹴りで叩いたり蹴ったりするしかない。…とはいっても、フォルネウスの甲殻は並大抵の衝撃じゃ打ち破れない。それでも、やらないよりはましだ…やるしかない。

 





「いいかげん…」


 それから数多の時間が過ぎた。フォルネウスはしぶとく生きていた。いや、動きはもはや限界に近いんだけど、あと一息といった状態だ。もう陽は完全に暮れて暗闇の中での戦いと化していた。


「いいかげん、死んでくれよう……」


 もはや僕は泣きたい。何が悲しくて一日の半分をこいつと過ごさねばならなかったというのか。何度も挟まれ、潰されたりと痛みが無くとも、延々と死なない限り続けるという判断をしたフォルネウスは本当に脳筋だと思えた。所々と甲殻がボコボコにへこんではいても、中身がつぶれている訳じゃない。剣を突き刺した傷痕にも集中して攻撃をしても、なんということか。


 こいつ、新しい殻がいつの間にか作り治されてるんだ。元から出来ていたのより柔らかかったけど、時間が経つ度に硬くなっていくのが殴る度に分かった。


 どんだけ順応能力が高いんだよこの海老はっ!? まるでダメージを受ければ受けるほど防御力を上げていく感じだ。だけど、そのダメージが多きすぎるから、今こうして動きを鈍らせたんだ。


「ちくしょお! やってやる、やってやるぞこんちくしょう!」


 疲労や体力は僕には関係なくとも、気力が滅入るのだ。もうひと踏ん張りと気力を絞って攻撃を出そうとして――


 ――いきなり僕は地面に倒れ込んだ。


「あ、りっ……?」


 訳がわからなかった。

 

 電池が切れたおもちゃのように突如と動けなくなったのだから…。


〈あー、魔力切れじゃな……使用魔力量が容量を上回ったからそろそろじゃと思ったからのう〉


「…ど、どういうこと?」


〈お前の鎧の元である鉱石は硬さを保つために常時魔力を使い続けるし、動く際にも稼働力の代用で魔力は必須なんじゃよ。いつもなら触媒となったお前の体から魔力を生成し続けるが、使う量が生成して容量に充電された分を越えるとこうした状態になるのは当たり前じゃ〉


 …つまり、エネルギー切れ? 指一本も動けないんだけど。今は大事な状況なんですけど!? どうすんだよ! なんでこんな大事なこと言ってくれなかったんだよ!


〈別に聞かれなったから言ってないだけじゃ〉


 またそれか! いい加減そんな子供の悪戯みたいなノリで『してやったり!』をするのはやめろよ!

 

 タンマです、フォルネウスさん、タンマお願いします!


 しかし、そんな願いを聞き入られる筈もなく、フォルネウスはゆっくりと僕の方へ近づいて来るのだった。

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