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ストレンジ・シバリー  作者: 篠田堅
第三章
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第三十一話 炭鉱

 もうどれほど走っただろうか、どれほど攻撃を避けただろうか。フォルネウスの動きは衰える事もなく、猪突猛進の勢いで僕の後ろをぴったりとついてきていた。

 

 正直、こうも逃げ続けの状態が続くと集中力が空になりそうだ。だけど、これくらいなら休憩所から随分と離れた場所に来れた筈だ。あとは見晴らしのよい場所を見つける事ができれば合格。水中や障害物がある場所では満足に剣を扱えなかったけど、やり慣れた地形ならばこちらにも分がある。

 

 それに、フォルネウスは体の構造上、小回りが利かない身体のようだ。それを補っての怪力や甲殻が武器らしいが、力はともかく硬さならこちらも負けてはいない。


「見えた! あれが……っ!」


 草の生えた地面が無くなり、岩肌を除いた硬い土の地面が進んでいく度に広がっていた。ここがクフェアの言っていた炭鉱か、十分な広さだ。この辺りには水はもはや無い。水生生物にとって水は体液の調整だけではなく、呼吸をする為にも不可欠な物質。ならば、フォルネウスは次第に弱りかけている筈だ。フォルネウスの生態を逃げる間にフィロから聞き出し、独自で考え付いた攻略法。少しづつではあるけど、戦いを有利にするためには頭を働かさなくてはいけない。


 はっきり言って、僕は試合に勝つためなら弱点を躊躇なく突いていく度胸も携えている。たとえば運動不足な人ならスタミナを減らすことに重点を置いたり、お酒の飲み過ぎで弱っている人には肝臓を死なない程度にブローをかましたりもする。他にもえげつない手段はいくつもあるよ。

 

 このように、ルールには公平でいるけれど、勝利には貪欲な一面も僕には持っている。


〈この辺りは脆そうな岩盤でできておるのう。少し手早く済ました方が良いかもしれんな〉


 元は採掘場であった名残としてトロッコやレール、ツルハシやシャベル等が壊れたモノやそのままの状態で残された炭鉱の山。無機物な岩肌をむき出しにして、圧巻させる質量を前に僕はようやく逃げる事を止めた。振り向いた視線の先には泡を吹き出し、どこか苦しそうな様子をうかがわせるフォルネウスが相変わらず自分に向かってくる姿がそこにある。


 衰えぬ勢いをそのまま突進と生かして鋏を突き出してきたフォルネウスの攻撃の合間を潜り、僕はフォルネウスの背中へと強化の魔術による素早い動きで翻弄しながら登る。


 足元から硬い音が足音として響く中、フォルネウスの高さに合わせてちょうどよい位置になった炭鉱の岩肌へと突き出た場所を狙って飛ぶ。いくらでかくて素早いとはいえども、山登りなんてできるわけがないだろう。その考えがあって炭鉱の山へと僕は登ったけど、フォルネウスはそんな単純な馬鹿という類ではなかった。

 

 ――登れなければ落とせばいい。


 強力な体当たりで僕が立っている場所の真下である岩壁にぶつかり、強い揺れがここら辺を中心に伝わってきた。


「あぶないあぶない! こら、いい加減諦めてくれよっ!!」


〈後ろを見んか後ろを! 落石じゃっ!!〉


 “ごろんごろん”と何かが転がってくる音に身体が震える中、振り返ってみると炭鉱の山の中腹から巨大な落石が近づいてくるのに気がつく。どうやらフォルネウスの起こした地震が脆くなりかけていた部分を崩したに違いない。慌てて落石の軌道に巻き込まれぬよう、上手く見て避けていく。その時、


「あっ……」


〈おぅ、クリーンヒット〉


 その内の一つが下にいるフォルネウスの頭部に当たるや、耳に響く鳴き声を上げた。その様子をしばらく観察したが、ふと僕は落石で崩れた岩の塊がある場所を見つめた。ここでちょっと良い事を思いつき、心の中でにやりと笑った。表情筋があればつり上がった口元を見せれるんだけど、残念だ。


〈…やれやれ、悪だくみをするならもっとましな物を考えないんかのう〉


 フィロは僕の思考から読み取って今から何をするのか分かったようだ。さっそく行動に移った僕は先ほどの場所から岩の塊を持ってきて、崖岸に集めるようにして置いていく。フォルネウスは先ほどの落石でまだ苦しがっているが、そうしている間にもこちらの準備は整った。


「では、ピッチャー構えて…」


 おもむろに頭大くらいの岩石を両手で縦に包み込むよう持って狙いを定める。


「発射っ!」


 そこから真下にいるフォルネウスに目掛けてその岩石を投げ落とした。重力の加速に従い、岩石は落ちる距離に比例してその威力を増していき、見事にフォルネウスへと命中した。ハンマー大ほどの衝撃がフォルネウスを襲い、この魔物の脳を揺らさせる。その怯みを逃さず、僕は続けて岩石落としを繰り出していった。


「いくら殻が硬くても、中の臓器は柔らかいんだ! より強い衝撃にはそこまで耐えきれないってね!」


〈お前、せこいのう〉


 黙らっしゃい、こういう場合は勝てばいいんだ。人間相手はともかく、魔物になら自分が危ない場合は一方戦を仕掛ける戦略も大事だ。

 

 なんか考え方がフィロに似てきた気がするけど、別に非情になった訳ではないからセーフといっておこう。


「おりゃりゃりゃりゃっ!!」


 次々と投げ落としていく岩石が当たる度、フォルネウスはバランスを崩していく。硬い甲殻部分に当たれば岩は粉砕されていくが、その度に起こる衝撃はフォルネウスの体内のバランスに支障をきたしている筈だ。僕は身体が疲れないからいつでも全力で投げ続けられるので効果はさらに抜群だ。

 

 そろそろ集めておいた岩石が無くなるので、締めとして最後まで残しておいた一番大きな岩石を手に取る。大型の冷蔵庫くらいはありそうな岩石、もとい大岩は僕の頭上で持ち上げられる。ちょっと重すぎて足がぷるぷるしかけてはいるけれど、なんとか耐えられそうだ。振り子の原理を使うように腰を大きく後ろへと振って、一気に大岩はフォルネウスへと投げ落とされた。


 大岩はさっそく落ちると、メキャッと嫌な音を出してフォルネウスは上半身を大岩の下敷きにされて潰した。


「よっしゃあ! どんなもんだい!」


 完全に動かなくなったフォルネウスを見た途端、勝利のガッツポーズをする。僕は慎重に岩壁から降りて行き、潰したフォルネウスの元へと恐る恐ると近づいてみた。我ながらとんでもない物を投げたものだ。地面にめり込むほど重かったようだ。人間の頃とは比べ物にならない怪力がこの身体では発揮できるけど、それがどこまでやれるか測った事はなかったな。

 

 こんな物を持ちあげられるくらいだから、きっと自動車も同じように持ちあげられるくらいに力があるんだろう。ピクリともしないフォルネウスの亡骸を確認し、ようやく元に戻れる事に安堵した僕はこの炭鉱の土地から出ていく事にした。そういえば、釣り道具をあの湖に置き忘れていたな。もうすっかり暗くなってしまったけど、間に合うかな?


〈やれやれ、騎士がこんな戦いかたするとは習ったことないじゃろ?〉


「うーん、石投げならぬ岩投げはさすがに大人げなかったかな?」


 クフェアには感謝だ。この場所を教えてくれたおかげで余計な被害は出さずにフォルネウスを倒せたんだから。まぁ、ここまでに壊した木々に関しては触れないで欲しいとありがたいんだけど…。


〈これ、誰が終わりじゃと言った? 構えておけ〉


「えっ、だってもうフォルネウスは…」


〈馬鹿たれが、これくらいで湖の主を名乗るほどやわではないぞ、と相手は言っておるようじゃがのう?〉


 フィロがそう言うや、地鳴りが響き渡る。後ろから硬い関節の擦れる音がぎちぎちと鳴るのを聞き、僕は“ギギギ”と首を後ろに振り返った。


 次第にめり込んだ大岩が持ち上げられ、突如として一気にテコの応用で盛り返すや、大岩は向こう側の岩壁へと飛んでぶつかる。そこには甲殻の所々にヒビが入りつつあるフォルネウスの姿が…。まだまだヤル気満々と言わんばかりだ。


「……マジ?」


〈じゃが、大分弱っているのう。引導渡してやれ〉


 駄目です、なんか怖いです。目がさっきよりギラついていて殺気立っていますもん。あえからさまに僕を完全に殺る気だと表現しているし…。やっぱ逃げていいですかこの戦い…えっ、駄目? そうですよね……。

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