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ストレンジ・シバリー  作者: 篠田堅
第三章
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第二十八話 遊戯

腰がつった。

めちゃくちゃ痛いです。

そして、遅くなって申し訳ありませんでした。

 身体が沈んでいくにつれ、隙間から溜まっていた空気が物理法則にのっとって水中へ上がって行く。この湖の水質はかなり良さそうだ。向こう側も透き通って見える。元の世界のほとんどの川や湖とは比べ物にならないくらいのレベルだ。


「…やっぱり泳げないや」


〈そりゃ、進め! さっさと進まんか!〉


 予想した通り、手足をばたつかせてもこの鎧の身体は一向に浮力を帯びる素振りが見られない。代わりに水底に溜まっていた泥が掻き混ぜられ、周囲の水を濁らせるばかりだ。


「歩き、にくいなぁ、もぅっ!」


 意地でも進む為、仕方なく水底の泥に足を付けて踏みしめるが、柔らかい足場はかえってぬるかみに足を取られてしまう。粘着質な泥が歩くごとに沈んだ足にまとわり付き、本来の歩数の速度を出せない。


〈何をもたついてるんじゃ! こののろまめっ!!〉


「うるさいよっ! 何が悲しくてこんな懐かしい泥んこ遊びみたいなことしなきゃなんないんだよっ!!」


 文句を言われてむっと来たので言い返すが、状況は変わらず。


〈昨日、『強化』の魔術行使について教えてやったじゃろうが!〉


「いや、昨日の事はなぜか一部記憶が飛んで覚えてないんだ。どうしてかフィロわかる?」


〈あ、いや…仕方ない。もう一度教える〉


 何か思い出したくない事があったのか、フィロは僕の質問にあえて答えず、要約的に簡略した。結局、昨日の『キチガイ事件』については触れぬまま、フィロの脳内講座は始まった。


〈コツは魔閃とほぼ同じじゃ。魔力回路の使用を足に集中するのじゃ〉


「うーむ…」


 言われた通りにしてみる。唐突に静けさが現れ、水中に起こる波も発生することはない。本日二度目の魔力の感覚という物を初めに身体で感じて少し少しづつボンプで送り出すように足へと集中させていく。


〈今回は剣にまとうために外へ流すのではなく、足を栓した瓶のようにイメージするんじゃ〉


 次第に足が別の物に変化するような感覚が始まる。それを続けていくにつれ、風船が膨らむように魔力は鎧の身体の中で収縮していく。


〈よし、仕上げじゃ。身体を進む方向に傾けて、踏み込むと同時に足の魔力回路に出口を作れ。栓を開けるようにじゃぞ〉


 まるでロケット発射の準備みたいだ。足に集まった魔力が解放を求めている。少し未知への挑戦で恐怖も多少あるけど、意を決して実行に移る。


 その瞬間、身体は水の抵抗をもろに受けたまま、勢いよく進んでいく。10mも進んだ所で勢いが緩くなり、再び水底へ重力にしたがって曲線を描きながら沈んだ。


「すごいや! まさしく人間ロケットだ!」


 横から下へと運動のベクトルが変化する中間点の際にバランスを取り戻し、うまく足を水底へとつけた僕はこの不思議な現象に歓喜した。


〈こんな初歩中の初歩で嬉しがるでないわ。これくらい簡単に行えるようにならんか〉


「初体験だから許容の心ってお前無いの?」


 フィロの辛辣な言葉にうまくできて少し自信を持ってた僕はすぐさま意気消沈を覚える。なんだよ、少しぐらい褒めてくれたっていいじゃないか…。


〈そんなことよりさっさとあのサハギンを探さんか〉


「…横暴だ」


 これって実際は僕の親切心でやっていることなのに…。けど約束は約束だ。一方的に押し付けられた物だけどね。さっそく強化の魔術をたどたどしく行使して水中を進んでいくけど、その姿を現してみると、まるでどこぞやの格闘ゲームにいるスモウレスラーの必殺技だ。


 踏み込むごとに泥が掻き上げられて水を濁らせるけど、進む為には致し方ない。こんなにも澄んだ水を濁すのは自然に対して悪い気もするが、しばらくすれば自然と元に戻るので今回だけは許してもらいたいものだ。それにしても、あのサハギンはどこに行ったんだ? この湖には他に河口へと繋がる道はないからここにいるのは間違いないんだけど…。


 意外と深くて広い湖は捜索を一苦労させる。僕の視界は水中ゴーグルを付けたように澄んでいるからゆらゆらと裸眼で見るような視界にはならないから比較的楽だけど、視力が別段と良いという訳ではないんだ。どこかに隠れているのかもしれないかと四苦八苦しつつ、サハギンの捜索を続けようと数度目かの強化の魔術を行使しようとした。


 膝を曲げていざ踏み込もうとしたそこへ、足を掴まれると予想できずに…。


「がふっ!?」


 いきなり進行方向を変えられて水底の泥へと勢いよく突っ込む。柔らかいのでけっこう深くめり込み、抜けようともがいても水圧のためか、吸着したように上半身がへばり付いて中々離れなかった。


 ようやく外れた際にはヘルムを泥の中へと置き忘れてしまう始末だ。結局、元の体勢に戻ったのは1分ほど経った頃であった。


〈い、いたあぁぁぁっ!!〉


 ヘルムを元に戻したところでフィロは雄たけびを上げるかのように興奮した声を張り上げる。なんせ目の前には探しに探したあのサハギンが水中で浮かびながらこちらを見据えていたからだ。


「ギギギッ……!」


〈おい人間! さっさとこやつを三枚に下ろすがよい!〉


「いや、料理じゃないんだから。と言うか、半漁人って食えるの?」


〈食わんわっ! 生臭くて泥臭いで定番じゃっ!!〉


「…そう言えるって事は食ったことあるんだ」


 魔人って何を食べてたんだろう。生態系として気になる点がある。長生きする分、色んな物を口にする機会があるから雑食で合ってるかな? もしかして虫とかも食べた事あったりする?


〈そこまで悪食ではないわっ!!〉


 食用での虫も馬鹿にできないよ? 昔、伯父さんが買ってきた蜂の子の蜂蜜漬けを恐る恐る口にしてみたけど、意外と美味しかったし…。


〈お前の食歴なんぞ興味ないわっ! そんなことよりさっさと――〉


 フィロが言う前に目の前に浮かんでいたサハギンが猛スピードで僕へと泳いで襲ってきた。その不意打ちに対応できなかった僕はサハギンの体当たりを喰らう。足の自由がままならない状態だ。おまけに水中だから浮力も手助けし、この身体を倒すのは簡単だろう。


 サハギンを見ると、さらに笑い声を上げているのを連想させる鳴き声を出してこちらを見つめていた。フィロの堪忍の尾はもはや限界でさっきからやかましい怒号が響いてくる。いさめてはいるんだけど、止める気配がないようなのでさっさと原因を摘み取っておく事にした。許せよサハギン、これもこの我儘魔人に喧嘩を吹っ掛けて目を付けられた事を恨むんだね。


 さっそく魔閃を放つ準備へと取りかかった。魔力を溜める動作は他人から見れば僕は硬直している姿として映るだろう。現にサハギンは何をするつもりなのかと僕の様子を興味津々でうかがっていた。その間にも魔力の充電(チャージ)は完了し、浮かんでいるサハギンへと僕は目標を定めて技を放つ。剣先から蒼い衝撃波が起こり、鋭さを帯びたままサハギンへと向かうが、実は元から少し懸念していた事が起こり、それは簡単に避けられてしまう。

 

 なぜならこの技、攻撃そのものを遠くへ飛ばせるが、腕の振りの速さが変わるという訳じゃない。ましてやここは水中、抵抗によって動作はさらに速度の低下を引き起こしてしまう。遅い振りはサハギンに回避する余裕を生み出したのだ。


「うげっ! 避けられたっ!?」


 たとえ水中でも、腕の速さには自信があった方なんだけど、こうも見事に避けられると驚嘆を隠せない。しかも避ける時にトリッキーな水中泳法を使って一回転してるし…。


「ギーギギッ! ギギギギギッ!!」


 手を叩いて喜んでるよ…。何だろう、その動作って僕的に見ててもイラッと来るんだけど…。ならばこれはどうだ。強化の魔術によるジェット泳法(僕命名)で直接捕まえてやる。こっちの方が目視で早い方だとわかるからさっきの比じゃないぞ?


 理由は分からないけど、何故か集中力の増していた僕は普通より早く充電を終わらせて一気に踏み込み、その爆発的な推進力でサハギンへと近づく。まさか、直接近づくとは思いつかなかっただろうサハギンは今度こそ僕の伸ばした左腕でその喉元を掴み上げられ、もがき苦しむ。


「さて、どうしようかフィロさん?」


〈無論、死刑じゃ〉


〈ギイィィィッ……!?〉


 僕達の言葉は通じてはいないに違いないけど、只事ではない僕の雰囲気を感じたサハギンは余計暴れ出す。大きさは少し小さい人間サイズだ。痛みを感じない僕の手に暴れる際の衝撃は手の力を緩める術には至らなかった。

 

 それじゃあ、じっくりと『料理』させていただくとしようか。

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