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ストレンジ・シバリー  作者: 篠田堅
第三章
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第二十七話 魔閃

 クフェアとの稽古は順調に進んでいき、一段落終えた後は再びアリウスさんの手伝いに入る。まるっきり居候(いそうろう)な形だけど、まだ一日目だからそう判断されるのはセーフとした。


「うーん、生活しているって感じだねぇ。元の世界じゃこんな自給自足なんてしたことがなかったし」


 そんな僕は今、魚釣りをしている。宿屋の魚料理を出すための調達とも言うべきだろうか? 無骨なしなりの利いた釣竿の先端に絹糸で作られた釣り糸を垂らし、浮きの様子をじぃっとうかがう。


〈ふむ、釣りというのは中々風流じゃのぅ。精神の動きが糸にそのまま影響するというのか〉


「僕としては竿掛けを使っておきたいんだけど、手ぶれなんて関係ないからそのままでもやれるし」


 全身鎧を着た人間が胡坐をかいて竿を持って釣りをしている。他人が見ればそれは風流というのではなく、奇妙というのだが…。そんな事を気にする性分なんてこの身体になって数日経てばとっくの昔に消え去っていた。


〈人間一人が保有する(オド)魔力(マナ)の比率は?〉


「6:4」


〈では、魔術を行使するために術式を編む際、魔力を流す場所を何と呼ぶ?〉


魔力回路(チャネル)


 魚が釣れるのを待つだけなのは暇なので、その間フィロから出される問題が僕の脳を働かせる。とち狂う程に反復させられた知識は見事に染みつき、深思考(ふかよみ)しなくても問題の内容を聞いただけでほとんどすぐさま答えられた。


〈魔術の術式は何種類か?〉


「魔人のみが使える術式を加えて約6種類…っと、引いた!」


 何度目かの問題に差し掛かった所で浮きが何度か浮き沈み、一気に沈んでいく。魚が餌にかかって引っ張ったという合図だ。すぐさま竿を上に引いて釣り針を引っ掛ける技巧をこらす。


「よし、これは大きいぞ!」


〈いいぞ! こいこいこいっ!!〉


 魚釣りの醍醐味はこうした瞬間だろう。僕達は若干興奮した状態のまま、魚の動きを見極めていく。


〈右じゃ、右に引くんじゃ!〉


 釣り針から逃れようと奮闘しているまだ見ぬ魚の水底にいる姿を思い浮かべ、フィロの指示と共に竿を反発させた。ここからは魚がバテるか、糸が切れたり針が外れたりして『バラす』かの勝負だ。しまっていこうか。


「こらー! 逃げんな魚!」


 左に力いっぱい持っていくので、僕もまた引くのを止めて右に移動していく。あまり張り詰めると糸が切れてしまうからだ。せっかくかかった獲物だ。そう簡単に逃がしてたまるかという思いが強く、根気強さに磨きがかかった。


 僕と魚の戦いが数十秒続き、とうとうバテて参ったのか、魚は暴れるのを止めて僕の竿の動きに合わせるがまま、こちら側の陸の方へと近づいてきた。


〈よし、逃がすんじゃないぞい!〉


「がってんだ!」


 嬉しそうな声を出しながら僕はその手に陸まで寄った魚を掴もうとする。網がないから手掴みなのは仕方ない。本当は魚籠にそのまま入れて有効利用するはずだったんだけど、動きすぎて遠くに置いたままだった。


 その時だった。


 水中から一瞬、何者かの手が伸びて僕の今回の戦利品である魚を奪い取っていった。


「…あれ?」


 何が起こったのかわからなかった僕は茫然として波立つ水面の後を見つめていた。そこに“チャプンッ!”と水面から何かが浮かび上がってきた。

 

 その正体は『顔』。


「キキキッ!」


 人間では出せぬような声を出しつつ、僕の方へとジッと視線を向けていた。そんなことより、謎の泥棒の正体だ。その顔は魚そのものであった。


〈あ、あんの腐れ半漁人めがあぁぁぁっ!!〉


「フィロ、あれって一体…」


〈サハギンじゃ! 川底や湖、海を拠点とする半漁人型の魔物じゃよっ!!〉


 半漁人だなんて、初めて見たな。


〈奴らはゴブリンに次ぐ相当の悪戯者でな、ああやって他の者の獲物を横取りしよるんじゃ!〉


 怒るフィロの声を余所に、サハギンとやらは先ほど僕達から奪っていった魚を噛み千切って口にしていた。おまけにこちらの様子を嘲笑うかのように再度奇妙な声を上げて僕を眺めている。


〈…あやつめえぇぇぇっ! 完全に妾達の事を馬鹿にしてよる! 魔物風情が、ゆるさん、ゆるさんぞおぉぉぉっ!!〉


 フィロとしてはプライドが許せないらしく、ああいう扱いは我慢ならないようだ。


〈おい、さっさとあのサハギンから魚を奪い返さんか!〉


「いやいや、それは無理だって。僕泳げないし…」


〈だったら水底を歩いて行かんか! お前は息など必要ないからできるじゃろ!?〉


「そんな事言ったって…」


 今の僕としては水中を移動するなど無理難題だ。人の身体と違って浮かばないし、泳ぐことなどもっての外だ。

 

 こうして言い合っている間、サハギンの方は興味を失ったのか、水中を潜っていった。もはや姿などどこにも見当たらない。


「もう駄目だよ。しょうがないからもう一度釣るか別の場所に移動するしかないよ」


〈うぐぐっ、認めぬっ! 認めんぞ敗北なんぞっ!!〉


「落ち着いてよ、ああなったものは仕方ないだろ?」


〈負け犬根性なお前にはそんな言葉言われとうないわっ!〉


 負け犬だなんて酷いな。妥協も時には大切な事だよ?


〈…不本意だが、非常に不本意な事だが……〉


「んっ?」


〈お前に妾の得意技を特別に享受してやろう。そのかわり、あのサハギンを確実に仕留めてこい〉


「なんだよ、その微妙な等価交換は…」


 そんなに仕返ししたいのかよ…。執念深いとも言えるけど、その逆呆れるよ? だけどフィロの得意技か。…少し気になるな。

 

 興味に釣られた僕はこれを奇貨としてその提案に乗ってみることにする。


〈まず剣を構えろ。それから精神を落ちつけ、自分の中に感じる『熱』を浮かべるんじゃ〉


 言われた通りに剣を構え、思考に雑念を取り払って無心状態とする。確かこれは魔力を感じる方法としてフィロから教わった物の筈だ。


〈その通り、それがお前の魔力じゃ。それを流動体、いわば血液のように思い浮かべて身体中を流れる物としろ〉


 体温なんて無いけど、それとは別の物を感覚としてこの身体は感じやすくなっているようだ。


〈手をそれを出す出口として指先に穴を思い浮かべろ。そして、その魔力を剣に覆うように移すのをイメージするんじゃ〉


 指先を水道のホースみたいにイメージし、水圧で噴出するように魔力を外へ押し出して水滴を伝わせるかのように剣に覆わせていく。


〈感じているようじゃな、次にそれが固体になるよう剣に集束した形をイメージしろ。切っ先でもなんでもよい〉


 剣先に身体から取り出した魔力を切っ先に集中させ、少し待ってみる。


〈では最後じゃ、目標を定めて切っ先に溜めた魔力を線でなぞるよう剣ごと――〉


 横溜めに構えを取り、いつでも薙ぎが払えるよう左手を台にして右手を乗せ――


〈――解き放て〉


 ――僕は一気に払い切った。


 その瞬間、突風が僕の周りを廻り、追い風が巻き起こる。剣から蒼い衝撃波のような物が放たれ、湖の水面を擦れ擦れに飛翔していき、向かい側の陸地を一部、剣でなぞった形に抉った。


〈どうじゃ、すごいじゃろう。これぞ魔閃(ディアブル・エンテイル)。人間達の場合はブレイバーと呼ばれているようじゃが、こちらは直接魔力で編んだ斬撃を飛ばす型じゃ〉


「なに、これ?」


 先ほどの攻撃が自分から放たれた物だと信じられなくて呆然とする。それに、集中してて気がつかなかったけど、自分に魔力があるとは初めて知った。改めてフィロに聞いてみると、肉体を代価に僕の鎧の身体は魔力を動力として動かしているそうだ。


 斬撃が飛ぶだなんて初体験だよ。いざやってみると難しいと感じるのが結論だ。


〈妾ならお前のように手間などかけず、爪を媒体として手軽にできるもんじゃ。これぐらいの簡単な技なんぞさっさと習得せい〉


 本来のフィロの実力をちょっと見てみたくなったよ。


〈では、約束通りにあのサハギンを仕留めにいくとせい〉


「えー、こんな広い湖をどうやって探すんだよ」


〈潜れ、妾が言えるのはそれだけじゃ〉


「…あーもうしょうがないな、今回だけだよ?」


 僕としては良い物を教えてもらって満足だけど、その初使用の理由が不純な気がしてならないのが残念だよ。

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