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ストレンジ・シバリー  作者: 篠田堅
第三章
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第二十六話 稽古

試験を乗り越え、私は帰ってきた!

すいません、別件で遅くなりました。

「やあぁぁぁっ!」


 快晴の日差しが十分に浴びられる緑草が広がる大地の下。クフェアの掛け声が響き渡る。その手にはひと振りの木剣を手にして、同じく木剣を構える僕へと全力で向かってくる。


「そうそう、そうやって攻撃を鋭く、絶えず攻撃を続けていくんだ」


 木剣で打ち合う音が鳴り響く中、クフェアの剣撃を受けながら僕は剣の指南を同時に行う。

 

「ふんっ!」


 早速クフェアが僕から教わったフェイントを使った突きを僕の胸元へと放つ。これに腰を捻って軽く避ければ、前へと出てきた所で後ろに回り込む。


「このっ!」


 翻弄されている実態にクフェアは憤慨して、直様後ろを振り向いて僕へ攻撃を続けようとしたけど、そこを唐突に木剣を顔面直前に突き出してやる。


「うわっとっと!?」


 このままでは自分から木剣にぶつかってしまう。それを危惧したクフェアは緊急回避として、地面に倒れこむのを覚悟で足をしゃがんで背中を反らした。それが僕の策とは知らずに…。


「はい、おしまい」


「あいたっ!?」


 無理な姿勢を取ったクフェアの身体に僕は木剣の先を押し付けてそのまま身体を地面に縫い付けるように完全に倒してやる。勝負あり、一本という訳だ。


「相手が自分の思い通りに動くとは限らないよ? そのためには姿勢をいつでも整えられるよう心に留めておくことだ」


 微動だにしない身体のまま、クフェアは僕からの助言を聞き取り「はいっ!」と大きな返事をしてから再び立ち上がる。さあ、稽古はまだまだ終わらない。






「今回はこれぐらいにしとこう。続きは休憩の後という事で」


「あ、ありがとうございました!」


 それから一時間ほど稽古は続き、体力が徐々に無くなっていくクフェアの様子を確かめながら、僕はクフェアに剣を教え続けた。元から基礎体力の強い子だ。即座に僕の教えた事をスポンジのように吸収していった。後はその動きを徐々に物にしていけば大分かはさまになるだろう。


「凄いや、俺の攻撃なんてほとんど避けられちゃった」


 クフェアが僕の事を尊敬の眼差しで見てくるけど、正直言うと攻撃を受け続けるという行為はかなり精神にくる。遊び感覚でやるわけにはいかない。その分、真剣に取り組むわけなんだけど、いかんせんこの行為には忍耐力が過剰に必要となる。教える側になった事もあり、少々意地を張ってメンツを保ってみたけど、馴れない事はするものじゃないね。


「そうだね、クフェアは正面を向いてでの攻撃が多すぎるんだ。だから、上半身を目標としたパターンが定着して分かりやすい。もう少し、姿勢を変化させての横薙ぎや切り上げを混ぜた方がいいと思うよ?」


 それでも見ている物は見ているので、指摘を出すことが出来るのさ。


「うん、わかった! それじゃあ早く続きをしようよ!」


 まだ休憩して十分も経たないというのに、元気が有り余るのも程があるよ。あんなに力強く動き回ったというのに、とんでもないスタミナだね。生身の頃の僕でもこんなに持久力はあったかどうか気になるくらいだ。


「こらこら、やる気があるのはいい事だけど、あまり煮詰めると身体に悪いから休憩時間は休憩をちゃんと取ろうね」


「…はぁ~い」


 納得いかないといった顔をしていたけど、クフェアなりに従うのが得策と考えていたので妥協してくれたようだ。


「ねぇ師匠(せんせい)、もっと凄い技とかないの? 大きな魔物とかを一撃で倒すとかそんな――」


「いやいや、そんな簡単に言われてもねぇ…」


 剣を教わる以上、教わる側であるクフェアは僕の事を師匠(せんせい)と呼ぶ事に決めたそうだ。クフェアが力を求める傾向は頻繁に現れる。一時(ひととき)さえ惜しいと思うくらいに彼は力への貪欲な素振りがある。


「一番大事なのは基礎を積み上げていく事なんだ。出ないと、身体がついていかなくなるんだ。それを忘れないで」


 言葉をうまく使ってそんな傾向を徐々に薄めるよう試みるものの、なるほどこれは手ごわいね…。アリウスさんから前もって聞いていたけど手こずりそうなのは間違いないだろう。


「あ、休憩時間終わりになった! それじゃあさっそく、お願いします」


 取り敢えず稽古に付き合い切るのが先決だ。待たせるとごねり出すのが目に見えているからね。最後まで頑張ろうじゃないか。


 早速後半の部として稽古を再開した僕達は木剣を構え、自分の趣向として今度は本格的な実践形式の試合とする。一度負ければ仕切り直しとして構え直し、そこから何度も時間が来るまで試合を続けていくという連続方式だ。これはベテランでも疲れるのは必須となるような代物だ。身体を慣れさせるのに効果的でもある反面、地獄を味わうよ。


 ナイトスクールに初めて通っていた頃は防具の中が試合を続けるごとに蒸れていくというとんでも試合だったなぁ…。夏でも比較的涼しい気候な僕の国でも汗だくは逃れられないくらいに激しかった。慣れてきた頃なら優しいものさ。当初はぶちかまし合いもあった訳で、何度床に転がされた事か…。吐き散らした事もあったよ。



「手だけ使わない! 足を使う、足を!」


 もちろん、僕には幼児虐待の気はないのでそこまで真似をするつもりはない。軽く小突いてやる程度での反撃で済ませているのだ。


「背筋は曲げない! でないと体勢を崩しやすくなるし、何より剣に力が入らない!」


 それにしても、人に教えるというのは意外と難しくもあれば簡単な所が半々だ。この子の場合は物覚えが良いという特性があったから苦労がないのかもしれないけど、自分の教え――いわば考え――を他人に理解させるは完全には不可能だ。だからといって投げ出しはしない。完璧に近くさせることは可能だと思うからね。


「ほらほらどうしたの! 剣を振っているからって無意識にしてないで攻撃に常に体は備える!」


 それを考えれば教師という仕事は難解な真理を携えている事になるかもしれない。尊敬する職業としてNo.1を冠する東南アジアでもそれは同じ問題として立ち向かうだろう。


「そらそらそらぁっ!」


「ちょっ、師匠!? 激しっ…!」


 この時、調子に乗りすぎて次第に抑えが効かなくなり始めた僕は攻撃の手が早くなっていた事に気がつかず、連続突きを放っていた。利き手の右手を左巻きで捻って破壊力を増しながら放つ突きは僕の十八番(おはこ)であり、それを連続しての攻撃は素人が捌くにはきついに違いない。現にクフェアの防御は崩れ始めており、僕の攻撃を完全に防げなくなっていった。


「あだだだだっ!?」


 切っ先を掠る程度の突きだったので、棒で小突かれている強さと変わりないけど、それでも痛いものは痛く、クフェアが若干涙目になりだすのを見てハッとした。


「ご、ごめん! やりすぎちゃったね!!」


「うぅっ…師匠酷い……」


 子供の泣く姿を見ると、罪悪感と共に何かがこみ上げてくる気がした。いかんいかん…僕にそっちの趣味はないんだ!嗜虐的趣向なんて大人の世界だけにしてもらいたい。変態の道に踏み込む真似なんて勘弁だよ。


〈残念じゃのぅ、それで喜びを感じてると認めるならばロリコンとさらに『ショタコン』を加えられたんじゃが…〉


「いい加減にしないと流石の僕も怒るぞ? 『ニートババア』」


〈誰がニートババアじゃ! じゃからその呼び方は止めんかっ!!〉


「やーい、悔しかったら働いてみろー!」


〈うがあぁぁぁっ!〉


 ふふん、そう何度もやられっぱなしでいてたまるかってんだ。


〈な、ならばこちらにも考えがあるぞ人間! お前の『黒歴史』とやらを今日一日音読してやるわいっ!!〉


「ぎゃーそれは止めてっ!」


〈もう許さん! まず一つ目、お前は六つの頃に小学校とやらで全裸になって…〉


「いやあぁぁぁっ!」


 現状の過程を赤の他人が考えれば何ともくだらない底辺の戦いかと思えるけど、言葉でしか戦う事ができない僕とフィロにとってはある意味真剣だ。

 

 しかし、黒歴史を掘り返すのだけは流石に止めてもらいたいものだ。ちなみに、小学校全裸事件の真相は決して不純な理由ではない事をここで表記しておきたい。単に身体測定の際に場所がわからなくて校舎中をうろついていたという幼子ならではの失態だ。それで当時の同級生にしばらくからかわられたのは言うまでもないけどね…。


「クフェア、そろそろ昼食の時間だから切り上げなさい」


 遠くからアリウスさんの呼び声が聞こえてくる。もう午後近くなのか、集中していて全然気付かなかったな。


「シルヴァーノさんもご一緒にいかがですか?」


 それはありがたいけど、僕は食べ物を口にするという行為は不可能なので丁重にお断りしておいた。建物へ入っていく二人の背中を眺めつつ、稽古道具の片付けを行う。(へこ)んでボロボロになった木剣を前もってアリウスさんから借りていた鉈で削って整えておきたいからだ。


〈よいのか? あの者達に思い入れをする限り、お前の本来の目的を行使するのに時間が増すばかりじゃぞ?〉


「言ったろ? 時間はいっぱいあるって。偶にはこんな風にのんびりと過ごしておくのも必要さ」


 元の身体に戻る事は大切だ。でも、だからといって他の行動を無駄と捉えるのは僕にはおかしいと思うんだ。飽くまで、僕は『人間』として…。あの二人に時間の許す限りに接し続けたいと我意を通しても構わないだろ?

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