第二十四話 誤解
「斧って結構腰を使って振る物だって聞いたけど、重さを感じないと結構分かるもんなんだね」
斧は形式で言えば棒に鉄の塊をくっつけたハンマーと仕組みは変わりなく、それに刃が付けられている違いと簡単に分類できる。長物を持つ時での体感重量の大幅な目安って知ってる? 一寸(30cm)を一倍と換算して、ここから一寸ごとに長くなっていくと二倍、三倍と重く感じられるんだって。ちなみに今僕が使っている斧はヘッド(金属部分)が約3kg、柄の長さが90cmだ。
前者の論理で言わせてもらえば僕の手には最低でも約6kgの負荷が加わる事になる。
「…神経ないから全然分かんないけどね」
だけど、何も感じないからこそ、今までの自分の動きがいかに無駄な部分が多かったかが自覚出来るチャンスとなっていた。
最小限の力で正確に行う動作を一番良い形で覚え込めば、後はどのタイミングで力を加えれば強力な一撃と化すかが分かる。
〈人間には『癖』というものが存在するからのう。一度刷り込んでしまうと無理にでもその動作へ移行しようと身体が勝手に動き、肉体に無駄な力を加えてしまうんじゃよ〉
肉で動かすんじゃない。骨を稼働させて動かすんだ。肉で動かすと伸ばそうとしたり、一点に集中しようとしてしまうから、力のベクトルが均一化しなくなるんだ。
「ふっ!」
こうして、僕は振り上げた斧を中段半身の姿勢で一気に振り下ろす。叩き割るのが目的なんだけど、無理に叩き割ろうと考えずに、だ。僕の頭には既に振り下ろされた斧の姿がイメージされていた。当てる部分がヘッドだという概念を捨てて、その雑念を抜き去ることで斧はそのまま真っ直ぐと縦にされた薪へと向かっていった。
“パカンッ!”と良い音を響かせて断たれた薪は薪割り用の切り株から左右それぞれと弾け飛ぶ。その場には深々と突き刺さった斧が残された。
「あぁ! 駄目だ!? 深すぎると抜けなくなっちゃうんだった!」
しかし、それはやりすぎというものだった。何が悲しくてわざわざと斧を使いにくくしなければならないのやら。切り株にめり込んだ斧を四苦八苦して抜こうとするけれど、強烈な摩擦力が働いているのでビクともしない。足も使って踏ん張りを効かせても、それでようやくといったところかな。
〈ほぅ、良いではないか。まるでその斧は今のお前を体現したような物ではあるまいか〉
「おい、それどういう事だよっ!」
〈どん詰まりという意味じゃ。さしずめお前は排水口に詰まった『ゴミ溜まり』じゃのう〉
「ひどい! ゴミ溜まりって何さ!? もっとましなたとえ方選んでよ!」
黒い笑みが見えてくるフィロの嘲笑が僕の中に響いてくる。
〈嫌か? ならば『ヘドロ溜まり』はどうじゃ?〉
「どっちにしろ底辺物体なのかよ!?」
そういう問題じゃないよ! 嫌だよそんなあだ名的な呼ばれ方はっ! さっさと抜けばいいんでしょ抜けば…もうっ!!
「ぬおぉぉぉっ!」
しゃがみこんで全身を使って斧を抜こうと挑むと、流石に次第に突き刺さった斧は少しずつ動いてくれた。あと少しとさらに意気込んで僕は力を注ぐが、それはやりすぎた。
余剰な力は僕が手で抑える力を超えて“すぽんっ!”といい音を鳴らしながら上空へと回転しながら抜けていったのだ。もちろん、不意打ち同然な現象なので、切り株に足をかけていた僕も踏み外して地面に倒れ込んだ。
「シルヴァーノさーん、調子はどうですかー?」
そこへ、アリウスさんが裏口からやってくる。家族を助けてくれたばかりか、それに甘えず宿代の代わりとして薪割りをしている僕の事を気にかけたからだろう。
アリウスさんの直ぐ横にて、先ほど上空に舞った斧が曲線を描いて突き刺さる。
「ひゃあぁぁぁっ!」
恐ろしい出来事にアリウスさんはたまらず叫び出し、腰を抜かしてその場に尻餅を付く。
「す、すいません!?」
慌てて自分の失敗によって被害を被ったアリウスさんに僕は立ち上がりつつ謝罪した。ワナワナと恐怖に震えるアリウスさんの姿には罪悪感を覚えてしまう。本当にすいません。
無事を確認するべく、アリウスさんの元へと近づく。見るところ、怪我らしいところはないので一先ず安心した。
〈女性強姦第二弾、とことん見上げた人間の屑じゃな〉
「そのネタ引きずるなよ! だから強姦じゃないだろ!」
でも、公共危険罪を未遂もあればアウトな行為をしてしまったのは否定できないね。
「姉ちゃん! 何があったの!?」
そこへ、素振りから帰っていたクフェアがこの場へと現れる。
ここで問題だ。自分の姉が恐怖の表情をしていて、その目の前には今日会ったばかりの赤の他人がおり、しかも近くには斧が突き立てられている。
そんな光景を見て、姉が危険な状況だと思う人間は何%だろうか?
「てめえっ! 姉ちゃんから離れろっ!!」
無論、100%である。
「いや、あの、これは違うんだ!」
僕は慌てて誤解を解こうとクフェアの方に視線を向けたんがけど、そんな場合じゃなかった。なぜなら、クフェアの手にはあの大きな剣が握られているからだ。間合いに入るや、クフェアは全力で僕にその剣を振り下ろしてくる。危険を察して即座にその場から後ろへと飛んで離れると、先ほどまでいた自分の位置にクフェアの剣がめり込んでいる。
「ち、小さいのになんて怪力!?」
〈腕力には自信がありそうじゃな、あの小童〉
一振りから続けて僕へと薙払いをクフェアは仕掛けてきたけど、とっさにしゃがんで避ける。避けたと思いきや一回転して再度僕へと薙払いを仕掛けてくる。
「危なっ!」
僕も負けておられず、今度は上斜めへ飛んでその剣の軌道から逃れる。
「くそ、ちょこまかと!?」
二度も攻撃を避けられた事に悪態をつきつつ、クフェアは僕へと突っ込んでくる。
「ち、違うんだよ!? 別に君のお姉さんを襲ったわけじゃ――」
「問答無用っ! 覚悟っ!!」
聞く耳持たずのようだ。攻撃されては避け、攻撃されては避けと何度も続くけれど、流石に収拾をつけなければまずい。
僕は腰の剣を抜き、クフェアへと向ける。もちろん、傷つけるために使用するわけじゃない。
「上等だ、この野郎!」
「待って! 止めなさいクフェア!」
その姿勢を挑発と受け取ったクフェアはそのまま突っ込んでくる。そこにようやく気持ちを取り戻したアリウスさんが止めに入ろうと声を上げながら近づいてくるものの、全然遠いので間に合わないだろう。おまけにクフェアの方が頭に血が上っているのにも原因がある。
僕はフルークの構えを取って迫ってくるクフェアの姿をしっかりと目で追う。真っ直ぐな剣は次の動作が予測できやすい。次に来るのはきっと右袈裟斬りだ。
そして、その斬撃は予想通り右袈裟斬りであった。振り下ろして当てるその動作での中間に僕は剣を平行して受けようと前に出す。頼りないペラペラな薄い剣ではクフェアの持つ大剣を受けきる事などできはしないだろう。それどころか衝撃に打ち負けて破壊されるのが目に見えている。
だから逸らす。僕の剣が当たる瞬間と同時に横に向けた剣先が下になるよう左巻きに手首を捻って刃が横から縦と変化させる。停止を知らないクフェアの大剣の軌道は僕の剣で擦りつけられる様に変化させられ、完全にその刃は僕を捉えることなく空を切る。
剣だけを使うつもりはない。その動作の間に左足を前にして右足と交差させて腰を捻る。剣を逸らし終えた時には僕はクフェアの左横に位置しており、渾身の一撃を避けられた事実に唖然としているクフェアの表情を見据えつつ――
「ごめんっ!」
――とっさにクフェアの左手を自分の左手で剣ごと掴み上げ、右手に持った剣を柄元でクフェアの背中に押し付けた。さらには交差した内の左足でクフェアの足を引っ掛けて転ばして、だ。
全てが終わった頃には、僕がクフェアの上にのしかかるよう制圧した姿がそこにあった。
「この、離せぇっ!」
完全に関節をキメられたおかげで剣を持つ方の手を使う事も、起き上がる事も出来ないクフェアを見つつ、僕は事情をどう説明しようか迷うのだった。
〈ふむ、児童虐待追加じゃな〉
「僕を一体何にするつもりなんだよお前は!?」
これは少々難しい事になりそうだ。体重が軽いから人を押さえるには全力を出す必要もあるから手っ取り早く済ませたいものだ。




