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ストレンジ・シバリー  作者: 篠田堅
第三章
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第二十二話 休憩所

 坂道を登り、下りと固い大地を踏みしめて人工的に整備された道を辿っていく。どれくらい歩いたのかわからない。休憩を必要としないこの身体は疲労をためないから限界を知らない。


「フィロ、もう…勘弁して……」


〈まだまだじゃ、では次に魔物に関しての応用知識に入るとしようか〉


 僕はフィロから強制講習を未だに受けさせられていた。頭の中に直接響くものだから塞ぎようがないし、無視しようものなら延々と勝手に聞かそうと実力行使してくるので精神がまいってしまいそうだよ。おかげで動きにも影響を起こして、なんだかだるくて猫背になりがちな姿勢のまま歩いている気がする。


〈今のお前に必要なのはこの世界での知識じゃ。ここでの常識を知らぬとほざいておれば馬鹿を見るのは目に見えとるからのう〉


 フィロいわく、自分を乗っ取った人間がタヴレスの知識を無学のまま過ごす等という愚劣な行為は僕が許しても、自分が許しはしない、という。

 

 これだけ聞けば頼もしい感じがする発言なんだけど――


〈暇つぶしとして妾の話ぐらいは聞いてもらおう。構わんじゃろ、人間?〉


 ――自己満足を目的としているのが本心だと知ると、恨めしくなるよ。


「ごめん、ちょっと休憩させて…」


〈何を馬鹿な事を抜かす。疲れなど出んじゃろうが〉


「いや、気疲れなんだ。ほんとお願い」


 眠れないというのははっきり言って気持ち悪い。睡眠を必要としないのはある意味利点かもしれないけど、日常で染み付いた行動をそう何度もできずにいると気が滅入(めい)ってくるよ。取り敢えず、近くの樹に腰を下ろし、そのまま背中を預けて脱力をする。


〈全く(もろ)いものじゃ。これぐらいの労力で根を上げるとは〉


「そんな事言ったって、頭を使うのは僕にとって身体を動かすのと四倍もの差があるんだ」


 ――第一、勉強はあまり好きじゃないからね。


〈ふん、肉体など所詮(しょせん)いつかは滅びるモノ。じゃが知識は年齢を超え、次の世代へと引き継がれる至高の宝じゃ。これ以上に役立つ代物など存在せん〉


「うん、まぁ、そういうのは何となく分かるよ」


 容量が悪くてすみませんね…。でも、生きた年齢の数が圧倒的な差なんだから、それを少しは考慮して欲しいものだよ。フィロの全ての知識を学び終える前には僕は死んでいそうな気がする程なんだから…。


「さてと、休憩終了っと」


 若干リフレッシュしたので歩みを再開。


〈では、続けて魔術系統の話を…〉


「うえっ!? もう限界なんだけど!」


 時間が空けば直ぐに勉強地獄へ直球だ。平凡な僕にとっては苦痛以外の何物でもないね。






 僕にとっての生き地獄がこうして数時間が過ぎた頃には太陽は頂点へと位置する時間となっていた。お昼時である。


 本来ならば昼食をとってお出かけするのが人間の頃では日課だったけど、今は目的が違うので断念しておくべきだ。姿が白く変貌したかのような(さま)を漂わせつつ、僕は重い足取りで道を進んでいく。


「あははっ…土をーこねて、水でーまとめて、火でー固めて、風でー冷ますー」


〈い、いかん、ちょいと無理をさせすぎたかのう…〉


 もはや僕の脳はパンク寸前だ。逃れられぬスパルタ講義は僕を現実逃避へ図らせる始末になってしまった。ふらふらとした移動のまま、意味不明な歌を歌い続ける僕の視界を通してフィロは探索する。正気に戻すきっかけを。

 

〈ほれ、見えるか! あそこに何やら建っているのが!?〉


 それは休憩所。旅人にとっての憩いの場とも呼べる。


〈あそこまで行けたら今日の学問は終了にしてやる! じゃからその不気味な歌をさっさと止めんか!!〉


「土でー生き埋め、水でー溺死、火でー火傷、風でー切り刻むー」


 物騒な内容へと変貌しつつある歌に流石にフィロもいたたまれない。


〈ぬおぉぉぉっ! 止めるんじゃあぁぁぁっ!!〉


 呪詛(じゅそ)を直に聞かされているような感覚に襲われ、フィロは必死に呼びかけるが僕の方は心あらずだ。そのまま休憩所へと向かっていく。


「ひっきにっく、ばっらにっく、ロースにくー」


 奇っ怪な歌を歌いながら僕はその手を扉へとかける。そのとき――


「いってえっ…何しやがるんだよ!」


「黙れガキが!」


 ――突如としてドアが勢い良く開き、その勢いごと思いっきり全身にぶつけられたのだ。おまけに倒れこむと同時に何かが自分の上を覆いかぶさるようにしてだ。ちょっと重い重い!


「ごふっ!」


〈な、なんじゃ!?〉


 いきなりの出来事に僕達はお互い驚愕する。

 

「おら、立ちやがれこのガキゃっ! 誰が弱いって!?」


「あんま調子のっていると只じゃおかねぇぞ。わかってんのか!?」


 その次には休憩所の建物の中から二人の男達が出てくる。

 表情は憤怒で覆われていてわかりやすいくらいに顔を真っ赤にしてこちらへと詰め寄ってくる。


「うる…さい……」


 いや、正確には僕の上に乗っかかっている『少年』にだ。


「止めてください! この子の非礼はお詫びします! ですから、どうかこの通り、許してやってください!!」


 後から更に建物から一人の女性が飛び出し、二人の男達を止めようとする。


「うるせぇ! こいつはわざわざ化物退治に来てやった俺達の事を見るや弱い奴とほざきやがったんだぞ!? 黙ってられっか!!」


「本当の事さ! お前らなんかにあのキマイラを倒せるものか! それどころか、奴の恐ろしさを何もわかっていない!!」


 少年は男達へと反論し、それこそが正解だと譲らんばかりに大声で叫ぶ。


「ほざいたなガキが! これでも俺達は名の通ったギルド『サーペント』のメンバーだぜ」


「そんなの知るもんかっ! そう言ってお前達みたいなやつらが何人、奴にやられたと思ってんだよ!!」


「んだとぉっ!」


 うるさいガキには少しお灸を据えねばならないと考えた男達は少年へと手を伸ばす。乱暴をするに違いない。それを察した女性はなおさら必死に彼らを止めようとするが、所詮女性の力だ。屈強な男性の力には対抗出来ずに近くの地面へと払い倒された。


「姉ちゃん! この、野郎っ!!」


 恐らく状況を察するに少年と女性は姉弟に違いない。姉を傷つけられた少年はそうした男へと立ち向かうが、大人と子供では雲泥の差があるから、簡単に蹴飛ばされて姉と同じように大地へと転がされる。


「あぐっ……!」


「もう許さねえ…少し脅しつける程度で済ませる気だったが、痛い目を見なきゃ済まないって事だな?」


 少年は髪の毛を掴み上げられ、持ち上げるように身体を起こされる。蹴られた腹の痛みに耐える少年はそれでも男を睨みつけるが、それも気に障ったのか、男はさらなる怒りを募らせて少年を殴ろうと拳を上げる。


 そんな拳を唐突に横から掴みかかる僕がいるとは気が付かずに…。


「ちょっと待ちなよ! いくらなんでも小さい子供にそれはやりすぎだ!!」


 僕は状況を見ている中で弱者の立場となっている姉弟の方を味方する事に決めた。事件の主旨はわからないけど、このまま子供や女性を傷つけられるのを見ているままでは自分としても心が痛むからね。


「あぁ、なんだお前……っ!?」


 邪魔をされた男は掴まれた腕を振り払おうとするが、出来ない。僕から加えられる強い握力は男の腕力の臨界点を超えていて、いわば力負けをしているからだ。


「止めなよ、子供の言う事に一々と腹を立てるのは大人のやることじゃないでしょ?」


「……ちっ!」


 確かに一理ある。腹を立てはしたが、男達は直情的な人間ではない。だからこそ、僕の言い分には彼らの非違が試される事にもなる。


「…戻るぞ」


「…けっ!」


 冷静さを取り戻した男達は矛先を収めることに決め、建物へと戻っていった。その場に残ったのは三人。取り敢えず目の前にいる少年へと僕は声をかけてみる。


「大丈夫、怪我はないかい?」


「……っ! 余計な事するなよ! 馬鹿!!」


 優しく声をかけたとは裏腹に、少年から投げつけられたのは非難の言葉でだった。颯爽と立ち上がった少年はそう叫んだ後、どこかへと走り去ってしまう。


〈全く、めんどくさそうな小僧じゃのぅ〉


「何が、あったのかな?」


 僕達はお互いそれぞれの思考で少年の行動について考える。


「あの…」


 そこへ、先ほどまで同じように地面に倒れていた女性がこちらへと立ち寄り、声をかけてくる。


「弟がご迷惑をおかけしたばかりか、助けてくださって本当にありがとうございます」


「弟さん、ですか?」


「はい、私の名前はアリウス。そして、先ほどの弟の名前がクフェアといいます」


「あ、僕はシルヴァーノっていいます」


 それぞれの自己紹介が終わった所で僕は何があったのかアリウスさんに詳細を聞こうとする。それについては長くなりそうなので、外で立ち話もなんだからとアリウスさんは提案をする。


「よかったら休憩所へどうぞ。簡素ですが部屋ぐらいは用意できますので」


 話が決まるや、そのまま僕とアリウスさんは建物へと入る。さらなる出会いは僕の道を満たすのだろうか、それとも妨げるのだろうか…。

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