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ストレンジ・シバリー  作者: 篠田堅
第二章
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第十九話 守護者

「うんん――、くはぁっ!ぁ……、はぁッぁああ――っ、んぁあっ!」


「しっかりして! もうすぐだよ、頭が見えてきたわ!!」


 大倉庫地下室ではローリエが悲鳴を上げたり痛みで泣いたりしていた。下腹部を貫き、秘部を焼くような激痛に、ローリエは涙を流して身をよじる。それを村の女性達がローリエの四肢を押さえつけ、暴れて胎児に支障をきたさないように必死でいる。


 こんな状況がかれこれ二時間ほど続き、他の村人達もローリエを心配する様子が見える。無論、商人達も少なからず同じ様子だ。


「全部開いたらあとはもうタイミングですから。陣痛が大きくなってくる間は深呼吸を三回、吸い終わったら少し吐いてそこで力んでください」


「わ、わかったよ。でもライリーちゃんもう休んでちょうだい。これ以上はあなたも本当に危険な状態なんだからね」


 魔力の枯渇で体調が不全、嫌悪感が充満する意識の中、ライリーは出産の指示を出し続けていた。もはや限界を通り越しているのだが、気力で強引に持たせている。そんな様子を近くにいた中年女性の村人が心配し、いさめようとするものの、聞く耳をもたず。現に頭を押さえて何かに耐えている仕草が先ほどから見れる。


「…しょうがないか……。ティモンさん、そこにある私の荷物袋取ってくれませんか?」


「これかい?」


 ティモンに『ある物』を取り出すため、直接自分の荷物袋を頼んだライリーは早速受け取るや封を解く。そこから紫色の液体が入った一つの瓶詰を取り出し、躊躇(ちゅうちょ)なくコルク栓を取る。みるからに怪しそうな液体だ。誰もがそう思う物体をライリーは――


「んぐっ!」


――一気に飲み干すのだった。


 幸いにも量が少ないから直ぐに飲み干せたが、中身の方が周りには気になっていて仕方がなさそうだ。恐る恐る、助産をしていた村人がライリーへと質問する。


「ライリー、それっていったい…」


「試作で作った魔力回復薬、失った魔力を影響なく回復させるためのものなんだけど…」


 薬での魔力回復はあまり好まれていない。副作用が多く、逆に体に代償がかかるので使われることはほとんどないからだ。それが定番だとされていたが、ライリーは作ってみせた。


「市販の強烈な副作用を無くし、薬液自体に抽出した魔力を封じ込めてみたの」


 みるみると顔色が良くなっていく。激しい汗や呼吸も落ち着いていく。


「けどね、一つ問題があってね…」


 ふと、近くにあった洗面器をライリーは取り寄せる。顔をそれに覗き込むように向け――


「死ぬほどまずいっ! ぶぉえっ! うえぇぇぇっ!!」


「「「「「えぇーっ!?」」」」」


 ――思いっきり胃の中の内容物を吐き散らしたのだった。

 

 実に見事な音がライリーから響き渡り、緊迫感もへったくれもない雰囲気が漂う。何人かがそんな姿に同情を感じたのか、洗面器に向けて派手にぶちまけているライリーの背中をさすってやる人も出てくる始末だ。やがて、二十秒ほど様子を見てると、洗面器から顔をどかし、スッキリした顔で立ち上がる。先程まで起き上がることすらままならない状態であったというのに。

 

 魔力回復薬、恐るべし…。


「じゃあ、続き始めるわよ!」


「う、うん…」


 どうやら、ライリーの方は相変わらずのようだ。奇想天外な行動がライリーの売りなのかもしれない。


 ふと、微かに雷が轟くような音が聞こえてくる。向こう側も大分派手に暴れているようなので、こちらの問題も直様解決しておくに越した事はない。ライリーとしても、大好きなこの村を踏みにじった盗賊共を許すつもりはない。


 ――罪には罰を。


 それがライリーにとっての信条。だからこそ、人を傷つける事には躊躇(とまど)わない。



◆◇◆◇



 トリガーを弾き終わった頭領が雷撃筒を向けたままの状態で静止している。その顔はどこか納得がいかないという風だ。

 

「…中々しつこい男だな」


 煙が次第に晴れていく。人影が現れ、そこにはアルダが弓を放った直後の姿が目に入る。


「とっさに雷撃の発射を予測し、矢を避雷針代わりにするよう射るとは大した男だ。だが、それでも全ては防ぎきれなかったようだが?」


「ぐっ……!!」


 突然、体を抱えるように押さえつけ、激痛にアルダは耐えていた。高圧の電流がアルダの身体を焼き、肉体の稼働にも影響を出したのだ。これが精一杯、これが最善の策。それでも、大きな代償を支払わなくてはならなかった。仲間達が心配してアルダに近づいて来てはいるが、現状を覆すには足りない要素だ。


「どうする、奇跡をもう一度起こしてみるか? それとも、奇跡を願ってみるか?」


 頭領は再び雷撃筒を構えて標準を合わせる。もはや遊びは終わりだと…。


「あぁ、アンタの言うとおりだ。なら俺は…その『奇跡』ってやつに頼ってみるとしようか」


「…何っ?」


 アルダが何か悪巧みをしたかのような笑みを浮かべる。頭領はハッタリだと片付けようとしたが、何かがおかしいと気がつく。


 ――何かが足りない。


 判断がつくまでに数秒、周りを漂う煙が地の理となり、『少年』を手助けした。煙の中から突如として現れたシルヴァーノが槍を向け、突撃を仕掛けてきたのだ。あまりの急な行動に冷静を装っていた頭領も流石に動揺しつつ、その攻撃を雷撃筒でいなす。素早い動作は筒口を向けるのに時間差を必要とせず、即座にシルヴァーノのヘルムへと位置づけ、そのトリガーを引いた。


 凄まじい雷撃がシルヴァーノを襲い、ヘルムが吹き飛ぶ。これで心配の芽は摘めたと頭領は安心する。


 いや、してしまった。シルヴァーノという存在を知らぬがために…。


「これはっ!?」


 中身が空っぽの鎧を直視した瞬間、残心し思考が停止してしまった所に頭領は脇腹を強く叩かれる。その正体は槍。なんてことはない、いなされた槍を回転させて槍柄で叩き付けられたに過ぎない。


「うおぉぉぉっ!?」 


 馬に乗っている頭領がバランスを崩した後には落下の未来が待っていた。鈍い音が地面に響き、頭領はそのまま仰向けの状態となる。周りの盗賊達も然り、傭兵達も驚いている。相手の正体に、人間ではないという事実にだ。頭領が馬から落とされた事実よりも、それほど衝撃的な事だった。


「き、貴様、一体何者だ!?」


 頭領は目のあたりにした真実に慌てようを隠せない。雷撃筒をとっさに向け、なりふり構わず雷を放つ。放つ。放つ。

 

 絶え間なく続く雷撃はシルヴァーノを貫こうとするが、微動だにせず。それどころか、シルヴァーノのほ方から一歩づつ歩いて近づいてくる。それがたまらなく恐怖を煽り、次第に頭領の冷静さを失わせつつあった。


「くたばれ! この、化物があぁぁぁっ!!」


 一心不乱に頭領は雷撃筒を発射するものの、雷はまるで素通りするかのように鎧の身体を流れ、別の方向へと出て行ってしまう。あと2m、1mと自分に近づいてくるこの化物を倒すべく、頭領は躍起(やっき)となる。

 

 そして、何度目かの発射の際、近づくだけだったシルヴァーノに動きが見える。右手の拳を握り締め、全力で雷撃筒へとパンチを放ったのだ。その時、同時に雷の発射準備に入っていた雷撃筒は殴られた衝撃により、内部から魔力を暴走させ、暴発を引き起こす。

 

 無論、持っていた頭領の手の中で暴発をした訳だ。無事であるはずがない。現に頭領は指の何本かが吹き飛ぶ。


「うわあぁぁぁっ! 指が、俺の指がアァァァッ!!」


 血を流し、激痛でわめき散らす頭領に盗賊達もまた影響を受ける。

 

 ――もしや自分達は負けるのではないか。

 

 ――このままでは自分達もあのようにされるのではないか。

 

 疑心暗鬼の心がそれぞれに生まれ始める。そうなってしまっては簡単だ。

本能におもむくがまま、次第に盗賊達は逃げ出す。相手が人間ならばここまでにはならなかっただろう。だが、相手は人間じゃない。化物…それも不死身の化物だ。それが決め手となってしまった。


「待てお前ら! 俺を置いていく気か! おい、逃げるな!!」


 その場で動けずにいる頭領は逃げていく仲間達に非難の言葉を投げつけるが、誰もが聞く耳を持たず。ついには、数人程度しかスリール村には残っていない結果が出た。数人とは言っても、それもまた負傷で動けないのが主ではあるが…。


「なぁ頼む、殺さないでくれ! 後生だ! 頼むっ!!」


 縋る物が何も無くなった時、頭領は命乞いを始める。雷撃筒を無くしたと共に、自信も無くしたのだろう。始めに見せた姿は見る影も見当たらなくなっていた。


「…何人殺したと思ってるの?」


「悪かった、この通りだ! 助けてくれ!!」


 首なし状態の鎧の姿のまま、シルヴァーノは頭領を威圧する。最初にヘルムを吹き飛ばされた時、地面に転がり込んだままにしていたからだ。もはや正体について、なりふり構わずいられなかったからかもしれない。


 普段は温厚で通っているシルヴァーノでさえ、怒る事は怒る。今回の体験はシルヴァーノの導火線に火をつけるどころでは済まされない。


「都合の良すぎる謝罪だよね。だからあえて言うよ?」


「ふざけるなっ!!」


 愚者と認定された頭領はシルヴァーノから強烈な蹴りを喰らわせられる。頭と手、両方の激痛に只々悶絶するしかない。


「お前にはきっちりと償わせてやるからな。覚悟していろよ!!」


 頭領は襟元を掴まれ、倒れた状態から上半身を上げられるが、もはや反応出来ずにいる。この村を守るべく奮い立った守護者の機嫌は相変わらず最悪だ。


 盗賊に『奇跡』など起こる訳もなし。

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