第十七話 存在意義
「ここだ、話によりゃあ隠れてるのはここで間違いないだろう」
村人達の捜索に向かっていた盗賊の一味は外で戦っていた村人からその場所を聞き出し、とうとう探り当てた。その際、無理やり聞き出させた当の本人には永遠の眠りについてもらった事だが…。何でも大倉庫と呼ばれる村一番の大きな倉庫に隠れ場が作られており、そこに女子供老人を中心とした村人達がいるらしい。
「おい、ハンマー持ってこい。錠を壊すぞ」
「女もいるんだろうな? へへっ、待ち切れねえぜ…」
「手をつけるの程々にしとけよな? 何人かは奴隷商に売り飛ばすためだから傷をつけると価値が下がる。もちろん子供の方もだ」
「んで、それ以外は殺っちまっていいんだよなあ?」
盗賊達が村人を始末しようと考えるのは今回の被害を首都である王国に伝達され、自分達を討伐するべく兵隊を派遣されないようにするための処理でもあるのだ。決して只、金目の物や食料などを奪っていくのが彼らのやり方ではない。
それに、楽しみがある。彼らのほとんどが男であり、村のような小さな居住地でも女は居る。これだけ言えば分かる筈だ。虐殺を行おうとする男にとって女は『別目的』での格好の餌食になってしまう。
「よしやるぞ、せーの……!」
ハンマーを振り上げる盗賊。村人達にとって頼みの綱である錠を叩き壊そうと振り下ろす。今から待っているのは略奪。楽しい楽しいご褒美が――
「うぐぅっ! が、……ぐが!?」
――待っている筈だった。
「ななな何だ、こりゃあ……っ!?」
彼らが目的を達成するのは難しくなりそうだ。ハンマーで頑丈な地下室への入口の扉をもう少しで壊せるとその場の誰もが思ったが、いきなり扉越しで伸びてきた『銀閃』が盗賊の一人を下腹部あたりから貫いたのだ。
それは一本の剣。見事な一撃は盗賊を扉との串刺し状態にさせる。突如の攻撃に仲間は驚愕を隠せない。今まで頑なに封鎖された扉が呻きをあげるかのようにゆっくりと開くと、中から何者かが現れる。血に塗れた黒き鎧を全身にまとった存在。誰もが先ほど仲間をやったのがこいつだと確信する。
◆◇◆◇
予備の剣をまた貸してもらってから僕は地上への入口の扉を開けた。静かだった怒号や剣戟の音がみるまに騒音化して身体中を打ち付けてもそれには負けない一歩づつ、一歩づつと強く踏みしめながら前へと進んでいく。
「…お前達はなんで人を平気で傷つけられる」
「こ、こいつ、何言ってやがる!?」
「人を傷つけて、何かを手に入れられるというの!? 意味があるというの!?」
静かな怒りを心に秘めて威圧感を放つ。盗賊達を怯ませ、後ずさりを起こさせるほどに…。僕は今だ串刺しにされて悲鳴を上げ、剣を抜こうと躍起になっている盗賊の一人へと視線を向ける。一応、急所を外しておいた。まだ生きている。簡単に死なせてたまるものか。
「痛えよぉっ! じぬっ! じぬうぅぅぅっ!!」
「痛いよね、そうやって傷つけられたら苦しいんだよ。分かるだろ?」
無表情で向けられる僕からの視線に気づかず、盗賊は苦しんでいる。見てるか聞いているかは構わずに僕は言葉を続ける。
「だけど、今この下で命を生み出す戦いをしているローリエさんの痛みに比べればお前の痛みなんか……! この村の無抵抗な人達をなぶろうとするお前達を僕は絶対に許さないっ!!」
剣を構える。周りにいる盗賊達へと切っ先を向ける。その姿にこれまでの躊躇は見当たらない。微塵の震えさえも起こらない。
「何言ってやがる! やっちまえ!」
「いきなり出てきて訳のわからない事を叫びやがって…邪魔なんだよ!」
どういう意図があるとは考えぬ盗賊達は僕へと一斉に襲いかかった。まず初めに、二人が僕へと近づいていく。あまり遠くはない距離だ。二秒も経たない内に間合いへと入り込む。
仮にもこちらは護身的とはいえ、西洋剣術という武術を習っている。それに対して盗賊の我流の戦法にはバラつきが見られて、しなくてもいい無駄の動作が目立つ。それを狙って突きを基本とした剣撃を手首、太腿へと切りつける。鮮血が飛び散る。
激痛が二人の足を止めてその場に蹲らせる。僕はそれを気にせず、続けて襲いかかってくる敵に視線を集中した。次は槍を使ってその鋭い穂先で僕を仕留めようと仕掛けてくる。あれで突かれたらひとたまりもない。普通ならね…。鎧の身体にはそんなものは通用しないよ。
左手の二の腕を守るヴァンブレイスという部分で裏拳を放って槍の軌道を強引に上にあげ、がら空きとなった懐へと右回転しながら入り込み、その遠心力を利用した薙払いを脛へと叩き込む。
「こ、こいつ…つえぇ!」
「う、うおぉぉぉっ!」
仲間が次々とやられていく様に脅威を覚えた巨漢の盗賊が落ちていたハンマーを拾うや、一気に横振りで僕へと振り付ける。流石の僕もその不意打ちを感知できずに豪快にその衝撃をその身体に受けた。人間より軽い鎧の身体が吹き飛んで倉庫内の壁へと叩きつけられる。
その時、ヘルムが拍子で外れてしまい、転がり落ちた。ご存知だろうが、僕の身体である鎧は中が空洞だ。この状況で不可思議な物が晒されるとなると、どうなるか? 答えは簡単。
「誰も、いない…だと……?」
「そんな、まさか…ば、化物だあぁぁぁっ!!」
あまり学の無い盗賊ではゴーレムという存在の知識でさえ携えていなかったのかもしれない。だから、鎧の中には誰も入っていないという事実を直情的に受け入れてしまい、驚愕と恐怖を生んだんだろう。
先ほど攻撃した巨漢の盗賊も例外じゃない。化物――僕――を倒すべく、もう一度ご自慢のハンマーの一撃を壁に寄りかかる僕へと叩き込んだ。
轟音を上げ、木造の壁は大破する。僕も共に叩き壊したと…そう思ったに違いない。
僕は高く飛んでいたんだ。重力によって落ちていく僕はその体重全てを右腕に持つ剣に込めるよう、腕を振り下ろす。強固な柄頭による叩きつけが巨漢の盗賊の頭へと叩きつけられ、脳震盪を起こさせた。僕が地面に舞い戻ると同時に、後ろでゆっくりと前倒れしていくのが音で分かった。
「ひゃ、ひゃあぁぁぁっ!」
次々と仲間が倒され、あまつさえこの中で一番の怪力持ちでさえも簡単に倒した僕に恐れを抱いた残りの盗賊は一目散に大倉庫から走り去っていく。その様子を床から見送った僕はヘルムを拾い、装着し直す。
この場には気絶し、悶絶し、呻きを上げ続ける盗賊達だけがいるのみ。
それも全員がまだ生きている。
〈わざわざ全員に急所を外して攻撃するとは…まぁ、今までよりはましかもしれんのう〉
「決めたんだ、逃げないって…。だけど、それは戦うんであって命を奪う事じゃないんだよ、フィロ」
〈そんな事は別にどうでもよい。これまでの甘ったれのガキがここまで変貌することができる事に妾は只驚嘆しているだけじゃよ〉
「甘ったれなガキだなんてお前も相変わらずひどいなあ。けど、もうそれは少しだけ止めるよ」
〈ほう、半端な決断は後が恐ろしい事になるやもしれんぞ?〉
「それでも、これは僕なりに決めた答えなんだ。…実を言うと、今でも気を抜けば震えが止まらなくなりそうなんだ」
〈ふふっ、歪んでいるのう…じゃが、それがいい。本当に人間とは面白い存在じゃ〉
痛みに耐え、呻きを漏らす生者達を乗り越え、僕は大倉庫の外へと出ていく。聞こえてくる怒号と剣撃の音を頼りに、今だ戦っている傭兵達の元へと急ぎ出す。
今まで培って来た知識や倫理は通用しないかもしれない。けど、それでもこれらを捨てるわけにはいかないんだ。いつの日か、元の身体を取り返し、元の世界に帰るまで『繋がり』であるこの考えを僕は手放したりしない。
いよいよと大詰めとなってきたこの戦い。傭兵達は少なくなった仲間達と散り散りにならぬよう固まって戦いに挑んでいた。その中にはアルダも居る。
「大分減ったな。何人やった?」
「俺は八人ほどだ」
「こっちは十三人くらい」
「結構だ。けど、これは少しまずいかもな…」
次第に追い詰められ、囲まれ始めている事に危機感を覚える。一人一人が盗賊を倒し、今まで生き残っている強者だが、限界が近づき始めていた。まだ五十人ほど残っている盗賊達をこの人数で倒すには無理が募ってきたのだ。疲労困憊、意識朦朧と身体の異常は元より、気力も何とか気迫で保っているくらいである。
「そういやさアルダ、お前の持ってたあの一本だけ布にくるんだ矢…ありゃ何だったんだ?」
「…別にいいだろそんな事は」
「でもよ、前からずっと知りたかったんだけど仲間の俺達にも誰も話さねえんだから気になってしょうがねえんだ」
無駄話でもしてこの場を盛り上がらせようとする傭兵の一人がアルダへこんな質問をする。
「これで最後かもしれないんだ。せっかくなんだから今回ぐらいは話してくれよ。いいだろ、なっ?」
相変わらずアルダはあの矢の事は話したがらないが、真剣身を帯びた願いにアルダの固く閉ざしていた口が緩みかける。言おうか言いまいが、しばらく思い悩み、目を少しだけ閉じて考えた。
そして、そっと呟く…。
「……復讐」
「えっ?」
「いや、別に何の事でもない。本当の事は生き残れたら存分に聞かせてやるよ」
「お、おう…」
話を強引に終わらせ、囲んでくる盗賊へとアルダは意識を集中する。質問をした傭兵はついさっき呟いたアルダの言葉に呆然としつつも、アルダと同じように集中する。
――本当の事とは言っても、最初に呟いた言葉の方がきっと…。
じりじりと緊迫感が漂っていく。どちらも攻撃を仕掛けてもよい状態ではあるが、今までの戦闘で学習したところもあり、迂闊に手を出すものではない。誰もが始まりを望んでいた。
そこでだった。『蹄』の音が響いてきたのは…。
盗賊達の囲いに巨大な影が襲いかかる。その正体は一頭の馬。特有の鹿毛色をした馬が屈強な足で割り込んできたのだ。だが、この場で注目したのは馬ではない。その馬に乗っている人物の方であった。それを見るや、アルダは驚く。
「お前っ!?」
「助けに来たよ!」
シルヴァーノであった。手綱を巧みに扱い、馬を操作してここまで走らせてきたのだ。
――確か、あの馬は俺達の雇い主が所有する馬車の…。
傭兵達はそんな事を考えつつ、シルヴァーノの登場に少なからず感謝したのだった。
〈ほう、馬に乗れるんじゃな。どこで習ったんじゃ?〉
「ナイトスクールじゃ中世の騎士文化も勉強することがあってね。その一環として動物園で馬に乗る体験コースでちょっとかじったんだ!」




