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ストレンジ・シバリー  作者: 篠田堅
第二章
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第十六話 覚悟

 食料、酒、衣類、様々な物資が保管されているスリール村の大倉庫。建物の地下にはさらに地下倉庫が存在し、予備の場所として本来ならば扱われるのだが、現時点では村人達の避難所と化していた。


 地面から伝わってくる怒号や剣戟(けんげき)の音、それらはここで潜み続ける彼らに狼狽(ろうばい)を誘う要因として不安を募らせていく。


「…外はどうなってるんだろうか?」


「やめとけ、迂闊に出てったら殺されるぞ」


「そうじゃ、今は待つのだ。ほとぼりが冷めるまでは危険だ」


 この村の村長や代表達が口々と今の状態を維持する事に徹するようにと述べる。誰もが地下倉庫を出ることは良しとしないらしい。

 

 今はじっと耐えろ。村人達は総意でこの意見を受け入れる。だが、よそ者には耐え切れぬ事ともなるとは、そこまで考えついてはいなかったようだ。


「おいお前、この村なら安全だからとわざわざ遠回りでこのルートに決めてたんだぞ!? 全然話が違うじゃねえか!」


「そんな事分かってる! 俺だってこんな事になるとは考えて無かったんだよ…」


「考えてなかったで済まされるか! この責任はどう取る気なんだ!」


「あんただって、傭兵を雇う費用を出来るだけ少なくしたいって言ったから俺はわざわざこのルートを選んだんだぞ! 元はと言えば、金をけちったあんたに非があるんだろうが!」


「何を…こんの貴様ぁっ!!」


 一緒に避難していた商人達が口々とこうなった元凶を探し出すため、責任の押し付け合いという醜い言い争いを始める。商人の代表である二人はついには取っ組み合いに発展し、それを部下達や一部の村人が止めさせようとする。


「ベルガ様、ラド様、お止めください!」


「静かにしていろ! 奴らに見つかっちまうだろうが!」


 これにより、二人は憤慨しつつも舌打ちをしてそれぞれ離れるように再び座り込む。この二人もそうだが、周りの人間も大分苛立っている様子が分かる。危機的状況はストレスを急激に増すと言われているが、まさにその通りだろう。


 ちょっとした騒動が収まり静かになった刹那、塞いでおいた地上への入口が叩かれる。いきなりの事に人々は仰天し、悲鳴を上げる者もいれば、泣き出す子供が出てくる始末だ。


 ――盗賊がここを嗅ぎつけたのかもしれない!


 最悪の想定に誰もが戦慄を覚え、出来るだけ音を立てないように村長が静かに呼びかけ、事のなりゆきを見守る。だが、それは気鬱となった。


「俺だ、ヨッツァだ、開けてくれ! 盗賊じゃないから心配しないでくれ!!」


 入口を叩いている人間からの声が聞こえる。その声を聞き知る村人が確認したのを確かめ、何人かに手伝って貰いながら入口の鍵と障害物を退ける。

 

 入口が開けられると、ぼろぼろで所々と血だらけになった者達がその中へと入っていく。その内の一人は背中にライリーを背負って…。


「ライリーちゃんじゃないかい! まだ外に居たのかえ!?」


 ライリーと近所付きあいがある中年の女性が驚きの声を上げて彼女を心配する。女性にとって、ライリーは孫のように可愛がっていた存在だ。直様周りがスペースを作るよう自ら押し詰めてライリーを横たわらせる。

 

「ひどい熱だ、これは失いすぎた魔力を回復しようと体が過剰代謝を行っている徴候だ。早く手当てを!」


 村人の誰もがライリーを心配する中、後から遅れて入口の階段を下っていく人影が現れる。その者は大層な黒の鎧を隙間なく全身に着込み、金属が擦れる音を響かせながらゆっくりと地下倉庫へとやってくる。ライリーが今日連れてきた人物だと大体の村人が知ってはいたが、今の姿を見るや息を飲んだ。


 血まみれの姿だったからだ。造形の優美を誇る鎧は大量の血糊によりその真価を失い、もはや危険な匂いを漂わせる要素でしかなくなっていた。鎧の主は村人達に言葉を無くさせる中、勝手にその場へと糸が切れた人形のように座り込んだ。もはや、満身創痍だと示しているかのように…。



◆◇◆◇



〈ふぅ、ようやく静かな場所に来れたわい〉


「…………」


 我意を通すフィロとは対照的に、僕は気力も何もかも失っていた。鎧の身体に表情は作れないけど、心の中は既にぼろぼろだった。


(僕には、出来ない…)


 自分の両手を見つめる。ガンドレッドに赤黒く染まる汚れてを見ていると、おぞましさに体が震える。


〈戦いが嫌か? 人が殺すのがそんなに怖いのか?〉


「…フィロ、僕は間違っているの? 何かを守るためには人の命を奪う事は仕方が無いで許容出来るこの世界が正しくて、僕の考えは通じないっていうの?」


〈阿呆か、そもそもお前という存在はこの世界にとっては『異物』でしかあらん。それなのに、勝手に自分のルールに合わせろと(わめ)き散らすなど、まるで寄生虫そのものではあるまいか〉


 僕が間違っているだとかそんな問題ではないんだ。関係ない事なのかもしれない。この世界の人達はタヴレスでのルールに従い、生きているだけでしかない。人を殺すのが怖い人間だって普通に居る筈だ。だけど、ここでは「自分達の身は自分達で守らなきゃいけないから」と他人に縋って生きれるほど甘くはない。


 それを理解しているつもりで僕は勘違いしていたんだ。只それだけなのかもしれない。


〈んで、それが分かったところでどうするつもりじゃ? 人を傷つける事を恐るお前のことだ、今だ戦っている傭兵達の手助けも何もすることなどありはせんよ〉


「わからない…わからないんだよぉ……」


 頭を抱えて重い苦悩に身が縮こまる。もし顔があれば涙や鼻水で大いに濡らしているんだろうが、そうする事もできない。やり場の無い悲しみ、諦め、それが僕の身体を拘束する鎖となり、行動力を精神力を弱らせていった。


「兄ちゃん、大丈夫か?」


「どこか具合が悪いところがあんなら遠慮せず言ってくれよ?」


 そんな僕の様子を心配した何人かの村人が恐る恐る声をかけてくるが、自分にはもうその声に返事する力もない。だが、村人の関心が一旦僕から離れるのはそんな時だった。


「ローリエ、どうしたんだ!」


 向こう側で人集りが出来ていて、その中でティモンさんがローリエさんに優しく寄り添っている。突如の大声に流石の僕も顔を上げ、(うつ)ろながらもその様子を眺める。


「ローリエ…さん……?」


〈あの腹の具合じゃからそろそろだと予想しておったが、こんな時で始まるとは間が悪いのぅ〉


「一体、何が…」


〈赤子が出ようとしておるんじゃよ。いわば『陣痛』が始まったんじゃ〉


「……えぇぇぇっ!?」


 フィロからの驚愕な事実に声を出して驚いてしまう。その様子を村人達は驚いた顔で見ているけど、大事な状況を優先して直様ローリエさんの方へ視線を戻していた。陣痛による痛みで顔を苦痛で歪め、苦しそうだ。


「――――ンぅ……ッ!!」


「しっかりしろ、落ち着いて深呼吸をするんだ」


「どうする!? 今からお産の準備をするのか、水は!? 清潔な布は!?」


「落ち着け! お前が慌てちゃ意味無いだろ!」


 最悪の条件下で生まれようとしていたから分娩の準備もままならないんだ。村人達は静かにするのを忘れて一斉にざわめき出す。代表達が再び戒めようとしているけど、その効果は薄そうだ。


「ふ、ぅんん――っはぁ!! ぁあ、くぅッ――ぁあっ!!」


 その間にもローリエさんの陣痛は激しくなっていく一方で流石に一刻も争う。どうにかしなければと誰もが思う中――


「この倉庫にも、ある程度の物は、揃えてある筈よ…」


 ――横たわっていた筈のライリーが起き上がったのだ。

 

 だけど、ライリーの顔は血の気を無くしたままでいかにも無理をして起き上がったかが分かる。ライリーの様子を見ていた村人達がせめてもの手助けとして背中を支えてやっている。

 

 ライリーの息は荒くてあまり長くは持たない。そう裏付ける姿でありながらもライリーは気丈に振る舞い話していく。


「私が、赤ん坊を、取り上げる指示を出します。念の為、医学的な知識も、携えてますので…」


「けど、君は魔力を――」


「生まれたがってるのよ!? 母親になろうとしているローリエさんと、その子供になろうとしている赤ちゃんの『痛み』を私のと比べ物にしないでっ!!」


 そんなライリーの姿が僕には眩しく見えた。それに比べて、僕は…。


 意気消沈する中、困難はそれだけに定まらなかった。村人達の声で気づいて無かったけど、閉じられた入口越しに何者かが居るのを僕や何人かが気づく。


 その次には入口を叩く強い衝撃が響き出す。恐らく、こじ開けようとしているのかもしれない。


「やべぇ、盗賊達がここを嗅ぎつけやがった!?」


「…こうなったら、俺達だけでも戦うしか……」


 何人かは元から持っていた護身用らしき剣を手にし、これから来るであろう脅威に備える。

 

 開けられたらどうなる? その未来を想像するのは難しい事じゃない。次第に入口は壊れていき、ついには小さな穴が出来上がった。


 何やっているんだろう、僕は…。今にも目の前には助けを求めている人達がこんなにも居るのに。僕ならひょっとしたらという可能性を携えているというのに。いつまでこんな所で座り込んでいるの? 出来る事を出来ないと弱音を吐いて全てを終わらせる気なのか?


 ――ふざけるな!


 重くなっていた身体が軽くなった気がした。崩れかけていた誇りが立ち直り始める気がした。


「貸して…ください」


「えっ?」


 村人の一人が持っていた剣を譲り受け、階段を登る。その鬼気迫る僕の雰囲気に配置していた彼らが自然と退いてしまう程に今の僕は先程までとは違った。


 壊れかけていた入口の前へと近づき、その場に立ち尽くすと、右手に持つ剣を平行に持ったまま徐々に上げていく。視線は入口に開けられた穴。光が漏れてこちらを照らしているが、ふと何かが遮って光を遮断する。


 ――そこを狙った。一閃っ!


 穴へと向けて放たれた必殺の突きは見事、すり抜けて何かを貫いたのだった。僕はいよいよ覚悟を決める。甘やかしてきた自分を脱ぎ去る日がやって来たんだ。

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