イベント最終日
眠りから覚めて迎えたイベント最終日。
まだ睡眠時間が終わってないのか、ダルク達と引っ付いてるイクトはまだ寝てる。
これから朝飯の準備をするため調理場に行かなきゃならないから、イクトに離れてもらおうとしたらパチッと目を覚ました。
なんというジャストタイミング。
「ますたぁ、おはよ」
「ああ、おはよう」
「にへ~」
挨拶をして頭を撫でてやると蕩けた笑みを浮かべる。
なんか弟可愛いというより、息子可愛いって気がしてきた。
おっと、それよりも飯を作りに行かないと。
「悪いけど離れてくれ。これから飯を作りに行くから」
「ごはん、つくるの? またみててもいい?」
そんなにキラキラした目を向けられたら断れないじゃないか。
まあ昨日も調理の邪魔はしなかったし、連れて行っても問題無いかな。
駄目って言っても、昨日料理プレイヤー達が大佐だって言ってた方法で勝手に見に来るだろうし。
「いいぞ。だけど邪魔はするなよ」
「うん!」
いい返事といい笑顔だ。
「だったら行くぞ」
「わかった!」
ビシッと手を上げたイクトを連れ、寝相が悪くてメェナを足蹴にしながらカグラの胸を枕にして腹を掻いてるダルクに呆れつつテントを出る。
そのまま調理場へ向かおうとしたらイクトが手を繋いできた。
「いこっ、ますたぁ」
うん、行こうな。
楽しそうにするイクトを見てたら、手を振り払ったり駄目だと否定したりなんてできない。
頷いて手を繋いだまま調理場を目指し、擦れ違うプレイヤー達と挨拶を交わす。
「おはよ!」
「おう、おはようさん」
「おはよう、イクト君」
イクトから挨拶されたプレイヤー達は笑みを浮かべて返事をしてる。
しかしなんだろう。周りの目が仲睦まじい親子を見てるみたいだ。
この状況はそう見られても不思議じゃないけど、一応主従みたいな関係なんだよな?
周囲から微笑ましい視線を浴びながら調理場へ向かうと、既に料理プレイヤーが四人いてかまどに火を入れていた。
「おはよう」
「あっ、料理長。おはようございます」
「おはよ!」
「おうイクト、おはよう」
早くも馴染んでるイクトは繋いでた手を離し、かまどの火を凝視してる。
近づきすぎないよう注意しようとしたら、近くにいる料理プレイヤーが危ないよと声を掛けて注意してくれた。
聞き分けがいいイクトは、はーいと返事をしたら火から離れた。
「どう見ても子供ね」
「モンスターっぽくないよな」
同感。
近くで聞こえた声に心の中で同意しつつ、使う調理器具の準備を進めていく。
やがて料理プレイヤーが全員集まり、昨夜に決めておいた朝飯の内容と役割分担を確認したら調理開始。
開拓地での貢献度を稼ぐために気合いが入るであろうプレイヤー達のため、料理プレイヤーも一丸となって腕を振るおうじゃないか。
「ますたぁは、なにするの?」
「魚を捌く」
上下逆にした木箱を近くに置き、それを踏み台にして調理の様子を見ようとするイクトにやる事を伝え、昨日釣りスキルを持ってるプレイヤー達が釣ってきた川魚を捌く。
魚を捌けるのは俺とバーベキューっていう男性プレイヤーの二人だけだから、他は皆に任せて俺とバーベキューはひたすら魚を捌いていく。
エラと鱗を取って頭を落とし、腹を開いて内臓を手で取ったら三枚に卸したら皮も取る。
頭と中骨は出汁を取るのに使うから塩を振っておき、一旦ボウルに入れておく。
「スパッ、スパッ、スパパン、パン♪」
切るのに合わせて隣でイクトが変な歌を歌ってるけど、話しかけられるか邪魔されない限りは気にしないでおこう。
ただ、バーベキューは今の変な歌に笑いかけて手を滑らせ、三枚おろしに失敗してる。
集中力が足りないぞ、集中力が。
「まーふぃん、身の方は頼むぞ」
「お任せください」
何故かビシッと敬礼したまーふぃんが卸した身を入れたボウルを持って行き、別の料理プレイヤー達と包丁でミンチ状にしてボウルへ移す。
ある程度の量になったら塩と小麦粉と乾燥ハーブを解したものを加え、しっかり混ぜ合わせたら少量を取って丸めてつみれを作っていく。
「料理長、パン生地オッケーだ」
「分かった。鉄板は?」
「五番と六番のかまどで準備ができてます」
「なら焼いていってくれ」
『分かりました!』
パン担当の料理プレイヤー達によって、イベント中の定番となった平パンが焼かれていく。
それを横目に魚を捌き続ける俺達の傍では、スープ担当が野菜を切ってる。
皮を剥いたジャガイモは一口大に、ニンジンは半月切り、カブは身の部分をいちょう切りにして葉の部分とホウレンソウは一口大に刻む。
ヘタを取ったトマトは細かく刻んでボウルに入れてスプーンで潰し、タマネギはみじん切りにする。
「料理長。一番から四番のかまどで火に掛けた寸胴鍋、お湯が沸きました」
「だったら臭み抜きした順に頭と中骨を良く洗って、出汁を取ってくれ。灰汁取りは丁寧にな」
「オッケー、任せとけ!」
無限水瓶の水で臭み抜きを施した順に頭と中骨を洗い、塩で浮かせた水分を洗い落としたら鍋へ投入して出汁を取ってもらう。
灰汁取りも任せて、もう少しで終わりそうな魚の処理を進める。
一緒に捌いてるバーベキューは二人だけでの作業に疲れたのかペースが落ちてるし、先に片付いたら手伝うか。
そうして調理を進め、頭と中骨で取った出汁で潰したトマトとみじん切りのタマネギを入れて、それらの味が馴染んできたら具材を投入。
具材はジャガイモ、ニンジン、カブ、川魚のつみれ、そしてカブの葉の部分とホウレンソウ。
これらを煮込んで塩で味付けすれば、つみれ入りのトマトスープが完成だ。
川魚のつみれ入りトマトスープ 調理者:多数〈選択で全員表示〉
レア度:2 品質:5 完成度:77
効果:満腹度回復19% 給水度回復13%
知力+2【1時間】
川魚の出汁をベースに作ったトマトスープ
出汁と具材の旨味、トマトの酸味、溶けた刻みタマネギの甘味の三位一体
しっかり煮込まれた野菜とつみれもスープを吸って美味しくなってます
こいつに平パンを付けたのが、今回の朝飯だ。
「ますたぁ、おいしそう!」
完成したスープを見たいとイクトが言うから、抱え上げて見せてやるとスープを指差して興奮しだした。
そして特別に味見に参加させたらもう大興奮。
もっとちょうだいと強請られ、皆にも配ったら一緒に食べようと約束して宥めた。
だけどそれは、皆が起きて飯を食いに来る時間になったらって話であって、早く食べたいなら皆を呼びに行けってことじゃないぞ。
そもそもまだ全員へ配る量ができてない。
だから皆を呼んでくると言って、走って行こうとするな。
咄嗟にイクトを止め、こういう意味だと分かりやすくかみ砕いて説明する。
「むぅ。わかった、じちょーする」
少し不機嫌だけど、納得してくれたのならなによりだ。
ひとまず完成した分のスープは、熱した石を地面に並べた置き場に鍋を置いて保温。
準備しておいた別の寸胴鍋を火に掛け、材料の下準備はもう終わったから、パン焼き担当以外の全員で追加のスープ作りに励む。
その間に他の料理プレイヤー達へ、テイムモンスターについて質問する。
なにせダルク達に言われてスキルを取ってイクトをテイムしたものの、その辺りの説明を受けるのを忘れてたんだから。
「それほど難しいものじゃありませんよ。分かりやすく言えばモンスターを仲間にして、そのモンスターに戦ってもらうんです」
隣のかまどでスープの灰汁取りをしてるまーふぃんが、簡単な説明してくれた。
今の説明を聞いて、昔ダルクに誘われてやってたボールでモンスターを捕まえて、戦わせたり着飾ってアピールさせたりするゲームを思い出した。
適当にやってたら、相性がとか技の選択がとかうるさく言われたっけ。
「今回料理長は卵をそのままテイムしたけど、普通はモンスターを弱らせてテイムするんだぜ」
逆隣のかまどで鍋の中身を混ぜてるバーベキューも説明してくれる。
そういったところもあのゲームと似てるなと思いつつ、さらに話を聞いていく。
・テイマー以外がテイムできるのは最大5体まで
・戦闘向きのモンスターと生産向きのモンスターがいる
・生産向きのモンスターも戦えることは戦える
・テイムはスキルのレベルが上がれば成功率が高くなる
・連れ歩いたり好みの物を与えたりすれば友好度が上がる
・友好度が高ければレベルアップ時に能力が向上しやすい
・空腹状態になったり嫌いな物を与えたりしたら友好度が下がる
・連れている数だけパーティー枠を使う
こういった情報をいくつも教えてもらい、その中で重要だと思ったのは二点。
一つは主人が一緒にいないと町や村から出られず、一定の距離以上離れられないこと。
もう一つはテイムモンスターが戦闘に参加して勝利すれば、主人も経験値を得てドロップアイテムが手に入るということ。
「つまりイクトが戦闘すれば、俺にも経験値が入るんだな」
「そういうことだ」
「でもイクトを戦わせるためには、俺が同行してないと駄目だと」
「テイムモンスターを仲間へ貸し出すとかはできないので、そうなりますね」
つまりイクトを鍛えたければ、俺も一緒に町の外へ行かなきゃならないのか。
俺自身は戦うつもりが無くとも、護衛目的でテイムした以上はイクトを育成しなきゃならない。
だけど別の町へ移動する時以外は町にいて、ダルク達のために飯を作るのが俺の基本行動だ。
飯は予め作って持っておけばいいけど、町の外へ出てる間は料理ギルドへの貢献度を上げられない。
そうなれば新たな食材や調理器具の入手が遅れて、用意する料理の味の向上と幅が広がるのが遅れてしまう。
飯を作るためにここにいる俺にとって、それは避けたいのが本音だ。
これについては後でダルク達と相談しておこう。
ダルク達にイクトを預けて育成できれば良かったけど、できないのなら相談が必要だ。
「職業がテイマーだと、連れてるモンスターを支援する職業スキルなんだよな」
「そうそう。職業補正で、レベルを上げれば10体でも20体でもテイムできるし」
「ちゃんと世話できるならな」
「連れて行けない分は、従魔ギルドに預けられるんだっけ?」
「そうそう。でも食べさせる物はギルドを通して渡せるけど、友好度は上がらないんだよな」
「自分のホームがあれば、そこにいさせられるぜ」
「実はちょっと夢なんだよな、モフモフなモンスターにまみれるの」
そんな夢があるのに、どうしてテイマーじゃなくて料理人を選んだんだ。
やっぱり食事代が馬鹿にならないのと、友好度を上げるための世話が大変だからかな。
現実でもペットを飼う時に大変なのは世話と食事だっていうし。
「ますたぁ、ごはんまだ?」
おっと、イクトが腹を押さえて空腹アピールだ。
もうすぐ飯の時間だから待っててくれよ。
*****
ようやく訪れた朝飯の時間。
木工プレイヤー達が作ってくれた椅子とテーブルでの食事中、皆の注目は飯だけでなく食事中のイクトにも注がれてる。
「ますたぁ、ぱんもすーぷもおいしい!」
口の周りをスープで真っ赤にしたイクトが、スプーンをブンブン振りながら感想を口にしてる。
その様子に周りはほっこりしてるし、ダルク達も微笑ましい表情を浮かべてる。
だけど主人としては、しっかり躾けをしないと。
「こら、行儀が悪いからスプーンを振るんじゃない。それと口の周りがスープだらけだぞ」
スプーンを持つ右手を押さえて注意して、ついでに服飾プレイヤーが作ってくれた布巾で口を拭ってやる。
「にゅ~」
「ほら、きれいになったぞ」
「ありがと、ますたぁ」
ニパーッと笑って食事を再開しようとするイクトに待ったをかけ、平パンをちぎってスープに浸けてみせる。
「こうして食べるのも美味いぞ」
「? こう?」
スプーンを置いて真似をしたイクトは、スープが染みたパンを一口食べる。
「っ!? ほんとだ! おいしい!」
興奮に連動してるのか、頭に生えてる蟻の触覚が跳ねるように動いた。
というか、それって動かせるんだ。
そこから夢中になってパンをスープに浸けて食べるイクトに、もう一つ食べ方を紹介。
スープの具をスプーンですくってパンに乗せ、落とさないように食べる。
早速それを真似して食べたイクトの表情は喜色満面で美味しいを連呼し、額の触覚は勢いよく動く。
「トーマとイクト、思いっきり兄弟だね」
「うふふ。私は親子に見えるわ」
ダルクの兄弟発言はともかく、なんでカグラは親子に見えるんだ。
だけど寝起きに息子可愛いと思ったから否定しきれない。
「イクト君の外見のせいか、主人とテイムモンスターに見えない」
「二人の触れ合い方、どう見ても兄弟か親子だものね」
あのさ、弟可愛いし息子可愛いとは思うけど一応主人とテイムモンスターの関係だからな。
しかも周りでは兄弟か親子かで議論が始まってるし。
ああほら、パンに乗せた具が落ちそうだぞ。
そうしてイクトの面倒を見つつ、表情が緩んでるダルク達とイクトの育成方法について相談。
テイム関連についてある程度は知ってるようだから、長々とした説明をせずに本題へ入る。
「僕達としては、トーマに同行してもらおうって考えてる」
「予めたくさんご飯を作ってもらって、町の外で食事しながらイクト君を鍛える感じでね」
まあやっぱりそうなるよな。
想像はしていたダルクとカグラの説明に小さく頷く。
「だけどそうね、トーマにとっては料理ギルドへの貢献度を上げる方が大事よね」
「そうしないと新しい食材や調理器具の入手が遅れるからね」
うんうん、メェナとセイリュウの言う通り。
味の向上とバリエーションを増やす。
UPOにおいてこの二点を両立するには、とにかく料理ギルドへの貢献度を上げなくちゃならない。
正直、レベル上げに同行してる暇があったらオリジナルレシピを開発して提供するなり、料理ギルドにある依頼をこなすなりして貢献度を上げたい。
今やってる星座のチェーンクエストだって、発端は料理ギルドにあった依頼なんだから。
「でも、これまでのご飯でも十分美味しいよね」
「ダルク達は良くても、俺は良くない」
なんと言われようともここは譲れない。
飯を作ってほしいと言われてここにいる以上、少しでも幅を広げて少しでも美味い飯を作りたい。
そのために優先すべき事項があるなら、脅されようがいくら金を積まれようが絶対に譲らない。
「あちゃあ。思わず卵を選ばせちゃったけど、これは失敗だったかな」
「確かに失敗ね。イクトと一緒にいなきゃいけないのと、トーマの料理への気持ちを考えればこうなるのは分かってたのにね」
ダルクとメェナが頭を抱えてる。
選べる時間はあったんだから、もっとしっかり考えるべきだったな。
「トーマ君に護衛ができれば、私達も動きやすくなるかと思ったのにね」
「誰もテイムスキルを取るつもりが無かったから、下調べが甘かったのもある」
カグラとセイリュウが見通しの甘さを嘆いても、今となっては後の祭りだ。
それから話し合いを重ねた結果、イクトの育成については俺も一緒に移動する時にだけ戦闘をさせることで落ち着いた。
なお、その間のイクトは自分のことなのにまるで我関せずな様子で飯を食い続けてる。
うんうん、食え食え。
ゲーム上の仮想の存在とはいえ、小さいうちはガンガン食っておけ。
大きくなるかは分からないけどな。
「さて、最終日だし気合い入れていこう!」
『おーっ!』
食事を終えたダルクがスプーンを手放して握り拳を突き上げながら叫ぶと、カグラ達だけでなく周りのプレイヤー達も声を上げた。
ちゃんと昼飯も晩飯も作るから頑張れよ。
「? おー」
なんかよく分からないけど、とりあえず真似したみた感じでスプーンを持つ手を上げたイクトに皆の表情が緩む。
どうでもいいけどスプーンを持った手でそういうことしない、行儀悪いだろ。
そんな感じで食事が終わったらそれぞれ作業に散り、料理プレイヤー達との後片付けを済ませたらイクトを連れて畑へ向かう。
というのも、皿やお椀を回収中にポッコロとゆーららんからイクトを連れて畑へ遊びに来ないかと持ちかけられて、傍でそれを聞いてたイクトから行きたいと強請られたからだ。
昼飯の仕込みまでは特に予定も無いし、こういった体験も勉強だと思ってこの件を了承。
楽しみを隠しきれないイクトにグイグイ手を引っ張られ、畑で農業プレイヤー達と合流する。
「こんにちはー!」
うんうん、ちゃんと挨拶して偉いぞ。
「いらっしゃい、イクト君」
「ちゃんと挨拶できて偉いじゃないか」
「現実だったらご褒美に飴ちゃんやるのに」
囲まれて褒められたイクトがニへヘと笑うと、女性プレイヤー達が可愛いと騒ぎだして順番に頭を撫でる。
なんか、早くもマスコットかアイドル扱いだな。
「いらっしゃい、お兄さん」
「お待ちしてました」
「ああ。よろしくな」
挨拶に来てくれたポッコロとゆーららんに返事をして、その後ろにいるシャロルと会釈を交わす。
「すみません。皆、イクト君が遊びに来るのを楽しみにしてたので」
「気にしなくていいぞ。イクトが嫌がってないからな」
囲まれてるイクトに嫌がってる様子は無く、むしろ構ってもらえて嬉しそうだ。
しかしここの中でだけでこれなら、イベントが終わって他のサーバーにいたプレイヤーの目に晒されたらどうなることやら。
騒ぎになりそうなら、主人の俺がしっかりしないとな。
ところでイクトを構ってる農業プレイヤー達よ、畑仕事はしなくていいのか?




