勝負しません
調理やちょっとした試作を兼ねた実験をして過ごし、戻ってきたダルク達に約束通りエビマヨを振るまう。
一緒に出したスープとまぜそばも好評を博して、美味いと喜んでもらえた。
ただ、実験的に作ってみたランダムキノコの出汁については難色を示された。
「香りはいいわね」
「うん、香りはね」
「でも……」
「飲もうって気にはならないわね」
同感だ。というのも、ランダムキノコは乾燥させても効果が変わらなかった。
【味】は何の味がするか分からないし、【能力変化】は何がプラスになるのかマイナスになるのか分からないし、【状態変化】はどんな状態になるのか分からない。
それでも出汁を取ってみればと思ったけど、出汁が同じ効果になるだけだった。
そうして最後に、一か八かで三種類全てを一緒に使って出汁を取ってみたんだけど……。
混沌出汁 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:3 品質:5 完成度:92
効果:給水度回復16%
??±3【1時間】 ??状態付与【小・1時間】
複数種類の乾燥ランダムキノコを煮込んだ出汁
何が起きるのかどんな味がするのか分からない、まさに混沌
美味いか不味いか、バフかデバフか、グッドかバッドか
どれだけの時間継続するかも、全てはあなたの運次第
こんなのなっちゃって、困ったからダルク達に相談することにした。
でも、相談されたダルク達も困ってる。
「どうするの? これ」
「捨てるか料理に使うかこのまま飲むか、どれがいい?」
「「「「どうなるか分からなくて怖いから、捨てて!」」」」
だよな、分かってたけど一応聞いてみただけ。
香りはとてもいいのに、味や効果が怖くて味見すらする気にもならなかった。
勿体ないけど、了解と返して混沌出汁を流しへ処分する。
周りがなんかあ~とか言ってるのは何故だ。
「で、これからあの子達の所へ行くの?」
「ああ。転移屋を使ってパパッと行ってくる」
幸いミミミがくれた情報料で金はたっぷりあるから、ファーストタウンへ転移で往復するくらいなら平気だろう。
「それなんだけどさ、僕達も一緒に行っていい?」
「俺は別に構わないけど、なんでだ?」
「トーマ君の護衛よ、護衛」
護衛? どうしてわざわざ?
「うふふ。忘れてるみたいだけど、トーマ君はそれなりに注目されてる料理プレイヤーなのよ」
「別の町にいたら、何かあった時に私達が対処できない」
ああそういえば、料理プレイヤーの集まりの時にセイリュウから掲示板見せてもらったっけ。
個人的には、ただ飯を作ってるだけなのにどうしてああも注目されてるのか、未だによく分からない。
でも一緒に来てくれるのなら、他の所にも行こうかな。
「だったら他も寄っていいか?」
「全然オッケー。トーマの都合で動いちゃっていいよ」
そう言うのならポッコロとゆーららんの畑に寄った後は、マッシュとフライドの所へ行って何か買える物や面白そうな物が有るか確認して、こっちへ戻ってきたらシープンに教えてもらった職人の所へ行こう。
この予定を伝えたらあっさり了承を得られた。
早速ポッコロへ、これから受け取りに行くことを伝えて了解を得たら転移屋へ。
店は裏路地にある掘立小屋のような木造平屋で、入ってすぐの部屋には大きな魔法陣とマントを羽織ったNPCの老婆がいた。
「ふぇっふぇっふぇっ、いらっしゃい」
なんだろう、この不気味さと胡散臭さは。
「あははっ、あのキャラはβ版と変わってないね」
「相変わらず胡散臭そうなお婆さんね」
前からあれなのか。
しかもメェナによると、どこの町の転移屋でも主はあの老婆らしい。運営側のこだわりなんだろうか。
まあそんなことはどうでもいいとして、行き先を指定して代金を払ったら魔法陣の上に立たされ、老婆がファーストタウンへテレポートと言うと視界が歪んだ。
歪みは数秒で元に戻ったけど、室内の様子も老婆も変わってないように見える。
「おやおや、いらっしゃい。ファーストタウンへようこそ」
老婆の言葉に、建物の造りと老婆の姿が同じなだけで町は移動したのかと気づく。
試しにステータス画面からマップを表示させると、確かにここはファーストタウンだった。
それからすぐに転移屋を出て、ポッコロとゆーららんの畑を目指す。
畑は町から離れた場所にあり、木の柵で区画分けされてる。
それぞれの区画には看板が立てられ、所有者の名前が書いてある。
「同じプレイヤーの名前の看板がいくつかあるけど、複数持てるのか?」
「うんとね、β版で知り合ったファーマーに聞いた話だと、農業ギルドへの貢献度が高ければ所有できる畑の数が増えるんだって」
つまり貢献すればするだけ、生産量を増やせるわけか。
「お兄さん、こっちです!」
セイリュウの説明に頷きながら歩いてると、ポッコロの声がした。
前の方へ目を向けると、少し離れたところでゆーららんと並んでこっちへ手を振ってる。
なんだか微笑ましくてつい表情を緩ませつつ、二人の下へ向かい合流する。
「お待ちしてました。約束のニンニクと唐辛子は収穫済みですよ」
「こちらです」
ステータス画面を操作したポッコロの手に、ザルに積まれた唐辛子が現れた。
同じくステータス画面を操作したゆーららんの手には、ザルに積まれたニンニクが現れる。
「ちょっと見せてもらうぞ」
「「どうぞ」」
赤唐辛子【辛】
レア度:1 品質:2 鮮度:94
効果:満腹度回復1% 火耐性付与【微・5分】
赤く完熟した唐辛子
辛さとしては普通の品種
それでも辛いのは間違いなし、苦手な方は控えめに
ニンニク
レア度:1 品質:2 鮮度:91
効果:満腹度回復1% 体力+1【10分】
生でも焼いても揚げてもよし
なんとでも使える隠れた万能食材
食べたら口臭にご注意を
品質が低いこと以外は問題無いし、獲れたてだからなのか鮮度が高い。
できれば味見もしたいところだけど、このままだと味がしないから確かめようがない。
「うん、確かに」
情報を確認したらザルへ戻し、代金を支払う。
栽培を頼んだ時にゆーららんが格安で売ると約束したこともあり、かなり安価で購入できた。
さらに代金とは別に、育ててくれたことへのお礼をしたくて何がいいか尋ねる。
二人は気にしなくていいと言ったんだけど、できるかどうか分からないお願いを聞いてもらった以上、お礼をしたいと押し切った。
「「だったら、お兄さんの料理をご馳走してください!」」
思いっきり想定内の要求だ。
一応ダルク達に確認を取って、自分達の分も作るのならという条件で承諾を得たからオッケーすると、ポッコロとゆーららんはハイタッチで喜んだ。
というわけで料理をごちそうする二人を連れ、別の予定を消化しに動く。
マッシュのところでは余り物だというそら豆とシイタケを購入し、続いて訪ねたフライドのところでは規格外品のナスを購入。
これらに関しては、ポッコロとゆーららんから育てさせてほしいと提案があったから、一部を渡して唐辛子とニンニク同様に栽培を頼んで優先購入権を得た。
そら豆が安定して入手できるようになったら、唐辛子と発酵スキルを利用して豆板醤みたいなの作ろうかな。辛いのが好きなメェナは大喜びするだろう。
「ところで、料理は何を作るのかしら?」
寄りたい所を回り終え、料理をご馳走するために作業館へ向かう道中でカグラに尋ねられた。
そういえば何にしようか。
こういう時は二人にリクエストを聞くのが手っ取り早い。
なんでもいいじゃありませんように。
「二人は何か食べたいものはあるか?」
「「甘い物をください!」」
なんでもいいじゃなくてよかった。しかし甘い物ね。
これまでに作った甘い物は揚げ饅頭だけど、今回は小豆が無いから餡子が作れない。
大学芋もさつまいもが無いから無理。
となると、砂糖味の揚げパンでいくか?
「トーマ君! 何を、何を作るの!?」
甘い物が好きなカグラがやたら食いついてきた。
引っ付くな、当たってるしハラスメント警告出てるから。
警告はノーを押しておいて、砂糖味の揚げパンと言おうとしてふとある物が浮かんだ。
「ちょっと待ってな」
ステータス画面を開いて、思い浮かんだ物の作り方をネット検索で確認。
うん、これならいけそうだ。
「どうかしたの?」
「ちょっと作る物の確認をしただけだ。作るのは揚げ饅頭にする」
作る物を教えたらポッコロとゆーららんだけでなく、ダルク達まで喜びだした。
道の真ん中で迷惑だからやめろ。
急に喜びだしたから、周りも驚いてこっち見てるし。
「あれ? でも小豆が無いから餡子作れないよね?」
おっと、セイリュウがそこに気づいたか。
でも大丈夫。ちゃんと手はある。
どうするんだという追及に任せておけと返して作業館へ向かう道中、料理にバフ効果があることをポッコロへ伝えておこうと思い、ボイチャで教えたらとても驚かれた。
そうしてやって来た作業館にて作業台を借りて作業場へ入る。
「おいあれ」
「どうせ――」
「いやでも――」
周りのざわつきは気にせず、バンダナと前掛けを表示して調理開始。
ボウルに小麦粉と砂糖と隠し味程度の塩を加え、水を注いで混ぜる。
混ぜてるうちにまとまってきたら、両手で耳たぶくらいの硬さになるまでこねる。
こね終わったらボウルで寝かせ、その間に別へ取り掛かる。
鍋に卵と砂糖を入れて混ぜ、十分に混ざったら小麦粉を加えて混ぜ、今度は牛乳を少しずつ加えながら混ぜていく。
そしてこれを中火で熱しながら、焦げないように混ぜ続ける。
とろみがついてきたら弱火で煮て、その間に寝かせておいた生地をまな板に置き、麺棒代わりにしてる棒を取り出して生地を伸ばしたら包丁で正方形に切り分けておく。
ここで鍋を確認すると、いい感じの固さになってるから火を止める。
これでカスタードクリームの完成だ。
カスタードクリーム 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:2 品質:5 完成度:80
効果:満腹度回復4%
MP最大量+20【1時間】
牛乳から作った卵入りのクリーム
卵を加えたことで生クリームとは違った味わいに
とろりとした食感も魅力の一つ
「わぁっ、クリームだ」
「違うわよ。カスタードクリームよ」
ポッコロとゆーららんが身を乗り出して、鍋の中を覗き込んできた。
「分かったわ。それをそこの生地で包むのね」
カグラ、正解。
別の鍋に油を張って火に掛けたら、切り分けた生地でカスタードクリームを包んで成形していく。
全部の成形が終わったら小麦粉を油へ撒いて温度を確認し、適温になってるのを確認したらカスタードクリームを包んだ生地を揚げる。
「カスタードの――」
「やっぱり本人――」
「甘い物――」
揚げたら網を設置したバットの上に置き、油を切りつつ冷ます。
そうして全てを揚げ終えたら一つ味見。
……よし、ちゃんとできてるな。
カスタードクリームの揚げ饅頭 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:3 品質:5 完成度:82
効果:満腹度回復10%
MP最大量+30【1時間】
餡子ではなくカスタードクリームを包んだ揚げ饅頭
揚げた皮はカリッと、中のカスタードクリームはとろりとする
カロリーからは目を背けろ!
饅頭だからって餡子に拘らず、カスタードクリームで作ってみたけど上手くできて良かった。
一安心したところで、早く早くと目を輝かせるダルク達へ揚げ饅頭を盛った皿を出す。
「どうぞ」
「「「「「「いただきます!」」」」」」
言うが早いか手を伸ばすのが早いか、一斉に手に取って食べだした。
良い食いっぷりだ。
「味はどうだ?」
「美味しいです! このゲームで甘い物を食べたのは初めてです!」
「料理プレイヤーのお陰で段々と美味しい物が広まってきましたけど、甘い物はそうそうありませんからね」
興奮するポッコロに対してゆーららんは冷静そうに見える。
でも両手にはしっかり揚げ饅頭を確保して、口いっぱいに頬張ってる。
「まさかのカスタードクリームとはね」
「美味しいからなんでもよし!」
「意外と合うんだね」
「うふっ。カスタードクリームの揚げ饅頭もいいわね」
ダルク達にも好評のようだ。
皆が美味そうに食べる様子を見ながら、使った器具を片付けていく。
「そういえばお兄さん達、今度の公式イベントは参加するんですか?」
公式イベント? そんなのあるのか?
「ああ、トーマには言ってなかったね。今度の土曜日に、サービス開始記念として第一回目の公式イベントがあるんだよ」
そうなのか。
どうやら公式ホームページには既にそのことが発表されていて、プレイヤーの間では話題になっているようだ。
詳細は不明だけど、定められた時間にファーストタウンにいれば誰でも参加可能とのこと。
「私達は参加するわよ。当然、トーマ君もね」
「俺もか?」
自前の道具をアイテムボックスへ入れながら、メェナの発言に質問で返す。
「せっかくこういうゲームしてるんだから、公式イベントには参加しよう」
「料理ばっかりしてないで、こういうのに参加するのも醍醐味の一つよ」
料理ばっかりって、俺はそのために誘われたんだけど?
「というわけでトーマの参加は決定事項ね。おじさん達には僕が手を回しておくから、安心して」
揚げ饅頭を手にサムズアップするダルク。
普段からもう少し遊べって言ってるうちの家族なら、二つ返事で許しそうだ。
こうしてまた、本人の意思とは無関係に予定が決まっていくんだな。
「安心して。誰でも参加可能だから、そう偏ったものじゃないはず」
「サービス開始間もないイベントなら、戦闘職も生産職もゲーム初心者でも楽しめるようになってるものよ」
玄人向けじゃなくて万人向けってことか。
一回目だし、その方がいいっていう運営の判断なんだろう。
「どういうイベントか分かりませんけど、楽しいといいですね」
「そうだな」
ニパッと笑うゆーららんにそう返して空いてる席に座り、揚げ饅頭を食べながらしばし談笑し、そろそろ解散しようかというタイミングで強めの足音が聞こえてきた。
徐々に近づいてくる足音の方を見ると、縦方向にロールしてる白い長髪を揺らしながら歩く、気の強そうな顔つきの女性プレイヤーがいた。
「ねえ、あれって白のお嬢じゃない?」
「そうだね。最近ちょっと有名になってきた料理プレイヤーだ」
白のお嬢ね。確かに髪は白いし、髪型はお嬢様って感じだけどそのまんまだな。
そう思いながら見ていると、件のお嬢とやらが一直線にこっちへ歩み寄ってきた。
そして俺達の前で立ち止まると俺をキッと睨み、左手は腰に当てて右手は俺を指差す。
「あなたが噂の赤の料理長ですわね!」
なんか俺に用があるみたいだ。
そしてお嬢って呼ばれてるのは髪型だけじゃなくて、喋り方も影響してるんだと察した。
「そう呼ばれてるみたいだな」
「でしたら話が早いですわ。私と料理で勝負しましょう!」
「断る」
向こうは決まった、って表情をしてるけど受ける義理は無い。
白のお嬢とやらは決まったという表情が一転、口を半開きにしてポカンとしてる。
ダルク達とポッコロとゆーららんも、いきなりの展開に口を半開きにしてポカンとしてる。
「な、何故ですの?」
「料理勝負を受ける理由が無い、料理勝負する意味を見出せない、料理勝負を受ける義理が無い、料理勝負に興味が無い、料理勝負に無関心、料理勝負が嫌い、料理勝負に意義を感じられない」
「ちょっとちょっと! 理由がありすぎますわよ!」
だって全部本当の事だし。
止められなければ、まだまだ理由を言い続けられるぞ。
「普通ここは、なんだかんだで料理勝負を受け入れる流れでしょうに!」
料理漫画の読み過ぎじゃないか?
ああいうのは物語を盛り上げるためとか、作品の主旨的な理由でやってるだけであって、料理人が何かにつけて料理勝負だなんて現実的にはありえない。
創作物としては有りだけど、ゲーム内であっても現実にそれを持ち込むは違うというのが俺の認識だ。
「そういう展開は空想の世界だけだって」
「いいではないですか、ゲームなんですからそういうのを求めても」
「ふむ、それには一理あるな。でも俺は求めてないから断る」
「むきーっ!」
頭を抱えてロールしてる髪をぶんぶん振り回し、怒りの声を上げる白のお嬢。
こら、あまり騒ぐな。ポッコロとゆーららんが不安そうに戸惑ってるぞ。
ダルク達は……トーマらしいねとか言って、半笑いを浮かべてる。
「ではどうすれば、料理勝負を受けてくれるのですか!」
「何をどうやっても、そんなのは実現しないって」
「きぃーっ!」
また頭を抱えてロールしてる髪をぶんぶん振り回しながら、怒りの声を上げた。
「あなたには料理でトッププレイヤーになりたいって、思わないのですか!」
「料理で天下取ろうとかトップに立ちたいとか、そういうのは全く無い」
「そうも無関心だと、私が承認欲求まみれみたいではありませんか!」
「えっ? 違うのか?」
「真顔で言わないでくれません!?」
これはあくまで個人的な主観だけど、白のお嬢が勝負に拘るのは名のある相手を倒して認められたいっていう、承認欲求が強いからだと思う。
繰り返すが、これはあくまで白のお嬢に対する俺の個人的な主観なので、あしからず。
「ふっ、ふふっ。なんだかんだと理由を付けてるようですが、負けるのが怖いのではありませんか?」
「料理勝負に無関心だから、勝った負けたなんて気にしないって」
「それもそうですわね!」
怒りやすい人だな。カルシウム足りてないのか?
「もう! でしたら何故、あなたは料理プレイヤーをしているのですか!」
「この四人は現実での友人なんだけど、こいつらから美味い飯を作ってほしいと頼まれたから」
親指でダルク達を指しながら理由を伝えたら、怒り心頭から一転してキョトン顔になった。
「……それだけですの?」
「それだけだ」
それ以上でも以下でもない。
「で、では、今の名声は」
「いつの間にかそうなってただけで、意図して得たものじゃない。そもそも教えてもらうまで、話題になってることも赤の料理長って呼ばれてることも知らなかった」
ダルク達のために飯を作ってるだけなのに、どうしてこんなに話題になるのかと首を捻ったもんだ。
「む、無欲の……勝利……」
崩れ落ちてがっくりと項垂れた。
ミミミもそうだけど、なんでこうも反応がオーバーなんだろうか。
「というわけで、俺はこいつらが美味いって言ってくれる飯を作れればそれでいいんだ。知名度とか悪評なんてどうでもいいし、料理での勝ち負けなんてもっとどうでもいい」
ハッキリキッパリ言ってやったら、恨みがましい表情で睨んできた。
いや、そんな顔されても勝負はしないぞ?
「お姉さん、悪いことは言いませんから諦めてください」
「彼はこういう人なので、煽っても罵っても媚びてもごねても通用しませんよ」
「昔から良くも悪くもマイペースだからね」
「なので、どうかお引き取り下さい」
こっちを睨む白のお嬢へ、カグラ達が諦めるよう促してる。
どうなるのかと見守っていたら、うぅぅぅと唸り出して悔しそうな表情になった。
えっ? まさか泣かれる? さすがにそれは困るんだけど。
「今回はこれで引き下がりますわ! ですが、必ず料理勝負の場に引きずり出してみせますわよ!」
勢いよく立ち上がり、ビシッと俺を指差してそう告げた。
泣かれなくて良かった。
「では私はこれで」
「あっ、待った」
一つ言いたいことがある。
「なんですの? やはり料理勝負を受ける気に」
「名前知らないと不便だから教えてくれ。俺はトーマだ」
「エリザベリーチェですわ! 覚えておきなさいっ!」
喜色満面になった表情が名前を聞いた途端に悔しい表情に戻り、強い足音を立てながら早足で去って行った。
それを見送った野次馬達が、今のやり取りに関してざわめいてる。
「いいんですかお兄さん、勝負を受けなくて」
ゆーららんが心配そうな表情で尋ねてきた。
「エリザべリーチェにも言ったけど、受けなきゃならない理由は無いから大丈夫だって。それにだ、料理人は作った料理を食べてくれた人から美味いって言ってもらえれば、それでいいだろ」
料理人は自分の考え方や信念に則って作った料理を食べてくれた人が、美味いと言ってくれる料理を作り続ければいい。他の店との優劣や勝ち負けなんて気にするな。
これは店を継ぐなら味と技術だけでなく流儀も継げと、祖父ちゃんや父さんから何度も言われ、いつの間にか染みついていた中華桐谷の流儀だ。
店じゃないから関係無いとか、理由や理屈をつけて曲げてたら受け継いで守れないから、ここでもきっちり守る。
「お兄さん、なんかカッコイイですね」
「俺自身の考えじゃなくて、教わったことだけどな」
目をキラキラさせてるポッコロへ訂正を入れておいた。
勘違いされたままだと、後々面倒事になるかもしれないからな。
「そうでしたか」
「料理もそれを教わった方から、あっ! ポッコロ、そろそろログアウトしないと!」
「えっ? あっ、本当だ! 時間がやばい!?」
おっと、いつの間にかだいぶ時間が経ってる。
今回は俺達も半日でログアウトの予定なのに、エリザべリーチェに時間を取られたな。
その点からしても、料理勝負を受けなくて良かった。
「ごめんなさい、お先に失礼します」
「お預かりしたそら豆とシイタケとナスについては、後日連絡を入れます。では、ごちそうさまです!」
「ごちそうさまでした!」
慌ただしくログアウトする二人を見届けたら、俺達もせめてセカンドタウンイーストには戻っておこうと、大急ぎで作業館を退館する。
それからすぐに転移屋を使ってセカンドタウンイーストへ戻ったものの、シープンに教わった職人の下へ行く時間は無く、予定よりちょっと早いけどログアウトして課題をすることにした。
ダルクは憂鬱そうだったけど、頑張ってくれ。




