大家族風食卓
熱した中華鍋で、出し殻となったロックオイスターと切り分けた野菜を炒める。
刻んだニンニクの香りが立つ油で炒められた食材へ、コンロから下ろした鍋から完成した手製のオイスターソースを適量加え、全体へ絡ませるように炒め続ける。
ロックオイスターソース 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:6 品質:8 完成度:92
効果:満腹度回復4%
MP自然回復量増【中・2時間】 魔力+6【2時間】
干しロックオイスターの戻し汁から作ったソース
戻ったロックオイスターも使ったので、ロックオイスターの濃厚な風味がする
簡易的な作り方だが、立派なソースです
ソース自体の味は良かったが、調理に失敗すればどんなに良い食材もソースも台無しだから、気を抜かずに調理をする。
「なんか中華鍋の振り方が、堂に入っているな」
「あの人が料理長と呼ばれているのが、段々と納得できてきたわ」
「中華鍋を使っているところは初めて見たけど、すげぇな料理長」
「見ろよ。馬の子も目をキラキラさせて料理長の鍋使いを見ているぜ」
誰かの言う通り、アツペラワカメ出汁の醤油風味スープへ溶き卵を加え、かきたま仕立てにしているディーパクトが自分の鍋を見ずにこっちの鍋振りを見ている。
「ディーパクト。お前も火を使っているんだから、あまり目を離すな」
「へっ? あっ! はいっ!」
強めの口調で注意を促すと、ハッとしたディーパクトが自分の鍋へ目を戻す。
鍋は今すぐどうこうなる状態じゃないが、火を使っている以上は長時間目を外すのは厳禁だ。
少しの間ならともかく、長く目を外して何かがあったら大変だからな。
「うーわ、トーマってば完全に現実での調理モードじゃん」
「そうだね。トーマ君らしいと言えば、らしいけどね」
自分達の作業を終え、ポッコロとゆーららんとネレアと共に見学に加わったマーウとむらさめ。
現実での調理の様子を知る二人がそう言うのなら、そうなんだろうな。
そう思いつつ、最後に胡椒を少々加えたオイスターソース炒めを皿へ移す。
ロックオイスターと野菜のオイスターソース炒め 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:7 品質:8 完成度:96
効果:満腹度回復17%
物理ダメージ軽減【特・3時間】 知力70%上昇【3時間】
MP自然回復量増【特・3時間】
手作りのオイスターソースで味付けした、ロックオイスターと野菜の炒め物
ロックオイスターはソースの出汁ガラだが、味は残っています
抜けた味は自らの旨味を抽出したソースが補い、野菜と共に抜群の味わいに
味見は……良かった、美味い。
せっかくソースを上手く作れたのに、それを台無しにしなくて良かった。
ロックオイスターは多少味が抜けているが、その抜けた味で作ったソースで補われて美味いし、ソースが絡んだ野菜も美味い。
そして最後に加えた胡椒のピリッとした辛さが味を引き締め、最後の一味を担ってくれている。
「どー、まーたー?」
「おいしい? それおいしい?」
味見をした瞬間から、イクトとネレアが身を乗り出して味を聞いてきた。
ミコトも口と表情には出していないが、目が興味一色に染まって爛々としているし体がやや前のめりになっている。
「バッチリだ。すぐに皆の分も作るが、食べるのはダルク達が帰って来てからだぞ」
「「はーい」」
「ミコトもな」
「分かっているんだよ」
返事を聞いて前のめりの姿勢が戻るのを確認し、味見したのを自分用としてアイテムボックスへ入れ、皆の分へ取り掛かる。
「なに今のやり取り。トーマとかーいー軍団、親子みたい」
「トーマ君とイクト君達は、いつもああなの?」
「いつもああです」
「ご飯前のやり取りみたいで、何度見ても和むんですよねー」
イクト達とのこのやり取りが、飯の前の親子っぽいのは自覚している。
だけどこのやり取り、外から見ると和む光景なのか。
次の炒め物を調理しながら周囲へチラリと目を向けると、周囲で見物している人達の表情が緩んでいた。
絡まれないのは助かるけど、これもこれで少し気恥しい。
でも料理には関係無いから手は止めず、調理への意識もすぐに戻して二皿目完成。
「先輩、スープはそろそろどうっすか?」
横からディーパクトに尋ねられ、鍋の中を確認。
「いいだろう。火を消して、味見しよう」
「うっす!」
火を消したディーパクトがお玉で小皿に取り、こっちへ差し出してきた。
三皿目のために油を温めている最中だから、受け取って手早く味見。
アツペラワカメ出汁のかきたまスープ 調理者:プレイヤー・トーマ、ディーパクト
レア度:4 品質:5 完成度:86
効果:満腹度回復3% 給水度回復17%
MP最大量+40【1時間】 魔力+4【1時間】
アツペラワカメの出汁によるかきたまスープ
醤油で引き立つ味と香りと、かきたまの柔らかな味わいが特徴
具のアツペラワカメと卵の相性もまた良し
ディーパクトが手を加えた影響か、品質と完成度が少し下がったけど味は悪くない。
アツペラワカメの出汁にかきたまが加わり、柔らかでまろやかな味わいが加わった。
醤油風味とも合っているし、良い口直しにもなりそうだ。
「いいだろう。アイテムボックスへ入れるから、蓋をしてくれ」
「分かったっす!」
温まった油へニンニクを加え、香りが立つまでの間に蓋をしてくれた鍋を、冷めないようアイテムボックスへ入れる。
「いやー、先輩が作ったスープを温めて溶き卵を加えただけだから、完成度高かったっすね。自分が一人で作ったナムルとは、大違いっすよ」
スープが完成して一安心したのか、ディーパクトの表情が和らいだ。
確かに、ディーパクトが一人で作ったブロッコリーのナムルは品質も完成度もそれほど高くなかった。
だけど肝心の味の方は、俺も味見したが少し柔らかめというぐらいで、特に問題は無い。
ちなみにナムルの情報はこんな感じだ。
ブロッコリーのナムル 調理者:プレイヤー・ディーパクト
レア度:2 品質:4 完成度:57
効果:満腹度回復9%
茹でたブロッコリーをあっさりめに和えた物
ニンニクと油の量は少ないですが、その二つの風味がナムルっぽさを演出
ブロッコリーが少々柔らかめに仕上がっています
調味料の混ぜ方や和え方、それと茹で方が影響したのか完成度は六十を切った。
俺が細かく口を出した調味液の分量だけで、どれだけ完成度へ影響したんだろう。
まあ味は悪くなかったんだし、特に気にしなくてもいいか。
それよりも炒め物を仕上げていかないと。
「ディーパクト、もうすぐ炊き込みご飯ができる。中身を混ぜられるか?」
「あー、それは自信が無いっすね。普通の量ならともかく、あの量は……」
自信無さげな表情で炊飯器から目を逸らしたから、俺が炒め物の合間にやろう。
「気にしなくていいぞ。あんなに大きな炊飯器、混ぜるのも大変そうだもんな」
中華鍋へ材料を加えながらフォローを入れると、申し訳なさそうだったディーパクトの表情が和らいだ。
出来ないのや自信が無いのは恥じゃない。
むしろ、素直に出来ないことを認めて口にする勇気を評価する。
世の中には出来もしないのに虚勢を張る人がいるから、そういった人達に比べればずっと良い。
「火を使っている時のよそ見はしっかり注意して、そうでない時はフォローか」
「まさしく飴と鞭だな」
「ぐふっ。掲示板を見て来たけど、本当に料理長と馬ショタ君が並んで料理を」
「尊すぎて死ねるわ」
「貴腐人として、一片の悔いも無いわ」
周囲が少し騒がしい中、仲間達に見守られて調理を続ける。
集中を切らさず一人分ずつ作っている最中に、魔力炊飯器で炊き込みご飯が炊けた。
まだ炒めている途中だから、それが完成後に一旦コンロから離れ、蒸らしも済んだ炊飯器を開けたら良い香りと共に蒸気が昇る。
干しハイスピンホタテの戻し汁、戻ったハイスピンホタテ、そして干しブロッサムシュリンプ。
これらの香りが一気に押し寄せて、今すぐに茶碗へよそって食べたくなるが我慢。
へらで少量を手に取り、味見をする。
ハイスピンホタテとブロッサムシュリンプの炊き込みご飯 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:8 品質:8 完成度:97
効果:満腹度回復20%
HP最大量+80【2時間】 体力+8【2時間】
器用+8【2時間】
干しハイスピンホタテの戻し汁で調理した炊き込みご飯
炊飯中に干しブロッサムシュリンプの味も加わり、旨味は十分
戻ったハイスピンホタテの食べ応えもバッチリです
うん、美味い。
干しハイスピンホタテの戻し汁と干しブロッサムシュリンプの味が米に染みて、それが薄めの醤油味で引き立っている。
具材のハイスピンホタテにもまだ味は残っているし、ブロッサムシュリンプの味もあって美味い。
米も固すぎず柔らかすぎず、ちょうどいい炊き上がりだ。
皆からの今にも食べたそうな視線を流して中身を混ぜ、蓋をしたら次の分へ取り掛かる。
「あの、先輩? さっきから思っていたんっすが、一人分ずつ作らずに複数人分を同時に作ればいいんじゃ?」
ん? そんな質問をするなんて、ポッコロとゆーららんからその類の話は聞いていないのかな。
「確かにその方が楽だ。だけど将来料理人になるのなら、この方が修行になる。注文が入る度に、一人前ずつ作るんだからな」
「なるほど。でも同じ料理ばかり作って、修業になるんですか?」
「なるさ。本職の料理人になったら、同じ料理を何皿作ると思っているんだ」
「あっ、あー」
「ついでに言えば、営業中は味のブレを限りなく小さくして、ほぼ同じ味に仕上げなくちゃならないんだ。同じ料理で安定した味を作り続けるため、同じ料理を作り続けるのは立派な修業だ。同じ料理を作り続けても、味が大きくブレたら意味が無いだろう?」
調理をしながらの説明に、この話を聞いたことがあるポッコロとゆーららんは懐かしい表情をする。
「そうだったね。前にお兄さん、そんな話をしていたっけ」
「うんうん。それで勘違いしたインプに思い知らせてやったのよね」
そうそう、絡んできたブレイザーに対して、そう言ったんだったな。
一方で初めて聞いたディーパクトは、口を半開きにしてポカンとしたかと思ったら、尊敬の眼差しを向けてきた。
「先輩、マジで料理人目指してやっているんっすね。その本気度、マジでリスペクトするっす!」
「ありがとうな」
尊敬の眼差しでそんなことを言われて嬉しいっちゃ嬉しいが、調子に乗るなと自分に言い聞かせ、気を引き締める。
そうして炒め物を全員分作り上げ、最後のも冷めないうちにアイテムボックスへ入れて調理は終了。
特に疲れてはいないけど、つい普段の癖で汗を拭う仕草をしていると、横からディーパクトが水入りのコップを差し出してくれた。
それを受け取って一息で飲み干し、ディーパクトと二人で調理器具の後片付けに取り掛かる。
「お兄さん、メェナお姉さんから町へ戻って来たと連絡です」
「分かった」
俺じゃなくてゆーららんへ連絡を入れたのは、調理の邪魔にならないよう気遣ってくれたのかな。
こういうところに気を回すなんて、さすがはメェナだ。
感心しつつ、後片付けを済ませて食器類を準備しておく。
あとはダルク達が戻ってくるまで待てばいい。
「なにさー、トーマ。なんだかんだ言いながら、良い師匠やってんじゃん」
「やっぱり師弟関係の方がいいんじゃないですか、お兄さん」
「そんなんじゃないっての」
「いやでも本当に、しっかり教えられていたと思うよ。ねっ、ディーパクト君」
「うっす! 勉強させてもらいました!」
「ほら、ディーパクト君もこう言ってますし」
やめろ、まだまだ未熟なのに照れて調子に乗ってしまうじゃないか。
「さすがますたぁ」
「略してさすますなんだよ」
「さーまー」
イクト達もやめてくれ、これ以上は恥ずかしいから。
それとミコト、略したのはディーパクトの真似か?
「ただいまー! トーマ、ごはんちょーだい!」
おっと、ダルク達が帰ってきたか。
これで腹ペコ軍団が勢揃いだし、飯にしよう。
「俺は炊き込みご飯をよそうから、ディーパクトはお椀へスープを注いでくれ」
「了解っす!」
スープ入りの鍋を出して指示を出すと、何故かビシッと敬礼された。
イクト達、真似しなくてよろしい。
全員が着席する前に箸を置き、炊き込みご飯、スープ、ナムル、オイスターソース炒めを並べていく。
あっ、イクト達は箸じゃなくてフォークとスプーンな。
「初戦闘はどうだったの、アルテミス」
「ええ、とても楽しめたわ。特にゴブリンの眉間に矢が刺さった瞬間は、スカッとしたわね」
「ルナはどうだったん?」
「背を向けているところへの奇襲に、ダルクが防いでいる間に背後へ回っての強襲と、上手い具合に成功して満足した」
眉間に矢が刺さってスカッとして、奇襲と強襲に成功して満足して、この二人の方向性は大丈夫なんだろうか。
「マーウとむらさめは?」
「まだ簡単な物しか作れていないけど、こればっかりはしょーがないかなー」
「そうだね。もっとたくさん作ってスキルを上げないとね」
二人が主に作ったのはマーウがシンプルな手袋やハチマキ、むらさめは木製のバッヂや簡素なネックレス。
どちらも最初のうちに作れる簡単なもので、最初のうちはそういったものを量産してスキルのレベルを上げるのが普通らしい。
あれっ、ということは初っ端から焼きうどんとかスープを作った俺って、普通じゃないの?
だから料理長とか呼ばれるようになったのか?
……もう過ぎたことだし、考えなくていいや。
それよりも全員分の炊き込みご飯とスープを皆の前に置いたし、飯にしよう。
「うははっ。なんか大家族みたい」
「ですってよ、トーマ君とセイリュウちゃん」
「どうして私とトーマ君を名指しするのかなっ!?」
大家族みたいだと笑うマーウはともかく、カグラはどういうつもりでそんなことを言うかな。
セイリュウ、もっと言ってやれ。
「なにはともあれ、いただきます!」
何も考えずに食欲を優先するダルクに助けられた。
この音頭で全員が「いただきます」をすると、箸やスプーンを手に食事を始める。
「うはっ! こっちでも美味しいじゃん、トーマの作る料理!」
「オイスターソースまで作るなんて、想像以上」
「さすが、赤の料理長って呼ばれるだけあるね」
オイスターソース炒めを食べたマーウが満面の笑みを浮かべ、ルナが静かながらも驚いて箸の速度が上がる。
むらさめは比較的落ち着いているけど、食べる速度が少し上がった。
「おぉぉっ。先輩の作った炊き込みご飯、スッゲー美味いっすね」
「話には聞いていましたが、本当にトーマお兄さんの料理って美味しいんですね」
「でしょう。お兄さんの料理の腕は凄いんだから」
「別にゆーららんが自慢することじゃないでしょう……」
茶碗を持ち上げたディーパクトは炊き込みご飯を掻っ込み、同じく炊き込みご飯を食べたアルテミスは驚きの表情を浮かべた。
どうやら新加入の五人にもお気に召したようだが、ポッコロの言う通りゆーららんが自慢することじゃない。
ポッコロの隣にいるころころ丸も、主人に同意するようにうんうんと頷いている。
「ますたぁ、ごはんおかわり!」
「ねーあもごはんおかーり!」
「このごはん、出汁がしみ込んでとても美味しいんだよ。具材にもなっている干したホタテとエビから出た出汁が、薄めの醤油味で引き立って、それを吸って炊かれたごはんの味を引き上げているんだよ。しかもその二つが味だけでなく香りも演出しているから、食べたい衝動が収まらないんだよ」
早くも茶碗だけを空にしたイクトとネレアが、口の周りを米粒だらけにしておかわりを要求してきた。
口の周りを綺麗にするよう言って茶碗を受け取り、ミコトの食レポを聞きながらおかわりをよそう。
「このスープ、前回のに溶き卵を加えてかきたまにしたのね」
「優しくて柔らかい味が、ホッとするよ」
「卵だから出汁の味を邪魔しないし、ワカメとも合っているわ」
さすがにカグラとセイリュウとメェナは、最も俺の飯を食べてきただけあって落ち着いているか。
だけど食う速度はなかなかのものだ。
まっ、作った身としては夢中で食べてくれるのは嬉しいからいいけど。
「うん? ねぇトーマ、このブロッコリーのナムルどうしたの? 不味くはないけど、トーマにしてはイマイチじゃん」
「ぐはっ!」
ナムルを食べたダルクの感想に、それを作ったディーパクトがダメージを受けて俯いた。
「ダルク、それ誰が作ったか確認したか?」
「うん? していないけどそれが……まさか!?」
何かに気づいたダルクは情報を確認しているのか、ナムルをジッと見る。
直後に「わー!」って騒いでディーパクトへ平謝り。
悪気は無かったんでしょうからとディーパクトは許したが、俺達からの視線は冷ややかでイクト達ところころ丸もジト目を向けたため、ダルクは小さくなってしまった。
「トーマ君と比べるのは酷よね」
「ディーパクト君、気にしないで。お兄さんと比べたダルクお姉さんが悪いんだから」
「今日から彼も調理に加わったんだから、彼の作った料理があっても不思議じゃないでしょうに」
「ダルクってば、配慮が足りてなーい」
「無神経」
「ぐっほぁっ!?」
そんなダルクへ皆の言葉が容赦なく突き刺さる。
普通なら気の毒にと思うが、理由が理由だしお調子者のダルクには良い薬だから放置一択。
「うぅ……トーマァ……」
「セイリュウ、口のここんところにスープの卵がついてるぞ」
「えっ!? あっ、本当だ」
「精神的ダメージ受けている幼馴染無視して、彼女と青春すんなー!」
はーい、学習能力に欠ける揚げ物狂いの幼馴染は少し黙っていようね。
今ので周囲がざわついているし、セイリュウは照れているし、皆は意味深な表情を向けてくるから。




