同じ物でも作り方次第
「水出しって、コンビニやスーパーで売ってるペットボトルのコーヒーの包装に書いてある、あれですか?」
「そう、それ」
コーヒーやお茶を、文字通り水で抽出する方法だ。
お湯に比べて抽出に掛かる時間は長くなるけど、お湯で煮出すよりも美味いらしい。
「つまり、薬草を水に浸けるわけですね。そうすると美味しいんですか?」
「前にテレビで見た時、そんなことを聞いた覚えがある」
うちの店は自前でお茶やコーヒーを淹れてないから、どう違うのかまでは分からない。
あくまで知識として知っているだけだ。
「こういう時こそネット検索ですね」
ゆーららんの言う通りだ。
早速ステータス画面からネット検索を掛けて調べたら、コーヒーは水出しだとお湯に比べて苦みや渋みのもとになる成分が抽出されにくくてマイルドな味になり、お茶は水出しだとお湯に比べて旨味が豊かになるようだ。
「……試す価値、ありますね」
「だな」
ひょっとしたらポーションが苦くて渋いのは、お湯で煮出したからかもしれない。
揃ってそう判断した俺達は、早速作業に取り掛かる。
「手伝ってくれるんですか?」
「自分で提案したんだ。手伝うのが筋ってものだろう。それに乾燥スキルは持ってるからな」
「助かります」
そういうわけでポーション作りに必要な二種類の薬草、色違いなだけで形状はそっくりな緑と黄の薬草を用意し、俺が緑の薬草を乾燥させてゆーららんが黄の薬草を乾燥させる。
すり潰しと分量の調整はゆーららんに任せ、俺はボウルに水を用意しておく。
「準備できました。水の中へ入れます」
「おう」
すり潰された薬草がボウルに張った水に浮かぶ。
お湯だとすぐに色が変わるそうだけど、そんな様子は全く見られない。
「時間が掛かるって、どれくらい掛かるんでしょう?」
「さあ。お茶やコーヒーとは違うと思うけど……」
さすがに丸一日ってことはないだろうし、料理も済んでるから抽出が終わるまで気長に待とう。
「抽出できるまで時間が掛かりそうですから、それまで話し相手になってくれませんか?」
「別にいいぞ。こっちも作っておく分は作ったからな」
明日の昼飯はこの後で作っても間に合うし、問題無いだろう。
というわけで、ゆーららんと適当に雑談して時間を潰す。
畑で育てている作物についてとか、ゲーム内で作った料理についてとか、お互いのPCについてとか、最近のUPO内での動きについてとか、生産職の現状についてとか。
ふむ、俺の噂を聞いて料理に手を出してる人はいるけど上手くいかず、メシマズならぬマズメシが量産されているのか。
「そういえば、お兄さんは掲示板とか見てないんですか?」
「ああ、興味無いからな」
俺は料理が作れればそれでいいんだ。
町の外に出るなら、ダルク達に同行してもらって戦闘は丸投げさせてもらう。
「なるほど。だから見守りのことも……」
「なんか言ったか?」
「いえ、なんでもありません。ところで話は変わりますが、薬作りはやっていないんですか?」
明らかに誤魔化しただろ、これ。
でも追及する必要も無いし、誤魔化されてやりますか。
「やってない」
「そうですか。さっき聞いたお兄さんのスキル構成からして、薬作りに向いてると思うんですよね」
そういえば、乾燥とか調合は薬作り向けのスキルだって言われたな。
乾物作りと合わせ調味料作りに使えそうだから取ったけど、言われてみれば向いているか。
「よければ、この後でやってみませんか? 教えられることは教えますよ」
……そうだな、やってみるかな。
中華料理には医食同源って言葉があるし、ひょっとしたら薬膳料理みたいなのを作るヒントになるかもしれない。
「頼めるか?」
「任せてください!」
胸を張って言いきる姿は幼いながらも頼もしいけど、なんで敬礼するんだ?
「あっ、色がいい感じになってきましたよ」
鍋の方を向いてそう言ったゆーららんにつられて鍋を見たら、薬草を入れた水が緑色になっている。心なしか、色合いが煮出したものより鮮やかな気がする。
気づけば結構な時間が経っていて、もうそろそろ夕方だ。
もうすぐダルク達からの連絡も入るだろうし、水出しのポーション作りを進めよう。
といっても、あとはこれを布で濾して薬草を取り除いて別のボウルへ移し、漏斗で専用の瓶に詰めて水出しポーションの完成だ。
まずは情報を確認してみよう。
水出しポーション 調合者:プレイヤー・ゆーららん、トーマ
レア度:1 品質:6 完成度:73
効果:HP回復12% HP継続回復【小・40分】
HPを回復させる薬
水出しにしたため苦みや渋みがほとんど無くて飲みやすい
ほのかな甘みがあり、旨味も引き出されています
おっ、説明文を読む限りは成功してるようだ。
「お兄さん! これならひょっとしますよ!」
説明文を読んだのか、ゆーららんは両手にポーションを持って目をキラキラさせている。
「飲んでみよう。実際の味を確認だ」
「はい!」
互いにポーションを持ち、一口飲んでみる。
煮出したポーションにあった強い苦みや渋みはほとんど無く、むしろほのかな甘みの引き立て役かのように存在していて、それによって感じられる甘みも嫌な感じは無いスッキリしたもので後口サッパリだ。
前にお客の誰かが旅行のお土産にくれた、高級茶がこんな感じだった気がする。
「ふおぉぉぉっ! なんですかこれ、これがポーションなんですか、私が今まで作って飲んできたポーションはなんだったんですかっ!」
驚愕の表情で奇声を上げたゆーららんが、ちっとも具体性の無い感想を早口で述べている。
「お兄さん、美味しい! 水出しで作ったポーション、美味しいです!」
今度は満面の笑みでちゃんとした感想を述べた。
表情がコロコロ変わる様子は、なんだかダルクに通ずるものがある。
「あんな不味いポーションが、抽出方法を変えるだけでこんなに美味しくなるなんて思いませんでした!」
「同感だ」
薬草から抽出するし、コーヒーやお茶と似たようなものだと思っての提案だったけど、思っていた以上に改善されたもんだ。
「こんなに良い方法を教えてもらったんです。なにかお礼をさせてください!」
お礼と言われても、確証の無い思いつきだからお礼されるほどのものじゃないと思う。
「さっき言ってた、薬について教えてくれることでいいぞ」
「それだとつり合いません! もっと別のお願いがあれば、可能な限りなんでもしますよ!」
見た目小学生の少女にそう言われると、俺の風評が被害を受けそうなんだけど?
ほら、周りが既にざわざわしてるし。
とはいえ、ゆーららんも引きそうにないし……あっ、そうだ。
「なら、これを育てられないか?」
アイテムボックスから唐辛子とニンニクを取り出して見せる。
今回は運良くたまたま入手できたけど、今後も安定して入手できるとは限らないから、育てられるのならお願いして安定供給してもらいたい。
「唐辛子とニンニクですか? そういえば料理にも使ってましたけど、これってどこで手に入れたんですか?」
えっと、確かダルク達から教わったこういう時の対応は……。
「入手方法はもう情報屋に売っちゃったから、教えられないんだ」
喋っちゃったら情報屋の営業に影響が出るから、こう返せばいいんだったな。
今回の作業前に、ミミミと玄十郎へ説明ついでにこの事は伝えたから間違ってないはず。
「そうなんですか。残念です」
「悪いな。それで、これを育てることはできるか?」
「農業ギルドで買った種や苗しか育ててないので、分かりませんね。後で農業ギルドへ行って聞いてきます」
不明か。まあフレンド登録はしてるし、結果は連絡を貰えばいいか。
「もし育てられるなら、多少は融通するから優先的に売ってくれ」
「その時は格安でお売りしますよ」
分かってるじゃないか。
ニヤリと笑うと、ゆーららんもニヤリと笑ってサムズアップした。
農業だけでなく商売もしたいと言うだけのことはあるな。
「あ、あの、ちょっといいですか?」
サンプルとして唐辛子とニンニクを一つずつ渡していたら、なんか看護師みたいな服装をした、肌の色が黒いエルフの女性が小さく手を上げておずおずと歩み寄ってきた。
「何か用か?」
「私、薬師のルフフンと申します。今お二人がやっていたポーションを水出しで作る件ですが、周りに駄々漏れなのをお伝えしにきました」
……あっ、しまった。
つい普通に話して作業してたけど、不味いポーションを美味しく作れるなら、結構重要な情報じゃないか。
周りはこっちへ注目して、気まずそうだったり困惑したりと十人十色な表情を浮かべ、ゆーららんは明らかにしまったって表情をしてる。
「はわわわわっ、どどど、どうしましょうお兄さん」
落ち着け。こういう時こそ落ち着くんだ。
といっても、やれることは無いか。
「もうどうしようもないし、自由にしてくれ」
「……いいんですか?」
ルフフンと名乗った女性が半信半疑な様子で尋ねてくる。
「今さら秘密にするのは無理だし、だからって金品を要求するのも悪いし、そもそも内容はポーションの味の改善だから問題無いだろ。ゆーららんはどうだ?」
「えっ、ええ、私も別にいいですけど……」
「そういうわけだから、今の情報は好きにしちゃっていいぞ」
人の口には戸が立てられない。
ここで秘密にするように頼んでも、どっかで漏れるだろうし、既に広まってるかもしれない。
だったら無駄な抵抗はせず、流れに身を任せよう。
少なくとも、バフ付き料理や称号に比べればさほど大したことじゃないだろう。
「寛大な判断をありがとうございます! これで、目標の美味しいポーション作りの目処が経ちました!」
満面の笑みで手を掴まれた。
そういうのを目的にゲームをしている人もいるのか。手助けになったようで良かった。
「とはいえさすがに無償だと私の気が済まないので、これを受け取ってください」
ステータス画面を操作して差し出されたのは、ポーション作りに使った緑の薬草と黄の薬草、それから同じ形状の茶色い草だった。この茶色いのも薬草なのか?
「この茶色いのって、茶の薬草ですよね。いいんですか?」
「構いませんよ。お話が耳に届いてましたが、薬作りをレクチャーするなら薬草があった方がいいでしょうしね」
ゆーららんに説明してもらうと、茶の薬草と黄の薬草でMPを回復させるマナポーションが作れるそうだ。
魔法を使うカグラやセイリュウの役に立ちそうだな。
せっかくの気持ちを無下にするのも悪いから貰ったら、他のプレイヤー達からもお礼の品を貰った。
ゆーららんやルフフンと同じく薬作りをするプレイヤー達からは何かしらの薬草を、ポーションの味に辟易していたプレイヤー達からは感謝の証として金を、そして先日は失礼しましたとスライディング土下座しながら謝罪した春一番からは大量の薬草と金を貰った。さすがに返そうとしたけど、受け取ってもらわないと困ると言われたから受け取ることにした。
でないと見守り隊からの制裁がとか言ってたけど、なんのことだろう。
「凄いですね、お兄さん! これだけ薬草があれば、練習もポーション作りもし放題ですよ!」
うん、そうだな。せっかく貰ったんだし、有効活用させてもらおう。
「じゃあ、早速薬作りについて」
「たっだいまー! トーマ、ご飯は……あれ? この前のゆーららん? それにこの大量の薬草はなに?」
このタイミングでダルク達が帰ってきた。
ポーション騒動とプレイヤー達への対応で気づかなかったけど、帰る旨のメッセージはとっくに送っていたようだ。
ひとまず現状を説明したら、なにやってるんだと注意された。
「もー。トーマらしいっちゃらしいけど、注意しなきゃ駄目だよ」
「今後は気をつけてね」
「さほど大きな案件じゃなくて良かったよ……」
「下手したら、プレイヤーが殺到してたのよ。分かってる?」
あのさ、説教される理由は分かるし注意が必要なのも分かったけど、それを飯食いながら言わないでくれないか?
そんなにバクバク食べながら注意されても、まったく緊張感が無くて真剣さが伝わってこないぞ。
「「「「聞いてる?」」」」
「聞いてる聞いてる」
ただ、ダルクはペペロンチーノ風の焼きそばの輪切り唐辛子が口の傍に付いてて、カグラは卵とじの卵が胸元に落ちてて、セイリュウとメェナは野菜スープをふーふーしてて、どうも気が引き締まらない。
「ゆーららんもごめんね。トーマのせいで迷惑掛けちゃって」
「いえいえ、いいんですよ! お詫びでこんなに美味しいご飯をいただけてるんですから!」
ダルク達から迷惑を掛けたお詫びをするよう言われ、ゆーららんには俺の食事を半分ごちそうすることになった。
事前に料理の秘密を伝えることを条件にダルク達からも許しを得て、ボイチャで説明して情報を調べさせたらとても驚かれた。
設置物はある程度距離があっても情報が見れるけど、武器とか薬とか料理のようなアイテムボックスへ入れられる物は結構近づかないと情報が見れないから、今まで気づかなかったのも無理はない。
「ゆーららん、さっきも言ったけど料理のことは」
「勿論黙ってますよ! 私だけこんなに美味しいご飯を食べたことを、ポッコロに知られたらうるさいでしょうからね!」
そう言って分かってますよとばかりにウィンクをしたから、本当に黙っているべきことは分かってくれてるようだ。
あんまりしつこく念押しするのも悪いし、周りにも不自然だろうからこれ以上は言わずにおこう。
周りのプレイヤー達よ、そんなに羨ましそうにしても飯はやらないぞ。
「さて、注意はここまでにして予定を確認しようか」
いいからダルクは、口に付いてる唐辛子を取れ。
「僕達は引き続きレベル上げと資金稼ぎ、トーマは明日の食事作りとゆーららんからの薬作りの指導を受ける、でいいのかな?」
「夜のモンスターは強いんだろ? 大丈夫か?」
「レベルは上げたから大丈夫だよ」
「連携もだいぶとれてきたしね」
なら何も言うまい。こちとら戦闘する気は無いんだ、心配はしても戦闘に口出しはしない。
「分かった。夜食はいるか?」
「できればお願いしたいけど、大丈夫なの?」
「どうせこの後でまた作るんだし、先出ししても大丈夫だ」
「ならお願い! あんなに美味しいご飯が食べられて、昼間の戦闘は絶好調だったからね!」
「はいよ」
そういうわけで、自分の分を別にした上で明日の朝飯にする予定だったニラ玉と川魚のつみれ汁を手渡し、代わりに持たせていた食事の皿や鍋を返してもらって食費も受け取った。
「そういえば、昼はどこで食べたんだ?」
「お昼? セーフティーゾーンよ」
どうやら町の外にもセーフティーゾーンっていう、モンスターが近づかない安全地帯があって、そこで長時間の休憩や食事ができるらしい。
「居合わせた他のプレイヤー達から、メッチャ羨ましがられたよね」
「うふふ、当然よ。だって見た目と香りからして、食欲をそそるもの」
「味も美味しかったしね!」
「でもそのせいで、面倒なのに絡まれたけどね」
なんでもセーフティーゾーンでの食事中、居合わせたプレイヤーの一人から料理を渡せと要求されたそうだ。
しかも先日俺へ絡んできた連中同様、何の見返りも示さずに。
ちなみにそいつはというと、仲間達が止めても聞く耳を持たずに高圧的に迫ったため、ダルクとメェナが言い合ってセイリュウが料理を守っている間にカグラが通報。これまた先日と同じく運営側の保安官達によって、アカウントを凍結されたとか。
「トーマから聞いたホールドアップを見れて、ちょっと感動だったよ」
「ていうか保安官の人達、あのためだけにログインしてるのかしら?」
「あらあら、大変ね」
「そのうち嫌になって、違反プレイヤーが消えるだけになっちゃうかもね」
そこは運営の人達が、どこまで保安官キャラを貫けるかに掛かっているな。
まあそういうわけで無事にトラブルを切り抜け、消えたプレイヤーの仲間達からは平謝りされた上でお詫びにアイテムを貰い、その後は楽しい食事時間を過ごしたそうだ。
「どうしてそいつは、無償で貰えると思ったんだ?」
「脅せばいけると思ったんじゃないかな。僕達も舐められたもんだね」
「女ばかりだから、舐められても仕方ないわよ」
ああ、そういうことか。まあ確かに、今のダルク達は強そうに見えないもんな。
「困ったものね。私達はエンジョイ勢だから、楽しめればそれでいいのに」
「ああいう人が一定数いるのが嘆かわしい」
うんうん。皆の気持ちは分かるぞ。
「私とポッコロも、似たような経験がありますね。子供二人ですから」
「大丈夫だったのか?」
「ええ。親切な方々が間に入って守ってくれた上に、運営へ通報してくれましたので」
平気でマナー違反するプレイヤーがいれば、そうやって守ってくれるプレイヤーもいる。
ゲームの中でも人の在り方は変わらないってことか。
「それじゃあ、引き続きレベルアップに勤しみましょうか」
「だね。夜のモンスターとの戦闘は初めてだから、楽しみだよ!」
「あっ、スケルトンボアはできるだけ狩りたい」
「あら、どうして?」
セイリュウからの提案にカグラが理由を尋ねると、真顔でボソッと呟いた。
「ドロップが、スケルトンボアの骨」
それを聞いてダルクとカグラとメェナは、ハッと目を見開いた。
俺にも分かった。おどろおどろしい見た目に反し、味は絶品なあのスープをまた作ってほしいんだな。
「うっしゃっ! やったるぞぉっ!」
「「「おー!」」」
もの凄く気合いの籠った表情と掛け声だ。
そんなにまた飲みたいのか、あのスープが。
「お兄さん、スケルトンボアの骨って、あの気味が悪いスープの材料ですよね? そんなに美味しかったんですか?」
ゆーららん、そんな興味津々な目を向けられても困るんだけど?




