乗船試験へ
アイテムボックスから出した食材を、目の前にあるまな板の上に置く。
今からこれを、海に住むでかいミミズことシーワームの幼体の肉を味見する。
どういうものかを知らなければ、巨大な輪切りソーセージにしか見えない。
「で、トーマ。どう味見するの?」
「生だとあまり味がしなくて食感も悪いってあるから、加熱して試食する。まずは焼きと茹でだな」
説明にあった内容を伝え、水を張った鍋を火に掛けてから肉を捌く。
肉汁は多いけど脂が少なくて固くなりやすいともあるから、そこまで厚くせず皮ごと切り取る。
これも説明にあった通り、確かに皮は柔らかくて問題無く包丁で切れた。
生の香りは微かに潮の香りがする程度で、ほぼ無臭に近い。
ひとまずフライパンを用意して、熱したところへ油を垂らして温まったら一切れを焼く。
同じくお湯が沸いた鍋でも一切れを茹でる。
「どんなあじがするのかな?」
「楽しみと不安が半々なんだよ」
わくわくしているイクトに対し、ミコトは無表情ながら言葉の調子が浮かない。
他の皆はというと、ダルク達は興味深そうにしているけど、ポッコロとゆーららんは半信半疑って感じだ。
俺もどうなるのかと一抹の不安を抱えてはいたものの、それは味見で吹っ飛んだ。
「いやいや、どれも美味いってこれ」
焼いたものは少々固いものの、噛みしめると力強い印象の美味い肉汁が溢れてくる。
茹でたのは肉質がしっとりとして柔らかく、焼いたのとは違って優しい味わいになった。
揚げたのは焼いたのよりもう少し固くなったものの、旨味が封じられたからかより強い味わいがする。
蒸したのは茹でたのと同様にしっとりと柔らかく、味も優しいけどこっちの方が旨味が濃い。
これらをまとめると、焼くか揚げるだと固くなりやすいから火加減と厚みに注意で、茹でると旨味が抜けやすいのかな。
だけど旨味が抜けるってことは出汁やタレで煮れば、こいつの旨味がこれに加わるってことか。
「ほんとう? ほんとうにそれおいしいの、ますたぁ」
作業台の向こうから身を乗り出すイクト。
ミコトとポッコロとゆーららんも前のめりになっていて、ダルク達もどうなって視線を向けている。
「ああ、美味い。すぐに飯を作るから、待っていてくれ」
味の想像がつかないシーワームの味見が済んだなら、すぐに飯作りに取り掛かる。
ボウルに小麦粉を出し、水と塩と少々の砂糖を加えてよくこね、塊にしたものを発酵スキルで膨らませてからガス抜き。
生地を包丁で切り分けて寝かせてる間に、シーワームの肉を切って魔力ミキサーでミンチにする。
これをボウルへ移し、次はポッコロとゆーららん提供のタマネギとシイタケをみじん切りにして、塩と胡椒と少量の油と一緒に加えてしっかり混ぜる。
そうしてタネができたら、寝かせておいた生地を厚めに広げて包み、蒸すのを試すために使ってそのままにしていた蒸し器で蒸す。
「肉まんにするのね」
「どんな味になるのかな」
蒸している間、ソフトシャコの下ごしらえをする。
頭から尻尾まで殻が柔らかくて丸ごと食べられるとはいえ、触角と手と脚の部分は取っておく。
蒸し器を気にしながら下処理を進め、頃合いを見計らって下処理をする手を止め、蒸し器を開ける。
蒸気と一緒に香ばしい香りが立ち上り、蒸し器の中にはふっくら蒸しあがった肉まんがあった。
『おー』
聞こえてきた歓声はダルク達だけでなく、いつの間にか増えていたプレイヤー達からも上がっていた。
彼らは作業の手を止めてこっちを見ていて、食べたそうな視線を向けている。
でもやらん、これは仲間達のものだ。
さて、味と情報の方はどうかな。
シーワーム肉まん 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:6 品質:8 完成度:93
効果:満腹度回復14%
腕力+6【2時間】 クリティカル率上昇【大・2時間】
シーワームの肉がたっぷり詰められ、噛むと旨味の濃い肉汁が溢れ出る肉まん
ミンチにして蒸したことで柔らかさも抜群
タマネギとシイタケとジンジャーがその味を引き立て、皮がそれを受け止める
情報は良し。
肝心の味は……美味い。
中身の肉は、蒸した時の特徴そのままに優しい味わい。
それでいて旨味は濃いから、肉を食った感がある。
これにタマネギとシイタケが味と食感に良い変化を与え、柔らかな皮の内側には肉汁と野菜の水分が染み、美味さを逃そうとしていない。
しっかりと味を確認したら、熱いうちにアイテムボックスへ入れていき、空になった蒸篭は片付ける。
「「あー……」」
味見が出来なくなったイクトとミコトが残念そうな声を漏らすけど、もう味見させないと決めた以上は守ってもらう。
片づけが済んだらすぐにソフトシャコの方へ戻り、残りの下処理へ戻る。
そうして下処理が済んだら、これもポッコロとゆーららんが持ってきた落花生からピーナッツを取り、包丁の面の部分で押して砕く。
あとはネギを薄い斜め切りにして、ニンニクを刻み、唐辛子を輪切りにして準備は完了。
フライパンに油を敷いて熱し、刻みニンニクを入れて香りを出す。
ここへソフトシャコを入れて炒め、火が通ってきたら薄い斜め切りにしたネギと砕いたピーナッツを加え、さらに輪切り唐辛子とビリン粉を加える。
「わはっ!」
辛い物好きのメェナが、とても良い笑顔で嬉しそうな声を漏らした。
分かっているって、お前の分には唐辛子もビリン粉もたっぷり使うって。
そうして炒め終わったら、少量の塩と胡椒を掛けて皿へ盛ったら完成。
ソフトシャコの麻辣炒め 調理者:プレイヤー・トーマ
レア度:4 品質:8 完成度:88
効果:満腹度回復12%
魔力40%上昇【3時間】 運40%上昇【2時間】
辛くて痺れるソフトシャコの炒め物
多種多様な食感と共にソフトシャコの旨味を味わってください
殻付きですが、問題無く食べられるので気にせずどうぞ
情報に続いて味を確認。
……よし、美味く作れた。
最初は辛さと痺れを感じるけど、続けてソフトシャコの身肉から出る穏やかながら豊富な旨味、それとネギとピーナッツとニンニクによって美味さを感じられる。
殻も香ばしくて、炒めたからか食感はパリパリ。
これに砕いたピーナッツの香ばしさとポリポリ食感、ネギのシャキシャキ食感、ニンニクの香りが合わさる。
何種類もの味と香りと食感で構成された美味さは、ただ辛くて痺れるだけの料理じゃない。
なかなか上手く出来たんじゃないかと思うけど、これで完成度が九十に満たないんだから、まだまだ未熟だな。
「どう? 美味しいの? 美味しいのなら、早く作って!」
耳と尻尾を忙しなく振るメェナが急かしてきたから、試食したのは俺の分としてアイテムボックスへ入れ、皆の分を調理開始。
えっと、ダルクとイクトとミコトとポッコロとゆーららんところころ丸は、辛さと痺れをかなり控えめに。
代わりに塩と胡椒を少し利かす。
セイリュウは辛さと痺れを控えめで、カグラは俺と同じぐらい。
でもって激辛魔人のメェナは、唐辛子とビリン粉をたっぷり投入するから、注意を促そう。
「唐辛子をたっぷり使うから、この場にいる人はできるだけ退避してくれ。目と鼻と喉をやられるぞ」
投入前に周囲へ警告をすると、真っ先にダルクとイクトがダッシュで距離を取り、それに続いて他の面々や周囲のプレイヤー達も距離を取る。
残ったのは調理者の俺、それと目を爛々として正面に立つメェナのみ。
「逃げなくていいのか?」
「辛さに晒されるのなら本望よ!」
胸を張って言い切る姿はいっそ清々しい。
そうまで辛さを求めるぐらい、ストレスを溜めているのかな。
だったらそれを少しでも解消できるよう、たっぷり唐辛子とビリン粉を入れてやるよ。
というわけで、唐辛子とビリン粉をどーんと大量投入。
それからすぐに、蒸気や熱気と共に強烈な刺激が立ち上ってきた。
「ごほっ、ごほっ」
ゲーム内で唾が飛ぶことは無いとはいえ、横を向いて咳き込む。
距離を取っていた人達も少しばかり咽ており、ダルクとイクトは作業場の外へ避難した。
「げっほ、ごっほ。あぁぁぁぁ。食べるのが楽しみだわ」
咳き込みながらも恍惚な表情を浮かべるメェナを見て思った。
辛い料理を前にしたこいつは、ひょっとすると無敵なんじゃないかと。
とりあえず、さっさと仕上げよう。
咽ながらも調理を続け、メェナ仕様の超絶獄辛極痺麻辣炒めが完成した。
すごいな、これだけ説明文に別の一文が加わっている。
*現実で食べるのなら、どうなっても自己責任という同意書に署名してもらうレベル
自分で作ったとはいえ、我ながら恐ろしいものを作ってしまったようだ。
なのに、刺激が治まって食事を開始すると……。
「きゃっはあぁぁぁぁっ! 最高、最高、最高にキターッ! 今まで食べた激辛料理の中で三本の指に入るわー!」
同意書への署名が必要なほど辛いはずなのに、最高にハイになったメェナが喜んでガツガツと食べている。
間に水を飲むこともしないから、喜んで肉まんを食べていたポッコロとゆーららんところころ丸が半分で食べるのを止め、口を半開きにしてポカンとするのも無理はない。
なにせ俺とカグラとセイリュウも同じ麻辣炒めを食べる手を止めて固まり、肉まんへかぶりついていたダルクとイクト、麻辣炒めに対する食レポをしていたミコトに至ってはドン引きしている。
「ますたぁ、どうしてめぇなおねえちゃんはあんなにからいのがすきなの?」
本当、なんでだろうな。
やっぱり現実での委員長的な立場や勉強なんかで、ストレスが溜まっているんじゃないか?
「何度見ても信じられないんだよ。辛さは味じゃなくて痛覚だから美味しいって感じるはずがないのに、どうしてメェナお姉ちゃんは辛い料理限定でああも美味しいを連呼できるのか、まったくもって分からないんだよ」
落ち着けミコト、無理に理解しようとしなくていいんだぞ。
「あはは……。メェナさんって、本当に辛いものが好きなんですね」
「そりゃあね、あの激辛タンメンで有名な店へ定期的に通って、一番辛いのを食べているから」
「「嘘でしょう!?」」
乾いた笑いを浮かべるゆーららんの呟きにダルクが答えると、その内容にポッコロとゆーららんが驚く。
分かる、その気持ちはよく分かるぞ。
「トーマ、おかわりある?」
「一皿分ならあるぞ」
こうなるだろうと思って多めに作って、別の皿へ盛った出来立てをアイテムボックスへ入れてある。
あんなのを何度も作ったら、周囲への被害が甚大になりそうだからな。
「ちょうだい! 早く、早くちょうだい!」
落ち着け、すぐに出すから。
そうして二皿目も同じ勢いで食べだしたのを機に、逆に冷静になれたのか皆も食事を再開。
肉まんとそれぞれに合わせた辛さの麻辣炒めを味わい、食事は終了。
後片付けを済ませて時間を確認すると、早めに飯にしたからか、例の海賊イベントの開始までまだ時間に余裕があるため、ある物を仕込んでおく。
使うのはワイバーンチェリー。
取り出すとカグラがとても食べたそうな目を向けてきたから、デザートを兼ねて出すことにした。
見た目こそ茶色くて鱗に似た皮があって固そうだけど、中の種を取るために生鮮なる包丁で切ってみると薄皮で柔らかい。
おそらくは外敵に固いと思わせ、食べられないようにしているんだろう。
念のため先に一切れ味見をさせてもらうと、皮は簡単に噛み切れて中の果肉は柔らかく甘味が濃い。
「はいよ、これをゆっくり食べていてくれ」
生鮮なる包丁で切り分けたワイバーンチェリーを載せた皿を出すと、一斉に手が伸びて口へ運ぶ。
甘いとか柔らかいとかの感想を聞きつつ、仕込みのためにワイバーンチェリーを切り分けて種を取り除く。
「それで何を仕込むの?」
「ワインだ。料理用にな」
セイリュウからの質問に答え、切り分けて種を取り除いたワイバーンチェリーをブルットワインを作った時と同様に、魔力ミキサーで刻み醸造樽へ入れていく。
実は以前にブルット以外でもワインを仕込めないか調べたことがあって、その時にさくらんぼワインっていうのを見つけた。
だからワイバーンチェリーを見つけた時から、これを作ってみようと思っていたんだ。
そういえば、もう一つの醸造樽で作っている魚醤はどうかな。
ワイバーンチェリーの仕込みを済ませたら、そっちも確認しておこう。
「そういえばさ、海賊船に乗るための条件の自分達に何ができるのかを示すって、どういうことだろう」
「やっぱり強さとか、そういうのじゃないですか?」
「でもそれだと、生産職の人は戦闘職の人のおこぼれでしか乗れないわよね」
ダルクの疑問にゆーららんが返事をしたけど、それだとカグラの言う通り生産職は仲間の戦闘職がクリアするのを期待するしかない。
「こういう武器や防具や薬を作れます、みたいなことをすればいいのかな」
「ああ、公式イベントの土地神からの試練みたいな感じね」
生産職がクリアするための予想をセイリュウが口にすると、腕を組んだメェナが似た例を挙げた。
つまり俺の場合は、乗船中はこういう飯を出せるって示せばいいのかな。
「だったらお兄さん! あの時みたいに、美味しい料理で海賊達を唸らせてください!」
俺と同じ考えに至ったポッコロの発言で、全員の視線がこっちを向いた。
「その考えは分かる。だけど何を作ればいいんだ?」
「美味しければ、なんでもいいんじゃないのー」
適当なことを言うなダルク。
美味ければいいっていう、抽象的なのが一番困るんだよ。
「ますたぁのごはんなら、きっとだいじょうぶだよ!」
「普段から食べている私達が保証するんだよ」
満面の笑みを見せるイクトと無表情のミコト、それと同意するようにモルッと鳴いたころころ丸よ、お前達のその信頼感は嬉しいぞ。
「とりあえず、何か一品作ってから移動したらどうでしょう」
「少し出遅れるかもしれないけど、その方が良いかもね。だったら何か出せって言われて、すぐに出せなかったら失敗じゃ困るもの」
小さく挙手をしたゆーららんからの提案にメェナが肯定的な意見を述べると、皆も同意するように頷く。
「というわけでトーマ君、何か一品作っておいて」
「その場で出す必要が無いのなら、後で私達が美味しくいただくわ」
むしろそっちの方が目的じゃないのか、カグラ。
とはいえセイリュウの言う通り、何か作っておいた方が良いのは確かか。
「分かった、ちょっと時間貰うぞ」
それに対して皆は某三人組の持ちネタである、どうぞどうぞどうぞ、という返事で答えた。
ポッコロ、ゆーららん、ころころ丸、早くもダルク達の行動に馴染んできたな。
そう思いつつ仕込みを済ませ、もう一つの醸造樽で作っている魚醤を確認すると、ゲーム内の時間でもう二日ほど掛かるとあった。
仕込んだばかりのワインだけでなく、こっちも楽しみだ。
さあて、それじゃあもう一品作りますか。
アイテムボックスを確認して作る物を決め、すぐさま調理を開始。
乗船できるかは早い者勝ちだから、できるだけ手早く作って味を確認し、後片付けをしたら作業館を退館。
既に試験開始時間の昼は過ぎていることもあり、マップを頼りに港の端にあるっていう広場へ早足で移動すると、既に多くのプレイヤーが集まっていた。
乗船テストはもう始まっていて、不合格になったと思われるプレイヤー達が悔しそうにしている。
「あのー、乗船テストってどうなっているんですか?」
近くにいる男性プレイヤーへ、ポッコロが声を掛けた。
その人によると、時間になって仲間達と共に現れたキャプテンユージンから改めて、同行中に何ができるのかを示すように言われて多くのプレイヤーが挑んだらしい。
ほとんどが自分の強さを示すと言い、腕試しにキャプテンユージンの仲間達と戦い完敗。
今も槍を使う男性プレイヤーが、同じく槍を使うキャプテンユージンの仲間の女性と戦い敗北した。
「んだよ。別に倒せって言っているわけじゃないんだぜ。なのにどいつもこいつも不合格とか、情けねえぞお前ら!」
後ろに仲間達を待機させ、脚を組んで木箱に座るキャプテンユージンが文句を言う。
ポッコロが声を掛けた男性プレイヤーによると、キャプテンユージンが選んだ仲間と戦ってHPを七割削ればいいそうだ。
しかしここまでの挑戦で最も削れたプレイヤーでも四割が精々。
仲間のNPC達が結構強く、簡単にはいきそうにないと男性プレイヤーは悔しそうに語った。
なお、この男性もナイフ使いの仲間と戦って負けたそうな。
「戦闘以外で挑んだ人はいないの?」
「いたっちゃいたけど……」
何人かの生産職のプレイヤーが手持ちの武器や防具やポーションを出し、こういったものを作れると示した。
ところがどれもキャプテンユージンの目に適う以前に、自分達が使うのと同等の武器やポーションを作れるかと問われ、その性能を見せつけられて無理だと告げると不合格になったとか。
つまり生産職の場合は、向こうが普段使いしている物の基準をクリアしろってことだ。
確かに、性能が劣る武器や薬を使わされて何かあったら、目も当てられないもんな。
「おら次! 誰が俺達に何を示すんだ!」
声を荒げるキャプテンユージンの呼びかけに、誰もが二の足を踏む。
「さあトーマ、頼むよ!」
期待の声と共にダルクに背中を叩かれ、不合格でも恨むなよと言い残して進み出る。
「おい、赤の料理長だ」
「ということは乗船中の食事を提案するのね」
「何を作るんだ? それとも既に作ってあるのか?」
周囲のざわめきを耳にしながら海賊達の前に立つ。
「次はお前か? お前は俺達に何を示すつもりだ」
「俺の名はトーマ、料理人の俺にできるのは飯を作ることだけだ」
「飯か。なら俺に食わせて納得させてみな、お前が俺達に振る舞うに相応しい飯を作れる腕なのかどうかな」




